6.今迄で一番神経がすり減った
“森”で狩っていた魔物の解体、第2回目。日数を空けたのは価値の暴落を防ぐための気遣い。あと、部屋の広さが足りなかったから。
解体部屋に案内されたヤマトは、アイテムボックスから引き摺り出したグリフォン。コカトリス2体を作業台に乗せる。と、数人からドン引きの目を向けられた。
「あと、オークが40体以上。ミノタウルスが7体、ベヒモスが2体あるのですが」
「他にもあんだろ。どうせ」
「“あの森”、多種多様で面白いですよね」
「知らん。“森”からこんな持って来んの、貴族のニイチャンだけだ」
「貴族じゃないですよ」
「名前知らねえよ」
「失礼しました。ヤマト・リュウガです。この子は、プル」
「ほらな! 家名持ちだ!!」
「故郷の風習です」
「失踪中のお貴族様だな。分かった」
「分からないで下さい」
貴族がソロ討伐なんてしないだろうに。
それを言わないのは、全員がそれを理解した上での発言。だと察したから。
……あぁ。揶揄われてるのか。そうじゃないなら敬語を使う筈だし。
なんとなく、それがしっくりきた。楽しんでいるなら構わないが、貴族を詐称したとして捕まりたくはない。なので、これからも否定の言葉は口にしていく事を心に決めた。
面倒事は最小限に抑えるに限る。
「驚きたくねえから先に教えろ。一番の大物は?」
「大物……」
「ドラゴンなら早く言ってくれ。今なら驚かない」
「あ。良かった」
「おい待て出すな!! 解体出来ねえよ!!」
ぬっ。とアイテムボックスから頭を引き摺り出された、レッドドラゴン。止められる事は分かっていたので、直ぐにまたアイテムボックスへ押し込む。
完全に遊んでいる。
「ドラゴン、解体出来ないんですね」
「当たり前だろ……んな技術持ってる奴、もっとでけえ街のギルドにしか居ねえよ。そいつ等だって実際に解体した事ねえし」
「残念です。美味しかったので、お肉のストックをしたかったのに」
「た……べ……たのか…?」
「アースドラゴンを。レッドドラゴンの方が美味しそうなので楽しみです。薬物みたいな中毒性が有りますよ。食べてみます?」
「こわすぎんだよっ!!」
差し出された、肉厚のサンドイッチ。一気に壁へと後退るのは、それを食べたらいずれ二度目を食べたくなる。その叶わない欲求に対し、恐怖を覚えた事による行動。
全身素材で捨てるとこが無いドラゴンを食うなんて、こいつまじイカれてる。
なんで食おうと思った。どうなってんだ、こいつの思考回路。
ドン引き通り越して最早恐怖である。
「おいちょっと待て。あんた、その食ったドラゴンの素材……」
「ちゃんと持って来てます。素人の解体なので雑ですし、流石に血は結構な量を無駄にしましたが。買い取ります?」
「…………」
「あの」
「……っギルマス呼んで来い! 今直ぐっ早くしろ!」
「あと、ブラックサーペントは隣の部屋に出せば良いですか?」
「まじであんた魔族だろっ!!」
「人間ですってば」
全員大混乱の修羅場となった。
最もグレードが高い応接室へ通されたヤマトは、柔らかいソファーで優雅なティータイム。出された紅茶と菓子が高級品なのは、貴族疑惑というよりもドラゴン素材の持ち主。故に、気を害さない為の接待。
ヤマトとしては別にホールで待っていても良かったが、流石にギルドの顔を立てるべきかと判断し享受した。紅茶と菓子が美味しいので満足している。
鑑定と、ギルドがどれを買い取るかの結果待ち。ドラゴンの素材なんて1つ買うだけで金貨が何百、何千枚と動く。
“あの森”とダンジョンが近く経済が豊かなこの街でさえ、3つ以上買い取ればギルドが傾いてしまう。それは、緊急招集された商業ギルドも然り。
……っと、いう訳で。
只今絶賛大喧嘩中である。どちらのギルドがどの素材を買い取るか、の。
この応接室にまで聞こえて来る、口論。男同士の熾烈な戦い。愉快愉快。
当事者なのに我関せず、何やらメモを取りながら紅茶を楽しむヤマト。近付いて来る2つの足音に一度だけドアへ視線を向けるも、何事も無くメモを取り続けた。
その2つの足音はこの応接室の前で止まり、がちゃりっ。ノックも無しに開かれたドア。
「おや……部屋を間違えたか?」
不思議そうな声に再度ドアの方へ視線を向けると、質の良い服に華美な装飾品。綺麗な歳の取り方をしている事が一目で分かる、壮年の美形。
趣味の悪い成金商人、かな。顔は良いのに勿体無い。
万年筆を持つ手を止めたヤマトが考える事は、それだけ。特に目立ったアクションも無く、一度瞬きをしてから男の方へ顔を向けた。
「そのようですね」
「これは失礼した。ん? ぉおっ、その菓子は中々に美味だろう。気に入ったので職人を呼び寄せてね。口に合ったかな?」
「はい。優しい甘さが、紅茶によく合います」
「そうだろう、そうだろう。皆が菓子を気軽に手に出来れば良いのだが、何分原価が掛かってね。今後の課題だな」
「ヴィンス様。その辺りで」
「あぁ、すまない。重ね重ね失礼した」
「構いませんよ。暇を持て余していたので。どうぞ」
「お言葉に甘えよう」
付き人から嗜められ眉を下げた男へ、向かいのソファーを手で促す。と、途端に笑みを見せいそいそとソファーへ腰を下ろした。直ぐに付き人が“空間”からティーセットを出し、異なる紅茶の香りが漂った。
アイテムボックスを持つ者は、極僅か。なのに当然のように使用し、男も当然のように紅茶を飲んでいる。
面白い人達。
暢気に考えるヤマトは、取り敢えず。と、先程の言葉へ応えを返す為に口を開いた。
「飲み終わった紅茶の葉」
「ん?」
「捨てるだけでは勿体無いと思いません?」
「……。是非とも聞かせてほしい」
音も無くカップを置いた男は、組んだ両手を膝の上へ。その表情は、未知なるものを前にした探求者。
菓子。をひとつ取ったヤマトは口を開き、
「庶民は甘い物を口にする機会自体が少ないです。庶民向けのカフェでも、砂糖を使う菓子は高価でした。幸運な事にこの街は紅茶の産地が近いので、輸送費が少なく紅茶を安価で楽しめます。再度乾燥させた葉を更に細かくして生地に練り込めば、量によっては多少砂糖を減らしても庶民には充分。捨てるだけの茶葉を使うのでお店に損は無い。駄目押しすると、紅茶を二度楽しめます。貴族相手に展開するなら、紅茶として楽しまずに香りが強い儘が好まれるでしょうね」
そう言ってから菓子を口へ運ぶ。カップを取り、一口。直ぐにカップを置き男を見れば、変わらずの笑み。
だが、なんとなく。エメラルドグリーンの瞳に、満足気な色が滲んだように見えた。
「いや素晴らしい。旅を楽しむ者の発想には、いつも驚かされる」
「自由を愛して居るからこそですね。突拍子も無い、とも言いますが」
「その突拍子の無さが世の中を発展させる。これだから、商売は面白い」
「楽しんで頂けたようで安心しました」
「何を不安になる必要がある。只の世間話だろうに」
「貴方が“そう”望むのなら」
ゆるりっ。目元を緩めるヤマトは、宣言通りに脚を組む。一瞬……瞠目したのは、付き人の方。
分かり易いな、この人。それで良いのだろうか。……あぁ、いや。私がこの行動を取ったからか。
前言撤回はしないけど。
するするとコートの中から出て来た、プル。寝起きなのか、のそのそと遅い動きでヤマトの腹と組んだ膝の間に落ち着いた。
「ペットのプルです。テイムはしてませんが、賢い子なので安心して下さい」
「構わないよ。可愛らしい子だ。ところで、そろそろ自己紹介をしようか。私は、ヴィンセント。気軽にヴィンスと呼んでくれ」
「慣れたら呼ばせて頂きますね。私は、ヤマト・リュウガ。発音が難しいのならリューガで構いません」
「ふむ…。ヤマト殿、と呼んでも?」
「お好きに」
「良かった。それでは、ヤマト殿。先程の案は幾らで売ってくれるのかな」
「既存の物を真似ただけです。お気になさらず」
「無料より怖いものは無くてね」
「難しいものですね。では、……うん。ドラゴンを解体出来る方を」
「……ふむ。ひとり、確実に素晴らしい仕事をしてくれる者は居るが……私では断られるな。ギルドを通しても?」
「お願いします」
「この街が気に入ったか」
「卵。好物なので」
「なるほど。とても説得力が有る。ひと月を目安に呼び寄せよう」
「期待して居ます」
確実に、ひと月もせずに来るだろう。ドラゴンの解体を担当する者とは別に、ヤマトの素性を調べる為の王族からの調査員が。
素性もなにも、本当に貴族ではない。更に辺境の出と既に公言したので、経歴なんて一切出て来ない事は確定されている。“あの森”の、奥へ1ヶ月進んだ場所。
規格外のヤマトの足で1ヶ月ならば、高ランクの冒険者でもどれ程に時間を要するのか……。誰も調査に行ける筈がない。
なので、これといった危機感も無く今迄通りに過ごすだけ。
自由に。のんびりと。
「流石に等価として成り立たないので、もうひとつ。テンサイという植物からは、砂糖が作れます」
「!」
「頑張って見付けて下さいね」
口角を上げ、挑発的な笑み。
それは、こっそりと持っている緊張を誤魔化すための表情。平常心を保とうと笑みを作っただけに過ぎないが、結果論として傲慢に見えただけ。
普段のヴィンセントであれば、その心情を見抜けて当然。……なのだが。
今。ヴィンセントの胸中には耐え難い興奮が渦巻き、心臓が歓喜の音を上げている。脳裏に過るのは、初代国王陛下の肖像画。絶対的な覇王。
“黒髪黒目”。最も情報量が多い視覚から齎されるその情報を元にした先入観により、冷静な思考を乱され妥当な評価が崩れてしまっている。
その事実には気付く事なく。ヴィンセントは視界から受けた印象を、その儘ヤマトへの評価として落とし込めてしまった。
勘違い甚だしいが、ヤマトの外見があってこその結果。
その外見と言動の全てが奇跡的に噛み合い、勘違いを加速させてしまったらしい。
「これは本腰を入れて取り掛からねばならないな。いや楽しかった。君の安らぎの時間をこれ以上奪うのは心苦しいから、今日はこの辺りで下がる事にするよ」
「そろそろ精算も終わる。から?」
「ドラゴンソードは男のロマンだと思わんかね」
「きっとお似合いになりますよ」
「ドラゴン・スレイヤーにそう言って貰えるとは光栄だ」
大満足だと声のトーンを上げたヴィンセントは言葉通りに立ち上がり、手早くティーセットを片付けた付き人を伴いドアの方へ。
最後に挨拶をしようとヤマトへ振り向き、
「疑惑は晴れました?」
目元を緩めたヤマトの言葉。
問い掛けているのに答えを確信した様子に、ヴィンセントは至って冷静に口を開いた。
「私を知っていたのか」
「ドラゴンを持ち込んだ人物に真っ先に会いに来る、お貴族様。そんな存在は限られます」
「いつ、私が貴族だと?」
「最初から。確信したのは、カップを置く時に音を立てなかった時です。成金に変装するなら、今後は服装以外も気を付けた方が良いですよ。貴族特有の空気感を抑える事もオススメします」
「忠告、痛み入る。近い内に食事に招待しよう。是非ともドラゴン・スレイヤーの活躍を聞かせてほしい」
「男のロマン。ですか」
「勿論」
「楽しみにしています。領主様」
「ヴィンスで構わんよ」
「早く慣れるように努力します」
呼ぶ。との明言を避けるヤマトに、深追いはせず笑みを見せてから応接室を出る。
廊下から手を振るヴィンセントへ緩く手を振り返し、付き人……護衛がドアを閉めた事を確認。
「だから、プル。笑わないで」
ぷるぷると揺れる柔らかいスライムボディーを撫でつつ、領主自ら確認に来た事実に苦笑。……あれ?
結果的に、疑惑は晴れたかの答えを貰ってない気が……
そう考えたが、本当に貴族じゃない。なので、まあいいかと冷めても美味しい紅茶を楽しむ事にした。
閲覧ありがとうございます。
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大混乱する解体班が愛おしい作者です。どうも。
お前……なぜバレないと思った……。
となる程には、ヴィンセントも貴族顔です。
顔が良いのに服の趣味が悪い商人なんて、疑ってくれと言ってるようなものですよね。
何にしろ、相手が誰であれ主人公は先ず疑いますが。
顔色を窺い空気を読み続けた悲しき現代人の性。
主人公、ふつうに受け答えしていますが内心ドッキドキでした。
貴族相手なので、そりゃあそう。
人当たりの良い笑みでトラブル回避してしまう事が染み付いた、悲しき現代人の性。
元が女なので尚更ですね。
ヴィンセントはちょいちょい出ます。たぶん。
主人公との関係性はまだ考え中です。
どうなるか分かりません。どうなるの……。
次回、“森”へ。
解体班がまた大混乱します。可愛いですね。