55.女性のショッピングは長い
「――あ。そうだ、ルーチェさん。今日を入れて4日後に発とうかと」
「やっとか」
「これでも急いだので許してください」
「今日は」
「キアラさん達とデートを」
「だから服が違うのか。明日は」
「プルからのリクエストで、ドラゴンを狩りに」
「……あさって」
「“あの森”で一泊してお肉のストックを。昼には戻ると思うので解体をお願いします。報酬は、飛膜」
「また本の知識か」
「いえ。これはロイドさんから」
「……飛膜ではなく“翼”。両翼揃っているのなら、エルフ族は心からあんたを歓迎する筈だ」
「構いませんよ」
世間話の抑揚での『ドラゴンを狩りに』発言。よく意味が分らなかったが、両翼を報酬として貰えるので瞬時に受け入れた。
こいつはこういう奴だ――と。恐らく諦めに近い。正しい判断である。
朝食を終わらせたヤマトは新聞を読みながらの食休み。キアラ達との待ち合わせまで時間があるのだろう。
だからと言ってルーチェは話し掛けることもなく、食後直ぐに部屋へと戻って行った。いつも何をして時間を潰しているのか。
「ヤマト様。お茶は如何でしょうか」
「お願いします」
他の宿泊客にはこのような手厚い対応はしない。しかし周囲の者達には文句を言う気は無い。
“黒髪黒目”相手なら当然の対応。
故に「しっかりとした良い宿だ」と純粋に感心しながら、各々の本日の予定へ。
20分程の食休みを終え、漸く待ち合わせの場所へ。高級店が建ち並ぶ区画の入り口。場所が場所だけに憲兵が警備している。
待ち合わせ時間10分前。まだキアラ達は来ていない事に、少しだけ安堵。女性を待たせることは忍びない。
区画を仕切る壁に寄り掛かり、アイテムボックスから取り出した本を読み始めるのだから……その近くの憲兵は緊張感に冷や汗を流し始める。
なぜここにいるのか。理由が分からないから、余計に。
何分……経ったか。
日常と化した、街の者達からの視線と内緒話。今日は服が違うのでいつもよりざわついており、なのにヤマトは一切気にせず文字を目で追う。
やっぱ貴族じゃん。……再度貴族疑惑が首をもたげた。
そんな中。何やらざわめきが大きくなったので本を閉じ、た約1秒の後。
「待たせてすまない」
「私の為にお洒落をしてくれたのでしょう? 皆さんお綺麗で、嬉しいですよ」
「ほらー! ヤマトくんなら絶対許してくれるって言ったじゃん!」
「あんたの所為で遅れたんだから、先ずは謝れ」
「はい。ごめんね、ヤマトくん。ピアス迷っちゃった」
「可愛らしいピアスですね。とてもお似合いです」
「ヤマトくんもいつもと違って新鮮っ」
「美しく可愛らしい皆さんの為にお洒落してみました。が、この区画には少し物足りないようですね」
「それ以上お洒落してなにに成る気? 王族?」
「え」
「はーい、しゅっぱーつ! 女の買い物は長いから覚悟してね!」
「望むところです」
嫌がる素振りも無く。目元を緩めて歩き出すヤマトは、彼女達の誰も腕に絡み付いて来ない事に感心。
対人関係の距離感をしっかりと守っている。これも、貴族と顔を合わせるSランクパーティーだからこそ――か。
「、キアラさん?」
「……いや。意外と、筋肉質だなと思って」
「ドラゴンを倒せる程度には」
「だったら筋肉ダルマだろ」
小さく笑うキアラも足を動かし、ヤマトの横に。
シンプルなシャツに細身のスラックス、襟なしのダブルベスト。髪はサイドを後ろに流して。一応の装飾品としてループタイは付けているが、他はグリフィスから貰った指輪だけ。
確かに高級店の区画では物足りない。――が、そもそも“その顔”だけでこの区画に似合い過ぎている。なのでこれ以上は完全に“王族”と認識される。
勿論その自認が無いヤマトは、折角だから私も何か買おう。と血迷っている。「高級ジャケットでも着てみろ、完全に王族と化すぞ」レベルには現段階で貴族。っと云うのは、周りの者達全員の感想。
絶対似合うから見たい。それが、本音。
「貴族との懇親会に合う服、でしたよね。お力になれるかは」
「殆どの冒険者は普段と大差無いから気負わなくて良い。貴族側も、冒険者に格式張った装いは期待はしていないからな。ヤマトとデートする口実だよ」
「光栄です。確かに皆さん、今日のように着飾っては求婚者が殺到しそうです」
「冒険者の女は愛人止まりさ」
「彼は違うでしょうね」
「あの気色悪い男だけは無い」
「普段の言動なら好ましいのに?」
「本当に惜しい奴だよ。アレが無ければ、前向きに検討してやったのに」
「きっとヴォルフさんも気に入ったでしょう。本当に、惜しい。――さて。デートですし、他の男性の話はここ迄で。懇親会は静謐な場でしょうか?」
「いいや。いつも活気があって、その裏で陰謀も渦巻いている。貴族も、冒険者も」
「んー……では、リーダーのキアラさんはパンツスタイルが良さそうですね」
「私としても動き易い方が有り難いな」
「牽制をしたいなら『男装の麗人』をテーマにすると効果的かと。上手くいけば、女性貴族の支持を集められますよ」
「それは……有り難いな。私達は男の支持は得られても、女の支持は低い。敵意を向けて来る者も、な」
「男装の麗人と可憐な美少女。男女から支持を得られますね」
「“お力”になっているじゃないか」
「良かった」
くつくつと喉を鳴らして笑うキアラと、機嫌良さそうに目元を緩めるヤマト。会話をしている間にも他のメンバーが入店したので、店内の商品を吟味しながら。
ふたりの会話はメンバー達にも聞こえている。なので早速、各々に合う服を選び始めた。
美女美少女と冒険者達から騒がれるだけ在り、流石に自分達の顔の系統を把握している。その潔さは好ましい。
「ヤマトくーん、どっちが良いと思う?」
「どちらも賑やかな場に合いますが、今回は右ですね。左は、貴族が参加する懇親会には少し露出が多いかと」
「ヤマトくん、ヤマトくん。これとこれは?」
「こちらで。『男装の麗人』ならフリルは少ない方が好ましいですが、身長が低めなので敢えてフリルを纏い庇護欲を刺激する美少年に扮すると良いですね」
「ヤマトーなにもわかんないー」
「んー。このシャツとスラックスと……あのジャケットで、白のクラバットを赤い装飾品で飾りましょう。気怠い雰囲気なので、恐らくマダム達の心を掴めますよ」
「ねー、ヤマト。これ、どう?」
「良いですね。正に『可憐な美少女』。きっと男性達の目を惹けます。2階でお好きな髪飾りを幾つか選んでください。小振りなものが好ましいです」
「ヤマト、お前……タチが悪いにも程があるぞ」
「え」
「いや。私は?」
「キアラさんは高嶺の花と思わせる装いが合いそうです。一番質の良いものを見せてもらいましょうか」
「程々のものにしてくれ」
「? わかりました」
各々についているスタッフ。“黒髪黒目”のご来店に内心大混乱と大興奮だが、彼女達のあとを商品を手に付いて回るプロ根性。
何やらヤマトとスタッフがアイコンタクトを交わしていたが、ショッピングに夢中な彼女達は気付いていない。
「これと、それと……そのジレも良いですね。胸元が広く開いているので苦しくなさそうです」
「ん? 胸は潰すのだろう?」
「女性の身体にそんな無体は強いません。男装の麗人とは言いましたが貴族ではありませんし、他の冒険者も居るのなら“冒険者の遊び心”に留めた方が変な誤解を生みませんよ。――あ、装飾品も持って来て頂いたのですね。ありがとうございます。このループタイ良いですね。そのカフスボタンと、ピアスとベルトを」
「……金額がとんでもない事になってきたな」
「――ん。取り敢えず皆さん決まりましたし、一度試着してみましょうか。ゆっくりで良いですよ。スタッフの方々、お願いします」
緩んだ目元を向けられ、大袈裟な程に肩を鳴らしたスタッフ達。それでも機敏に動き出すのだから、プロ根性は素晴らしいと素直に感心。
試着ルームは3階。商品を持つスタッフと共に3階へ向かう彼女達を見送り、……さてと。
3階専門のスタッフに任せて戻って来たスタッフ達は、直ぐにヤマトの周りに。しかしヤマトは嫌な顔をせずに寧ろ上機嫌で、
「では。始めましょうか」
立てた人差し指を口元に当てての言葉。ごくりと鳴る喉。それは確実に目の前の“黒髪黒目”の所為で、これ程に『生唾を飲み込む』と云う慣用句が似合う瞬間は他に無いだろう。
憧憬の中だけに存在していた筈の“黒髪黒目”――決して手に入らない存在。『欲しい』と思う事すら烏滸がましい。
……っと。そんな感想を抱かれている事には当然気付かず、再び機敏に動き出したスタッフ達に再度感心した。
「……うん。良いですね。皆さん、とてもお似合いです。胸は苦しくないですか?」
「あぁ。この店はサイズ展開が豊富らしいから、助かった」
「時間が足りない?」
「お貴族様からの招待はいつも急なんだ。移動の時間も考慮してほしいよ」
「傲慢ですから」
可笑しそうに笑うヤマトはもう一度キアラ達をじっくり観察し、
「皆さんお揃いのブローチを付けると、“遊び心”がより強調されますかね」
言うが早いか。サッと出された、ベルベット生地に乗る5種類のブローチ。
様々な宝石の中、選ぶのは勿論。
「これを」
「畏まりました」
ササッと動くスタッフはキアラ達の胸元にブローチを付けていき、それはダイアモンド。頬が引き攣った。
さすが、ドラゴン・スレイヤー……金銭感覚が狂っているな……
「やっぱり無色は合わせ易いですね。それにしても、顔が良い人達を着せ替えるのは本当に楽しい」
あ、なんだ。着せ替え人形にして遊んでいたのか。
そりゃあこんな高級な服、買わせようとしないよな。まあ私達も久し振りのショッピングでテンション上がっていたし、楽しかったから満足。
もう少し安い店に行こう。
そう心底から安堵し、元の服に着替える為に各々パーテーションの向こうへ。
「下で待っています」
「待たせて悪いな」
「お気になさらず。とても楽しいので」
本当にこの男はタチが悪い。
こちらも心底からの納得。
女性のショッピングにこうも前のめりで付き合う男性は、貴族の中でも恐らく稀だろう。大抵は笑顔を貼り付け、それでも褒め言葉を口にしながら耐え忍んでいる筈。
続々と着替え終わり「楽しかったー」やら「似合ってたよ」やらの満足そうな声を聞きながら、皆で1階へ。
………………は?
「お疲れ様です。次のお店へ行きましょうか」
大満足。上機嫌。素晴らしい程の眩しい笑顔でそう言ったヤマトの周りには、沢山の箱や紙袋。ご丁寧に綺麗に包装されている。
……ちょっと、まて。それは……
「ぉ、おいヤマト。それ」
「ちゃんと私が運ぶので安心してください。ショッピングは始まったばかりですからね」
「ぃ……ゃ、そうじゃなくて。お前、それ……いくら」
「? “デート”ですから当然払いますよ」
「っ待て待て! 金貨何百枚だと思ってる!」
「さあ?」
「、は……」
「貢ぐのも中々に愉しいです」
「ま……て、本当に。こんな高いもの、」
「気に入ったのでしょう?」
「、それと……これとは」
「私が贈りたい思ったので、皆さんにはその“価値”があると云う事です。どうか私の顔を立てて、受け取ってください」
ね?
小首を傾げて。達成感に満たされた笑顔での、強要。
“黒髪黒目”でなくとも圧倒的造形美からそう言われてしまえば、もう受け取るしかない。“顔”が良い。耳……顔どころか全身が熱くなる感覚。
背後で「はぅっ」との恍惚な声と共に人が倒れた音がした。どうやらスタッフ達に流れ弾が被弾したらしい。
アイテムボックスを操作し購入した商品を仕舞ったヤマトは、テンションが上がっているらしく両手を合わせもう一度小首を傾げる。
「次は静謐な場に合うドレスを買いに行きましょうか。その次は各々に合う装飾品ですね。――あぁ、そうだ。靴や小物も必要ですよね。着せ替え、楽しみです」
元、女。自覚しているのかは定かではないが、世話焼き。呆れる程のお人好し。
それらの要素がぴたりと重なった故の、一種の暴走。
今から精神的疲労が襲い掛かるのだと確信したキアラ達は頬を引き攣らせ、それでも足を動かすのは――
「ヤマトくん……あんな顔もするんだ……かわいい」
――惚れたもん負け。
つまりは“抗えない”っと云うことで。
「あんた、なにしてた」
「デートです」
「風呂に入って“それ”か」
「やっぱりまだ残っていましたか」
横髪を掬い匂いを確認するヤマトは、自分では分からないなと眉を下げる。鼻がバカになったらしい。
何軒も店を回ったので店内に焚かれていた香の匂いがごちゃ混ぜになり、髪に染み付いて一度のシャワーでは取れなかったと理解。
「気になります?」
「魔法でどうにかしてくれ」
自然を愛するエルフ族。だからこそ人工物のニオイには一際敏感になるのだろう。
食事中にも拘らず鼻と口を覆うルーチェに再度眉を下げて見せ、カトラリーを置き思案。目を伏せ、顎に手を置いて。
数秒……後。
「ん。どうです?」
「……なにを、どうした」
「“イメージ”しました」
「構築式……意味が、分からなかったが」
「まだまだ研鑽出来るということですね。楽しめますよ」
食事を再開するヤマトに盛大に呆れるルーチェ。は、
『魔力還元』の構築式は、我々エルフ族に理解できるのだろうか。
……無理そうだな。
漠然とだが確信し、こっそりと肩を落とした。
「女の買い物は疲れただろう」
「いえ。とても楽しかったです。キアラさん達は疲れていましたが、何故でしょう」
「……冒険者は、魔物を狩る方が慣れているからな」
「確かに」
あっさりと納得するヤマトだが、ルーチェはヤマトが“やらかした”のだと察する。明日には噂が回りきっているだろう、とも。
「今度、ヴォルフさんとロイドさんにも貢いでみます」
「理由は明白だな」
「え?」
「いや」
きょとんっ。不思議そうに目を瞬くヤマトに、呆れと共に小さく首を振ってから食事を再開。
ハイオークの香草焼きがとても美味しい。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
主人公の金銭感覚が心配な作者です。どうも。
貴族のヴィンセントには貢げないなと残念に思っていたり。
確実に“取り入っている”との噂が発生しますからね。
というか、ヴィンセントが態と流します。
彼はまだ“ヤマト”を『王』に据えて侍りたいと思っている。
全然諦めない。
貴族、己の欲望に正直なので。強欲。
疲弊したキアラ達は、それでもにっこにこな主人公にキュンキュンしていたので大満足。
あと昼食や飲み物に至るまで本当に全額払われたので、またちょっと貴族疑惑が頭をもたげた。
男性貴族は女性にお金を払わせませんからね。
存分に着せ替えを楽しんでいた主人公、開き直ったキアラ達から逆に着せ替え人形にされていました。
万人受けしない柄の服も見事に着こなしたので、その“顔”の良さにキアラ達は勿論。店員も脱帽と同時に感心。
“顔”が狡い。
『男装の麗人』は爆発的な人気を博しました。
Sランクとして基本的なマナーは抑えつつ、それでも冒険者なので滲み出る野性味が女性貴族達にはツボだったようです。
あとキアラ達、顔が良い。
次回、ドラゴン狩り。
異端分子で在る“ヤマト”の異常性。
戦闘シーンの描写は苦手なので期待はしないで……