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57.戻りの転移魔法でも吐いた

「ブラックドラゴンてお前」


「対抗属性が無かったらちょっと危なかったです」


「……もう、ほんと……やだ。おまえ」


両手で顔を覆ったり、天を仰いだり。再び現実逃避をする解体班に愉快だなと満足そうなヤマトと、ドラゴンの上でぽむぽむと跳ねる上機嫌なプル。やはり食材としか見ていない。


珍しくヤマトの首元から降りているラブはドラゴンとヤマトを交互に見て、何かを訴えているような様子。なんだろうと首を傾げ、数秒後。


「あ。ドラゴンの魔力、食べたいの?」


「おい待て坊っちゃん! 魔力食わせんなっ!」


「お久し振りです。ギルドマスター。魔力を抜いたら素材として扱えないんですか?」


「魔力を利用して加工すんだ。ヒトの道具だけでバカ硬ぇドラゴン素材を加工出来るかよ」


「なるほど。では、先に解体して頂いた方が良さそうですね」


「因みに、逆鱗は」


「今回は持っておこうかと。折角のブラックドラゴンですし」


「だよなあ」


「申し出た方が居ましたか」


「気にすんな。先方もまさかブラックドラゴンとは思わなかっただろうし、こいつの逆鱗を買い取れる資金なんざねえよ。桁が違う」


「残念ですが涙を呑んでもらいましょう。――ルーチェさん。解体、お願いします」


ほぼ確実に、貴族からの申し出。なのにあっさりとそう口にするのだから、貴族の顔色を窺う意志が無いことは明白。


誰よりも自由だとしても。少しは気にし……たところで、先方が気を遣いまくり辞退される未来しかないか。


ヤマトが“黒髪黒目”で在る限り、この国では最も崇高な存在なのだから。


漠然とだが確信するルーチェは、しかし何も言わず。早速、大きな盥へ血を落とす切断面の首以外の箇所からも血抜き作業を始める。前回と同様、ドラゴン解体の技術に興味津々な解体班から凝視されながら。


前回、同様。その凝視を気にすることも無いルーチェは、手を動かしながら口を開いた。


「遊びにでも行け。夕方には終わらせる」


「お言葉に甘えます。プルとラブはどうする?」


未だにドラゴンの上でぽむぽむと跳ねるプルは、このまま解体を待つと。食いしん坊で、かわいい。


ドラゴンをじっと見ていたラブは、数秒程ヤマトを見上げてから跳び上がったのでキャッチ。どうやら一緒に行くらしい。ヤマトの側が一番安全だと理解しているから、か。


「ルーチェさん。抜け切らなかった血と魔石、腸の半分はプルに食べさせてあげてください」


「魔石に興味は無いのか」


「使い道が無いので」


「……わかった」


「お願いします」


ブラックドラゴンの魔石なんて、魔法に関する研究機関や魔法士団や学院にとっては喉から手が出る程の至宝。当然ながら一度も目にしたことは無い。


それを『使い道が無い』からと一切の興味を向けず、そればかりか一切の躊躇も無くスライムに食べさせるだなんて。




やっぱりイカれてる。




奇しくもこの場の全員の心の声が一致した。見事なまでの満場一致。恐らく全員、一致した事を確信しただろう。


それでも。“らしい”と思ってしまうのだから、完全に“ヤマト”と云う存在に慣れたのか……いや、思考を毒されているのかもしれない。


何とも言えない彼等に首を傾げてから解体部屋を出て、さて何をして遊ぼうか。そう考えながら出入り口へ足を進め……







「ぅぐ……お、えぇっ」


「大丈夫ですか?」


「……いちお。だいじょぶ」


王都の検問。その手前で両手を地面に付け嘔吐するロイド。その背中をさするヤマト。


明日この国を発つ予定だからレオへの挨拶を――と、序でにもう一度王都観光をしようかな。とロイドを誘ったら二つ返事。


どうやら初めての転移魔法に耐えられなかったらしい。


確かに転移魔法の感覚は、フリーフォールの落下を“一瞬”に圧縮させたようなもの。この世界どころか元の世界でも体験した事のない不快感。


ヤマトも最初は吐いたので気持ちはわかる。


「内臓……浮いた……おえっ」


「胃液が喉を焼いてしまうので、お水を飲んで全部出しちゃいましょうね」


「やさしくしないで……これいじょ、すきにさせないで……」


「ちゃんと可愛がりますよ」


「ぅ……すき……やさしっ」


弱っている時に与えられる優しさの破壊力、実際に体験したらまじえげつねー。


そう実感しながらも水で薄まった胃液を吐き出し、背中をさする手に覚える安心感。


ヤマトの介抱もあり暫くして気を持ち直したロイドは、検問待ちの者達からの視線に取り敢えず苦笑。“黒髪黒目”からの介抱。一生の自慢になる。


「もう大丈夫です?」


「っす。ありがとうございます」


「良かった」


目元を緩めたヤマトが列に並ぼうと足を動かし後に続くが、何と無くこれからの流れを予想してこっそり口元を隠した。


「ぁ、の……どうぞ。お先に」


「ありがとうございます」


「ひっ……お先どうぞ!」


「? ありがとうございます」


見事に予想通りだった。今直ぐに笑い上げたいが、不思議に思ったヤマトへ説明をしてしまえば順番を待たないといけなくなる。それはちょっと面倒臭いので、流れに任せ“黒髪黒目(ヤマト)”を利用することに決めた。


相変わらず順番を譲られても平然と、まるでそれが正しいと思わせるように享受していく。どう見ても傲慢貴族でしかない。


一般の検問所なので貴族でないとは理解しているが、彼等にとってはその理解は関係ない。見るからにめっちゃ貴族。寧ろ、他者が自分の為に動く事を当然としている王族にさえ見える。


「毎回皆譲ってくれるとか?」


「不思議ですよね」


「なんでっすかねー。不思議っすねー」




“黒髪黒目”だからだよ。




……っとの大勢の心の声が聞こえた気がして、咄嗟に息を呑み込んだ。そうしないと呻きを通り越し大爆笑していた。危ない危ない。


「お先にどうぞ」「ありがとうございます」とのやり取りを何度も繰り返し、無事に検問を通過。ヤマトを視認したひとりの憲兵が全速力で走り出したので、きっと直ぐにレオンハルトへ伝わるだろう。


先ずは、フルーツ盛りの店へ。相変わらず落ち着かない様子を見せる店員をスルー。つい同情してしまう。


「てかヴォルフさん誘わなかったんすね」


「貴族が大勢居る城へ行くのです。誘えませんよ」


「殿下達の継承権争いに巻き込みたくないし?」


「私が黒幕みたいな言い方はやめてください」


「違うんすか」


「違います。海の幸と栄養補給剤を簡単に手にしたいだけですよ」


「食いもんのために王族を利用すんの、ヤマトさんだけ」


それでも。あっさりと納得したロイドは先に食べ終わり、これで“ヤマト”の政治介入疑惑が晴れるだろうと一安心。黒幕ではなく、単純に“食欲”で動いているのだと。


周りは確信と共に変に納得をしてしまった。各地の“名物料理”を好むのだから、納得するしかなかった。


報せ……は届いただろうけど迎える準備はまだだろうな。と予想するロイドは、こういう時時間を潰せる理由がある冒険者で良かったと思う。その考えが出る辺りは“貴族らしい”のだが。


「先に店寄って良い?」


「お店?」


「剣の油。王都のが質良くて」


「ちゃんと手入れして偉いですね」


「でっしょー。ヤマトさんは買わんの?」


「魔剣って劣化しないみたいで。使える者が稀ですからね。手入れ無しでも劣化しないように、内包された魔力で保っているみたいです」


「意味わかんねっす」


「私もわかりません。でも……良いですね。やってみたいです。手入れ」


「俺、選びますよ」


「お願いします。予算の上限はありません」


「魔剣、プライド高そうだから最高級品一択。残ってっかなー」


「レオとテオのお土産にも良さそうですね」


「レオンハルト殿下は兎も角。テオドール殿下は手入れ道具に拘りあるから、別のが良いっすよ」


「……鞘飾りとか?」


「ダメ。まじで、ダメ。鞘飾りは家族か婚約者が贈るって風習あるからまじダメ。レオンハルト殿下が嫉妬して大変な事になる。だめ」


「この発想は諦めました。そういえば、テオの婚約者は?」


「貴族派の伯爵令嬢。中々にイイ性格してたっすよ」


「……あぁ。だから、テオは飾りを付けていないのですね」


「声でけーっす」


「純粋な心配ですよ」


「物は言いよう」


ゆるりと目元を緩めるだけで後は何も言葉にしないヤマトは、「ごちそうさまでした」と空になった器を返し足を進める。引き攣った笑みを見せる店員に笑いを堪えるロイドは、直ぐにヤマトの横へ。


んー。




この後は剣の油買って、ヤマトさんにも選んでやって。多分レオンハルト殿下には同じの買いそう。テオドール殿下には何買うんだろ。


形に残るものはまじでレオンハルト殿下が嫉妬するから、消え物選ぶように上手く誘導しないと。じゃないと俺が責められそう。


いや俺保護者じゃねえから無理だって、この人制御すんの。一時的でも元貴族だから“黒”への徹底的な洗脳教育受けたし。冒険者なってだいぶ緩んだけど、こうやって“黒髪黒目”に逢って側に居続けたから……これ以上は解けないんだろうなあ。この洗脳。


ヤマトさんが優しい人でまじ良かった。


いや公開侮辱はめちゃくちゃ性格悪いと思うけどさ。ド正論のような極論だったけどさ。性格悪いっつーか……無慈悲っつーの? えっぐいんだよね、この造形美でアレやんのは。


――で。テオドール殿下には何買ってくんだろ。


つーかいつも通り過ぎて受け入れてたけど、愛称で呼んでるって事はもう“友人”になったんか。この人。御愁傷様です、テオドール殿下。


ほんっと天性の人誑しじゃん。ウケる。




相変わらずの娯楽認定。上機嫌なロイドは背後でストーカー化し始める大勢に笑いを堪えながら、“黒髪黒目”の横を歩けると云う優越感と共に馴染みの店へと足を動かした。











「だから、来るなら報せを送れと……」


盛大に呆れています。と言うように頭を抱えるレオンハルトと、そんなレオンハルトへどことなく憐れむ目を向けるロイド。ヤマトの自由さに最早無の境地に至っている、姿を見せない護衛。


因みに今、テオドールも呼びに行ってもらっている。自由過ぎて頭痛がする。


「すみません。明日、発つので。ご挨拶に」


「、そうか。海産物の輸送を開始したと連絡があったのだが、すれ違いになってしまったな」


「転移魔法があるので問題ありません。いつ頃着きます? 魚だけでなく貝もあると嬉しいです」


「本当に海産物が好きなのか。初めての試みだからいつ着くかは。道中の安全性のテストも兼ね、漁師に無作為に選んでもらった。大物は勿論、強奪された時に備え毒を持つ種類も。しっかりと個別に保存させているそうだ」


「楽しみです。――そういえば。ずっと不思議に思っていたのですが、連絡手段は何を?」


「なに、とは?」


「冒険者ギルドが本部へ連絡を取っているので持ち運べる魔道具があるのかとも思いましたが、早馬やヒト伝いの連絡しか目にしていなかったので」


「あぁ。そういうことか」


不意に右腕を曲げ手を開いたレオンハルトは、数秒もせず掌に置かれた魔道具をテーブルへ。興味津々なヤマトに思わず頬が緩む。


「やる。一定量以上の魔力を持つ者だけが使用できる、通信具」


「戦争で重宝されますよね。貴重では?」


「構造は簡単らしい。使える者は限られているから、それ程に貴重な魔法士を戦争如きで失っては国の大損失。そんな存在を出征させる者は余程の愚王だろう。――ロイドは説明していなかったのか」


「訊かれなかったんで」


「世話を焼くのならしっかり焼け」


「俺保護者じゃねーっすもん」


「では、ヴォルフに伝えておくことだ。ヤマトに恥を掻かせたくはないだろう」


「――え。ヤマトさん、恥ずかしいって感覚あんの?」


「? ありますよ。当然」


「なんで」


「え」


なぜ『なんで』と訊かれたのかと首を傾げるヤマトは、ノックも無しに入って来たテオドールへ目を向ける。「先日振りです」「おう」との軽すぎる挨拶。


改めてロイドへ視線を向けたヤマトは、こてりと首を傾げてから口を開いた。


「私も人間ですから、羞恥心はありますよ」


「往来で脱ごうとしたのに?」


「“黒髪黒目”の肉体美は皆さん喜ぶかな、と。創作のネタにもなりますし」


「別の“ネタ”に使われるっすね。確実に」


「私に実害が無いのなら構いません」


「構えよ。アホか」


「そう言うテオは気になります?」


「……ねえな」


「今答えは出ましたね」


満足。と紅茶を飲むヤマトに呆れるテオドールとレオンハルトは、その対象が『流れ者の“黒髪黒目”』だから問題なのだが……との懸念。


しかし、杞憂。


「あー。まあヤマトさんなら確かに大丈夫っすね。タチ悪ぃ奴来ても公開侮辱するだけだし」


「妄想の中で私を“どう”しているのか。訊いてみるのも面白そうです」


「女は兎も角。男なら……今は女役一択じゃね? ほら。踊り子の小説」


「あのお話、中々に面白かったです。主人公が愛に狂っていく描写が真に迫っていて。紆余曲折あっての無事にヒロインとハッピーエンドでしたが、個人的に主人公の精神崩壊でのヒロインを拉致監禁凌辱調教共依存メリーバッドエンドも読んでみたいです」


「性癖だいじょぶ?」


「現実と創作の区別は付きますよ」


「いやブラックドラゴン討伐した人に言われても」


「楽しかったです」


「牙。ひとつ売ってくれ。剣にする」


「良いですよ。夕方に解体が終わるのですが、すぐに必要です?」


「金用意できたら言う」


「分かりました。一番質が良いものを確保しておきます」


「私は骨を売って欲しい。骨の方が魔力の通りが良いと聞いた」


「あの個体は火属性も有していたので、属性的にもレオと合いますね。レオも、お金が用意できたら?」


「他に面白いものを思い付かなければ」


「期待しちゃいますね」


一瞬とんでもない発言が出たが、誰も蒸し返さないことにしたらしい。賢明な判断である。


ヤマトも一読者として“ifストーリー”を考えてみただけで、特に話題を膨らませる気は無かった。なので、全員が安堵。


この国の全ての民が憧憬の中に存在させる“黒髪黒目”の発言としてはとても心臓に悪いので、今後はやめて頂きたいとは思ったが。それを言っては蒸し返す事となるので全力で黙っておく。


主に、自分達の精神衛生上の為に。


「――あ。ヴォルフさんっつったら。テオドール殿下」


「あん?」


「『ヤマトの寛大さに感謝しろクソガキ』って、伝言」


「は――」


「まじ保護者なのウケる」


「ヴォルフさんの口から私の名前が出たの、久し振りな気がします」


「あの人ヤマトさん居ないとこでは連呼してるっすよ」


「大好きですもんね。私のこと」


上機嫌に茶菓子を食べるヤマトは、果たしてヴォルフが王族へ喧嘩を売っている事に気付いているのか……


なんにせよ。只、“親友”としてヴォルフを甘やかすだけである。





閲覧ありがとうございます。

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自信満々な主人公がいっそ清々しいなと感心している作者です。どうも。


実際。連呼とまではいきませんが、ヴォルフは主人公が居ない場では普通に「ヤマト」と口にしています。

本人の前で口にしないのは、自分では明確にさせてはいませんが“親友”と云う関係性がむず痒くて恥ずかしくて……の、ちょっとした葛藤です。

厳ついおっさん冒険者の人間関係での葛藤、可愛いですよね。


そしてまたしてもラブを只の襟巻きだと思っている、レオンハルトとテオドール。

妖精でも猫なのでずっと寝ていますし、まさかケット・シーが人前に姿を現すとは思わないので仕方ないですね。

猫は寝るのが仕事。


テオドールへのお土産は少し考えてレオンハルトと同じ剣の手入れ用油にしました。

拘りが有っても、超絶ブラコンなテオドールは“弟とお揃い”という要素で普通に受け取りました。

内心ではテンション爆上がり。

ブラコンお兄ちゃん、可愛いですね。


因みに。

通信具の使い方をレクチャーしてもらい実際に使ってみたら、込めた魔力が膨大過ぎて爆発させました。

魔力量の調節で更にふたつ爆発させた。

ちゃんと弁償はしています。

レオンハルトが爆笑していたので、この“ヤマトに関する笑いのツボ”はもう元に戻らない。

ご愁傷さまです。


夕方に戻ってルーチェと解体班に「私ってそんなに羞恥心無さそうに見えます?」と訊いたら盛大にハテナマーク飛ばされて「あるのか?」と返されました。

解せない。


ヴォルフに訊いたら「熱でも出たか?」と本気で心配されました。

解せない。


次回、ハイエルフの魔力は膨大。

ヴォルフは兄貴肌。

ケット・シーは珍しい。


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