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52.好奇心の塊

歴史を感じさせる品の良い鑑賞物の数々。前回見た時と配置が変わっているが、流石にそこまでは気付かない。


「待たせてごめんね、ヤマトくん」


「いえ。お茶が美味しいので、もう少し待っていたかったです」


「嫉妬しちゃうなあ」


態とらしく肩を落とす、フレデリコ。恩返しの一環として「納豆好きなら原料の豆でお茶を作ったら喜ぶかな」との安直な考えで開発。ヤマトが予想以上にお茶を気に入ったらしく、大満足。商品化が決定された。


遣いの男性が無事に飛膜を落札したので直接渡しに来た。勿論、ヴォルフを置いて。


一応誘ってはみたが「は?」の一言が返ってきたので即座に諦めた。貴族が関係すると途端に治安が悪くなる。ちょっと怖かった。


因みに。朝食の時にルーチェに伝えてみたら思いっきり顔を歪ませていた。『麗しの種族』のそんな顔は見たくない。放送禁止。


「旅支度で忙しいので、そう長い時間滞在出来ない事をお許し下さい」


「温泉は満喫するのに? この後行くんでしょ」


「宿泊は出来ませんが。ご一緒します?」


「良いね」


名案だと機嫌を良くしたフレデリコは、側に控える執事へ視線をひとつ。それだけで伝わり、執事は一礼をして部屋から出て行ったので素直に感心。“貴族”を取り巻く環境は面倒だが面白い。


ヤマト自身も似たような事を何度もやっているのだが、その自覚は無い。有ったとしても一々覚えていない。


ヤマトは只、自由に。気ままに生きているだけなのだから。


「ドラゴンの飛膜。今お渡ししても?」


「早く温泉に入りたい気持ちは理解するけどね。旅館側が“黒髪黒目”を迎える準備を整えないと、我々の沽券に関わる。理解してくれるかな」


「楽しみにしていることは否定しませんよ。純粋に、要件を先に済ませてのんびりお互いの近況を共有したいな。と」


「今受け取るよ」


「単純ですね」


「早くケット・シーを紹介して欲しいからね」


アイテムボックスから取り出した、ご丁寧に箱に梱包されたドラゴンの飛膜。薄い水色の包装リボン。フレデリコの瞳の色を意識したのだろう。


それは日本人としての細かい気配りなのだが、この世界では『貴族が好感を得る為の常套手段』と認識されてしまう。貴族“らしい”――との疑惑を加速させている事には、当然ながらヤマトは気付いていない。


上機嫌に目元を緩めたフレデリコは箱の中を確認することもせず、テーブルの端へ。ヤマトが詐欺を働くとは一切疑っていない事の証明である。


「ラブ、です。『ラベンダー』の音が気に入ったらしいので」


「『幸せが来る』か。運に愛される妖精にぴったりだ」


「妖精に詳しいのですね」


「奇病を治す手掛かりがないかと、少しね。それに、それ程の大きさの猫はケット・シーくらいだよ。重くないの?」


「軽いですよ。妖精の質量は、体積に依存しないようです」


「面白いね」


じっ……と襟巻き化しているラブを見詰めるフレデリコは、やはり実際に目にしなければ知れないものがあるのだと素直に感心。知識も大切だが経験に勝るものは無い。


興味津々な様子に目元を緩めたヤマトは、首元のもふもふを一撫で。


「ラブ」


柔らかく名前を呼ぶとのそりと頭を上げたラブは、じっ……とフレデリコを観察。ぴくりと動く耳。


数秒、の後。するりとテーブルへ降り、不思議そうにフレデリコとヤマトを交互に見始めた。


「警戒……じゃなさそうだけど。なにか迷っている?」


「恐らく魔力に反応しているのかと。フレデリコ様の魔力に干渉した私の魔力が、まだ僅かに残っているのでしょうね」


「なるほど。妖精は質の良い魔力を好む、ね。今の僕なら触っても許されるのかな」


「ラブ次第ですね」


「下手に手を出すと嫌われそうだ」


人前に姿を現さない妖精。更に、猫の性質で警戒心は相乗している。初対面で無理に触ろうとすることは、悪手。


しかし『僅かに残るヤマトくんの魔力が消えたら、興味すら向けられなくなるんだろうな』とも確信し、こっそり肩を落とした。果たして触る事を許される瞬間は来るのだろうか。


今は、“害が無い生き物”と認識してもらえるだけで僥倖。なので軽率ななでなでチャレンジはしない。


「因むと。ロイドさんは猫吸いまで終えました」


「ねこすい?」


「猫のお腹に顔を埋めて思いっきり匂いを嗅ぐ行為、です」


「彼は特殊なフェロモンでも出ているの?」


「可能性はありますね。王族や、実質個人Sランク冒険者から気に入られていますし」


「“黒髪黒目きみ”からもね」


「甘え上手なんですよ。あの子」


「僕も甘えても?」


「度が過ぎなければ」


「知っての通り、人付き合いは苦手なんだ。不快に思った時は教えてほしい」


「正気に戻ったようですね」


「後悔はしていないよ。自慢しても良いかな?」


「私が不利益を被ることは?」


「無い」


「では、お好きに」


奇病に苦しんでいたこれ迄の人生。人の目を異常に気にしてしまい、元婚約者からの拒絶により人間不信に陥ってしまった。親愛と恋愛の判別が難しくなる程に。


それでも。人付き合いが苦手だとしても“貴族の生き方”は染み付いている。


損得勘定と忖度、踏み入ってはいけない境界。貴族社会で生き残る為の特殊技能である、『価値を貶めては自身が破滅を迎える存在』の嗅ぎ分け。


正に今。その存在が目の前で目元を緩めている。


「信じていますよ。フレド」




この人は……なんてタイミングで僕を受け入れてしまうのか。


こんなの、その信用に応えたくなってしまう。それ以外の選択肢なんて存在しないかのような……脅迫を受けたような感覚。


保険として浮かんだ逃げ道を、完全に塞がれてしまった。たった一言で。柔らかな笑みで。


なんて怖ろしい人なのだろう。




まるで、応えないことが罪かのような錯覚。望んだ“友人”と云う特別な関係を利用する気は、フレデリコには当然無かった。


なのにヤマト本人が“友人”を利用するなんて。本当に……


「狡いなあ、君は」


「何がです?」


しかも、無自覚で。


この国の貴族が“黒髪黒目”を貶める真似をする筈は無い。その確かな事実を、無意識下で利用しているのだろうか。


「そのままでいてね。面白いから」


「? わかりました」


“なに”を分かったのかな。きっと何も分かっていないな。


そう確信し、くつくつと愉快そうに喉を鳴らすフレデリコ。彼もまた、そのナチュラル傲慢さを指摘しないことに決めたらしい。言葉通り、面白いから。


「僕の方は特に楽しいことは起きていないよ。奇病の再発も無い」


「こんなに美味しいお茶を作ったのに?」


「包ませるね」


「おいくらでしょうか」


「気にしないで」


「お言葉に甘えますね。売り出すのなら、存分に“黒髪黒目わたし”を利用してどうぞ」


「早速甘えるよ。――そういえば。王都では今、男性踊り子を題材とした小説が流行っているようだね」


「少し大人向けですが、中々に面白かったですよ。お暇な時にでも」


「僕も欲しいな。写真」


「直球で来ましたね」


「欲しいから。条件があるなら従うよ」


「特にありませんが、折角なので何か要求しましょうか」


「ん、ふふっ……。わくわくするね」


名案だ。と、態とらしく両手を合わせ小首を傾げるヤマト。思わず笑いが溢れたのでノることに。どんな面白い要求をしてくれるのだろうか。


十数秒程の演技掛かった思案を見せたヤマトはフレデリコと目を合わせ、


「“中立”を保ってください」


ゆるり――柔らかく緩められた目元。裏も打算も無い、純粋な要求。


「……その真意は?」


「『ヴィンス』と口にすれば私が無碍にしないとの打算がありましたよね。フレドの立場なら、自己都合で彼を利用した負い目を感じているかなと」


「……そうだね。年上だけど、彼は信頼出来る数少ない友人だから。謝罪とお礼をしないと」


「不要です」


「ぇ」


「『君なら彼を救うと信じていた』――だ、そうですよ」


「あー……ふふっ」


「初代国王が愛した旅館が在る領地。だとしたら、代々中立を守ってきた筈です」


「ヴィンスが?」


「いえ。予想出来ます。誰が王と成っても諍いを生まないように、中立を保つ徹底的な教育と周知をしている唯一不可侵の家紋。――どうです?」


「そうだね。我が一族が忠誠を捧げる対象は“王”ではなく『王室』。昔からここだけだよ、国の内輪揉めで得も損もしない安定した領は」


「やっぱり。それを知っているヴィンスが、第二王子派に有利に動く事を望むとは思いません。国全体への影響が大き過ぎます。それでも気になるのなら、友人同士の貸し借り程度に留めるべきかと」


「君は“友人”を利用した僕を許すの?」


「ヴィンスがそれを望んでいましたから。奇病に苦しむ友人が希望を掴もうとするのなら、友人想いの彼は喜んで利用される筈です。ならば、私が怒る理由は?」


「一言で言うと?」


「奇病の構造面白かったー!」


「、あははははっ!」


思わず。次こそ声を出して笑うフレデリコは、まさか長年自分を苦しめていた奇病の構造を面白がられるなんて。夢にも思わなかった。


これが他の者の発言なら反射的に怒りが湧き上がったのだが、今それを口にしたのはヤマト。“黒髪黒目”で、ドラゴン・スレイヤーで。


「正直過ぎました?」


「ん、ふふっ。いいや。ヤマトくんなら」


奇病を治した張本人。感謝すれど不快に思うなんて、そんな恩知らずになりたくはない。


ヤマトだけに“視”えた奇病の構造。『面白かった』と評したそれは、自身の事なのに知れる日は来ないのだろう。




きっとヤマトくんは訊けば説明してくれる。僕に理解出来るとは思えないから訊かないけど。『イデンシハイレツ』と云うものすら、未だに理解出来ないし。


やっぱりこの人は、ひとりだけ別の次元で生きているのか。


可哀想に。


あぁ、いや。あの冒険者のヴォルフが側に居る内は、ヤマトくんの心は守られるのかな。噂通りの保護者だったし。本当に斬られるかと思って少し寒気がしたな、あの時は。


ヴォルフ……と云えば……




「エルフ国へ行くらしいね。あの冒険者達も?」


「ヴォルフさんだけ。ドラゴンを解体してくれたハイエルフも」


「……あぁ、彼ね」


「お知り合いですか?」


「依頼を断られてね。『ドラゴンの解体を受けた時は飛膜を言い値で買う』と。期待はしていなかったから、落胆もなかったよ」


「長命故に根深いですから」


「あの時に断られたから、ヤマトくんと“友人”になれたのかな。お礼を伝えておいて」


「『麗しの種族』の顔を何度も歪ませるのは、ちょっと」


「なにしたの」


「朝食の時にここに来ると伝えました」


「好奇心も程々にね」


「善処します。猫を殺したくはないので」


「ねこ?」


「あ。祖国のことわざです。身を滅ぼす、と」


「ヤマトくんが滅ぶ瞬間は想像出来ないな。世界が滅んでからじゃない?」


「最強のスライムが守ってくれるので、心配は無いですね」


「僕もプルちゃんから気に入られないと。お菓子のおかわりは必要かな、プルちゃん?」


あからさまな笑顔と猫なで声。プルへ問い掛けるフレデリコに、とっくに空になった皿の横でぷるぷると機嫌良さそうに揺れるプル。ご所望らしい。


テーブルの上のベルを鳴らせば直ぐにメイドが入って来て、お菓子の追加を指示。完璧な所作で礼を示したメイドは、殆ど音を立てずに部屋から出て行った。


何度もヤマトへ視線を向けていたのは、ご愛嬌ということで。


まあ、周囲からの視線に慣れてしまったヤマトは一切気にしていないので問題はない。フレデリコも、ヤマトからの指摘が無いので軽い注意に留めるだろう。


「執事の方、戻って来ませんね」


「僕が行くから。貸し切りの時間帯を交渉をしているんだよ」


「貸し切り」


「騎士ではない貴族――特に領主に傷痕があることは、良くない憶測に繋がるから」


「……あぁ、なるほど。庶民には、貴族の教育を知る術は無いですからね。不便なら傷痕も完治させましょうか?」


「まさか。“黒髪黒目”からの御慈悲の証拠は残さないと」


「誰にも見せないのに?」


「宝物は独占したいんだ」


「なら。今後、誰かへ施す慈悲では“証拠”を残さないようにします」


「これ以上僕を夢中にさせてどうしたいの。またキスすれば良い?」


「それは愛する女性の為に取っておいてください」


「貴族の結婚に愛は不必要だけれど。君が言うなら、愛する努力はしてみようかな」


「愛は育むものですからね」


「友愛も?」


「ヴォルフさんへの愛以上は渡せませんが」


「うーん、嫉妬する。嫌がらせに何か贈ろうかな」


「地味に役に立つ物なら効果的な嫌がらせになりますよ」


「僕に加担して怒られない?」


「可愛らしい悪戯ですから。許してくれます」


「それ、ヤマトくんだけだと思うよ」


くすくすと笑うフレデリコに首を傾げるヤマト。ヴォルフから好かれている自覚も甘やかされている自覚もあり、無自覚の“騎士”として執着されている確信もある。


しかし。“貴族が関わる戯れ”に関してヴォルフが許す相手は、ヤマトだけ。それは理解していないらしい。


もしもロイドが同じ事をしたら、数日は寝込む程のスパルタ特訓で地獄を見せるだろう。鬼の形相で。半殺し以上の殺さない程度に。


その理解に齟齬を生じさせたままでは……、いや。実質個人Sランクのヴォルフへ“貴族が関わる戯れ”を仕掛ける者は限りなくゼロに近いか。いのち、だいじ。


「お菓子をお持ちしました」


ノックの後に聞こえた言葉に入室を許可したフレデリコは、そわそわぷるぷると揺れるプルにご満悦。以前よりも警戒は薄れているらしい。


お菓子は偉大だ。


「――あ。写真でしたよね。どうぞ」


思い出した。と言いたげな声と共に差し出された封筒を受け取り、早速と写真を取り出した。


「……これは、なんと言えば良いのか……」


「率直なご感想で」


「僕の愛人になる?」


「まさかの」


「ヤマトくん限定だよ」


「身の危険を感じました」


そう言うが、身構えることも警戒も無く。可笑しそうに笑っているのだから、本当に感じたのかは不明。面白いなと思っていることは確実だろう。


漸く動き出したラブが再び襟巻きに擬態したので、フレデリコは撫でることを潔く諦めるのだった。





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。


ラブちゃんなでなでチャレンジしたい作者です。どうも。


この後。

ふたりで温泉を満喫するのですが、毎回下を隠して来るロイドがいないので主人公は当然堂々たる全裸です。

そしてまじまじと“美術品”鑑賞をするフレデリコ。

勿論やましい気持ちはありません。

純粋に素晴らしいと感心していて、気付いた主人公が首を傾げたら「素晴らしいね」と口にしました。

貴族、美しく価値のあるものに目がないので。

主人公はよく分らなかったので引き続き首を傾げつつ、それでも褒められたのだと解釈して「ありがとうございます」だけに終わらせました。

こいつは色々とズレている。


作中通り、フレデリコは誰が『王』に成ろうと只素直に受け入れるだけです。

なのでヴィンセントのように主人公を“王”と据えようとはせず、普通の友人として巫山戯ています。

それ故の『僕の愛人になる?』発言。

本気じゃないです。巫山戯てます。


何度も言うが決してBL作品ではない。


フレデリコ、妖精や精霊について少しどころではなく物凄く調べました。

その必死さや切実さをつい隠してしまうのも『貴族』という生き物の性なのでしょう。

決して弱味を見せない為に。

頑張り屋さんのいい人なんです。

幸せになってほしいですね。


次回、ロイドと辺境伯の跡取り。

「口を閉じて」

キアラがちょっと出るよ。

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