58.取り敢えず“疑惑”はデフォ
自然豊かなエルフの国。自然を愛していると言っても、しっかりと施された間伐に素直に感心するヤマト。……は、つい先程まであった胸元の温もりが無くなり寂しいな。と、しんみり。
『ヤマトさん行かないで! あと5年待って!』
――とのロイドの駄々はとても面白かった。ぎゅうぎゅうと抱き着いて来るロイドの頭を撫でながら、優しく説得しておいた。
そのロイドは今。けろりとした様子で依頼を受けに行っていることは、ちゃんと分かっているし愉快だと思っている。
単純に、ヤマトを引き止めることで遊んでいただけ。冒険者は娯楽に目敏い。
「転移魔法はロストマジックと聞きましたが、流石ハイエルフですね。私とヴォルフさんも一緒に移動出来るなんて」
「魔力消費が多過ぎるから普段は使わない。お前は、放っておくと道中に貴族と知り合いそうだからな」
「不思議ですよね。何故でしょう」
「見た目だろう」
「素晴らしい造形美だと自負しています」
誇らしげに胸に手を添えるヤマトに盛大に呆れる、ルーチェ。その自意識過剰――事実ではあるが、とっくに慣れたヴォルフは周辺を観察しながら小さく息を吐く。
自分達を取り囲む複数の気配。ルーチェが居るので敵意は見当たらないが、警戒は痛い程に伝わって来ている。
何故街の前じゃないかと言うと、森で警備している者から検問へ報告を上げさせる為。この報告は対象が“只人”ならばひとつの例外も無い。
「!――ルーチェさん、ルーチェさん。あれ、採っても良いですか?」
「構わないが……あんなもの、どうする気だ」
「食べるに決まっているじゃないですか。オクラですよ、オクラ。念願のネバネバ系。身体にとても良いんですよ。なめこや山芋も探せばありますかね?」
「正気か?」
「え」
「おい。魔力が宿っていないものを探せ。それ、触手系魔物の寄生先だぞ」
「……女性達が、凌辱されているところ。ちょっと見てみたいです」
「真剣な顔で何言ってやがる。お前がされとけ」
「分かりました」
「分かんなクソガキ」
本気なのか冗談なのか。恐らく冗談なのだろうが、規格外で非常識なので確信を持てない。冗談であってほしい。
しかし周囲からの警戒心が困惑に変わったので、特に強い注意はしない。このアホのお陰で無駄に気を張らずに済むことは事実。
魔力が宿っていないオクラをせっせと収穫するヤマトをそのままに、次は森の様子を観察する為に周囲を見渡す。エルフの国には過去に二度来たが、森の様子もその時とあまり変わっていない感覚。
因みにその二度共、街に入った途端に嫌悪の目と侮蔑の表情を向けられた。エルフにとって只人の顔は覚えるに値しないらしい。しかし特に気にする事でも無いと、これといった感想は抱かなかった。
……が。ヤマトがそのような扱いをされる事は……かなり腹が立つ。勿論、その造形美により。美しいものは崇められるべきだと、周りで“ヤマトの美”を持ち上げる者達からの影響を受けているのだろう。
あと無自覚の“騎士”として“主”を軽視される事は許せない。
「お待たせしました。満足です」
ほくほく顔のヤマトへ異常者を見る目を向けてから、改めて。
ルーチェの案内で街へ向かい、入国審査――検問は“只人専用”の列へ。これは区別なのか差別なのか。後者の色が強そうだなと、漠然と。
「おはようございます」
「、……身分を証明するものを」
「諸事情でまだ手に入っていなくて。代わりに“ミノタウルスのツノ”と“ブラックドラゴンの両翼”を持って来ました。両翼はルーチェさんへの解体の報酬なので、お礼はルーチェさんにお願いしますね」
「……」
「あの」
「……か、くにんを……しても……」
「どうぞ。ここに出せば良いです?」
「っだすな!ドラゴンの両翼は出すな! よごれるっ!」
「分かりました」
ぬっ。と、アイテムボックスから引き抜いたブラックドラゴンの翼。その蛮行へ反射的に声を上げた警備のエルフは、咄嗟にルーチェへ顔を向ける。
ふるふるっ。眉間を押さえながら頭を横に振られたので、この“黒髪黒目”は“そう云うヒト”なのだと理解。話が早くて助かる。
「ではミノタウルスのツノだけですね。30セット残っていますが、いくつ必要でしょうか」
「……可能なら、全て」
「おい。ミノタウルスのツノは高級品だ。今の情勢なら、身分証無しは5セットで入国には充分だろ」
「それは只人の都合だ」
「だったら自分達で狩れよ。狩らねえ側が搾取してんじゃねえ」
「我々が自然を愛することを知っての入国なのだろう。相応の対価を貰う」
「――あ。すみません。1セット、片ツノにヒビが入っていました。これは加工に使えます?」
「お前は自分の事で他人がバトってんだからもっと気にしろクソガキ」
搾取と主張するヴォルフ。自然を愛するが故、貴重な魔物素材は可能な限り手にしたいエルフ側。
そんな言い争いの横で何故かツノを検品し、不良品かと訊ねるヤマト。マイペースが過ぎる。
「大丈夫ですよ、ヴォルフさん。特に必要な物では無いですし、必要量を訊いたのは私。この程度で入国できるのなら惜しくはありません」
「……お前が良いなら良いけどよ」
「ありがとうございます。――警備さん。連れがすみません。私には不要なので全てお渡しします。これで、彼の無礼を許して頂けると」
眉を寄せるヴォルフを警備の者は睨み上げるが、直ぐにころっと表情を変えヤマトへ口を開いた。
「“黒”の御人よ、感謝する。見る限り……偽物は無さそうだが、商業ギルドでドラゴンの両翼と共に鑑定をしてもらう。鑑定後は受取証明書と交換で職員へ渡してくれ」
「分かりました。調味料の買い取りもしてくれますかね?」
「重ね重ね感謝する。この飾りは警備隊が“国の有益”と判断したと示すもの。皆、無礼は働かない。付けてやろう」
「お気遣いありがとうございます。お仕事、頑張ってくださいね」
髪に付けられた飾り。“黒”にとても映える。
目元を緩めたヤマトはヴォルフと歩き出し、
「ありがとうございます」
「なにが」
「ふふっ。いえ」
不思議な会話。
歩いて行くふたりの背中を見ていた警備の耳に入ったのは、ルーチェの呆れた声。小声での――
「ミノタウルスのツノ。後ろの只人達に“搾取”と思わせず、エルフ側の負い目を薄れさせる為の芝居だ。後で礼を言っておけ」
――真実。
ハッとした警備はルーチェを見てから、そろり……とヴォルフの背中へ視線を移す。
どうやら小声なのに聞こえたらしい。僅かに振り向いたヴォルフが口角を上げたので、ルーチェの言葉は正しいのだと理解。
冒険者なのに、……いや。冒険者だからこそ知る、魔物素材の価値。列に並ぶ者達は大半が冒険者なので、確かに搾取と思われてはエルフへの心象は落ちただろう。
それを察し“整えて”くれた。エルフと只人の間に、余計な軋轢を生まない為に。
「あの冒険者が動くのは“ヤマト”の為だけだ」
だからこれ以上の期待を向けるな。――そう、言っているのだろうか。
特に只人へ期待を向ける理由も無いので、小さく頷き仕事に戻った。
「ルーチェさん。商業ギルドは、どちらに?」
「付いて来い」
「お願いします」
ルーチェの後を続くヤマトは辺りを観察。人工物の香りが少ないので、流石自然を愛するエルフの国だと上機嫌。
目が合ったエルフはその黒髪に飾られた装飾品のお陰か、はたまた『何故かエルフに好意的な“黒髪黒目”』だからか。特に敵意や侮蔑の目を向けて来ることは無い。
試しに緩く手を振ってみると、一瞬狼狽えた反応を見せたが小さく手を振り返してくれた。嬉しかったし、ちょっと面白かった。
「また似合うな、それ」
「エルフ並みの顔の良さですから」
「本当はエルフでも驚かねえ」
「ちゃんと只人ですよ。――あ」
「あん?」
「エルフの民族衣装だそうです」
「買ってどうすんだよ」
「涼しそうです」
「……ラブ、首に居るから暑いんだろ」
「ラブが首元を気に入ったので」
むくりと頭を上げたラブの顎裏を撫で目元を緩めるのは、そのままで良い。との言葉の代わりだろう。安心したように再び頭を落ち着けた。
――その時。
ぱたぱたと走り寄って来る、子供のエルフ。不思議に思い足を止めると、キラキラとした顔で見上げて来る。その視線は、ラブへ。
周りのエルフ達は一応の警戒を。
「その子、ケット・シー? どうやって見付けたの?」
どうやら。自然を愛するエルフ相手だとしても、警戒心がカンストしているケット・シーは姿を見せないらしい。
更に後ろの方でそわそわしている子供達が居るので、恐らく合っている。
微笑ましいと目元を緩めたヤマトは、膝から折ってしゃがみ込んだ。
「私の魔力を気に入ってくれたので、ペットにしています。可愛いですよね」
「さ、触っていい?」
「どうぞ。優しく、ですよ。しつこいと嫌がるので、そこは許してくださいね」
「わかった!」
子供は純粋で可愛いな。と素直に感心するヤマトは、後ろの方でそわそわする子供達へ目元を緩めて見せる。
おずっ……と数秒の躊躇いは見せたが、すぐにぱたぱたと駆け寄って来る。
「もふもふっ」
「抱っこできる?」
「どうでしょう。――ラブ」
ぱちりと瞬きをしたラブはヤマトの肩で立ち上がり、背伸びをひとつ。両手を開いた子供の腕の中へ、ふわりと飛び移った。
「ラブ。子供なので、あまり魔力は食べないように」
エルフの魔力は子供でも膨大なので問題は無いだろうが、言っておかなければ大人達が変に勘繰るかもしれない。……との、一応の保険。
入国早々敵認定は御免である。
「時間が掛かりそうだな。飲み物を買って来る」
「ありがとうございます」
気遣いに対し遠慮をしないヤマトのこういうところを、ルーチェは気に入っている。遠慮されると不快と思うタイプらしい。
わっしょいわっしょいとラブを担ぎ上げる子供達が可笑しくて、しかし腰を上げヴォルフを見上げた。少しだけ、眉を下げて。
「大丈夫です?」
「好きにしろ」
「ありがとうございます。プルが警戒していないので、暫くは気を抜いても良いですよ」
「張ってねえよ」
「なるほど」
過度な警戒は、エルフ側からすると“良からぬ事”を企んでいるのではと思われる。なので、気は張らない。例え問題が起こったとしても難無く対処が出来るから。
それはヴォルフ程の実力があるからこそ可能なのだろうが。
現に。他の冒険者達はエルフ達からの敵意や侮蔑に警戒を見せている。その警戒に対し更にエルフは警戒し……の、いたちごっこ。エルフ側の歴史を鑑みても仕方のないこと。
素直に納得するヤマトは、みっつのカップを手元で浮かしながら戻って来るルーチェに目元を緩めた。
「ありがとうございます」
「あぁ。レモネードは飲めるか?」
「? 勿論」
「あんたじゃない」
「もっと、こう……私にも優しさを」
「これ以上に?」
問題ない。と頷きレモネードを受け取るヴォルフは、こてりと首を傾げたヤマトに我関せず焉。
内心では「“ハイエルフ”が自らパシられてんだから甘やかされてんだよ」と盛大に呆れている。ド正論。
ルーチェが戻って来て心強い――と思ったのか。ラブをわっしょいわっしょいしていた子供達の中からひとりが近付いて来たので、ヤマトはまた膝から折りしゃがみ込んだ。
「ねえねえ、“黒”のおにーさん。変なスライム連れてるよね? 危なくないの?」
「変……、あぁ。ドラゴンの魔石をみっつ食べたからですかね。――プル」
するりっ。流れるように。コートの隙間から出て来たプルは、ヤマトの頭の上に。定位置。
「この子もペットです。賢い子なので、優しく触っている内は悪さはしませんよ」
「……」
「あの」
「……ドラゴンの魔石、みっつ?」
「食べたそうにしていたので」
「“黒”のおにーさん、バカなの?」
「え」
「ドラゴンの魔石って、戦争になるくらい価値があるんだよ。スライムに食べさせたの?」
「では、戦争にならず平和が続きますね」
「バカなんだ」
「せめてアホでお願いします」
「アホのおにーさん?」
「それでも良いですが。ヤマト・リュウガです。お好きに呼んでください」
「、――き……貴族?」
「貴族じゃないですよ。故郷の風習みたいなもので。流れ者です」
「王族?」
「え。王族でもない、只の流れ者ですってば」
「嘘吐いたら王様から凄く怒られるんだよ。早く、本当のこと言わないと」
「うーん。全然信じてくれない。――ぁ。ルーチェさん」
「あんたはつくづく面倒な奴だな」
「エルフから見ると普通ですよね。この顔」
「表情と所作だ。――少年。この只人は本当に流れ者だ」
「ルーチェ……洗脳されたの?」
「何故そうなる。……ハァ。ヴォルフ」
どうにかしてくれ。と視線でヴォルフへ訴えると、数秒――程。
考えるように視線を斜め上へ向けたヴォルフは、ヤマトに軽く脚を当て口を開いた。
「“本性”見せてみろ」
「……あぁ、はい」
見上げて来る“黒”は納得だと緩み、しかしすぐにエルフの少年へ。
閉じていた脚を開き、片膝に頬杖。緩めていた目元に力を入れると眼光が鋭くなり、柔らかく上がっていた口角は真っ直ぐに。
一連の変化へ徐々に目を開いていく、子供。
次いで周囲の者達の聴覚が認識したのは、柔らかさの欠片も無い低く傲慢な音だった。
「貴族でも王族でもねえよ。まじで流れ者」
「……」
「“こっち”は怖ぇだろ。無駄に敵作んねえように猫被ってんの。くっそ面倒だし。わかったか?」
「……ぅ、ん」
「理解して頂けて嬉しいです。不安に思う方には『猫被ってなかったら怖い』と教えてあげてください。事実で無いことで忌み嫌われるのは、悲しいので」
「! ぁ……ごめんね、“黒”……ヤマトおにーさん」
「素直に謝れて偉いですね。怒っていないので大丈夫です。安心してください」
“猫”を被った瞬間に脚を閉じ、また目元を緩め両の口角も柔らかく上げたヤマト。それにより、その直前までの“本性”が余計に恐ろしく思える。『余計に』というか、めちゃくちゃこわい。二度と見たくない。
“黒髪黒目”はエルフに好意的。との事実を知っているので、尚更に。
「あんた……二度と“本性”出すな」
「んー、ふふっ。時と場合によるので、それは約束出来ませんね」
ルーチェを見上げて可笑しそうに笑うヤマトは、大人達がホッと息を吐いたので満足。
貴族・王族疑惑は一応の鳴りを潜めたらしい。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
“本性”の方も好きな作者です。どうも。
完全にヤンキーです。
しかもタチの悪い、ハマる人はどハマりするタイプの兄貴肌ヤンキー。
普段柔らかい言動とのんびりマイペースさなので、振り幅がえげつなくて治安が悪い。
しかしハマる人はハマる。
ロイドが居たら声無き絶叫をしていたのでしょうね。
プルも揃ってわっしょいわっしょいされたし、楽しそうでなにより。とヤマトはニコニコしていました。
この後。
商業ギルドでブラックドラゴンの両翼を出したら、その場に居た職員全員ひっくり返りました。
めちゃくちゃ面白かったけど、めちゃくちゃ怯えられたからシンプルに傷付いた。
只人から奴隷にされていた歴史を持つエルフなので、ブラックドラゴンを狩れる只人に怯えるのは当然の反応でしょうね。
ルーチェが「“食”以外に興味は無いゲテモノ食いだから安心しろ」と言ったので、一応は安心しているようです。
ゲテモノ食い……?と困惑はしているようですが。
夜に交代で戻って来た森の警備達から「あの“黒髪黒目”……食べるからとオクラを収穫していた……正気を疑う」と聞かされて、更に困惑していたようです。
どうやらこの世界では、そもそもオクラを食べないようですね。
“触手系魔物の寄生先”なので、そらそう。
次回、エルフの王。
“奴隷”。
「素晴らしい」