56.いずれ頂点と成る君へ
飛行魔法で“森”の奥へ移動していたヤマトは“標的”を視認し、コートをアイテムボックスへ入れてから高度を急速に下げる。
加護――としか言えない様々な超難解魔法が施されたそのコートは、一方的に“せんせい”と慕う大賢者から勝手に拝借した物。破損させたくはない。
……っと云う訳では決してなく、単に愛着があるから。例え『昇り龍』という小っ恥ずかしい刺繍が施されていても、毎日着ていれば愛着も湧く。
それに防御面は、グリフィスから貰った指輪である程度は賄える。ある程度、は。
「ぁ」
バレた。
小さな呟きから、刹那の後。目下で急速に高まる魔力濃度と、こちら――ヤマトを見上げ口を開けるブラックドラゴン。魔力の高まり具合からブレスだと判断し、考えるのはひとつ。
プルとラブ、置いてきて良かった。
それだけ。
『避ける』という選択肢すら無く。寧ろ放たれたブレスへ突っ込むヤマトは刀を抜き、やっぱり熱さと冷たさは同じ痛覚神経だな……とズレたことを考えながら、顔の皮膚が焼け爛れる感触をそのままに開かれた口へ刀を突き立てた。
――「ギャウッ……!」
舌に刺さった刀に魔力を込めながら引き裂くように抜くが、十数㎝裂けただけ。流石に、ブラックドラゴン。
他のドラゴンとは格が違うらしく、柔らかい筈の口の中すら硬い。
噛み殺そうと口を閉じるその数秒の間に飛び退き、空中に定点。口から血を流すドラゴンはヤマトを明確な“敵”と認識したのか、その金色の目に殺意が宿り瞳孔が開いていく。
「ブラックドラゴンは三属性以上……だっけ。楽しめそう」
上機嫌に声を弾ませるヤマトは焼け爛れた箇所を聖魔法で治癒し、構えた刀に先ずは水を纏わせる。この個体の属性が分からないので、先ずは火と土に強い水で様子見。
したのも束の間。
「うそだろまじか」
ぱりっ……バチバチッ――
ドラゴンから立ち昇る幾つもの稲妻。まさかの、雷属性。水では逆に多大なダメージを受けてしまう。
なら、雷に強い土。しかし刀に土を纏わせるのでは斬れ味が落ちるため、土を構築せず“属性付与”で留める。
この場に魔法士が居たら「わけわからん」とドン引いていただろう。一般的に、魔法士は属性を生み出すのではなく“持っている”から。
「私の“顔”を焼いたこと。後悔させてあげますね」
絶対的造形美の美術品。心底から気に入っている“この顔”を焼くなんて、万死に値する。圧倒的ギルティ。
あとめっちゃ痛かった。
やはり色々とズレているが、次の瞬間には転移魔法を使いドラゴンの背後へ。たった今まで居た場所に走った、稲妻。
稲妻の走る速さ……どれくらいだっけ。
やはりズレている。が……そんな事を考えている間にも振られた尾が視界の端に入り、再び転移魔法でドラゴンの片翼の付け根へ。
ばちばちと立ち昇る稲妻を防いでくれる指輪に感謝だが、恐らく防げるのは数秒間。ヒトの“意識”がドラゴンを勝るのなら、既にこの世界からドラゴンは駆逐されている。ヒトから生み出された道具が生態系の頂点に勝てる筈も無い。
しかし。『理の外』の存在ならば――
「まず片方。貰うよ」
言うと同時に重力魔法を自身に掛け、急速に落下するその力を利用し片翼を根元から削ぎ落とす。落ちていく片翼はアイテムボックスで回収。
やはり刀の反りは素晴らしい斬れ味を生むのだと、改めて感心。
例え生態系の頂点だとしても、ドラゴンも“理”を構築するひとつの要素。『理の外』の存在の前では被食者となってしまう。
だからといって大人しく討伐される筈もないが。
――「ギャオオオオオッ!」
「ぅ、ぐっ!」
重い衝撃。一寸前に視界に入ったのは、ドラゴンの尾。反射的に出した腕には稲妻により走る火傷の痛みと、衝撃により骨が折れる感覚と音。
そのまま尾を振り抜かれたが、水魔法でクッションを作ったために地面に叩き付けられることは回避出来た。それでも衝撃を和らげただけだが、打撲で済んだだけ僥倖だろう。
一瞬だけ。腕を確認すると袖の繊維が皮膚に焦げ付いており、このままでの治癒は出来ないと眉が寄る。治癒魔法は時間を戻すのではなく、細胞を活性化させ皮膚を再建する事象。このまま治癒してしまえば、恐らく繊維を巻き込んで皮膚を再建させてしまう。
骨折だけ治癒して火傷は後回し。
今は、追撃に口を開いたドラゴンからのブレスを回避しなければならない。
再びドラゴンの背後へ転移し、
「、」
ドガッ――!!
先程の重い衝撃が左上半身を襲った。転移を誘われ転移先を読まれ、振り抜かれた尾での攻撃をもろに食らい一瞬意識が遠退く。その一瞬で地面に叩き付けられたが、幸運にも木々がクッションになり複数箇所の骨折で済んだ。
尾に接した皮膚は服の繊維が焦げ付いているが。
この姿……ロイドさんが見たら悲鳴を上げるだろうな。
完全にズレまくっている。もしかしたら頭のネジがいくつか足りないのかも知れない。
っと、いうか。
「あー……いってーな、くそっ」
骨折は即治癒。続けて、繊維が焦げ付いた火傷箇所――その全てを短剣で削ぎ落としてから皮膚を治癒。
流石に火傷の範囲が広く集中を乱される。その考えによる選択だが、それを迷い無く実行するなんて理解に苦しむ。明らかな凶行。
イかれてる。確実にネジがぶっ飛んでいる。
「ころす」
治癒したとしても受けた痛みは記憶に残る。脳が生命を守る自己防衛としてアドレナリンを分泌させ、その痛みが興奮材料となり『快感』と認識。
現に。今、ヤマトの口角は上がり瞳に“恍惚”の色が滲んでいる。
端的に言うと、ランナーズハイに近い状態。
左半身が血塗れのまま飛び上がったヤマトはドラゴンの目前へ。一瞬で視界に入った“黒”に僅かに動揺したのか、防御が遅れたドラゴン。その目玉を、下から刀で真っ二つに。
追撃に閉じた瞼に刀を突き立て貫通した刃先が目玉に刺さり、手で払われる前に刀に魔力を込め切り裂くように抜くと同時に――転移魔法で残った片翼の付け根へ。
「只のトカゲにしてやるよ」
人語を理解しているのか不明だが、明らかに反応したドラゴン。反撃に炎を纏った稲妻が走り……
しかしその攻撃が当たる前に、ヤマトは再び重力魔法で付け根から翼を斬り落とした。アイテムボックスへ収納された、両翼。
「雷、火。次は?」
恍惚な表情で挑発する“黒”。
「あー、だから『ブラックドラゴン』」
バチバチと立ち昇る稲妻が消えたと思えば、代わりに立ち昇る漆黒の影――“闇”。
大賢者の本には、ブラックドラゴンが闇属性を持っているとは書かれていなかった。そもそも保有属性はひとつの記載も無かった。本には、
『ブラックドラゴンとは1体しか遭遇していないので、先入観を植え付けないため属性の記述は省略する』
……と。
いや書いててよ“せんせい”! 聖属性使えなかったら死んでたじゃん!
ほんっと、いじわるっ!!
数秒だけ焦ってしまったが、立ち昇る“影”が動き出したので刀に聖属性を纏わせる。念の為に、全身にも聖属性を付与した魔力を濃く纏って。
僅かに――ドラゴンがたじろいだように見えた。だが次の瞬間には咆哮と共に、いくつもの“影”が襲って来たので刀を構える。
「例えドラゴンでも。闇属性を使う時は他の属性は使えない――か」
『闇』は他の属性を飲み込む。一個体が内包する属性であっても同時使用は不可能。それが、この世界の理。
例え生物の頂点で在るドラゴンだとしても、この世界で生を受けたのなら『理』には抗えない。
そしてその効果範囲外に在るのが、唯一。『聖属性』のみ。
「恨むなら、“私”を喚んだ神を恨んでどうぞ」
襲って来る“影”を斬り落としていくヤマトは飛び上がり、払おうと迫る鋭い爪を転移魔法でかわし――
「食ってやるから安心して死ね」
――絶対的な捕食者。
刀へ纏わせた、聖属性を付与した魔力。その出力を最大量に上げたと同時に横へ真っ直ぐ、一閃。
一瞬……の、静寂の後。
消え失せた“影”と滑ったドラゴンの首。それを確認し、その巨体をアイテムボックスで回収。
地面に降り立ち座り込んだヤマトは辺りから木が消失した事実に、闇属性の無慈悲さに頬を引き攣らせる。同時に、聖属性のチートさにも。
現在、闇属性や聖属性持ちが確認されていない事にも納得がいく。こんな……世界の終焉級の属性がヒトの世に現れては、権力者に利用された末に使い手が悲観し暴走し世界が滅んでも仕方ない。
聖属性持ちが絶望したら闇属性に変質されそうだし。
向かい合わせの鏡合わせ、なんだろうなー。闇と聖は。
ところで『光属性』ってあるのかな。予想では聖属性の下位互換と思うけど。じゃあ闇属性の下位互換は『影属性』?
長命のエルフ族なら知ってるかな。訊いてみよう。
後ろ手に身体を支え空を仰ぎ見るヤマトは、その一連の動作の中で視界に入った血溜まりを気にも留めない。その鮮血は自分のものなのか、それともドラゴンのものなのか。
この鮮血も『森の掃除屋』で在るスライムが処理をするのだと、当たり前の事を考えながら。襲って来る疲労感に、取り敢えず身体を支える腕から力を抜き倒れ込む。
……あっは。
「さいっこう」
本気を出せるのはドラゴンを相手にする時だけ。久し振りに指輪や『魔力還元』に頼らず、この短い時間でも思いっきり魔力を解放できた。怪我を気にせず好きに戦えた。
ヴォルフ達の前では決して出来ない、己の身体を顧みない戦術。これでも、転移魔法を使い始める前より断然怪我は少ないが……
やっぱり、
『日本人』なんだなー。鎌倉武士然り、神風特攻隊然り。
あ……鎌倉武士のはネットで誇張されたんだっけ?
なんにせよ。現代では平和ボケして人命優先なんだから丸くなったものだ。平和とは素晴らしい。
でもドラゴンと戦うのは楽しいから、もういっそ“私”が蛮族なのかな。
あー……ほんと、さいこう。
達成感。脳内麻薬。快楽物質。ドーパミンにより全身を駆け巡る多幸感。
恍惚に歪むその“顔”は、レオンハルトと戯れて撮った吸血鬼の写真よりも美しく……艶めかしいもの。
この、今浮かべている綺麗に歪んだ“顔”もヴォルフ達には見せてはいけない。完全に『人外の美』で、ヒトの理性を狂わせる蠱惑――魔性。
「……ハァ。出禁、つらい」
今程に娼館でやらかした事を後悔した瞬間は無いだろう。戦闘後のこの昂りを冷ますには、娼館が最適なのに。
戦地で“騎士の嗜み”が蔓延るのも理解出来る。一度知ってしまえば自己処理では些か物足りない。
仕方ないので自己処理するが。
……いや、まてよ。
「フレド……誘って、行くか。娼館」
王都から戻って来る時に温泉街の娼館をロイドに紹介してもらった事を思い出し、抑え付けようとした“欲”が再熱。折角だからフレデリコを誘ってみようという、暴挙。
なにが『折角』なのだろうか。独身の領主を軽率に娼館へ誘わないでほしい。しかも、身体に傷痕が残る領主を。
きっとフレデリコも笑いながら了承するだろう。侍従の苦労が目に浮かぶ。
そうと決まれば。と身体を起こしたヤマトは、がさりっ。生い茂る草の間から出て来た魔物――ドラゴンの幼体を視界に捉える。
真っ黒の鱗。真っすぐと見て来る、金色。
討伐したブラックドラゴンの、子供。
ブラックドラゴンは稀少も稀少。ドラゴンが蔓延る“この森”でさえ、遭遇したのは初めて。だからこそ、確信。
敵意。警戒。……殺意。
親の仇。それでも襲い掛かって来ないのは、幼体の自分では勝てないとの確信があるから。成体の親でさえ勝てなかったのだから、至極真っ当な判断。
――「ウゥゥッ……」
なのに逃げずに威嚇の体勢で唸る子ドラゴンは、食物連鎖の頂点で在る『ドラゴン』としてのプライドを持っているのか。まだ、こんなにも小さいのに。
そんな子ドラゴンを見ながら立て膝に頬杖を突いたヤマトは、
「君の親はとても強かった。誇ると良い」
目元を緩めての称賛。
言葉が分かったのかは判断できない。だが唸ることはやめ、威嚇の体勢だけに落ち着く。
更にヤマトは言葉を続け、
「これが弱肉強食。“この森”の絶対的なルール。だから私に挑まず、未来で“この森”の頂点に立つと良い。それが、唯一君に出来る親への弔いだよ」
アイテムボックスから取り出したミノタウルス。それを風魔法で運び、子ドラゴンの前に。
「子供だとしても“森”のルールには従わないといけない。でもね、私は子供が好きなんだ。見逃してあげる」
そう言ってから腰を上げ、適当に砂をはたき落とし改めて子ドラゴンに向き直る。
僅かに……潤んだ金色。しかし罪悪感を覚えることは無い。
唯一不変。弱肉強食。慣れなければ“この森”で生きられなかった。
「数日はそれで保つだろう? 無くなる迄に狩りを覚えな。火は燃やし尽くしてしまう可能性があるから、他の属性が好ましいね。最初は威力が大きくても構わないよ。“この森”は直ぐ元に戻るから」
いつの間にか威嚇の体勢を解きヤマトを見上げていた子ドラゴンは、数秒……程。顔を俯けた後、ミノタウルスを咥えて木々の向こうへ飛んで行った。
流石、ドラゴン。子供でも顎の力が強い。
……いや。あれは重力魔法を使ってるな。重力魔法使うドラゴンって最強なんじゃない? おーこわっ。
私が勝つけど。
確かに相手の重力魔法の構築式を読み解けば、同じ重力魔法で相殺は可能だろう。しかしヤマトには構築式を読み解く頭脳は無い。どうせ、お家芸の“イメージで補完”を駆使するのは想像に容易い。
相変わらずの、チート。非常識。
「しっかり成長しなよー」
少しだけ大きな声で言ってから踵を返すヤマトは、集まって来たスライムに“掃除”を任せその場を後に。自身にクリーンを施し、血塗れの全身が綺麗になったので一息。
昂っていた自身が落ち着いている。その事実に、やっぱ……
私は子供好きなんだな。
子ドラゴンをあやす為に性欲を抑え付ける程に。だって可愛いし。流石にペットにはできないけど。
あの子が“この森”の頂点に立つのはいつだろ。その時には寿命で死んでるから、見れないのが残念。
つまり、子ドラゴンが姿を見せたお陰でフレデリコの侍従が奔走する未来は回避された。
閲覧ありがとうございます。
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子ドラゴンが可哀想で泣きそうな作者です。どうも。
この子ドラゴンは闇属性は勿論、重力魔法とこれから新たにもうひとつ属性を得るのでほぼ無敵。
なので無事にすくすくと成長して“この森”の頂点に立ちます。
暫くは当然主人公へ恨みを抱いていましたが、それも時が経てば『“森”の絶対的なルール』を理解し“ヤマト”のことを許します。
強く生きて行くのでしょう。
因むと。
重力魔法は無属性で空間魔法の亜種のようなものです。
空間に歪みを発生させることで物質間の引力のバランスを狂わせ、同じ質量のまま強制的に重力を強くさせています。
つまり『神』の領域。
ヒトに出来て許される事では無い。
しかし“ヤマト”は神の気紛れによる存在で『理』の外の化け物なので“許されて”いたり。
ドラゴンは生態系の頂点で『神』とノットイコールで在りニアリーイコールでも在るので、現象を理解した上でなら使用出来ます。
つまり、あの子ドラゴンも鬼才と云うことです。
あと無属性は適正と理解さえあればアイテムボックスや重力魔法、強化魔法や防音やら多岐に渡って使えます。
大半の無属性持ちは適正か理解のどちらかが欠けて多くの魔法は使えませんが。
戦闘シーン、本当に苦手です。
ワクワクしない戦闘で申し訳ない。
これでも頑張ったので許されたい。
“ヤマト”の異常性を書きたかっただけなんです。ゆるして。
次回、解体班は勉強熱心。
ロイドと共に王都。
ご挨拶。