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53.ロイド曰く「蕁麻疹発症並み」

「ヤマトさん助けてっ!」


「おかえりなさい、ロイドさん。早かったですね」


「やっぱズレてんだよなこの人!! ただいまー。走った。はい、これ」


「ありがとうございます。この中に」


言う割に挨拶を返しているから、その“ズレ”の影響を受けているのかもしれない。


屋台通りで食べ歩きをするヤマトの背中に隠れ、ヤマトの指の先へマジックバッグから出した梅干しを入れていくロイド。全力疾走したのか息が上がっている。


その理由は、明白。


「おい逃げん……げっ」


「こんにちは。えぇっと」


「あー、覚えなくて良い。今後逢う必要もねえし」


「そーっすよ。こんな無礼な奴覚えるとかヤマトさんの脳が穢れる」


「無礼は手前ぇだ。逃げ回りやがって」


「お前がしつこいからだろ! 部下にはならねーつってんじゃん!」


全てを理解した。この辺境伯の跡取りは、未だにロイドを参謀にしたいらしい。


ヤマトを挟みぎゃいぎゃいと言い合いながら、偶にヤマトの周りを回りながら。


「なれ」「ならない」の応酬を聞きつつ手に持つハンバーガーを、一口。むぐむぐと口を動かし、飲み込む。


「口を閉じて」


しんっ――


瞬間的に静まり返った。中々に低い声だったのに辺りに響いたそれは、明らかな“不快”の色。


「ここは屋台通りです。走ったり暴れたら食べ物に砂埃が付着します。価値が下がった商品がどうなるか。その決断が庶民にとって、どれ程の損害と精神的苦痛となるか。理解出来ますね?」


「……ごめんなさい」


「……わるかった」


「愚かではないようで安心しました。食べ物を粗末にする者は犬畜生にも劣りますからね。では、場所を移しましょうか。――皆さん、お騒がせしました」


普段と変わらない柔らかな目元と声。今見聞きした出来事が幻だったかのような感覚。


しかし、あれだけ騒いでいたふたりが大人しくヤマトについて行っている。どうやら現実だったらしい。


ふわふわっ。まるで白昼夢のような感覚に陥る周りの者達は、


「あの人、食べ物への執着心……異常?」


誰かの呟き。その呟きが聞こえた者は一斉に首を縦に振った。


僅かな砂埃程度なら気にしない。病気にならなければ良い。それが庶民の感覚。




『食べ物を粗末にする者は犬畜生にも劣る』……か。


子供に言ったら嫌いなもの克服できそう。




確かに“黒髪黒目”の言葉ならば、純粋な憧れを抱く子供には効力は絶大だろう。


まだふわふわとした感覚の中。女性達は子供の嫌いな食材を買いに。好き嫌いのある大人達も、自分の嫌いな食材を買いに。


ナチュラルに“黒髪黒目”を利用しているが、レストランの客寄せや宣伝に利用されている事を享受しているならこの程度は気にしない。寧ろ子供の好き嫌い克服のためならば、食に貪欲な性質なら喜んで利用される筈。


その確信を誰もが持ちながら。


“黒髪黒目”がそう言うのなら“それ”が真実なのだ――と。







「ここなら人の迷惑になりません。続きをどうぞ」


「俺に不利過ぎる」


「ヴィンスを呼びましょうか」


「トドメじゃねえか」


冒険者ギルド。ホールのテーブルスペース。


貴族の彼にとっては確かに不利な場所だが、生憎。暴れても住人に被害が及ばない場所をヤマトはここしか知らない。


流石に辺境伯の跡取りを街の外へ勝手に連れて行く事は避けたい。誘拐の冤罪は御免である。


辺境伯の跡取りもそれを察したらしく、大きな溜め息を吐いてから口を開いた。


「続きっても。俺はロイドを参謀に欲しいだけだ。こいつが頷けば終わんだよ」


「だーかーらー。嫌っつってんじゃん。俺の父親が茶々入れて来んの目に見えっし」


「縁切って籍抜いてんだろ」


「どっかに保険残してるに決まってんだろ。神殿とか。庶子にも利用価値はあんだからさ。ヤマトさんと王都行った時も接触して来たし。あー……うざっ」


「堂々と貴族を貶すな」


冒険者ギルド内(ここ)だから言えんの」


「――あ。お茶、変えました? このお菓子も美味しいですよね」


「あんたは何で和んでんだよ。何であんただけお茶貰えんだよ」


「ヤマトさんだし」


ヤマトの前にお茶とお菓子を並べるギルド職員。辺境伯の跡取りの言葉に、きょとんっ。「この貴族様はなぜそんな事を言ったのだろう」と言いたげに首を傾げている。


完全に“ヤマト”と云う存在に慣れたようで、なにより。


むぐむぐとお菓子を食べるヤマトと、上機嫌にぷるぷると揺れながらお菓子を取り込み消化していくプル。妖精だが猫なので砂糖使用のお菓子を食べられないラブには、ヤマトがアイテムボックスから出したペースト状のおやつを。


「なに、それ。ゲロ?」


「躾けられたいようですね」


「ごめんなさいっ!!……あ。なんか肉の匂い」


「ロックバードと、猫が食べても問題無い野菜を少し。おやつです」


「へー。貴族相手なら稼げそう。年寄りや病人の栄養補給にも良さそっすね」


「良いことを聞きました。テオドール殿下に商権を売りますかね」


「え……レオンハルト殿下じゃなくて?」


「現状。あまりにもレオに有利過ぎるので。この儘では『“黒髪黒目”の助力があった』と、グリフィス公爵が指摘しそうだなと」


「あー。双方に商権渡しとけば、後は個々の能力が重要になるから」


「国の運営は商売と似通ったものがあります。思い掛けず手にしたカードをどう使うか、上手く行けば中立派も動き出すでしょう」


「なに。この国割りたいん?」


「私は主に商権を売っているだけです。両者に商売で競わせれば国の経済が回り豊かになるので、どちらが王と成っても民が“王”へ向ける心象は落ちないかと。端的に言うと、人生最大の兄弟喧嘩を少しばかり盛り上げたいだけですよ」


「少しじゃねーんだよなー。――っま、ヤマトさんが愉しいなら良いけどさ。殿下方も競争心に火が点いて、自分でも改革できること探し始めるだろうし」


ゆるりと緩められた目元。期待通りの言葉を返せたのだと、ロイドは上機嫌。


先人達が築き紡いできた歴史。それ故に縛られていた固定観念。


大きな改革は王族としての立場も、貴族からの心象もあるので難しい。だが『貧困奴隷の立場向上』――その程度なら貴族からの心象もそう落ちない。


もし反対する者が出ても、「もしや“奴隷”を理由に悪辣な扱いをしているのか」と追求し捜査が出来る。そういった者には少なからず後ろ暗いことがあるので、国の膿を絞り出す絶好の機会となる。


その時はレオンハルトも更にやる気を出し、嬉々としてヤマトへ報告するのだろう。褒めてもらう為に。


「あんた……ぜってえ貴族だろ」


とうとう辺境伯の跡取りからも貴族疑惑を抱かれた。ドン引きの顔で。


どこの世界に只の流れ者が国の経済や王位継承権争いの調整、果ては民が王へ向ける心象を考慮した言動をするのか。最早疑惑を通り越して確信ですらある。


様子を窺っていた周りもドン引き半分、納得半分。完全にヤマトの自業自得。


なのでロイドはフォローせず、顔を背け笑いを堪えようと必死。震える肩。とても苦しそう。


「貴族じゃないですよ」


しかし然もありなんと。こてりと小首を傾げるヤマトは、なぜ疑惑を持たれたのかと心底不思議そうな様子。


ん、ぐっ……


笑いを抑えることに必死なロイドの苦しそうな呻き。……あー。




これか。『ウケる』っての。


気味の悪い程に整った顔。手入れされてる髪と肌。変わらない表情。柔らかい笑み。圧倒的な存在感で『清廉潔白』を体現した儘、他人の命を容易く捨てる。どう見ても貴族。


なのに、貴族じゃない。その他者への希薄さは冒険者に近い……か。


そのくせ“友人”には揺るがない信頼を向けて、己の『正義』は“友人”の為とブチギレる。冒険者とは真逆の性質。


これはレオもロイドもハマるわ。趣味悪ぃ。


あと食いもんに対しての執着が異常。




「面白過ぎんだろ、あんた」


「? ありがとうございます。今後もお逢いして頂ける存在になれましたかね」


「ぜってえ嫌だ」


「残念です」


「どこがだよ」


ひらっ。虫でも払うかのように片手を動かす、辺境伯の跡取り。口角を上げているので嫌ってはいない。寧ろ言葉通り面白いと思っている。


それでも。彼にとっての“王”はレオンハルト。その存在を揺るがし兼ねない存在にこれ以上深入りするなんて、そんな愚行は犯さない。


己の矜持を守る為にも。


ゆるりっ――


まるで、称賛。褒めるように目元を緩めたヤマトに反射的に湧き上がった……“なにか”。それは認識してはいけないものだと判断し、防衛本能が反射的に思考の外へ追いやる。


“黒髪黒目”からの称賛。それはこの国の貴族が抗えない、圧倒的な暴力にも似た制圧でしかない。


しかしヤマトにはその認識が無いので、これからも褒める時は褒めてしまう。果たしてどれ程の貴族が被害者となるのか。


まあ。ヤマト自身は貴族との繋がりは最低限で充分だと思っており、そもそも只褒めているだけなので誰も指摘する事は出来ないのだが。


「あ、でも。君がロイドさんを欲しがる限りは、またお逢いするのでは」


「あんたに会うんじゃねえよ。勘違いすんな」


「ツンデレですかね」


「つん……あ?」


「いえ、なんでも」


つい元の世界での知識をベースに話してしまい、周りを不思議がらせてしまう。素直に反省。


そして説明をしないので彼等の疑問が晴れることはない。説明が面倒というより「別にいいか」との、切り捨て。もしかしたら性根が腐っているのかもしれない。


辺境伯の跡取りも特に気にする素振りもなく、あっさりと今の会話を記憶の片隅へ追いやった。そんな彼の視線は、ドアの方へ。


「キアラさんをお探しのようですね」


「、……」


「あ。避けられている?」


「ぶん殴るぞ」


「構いませんよ。ロイドさんから嫌悪されても良いのなら」


「自意識過剰」


「事実です。――ね?」


「惜しいっすね。ヤマトさん傷付けた野郎に“嫌悪の感情”向ける事すら勿体ねえ」


「無関心が一番残酷ですよね」


「それヤマトさんが言う?」


「冒険者の皆さんは好きですよ。可愛らしくて」


「俺達は!?」


「職員の皆さんも好きです。愉快なので」


「ぃよっしゃいっ!!」


解体部屋から顔を出し叫ぶ職員達。握った拳を天へ突き出し、誇らしげに解体へと戻って行く。


「やっぱり『可愛らしい』に変更します」


くすくすと可笑しそうなヤマトの視界には、ほわっと満足そうな冒険者達。背景に小さな花が舞っている。相も変わらずヤマト大好き勢である。


その一連の光景に、辺境伯の跡取りは頬を引き攣らせた。


「やっぱ趣味悪ぃな、あんたの周り」


「この造形美ですよ。良い趣味していると思いますけど」


「ほらな」


「ちょっと、俺等が面食いみたいな言い方やめて。ヤマトさんの性格も好きっすよ」


「ありがとうございます」


「謙遜しろよ。性格悪ぃ」


「褒め言葉は純粋に嬉しいので」


「褒めっつか崇拝だ、」


「あ。来ましたね」


「は――」


言葉を遮りドアの方を見るヤマトに釣られそちらを見れば、うげっ……。顔を歪める、キアラ。


その足下からぽむぽむと跳ねながらこちらに来る、プル。お菓子を食べていた筈なのに、いつの間に。


「お久し振りです。キアラさん」


「……ヤマト、お前……余計な事を考えていないだろうな」


「まさか。先日彼にお伝えした事を、キアラさんにもお伝えしておこうかと。当事者ですから」


「当事者?」


「はい。もし彼が、」


がたっ。次は辺境伯の跡取りがヤマトの言葉を遮り、ヤマトの横に来たキアラの方へ。


おっ。修羅場か?


わくわくニヤニヤと楽しむ気満々の冒険者達、職員達。


どうやら、辺境伯の跡取りがキアラへ懸想していることは周知されているらしい。冒険者は娯楽に目敏い。


一応にも貴族なので向き合うキアラは、


「お久し振りです。キアラ嬢。今日もとてもお美しい。やはり、神が間違えて天使をこの俗世に送ったのでしょう。いつキアラ嬢を取り戻しに来るのか……気が気でありません。どうかその時まで、この俗世で貴女と共に歩める栄誉を卑しい私めにお与え下さい」


「相変わらず気色悪いな、お前は」


歯に衣着せぬ辛辣な言葉。盛大に顔を歪めて。美女が台無し。


しかし気持ちは分かる。冒険者のキアラからすると『気色悪い』一択。


「その記憶に留めて頂けたこと、それだけで心が満たされます」


「ヤマト。帰るが、伝える事とは?」


「いえ。どうやら杞憂になりそうなので、お気になさらず」


「そうか。発つ前にデートでもどうだ?」


「皆さんで?」


「美女に囲まれて嬉しいだろう?」


「“私”に侍れて嬉しいでしょう?」


「あぁ。楽しみだよ」


巫山戯合い。可笑しそうに口元を隠して小さく笑うキアラは、ひらりと片手を上げてさっさとギルドから出て行った。


まだ何かを囁いている辺境伯の跡取りを一瞥すらせずに。




しんっ――




数秒の静寂。の、後。


動いた辺境伯の跡取りは元の席に腰を下ろし、


「おい手前ぇデートって何だ。抜け駆けすんな」


「女性から誘わせてしまった点は反省しています」


「男として未熟だろ。“顔”に頼り過ぎじゃねえの」


「っいやお前気色悪ぃな!? なんだよ今の寸劇!」


「は?」


きょとんっ。心底不思議そうな辺境伯の跡取り。本当にロイドの言葉の意味が分かっていないらしい。


全身にぞわぞわと虫が這うような感覚に自身の両腕を擦るロイドは、びたりとヤマトへ張り付く。しかしその頭を撫でるヤマトも何だか不思議そうで。


「大丈夫です?」


「むり。きしょい。まじ、むり。ヤマトさん、なんで平気なの」


「あれ? 貴族は女性に対して紳士ですよね?」


「落差あり過ぎて無理。見て、鳥肌!」


「落ち着いて。現実を受け入れましょうね」


「むりキショい」


寧ろ何故そんなにも違和感なく受け入れているのか。周りの者達も、盛大にドン引きしているのに。


明らかに“懐が深い”のレベルを越えている。


……あ。もしかして。




意識しての無関心? こいつの、レオンハルト殿下への忠誠心を崩さない為に……興味を持たないようにしてる?


まじどこが流れ者なんよ、この人。完全に貴族の思考じゃん。


ウケる。




最終的にその結論に至ったので、立った鳥肌は無事おさまった。




.

閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。


辺境伯の跡取りのキャラ高低差で風邪ひいちゃう作者です。どうも。


線引きを徹底しているからと言っても、少しの違和感なく受け入れる主人公がちょっと不気味ですね。

只管純粋に割と本気で「これが貴族かー」とも思っていそうですが。

多分違う。この跡取りくんが特殊なだけ。


気に入っている(ロイド)だとしても“食”を軽視したらしっかりと怒る主人公。

恐らく、冒険者だとしてもクチャラーは許せない。

王都との往復の中で共に過ごした冒険者のクチャラーは、しっかり威圧付きの笑顔で矯正してそう。こっわ。

でも鍋奉行や肉奉行ではなく「最低限のマナーで楽しく美味しく食べようね」程度。

そして冒険者達からは「やっぱ貴族じゃん」と思われてた事には未だに気付いてない。


ほんと流れ者って自称してるのに何でこんなに『国』に関わってんの、こいつ。

いや自分とペットの生活水準を上げる為なんですけどね。

こいつは本当に自分の事しか考えてない。

最近はペットの事も考えているので、「もっと美味しい“おやつ”開発してね」との意味でテオドールへ商権を売る事にしたようです。

継承権争いのバランス調整は、その序でに“そうなる”だけです。


あと梅干し買いのおつかいで全力疾走しただろうロイドか可愛い。

主人公はもっと褒めてあげるべき。


次回、顔パス。

『悪魔』認定。(解せぬ)

真正のブラコン&シスコン。

流石に同情するレオンハルト。



※2024/06/30 3:19

エピソードタイトル、次話に使おうと思っていたものを書いてしまいました。

修正済みです。

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