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54.悪魔の搦め手

なんでこいつがここにいる。


盛大に頬を引き攣らせる、剣の鍛錬の休憩に入った第一王子――テオドール。その視界に映るのは紅茶を楽しむヤマト。


うっとりとした表情で給仕をする王城の使用人を侍らせて。……彼等が勝手に侍っているのだが。


「お疲れ様です。お久しぶりですね」


「……っ誰がこいつを城に入れた!」


「門番に挨拶をしたら入れてくれました。警備、大丈夫です?」


「“黒髪黒目おまえ”だからだよ!!」


「いえ。恐らくレオの“友人”だからかと」


「喧嘩なら買うぞコラ」


「残念ながら。私は買い専です」


すっ――と軽く片手を上げると、使用人達はテオドールのお茶と菓子を用意してから礼を示し下がっていく。


使用人へ一言も発さない姿はどう見ても“貴族”で、再び頬が引き攣る感覚。下がらせた理由が分からないので尚更に。


「レオが来る前に済ませましょう」


視線で向かいへ着席を促され、何故か……反射的に身体が動き、気付いた時には腰を下ろしていた。


王族の自分が従ってしまう。その、自身の行動なのに一切の理解が出来ない事実に覚える寒気。


それは確実に、目の前の男が“黒髪黒目”だから。王族だとしても……いや、この国の王族だからこそ抗えない崇拝。か。


「何の用だ」


「私が、レオに商権を売っている事は?」


「グリフィスのジジイが悔しがってる」


「ふふっ。そろそろ、指摘しそうだったり」


「……まあ」


「それであの子の優位性が揺らぐのは、殿下の性格からして本意ではないでしょう?」


「お前が二度と会わなきゃ良い」


「それは不可能ですね。まだ幾つかのお礼を頂いてませんから。それに、懐いて来る姿が可愛らしいですし」


「、……手前ぇ」


「“器”を見せる機会ですよ」


「……聞かせろ」


途端に鋭くなった目に、満足そうに目元を緩めるヤマト。脚を組み、組んだ手を膝の上へ。


傲慢不遜。しかしテオドールは眉を寄せることもせず、睨むようにヤマトを見るだけ。言葉通りに『聞かせろ』と。


弟妹を守ることだけを誇りに思う、ひとりの兄として。


「ペットのおやつとして作った、ペースト。病人や老人の栄養補給食としても普及できそうだと、アドバイスを頂きまして」


「……それを、俺に売ろうって?」


「まさか断りはしないでしょう」


「怒る……んじゃねえの」


「許してくれます」


「ぶん殴るぞ」


「私に“それ”を向けたいのなら。先ずは気概を見せるべきでは?」


「……ハァ」


思わず。片手で顔を覆うように頭を抱えるテオドールは、こてりと首を傾げるヤマトを指の間から睨み付ける。


何が悲しくて、嫉妬対象から商権を買わなければならないのか。いや買うが。レオンハルト――弟の為なら……


次は口の中だけで溜め息をひとつ。同時に、諦めに椅子へ凭れた。


「悪魔に心臓くらい捧げねえと、か」


「私を何だと」


「今『悪魔』つったろ」


「ちゃんとヒトです」


「どうだか」


「もし本当に悪魔なら、既にこの国は私の支配下ですよ」


「だから言ってんだよ」


「え」


「お前はもっと“黒髪黒目”の影響力を知れ。知らねえ内に王にされるぞ」


「……あ。心配してくれてます?」


「俺の統治の」


「頑張って」


僅かに頤を上げての笑みは『王と成るのはレオですよ』とでも言っているのだろうか。相応の能力なので否定はしないが、その高い能力は名を出さない方が存分に発揮されるとも確信している。


だからテオドールは自分が表に出て、自ら弟の傀儡と成ろうと考えた。自分を利用しようとする貴族達は武力で押さえ付けて。


「殿下は、“覚悟”はあります?」


「だからだよ」


「素晴らしい」


異母でも血の繋がった弟妹を守る為だけに。


純粋な称賛。ゆるりと笑む“黒”は、心底からその言葉を口にしたのだと察する。


柔らかく緩んだ圧倒的な造形美。そんな表情を向けて頂ける関係ではないのに。――って、待て。




どうして俺は今こいつを“上”に置いた。


例え“黒髪黒目”でも俺が上……は流石にこの国の王族として抵抗あるから、せめて対等で在ろうと意識してたのに。なのに、なんで。


俺は今歓喜しているんだ。


この存在に褒められて嬉しいと。本当の笑みを見れて満足だと。


何故……そう思って、しまって……




視界に映るヤマトが紅茶を飲む、その動作が怖ろしい程に遅く見える。理解不能な感覚。


その感覚は、ヤマトが続けて口を開いたことで通常の速さへと戻った。


「そういえば。母君は、どなたに?」


「……只の踊り子が王室の清濁についてけるか。幸せになれとかほざいて、目の前でコレ」


片手で首を斜めに切る動作を見せたテオドールは、母親へは愛を向けていなかったのか。


そう考えるヤマトは表情を変えず、続きを促すような視線。その“黒”に無意識下で従ってしまい、当然ながらその無意識に気付かない儘に口を開いた。


「言っとくが。あの女は一度も俺を抱いてねえ。王妃の取り巻きから嫌がらせを受け続けてたらしいし、そりゃあ産後鬱にもなるさ。そっから5年保っただけ立派だろ。産んでくれた事は感謝してる。だが、それだけだ。俺に“母親”はいねえよ」


「乳母は?」


「死なねえ最低限の飯与えるだけの女が乳母だっつうなら認めてやる」


「王族を殺した者は死罪ですからね」


「お前……ズレてんな」


「そうですか? 的確だと思いますけど」


「……で?」


「はい?」


「理由」


「あぁ。殿下が母君を愛しているのなら、手に掛けた者に少し灸を据えようかと。杞憂でしたね」


「あ? なんでお前が」


「以前、言った筈です」


「、」


「君の愛は本当に美しい」


「……あっそ」


思わず。顔を背けるがその耳は赤く、照れているのは明白。


んー……




これは言わない方が良いのかな。


いや、だからこそ言うべきかも。




一瞬迷ったヤマトは組んでいた手を解き、テーブルに頬杖を。


「知っています? 『テオドール』の意味は“神の贈り物”。名付けは、どなたが?」


「!」


「嫌がらせが無ければ。もしくは、母君が強かなら。君にも“母親”は居たのでしょうね」


「……“たられば”に興味はねえよ」


「ですね。今までの殿下の認識は正しいです。これから認識を変えても、勿論変えなくても正しい。そもそも母君がその意味を知っていたかも定かではありません。私は只、事実をお伝えしただけです」


「……くそ性格悪ぃ」


「娯楽には目敏くないと」


「お前は地獄行きだろうな」


「そうですよ。私は地獄に行くんです」


「は、」


「“黒”が清廉潔白だとでも?」


「ねえな」


「でしょう」


可笑しそうに笑むヤマトは、聞こえてきた幾つかの足音。その発信源が視界の奥に入ったので姿勢を戻し、漸くコートの中から出て来たプルを撫でる。“観察”は終わったらしい。


下がって待機していた使用人達へ視線を送れば、数秒……程の困惑を見せたが直ぐに動き出した。


“黒髪黒目”が望むのなら、と。


「――で。何を払えば良い」


「殿下を愛称で呼ぶ権利」


「……は?」


「欲しいでしょう? “友人”」


「それ、こそ……怒んだろ」


「まさか」


「……いつかぶっ飛ばすってのは撤回しねえ」


「いつでもどうぞ。その時を楽しみにしていますね、テオ」


満足。達成感に上機嫌なヤマトに思うのは、ひとつ。




本当に好きなのか。


『家族』と認識したら“黒髪黒目”へさえ喧嘩を売る、俺みたいな極端な愛を誇りに思う奴を。


良い奴過ぎていっそ吐き気がする。




それは嫉妬故の吐き気。しかし何故か、それがとてもしっくりとくる。


喧嘩を売ったのに。指を、切り落としたのに。


なのにテオドールの家族愛を美しいと言い、反して母親への無感情を正しいと肯定。その上で、母親から愛情を注がれていた可能性を示唆。


しかし全ては娯楽だと口にする。


呆れる程のお人好し。同時に、己が愉しむ事を最優先に。


こうやって周りを翻弄するヤマトは、確かに地獄へ行くのだろう。日本人は死後、一度は地獄へ行き裁判を受けるとの伝承があるから。


ヤマトなら地獄へ落ちても力技で這い上がって来そうだが。寧ろ、地獄すらも翻弄し愉しむ可能性も無きにしも非ず。


「ヤマト」


「遅かったですね。レオ」


「……もしや、以前に言っていた」


「お茶会です」


「せめて事前に伝えろ!」


「すみません。忙しくて。今日はテオにも用事がありましたし」


「、……ハァ。『王族を誑かすな』」


「私に口説かれて光栄でしょう?」


「異論は無いがな」


巫山戯るヤマトに態とらしく肩を落とすレオンハルトは椅子へ腰掛け、共に来た宰相もその向かいへ腰を下ろす。


政敵。何年も言葉を交わしていないふたりが同じテーブルにつくなんて、使用人達からすると最早奇跡のような光景。


こんなことは有り得ない。あってはならない。


そう……思うべきなのに。


「グリフィス公爵様も呼ぶべきでしたかね」


然も当然に。軽い口調で“黒髪黒目”がそう言ってしまえば、この光景は正しいのだと錯覚してしまう。


瞬間的な状況把握や正誤判定が狂う。恐らくこれも“黒髪黒目”の影響のひとつ。


もしくは『“黒髪黒目”の尊さ』――その、洗脳さながらの教えによる弊害なのかもしれない。


「それで?」


「私の我が儘で忙しくさせてしまっているでしょう? また思い付いたので、今回はテオに丸投げしようかな。と」


「……あぁ。それは、助かるが……な」


継承権争いの優位性の調整。


その含まれた意図を察し、ちらりと視線を向けるレオンハルト。当然ながら気付いたテオドールと視線が交差し、形容し難い複雑な感情を抱く。


あの日――テオドールがヤマトへ可愛らしい捨て台詞を吐いて逃げた後も、それから現在に至る間にも。一言も交わしていない。


故に、あの時のテオドールの言葉は聞き間違えなのでは……と殆ど確信しつつある。何年も話していないのだからそう考えるのも当然。


「ありがとうございます。もう下がって良いですよ」


先程とは違い、使用人達へ言葉にするヤマト。つまり、




『ここから先は見聞きするな』




使用人の中に読唇術を使える者が居ると確信しての、警告。今迄の会話は露呈しても構わないが、これからの会話を外へ漏らす事は許さない。と。


案の定。ひとりの使用人が僅かに反応したので、その者へ口角を上げて見せる。


ぶるりと身体を震わせたのは、確実に恐怖から来るもの。それでもその者は他の使用人と同様、恭しく礼を示し大人しく下がっていった。


「虐めんな。ジジィの指示だ」


「え……虐めてませんよ」


「お前は何やっても虐めになんだよ」


「『ヤマト』です」


「あ?」


「現時点で、私を雑に扱って許されるのはヴォルフさんだけ。――弁えて」


「……クソヤマト」


「新鮮です」


僅かに細められた目元。“友人”だとしても、その中でさえ存在する明確な線引き。なのに『クソヤマト』呼びは享受する。


こいつの基準はどうなってんだ……と呆れるテオドールは、周囲に部外者の気配が無い事を確認してから口を開いた。


レオンハルトへ向かって。


「リアムは」


「、……今も、ここに。顔に傷が残っている……います」


「公式の場じゃねえだろ。兄に敬語使うな」


「……恨んでいないのか? リアムを、奪ったこと」


「はあ? そいつが決めた事だろ。恨む理由が無ぇ」


「そう……か」


「貴方、元はテオの部下だったのですね」


「なんであんたは見えてんだよ。怖ぇな」


レオンハルトの背後へ話し掛けるヤマト。頬を引き攣らせるテオドールは、一番恐怖を覚えているのは姿を見せない護衛――リアムなのだと確信。


きょとんっ。目を瞬いたヤマトは、一言。


「魔法は便利ですから」


「リアムは『大賢者レベル』だと言っていたが?」


「この程度で?」


ナチュラル傲慢っぷりに一同ドン引いた。意味が分からない。


そのドン引きの表情に思わず眉が下がる。まさか本当に、この程度で……と。


「天才ってやつか」


「……いえ。まさか」


酷く納得した声色のテオドール。


しかしその言葉に数秒程思案したヤマトは、ふるりっ。否定として首を振り、苦笑。


「理を利用し応用出来る者が天才です。私の魔法は、理の外側に在る感覚的芸術。理論が破綻した『鬼才』にしか過ぎません」


「ヤマトも漸く自覚したか」


「客観的に分析しただけで自覚はありませんが。――あ。テオはちゃんと“天才”ですよ」


「それ、褒めてるのかよ」


自虐に似た傲慢発言。そのお陰か、先程まで流れていた何とも言えない気まずさはどうやら薄れたらしい。


それを察しこっそりと息を吐いた宰相は、そろそろ本題を。と、どことなく満足そうなヤマトへ口を開いた。


「調整だけではないのでしょう? なにか、問題が?」


「流石、宰相様。少々お願いが」


「我々に?」


恩を売れる。その考えよりも先に湧いたのは『“黒髪黒目”が願うのなら』との従属精神。洗脳は根深い。


ゆるりっ――


目元を緩めるヤマトは椅子に凭れ、


「ロイドさんの貴族籍。保険含め、完全に抹消してほしくて」


明らかな越権行為。流れ者が貴族の事情に首を突っ込む、到底許されない蛮行。


しかもそれを理解した上での発言だと伝わって来るのだから、頬が引き攣るのも仕方がない。


「そ、れは」


「あの子は私のものです」


「……私物化、しているが。また怒られるのでは?」


「君達が口外しなければ良いだけのこと。それとも、私を敵に回します?」


「“お願い”を脅迫にすんな。俺はそいつ知らねえから何もしねえぞ」


「はい。テオにお願いしている訳ではないので」


「は? なら何で俺、に……」


目元を緩めたままのヤマトが、何故自分にも聞かせたのか。その理由を察し、呆れと諦めに頭を抱えてしまう。


確かに……欲しかった。


警戒もなく手放しで、心底から純粋に信頼できる友人が。ヤマトが国に関わる気が無いと確信したから、望まれる儘に“友人”を受け入れた。


のに……だ。


「試そうとすんな。性悪野郎」


「やっぱり、頭の回転が良い人は楽ですね」


満足そうに笑む“黒髪黒目”。……


「はやまった」


後悔に似た色。テオドールのその呟きに、ヤマト以外が同情を込め深く頷くのだった。


解せない。





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。



ナチュラル傲慢越権行為な主人公にいっそ感心している作者です。どうも。


まあ。これがロイドにバレたところで、

「すみません……大切な人達には過保護になってしまって……」

っと素直に謝り心配を口にするので、ぅぐ……となりつつもロイドは許してしまうのでしょうね。

無い筈の猫耳と尻尾がぺしょりと垂れた幻覚が見えた気がして、己の性癖が歪んでいないかを娼館で確認するまでがワンセット。


解体班の数人からも『お前』呼びされていますが、雑に扱われている訳では無い事は分かっています。

寧ろめちゃくちゃ好かれていると確信してる。

その数人は粗暴な元冒険者だとも把握していて、なので対価として彼等の大混乱の様子を見て楽しんでいます。

テオドールは“友人”に成ったばかりなので「私が最優先にする“友人”はヴォルフさんですよ」との、一応の宣言と牽制。

ケースバイケース、ですね。


つまり「もっと仲良くなったら多少雑に扱っても良いよ」ということです。

雑に扱えるかはテオドールの頑張り次第。

しかし相手は“黒髪黒目”なので、これ以上は意識にストッパーが働いてしまうかと思います。


なんだかんだ主人公とお茶をして会話をするテオドールは、ちゃんと“ヤマト”と云う存在を気に入っているかと。

只、弟のレオンハルトがめちゃくちゃ懐いているからめちゃくちゃ嫉妬しているだけです。

弟妹を守る為なら国に命を捧げる『覚悟』を持った、病的なブラコン&シスコンなので仕方ないですね。

優しくていい子なんです。


因みに。ラブ、すぴすぴ。

襟巻きと化して寝ていて、レオンハルト達は「またよく分からない高度な装備を」としか思っていません。

ちゃんと見て。呼吸してるよ、そのケット・シー。


次回、キアラ達とデート。

未だに残る“女”の性質による暴走。

ルーチェと雑談もあるよ。

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