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51.超短時間の“猫”のお散歩

「もう全部任せりゃ良いんじゃねえの」


「偶には見世物になってあげないと」


「お前いつも見世物だろ」


「ヴォルフさんの事ですよ。ファンサービス」


「いねえよ」


「その逞しい肢体に焦がれる女性達、とか」


「お前が脱いでろ」


「わかりました」


「わかんな」


コートのボタンを外そうとするヤマトの手を掴むヴォルフは、一斉に向いた視線に舌を打ってから手を離す。羞恥心が無い訳ではなく、巫山戯ただけなのだとは理解している。


理解していても精神衛生上大変宜しくない。男の上半身裸なんて粗暴な冒険者達で見慣れているが、ヤマトが脱ぐとなれば「それは違うだろう」となってしまう。


ロイドではないが……『その造形美をタダで見せるのは勿体ない』――それに近い感覚なのかもしれない。


とっくに始まっているオークション。


なのに無関心で巫山戯るのだから、参加者達は軽く混乱。直ぐに“既に一生遊んで暮らせる額を稼いでいるから”だと見当をつけ、オークションへ集中した。


「暇なら遊びに行っても良いですよ」


「いい」


「遠慮せずに」


「来んだろ」


「命は奪いませんよ」


「つーか、なんでだよ」


「んー……『王と成ってくれない“黒髪黒目”なんて必要無い』とか? 弁えてほしいです」


「お前を評価しようなんざ身の程知らずもいいとこだな」


評価それが許されるのは“友人”だけですからね」


「してやろうか」


「どうぞ」


「クソガキ」


「童心って大切ですよね」


「暴君」


「お望みなら支配して差し上げますよ」


「“友人”減らしてえならやってみろ」


「いじわる」


目元を緩めた儘に戯れるヤマトは、忙しなく動くギルド職員へアイテムボックスから出した素材を渡していく。


周囲が聞き耳を立てている事には勿論気付いているが、だからと言って何かアクションを起こすことはない。小声なので全ては聞こえてもいない。


“友人”以外からどう見られようと構わない。それがプラスでもマイナスでも、ヤマトにとっては僅かな意味も為さない無価値の評価。


この戯れが聞こえたギルド職員達からの『初代国王の血筋疑惑』はいっそう深まったが、その疑惑すらもヤマトにとっては無価値なもの。事実ではないのだから当然の思考で、疑惑を問われたらその都度否定するだけ。


既に無自覚の支配をしているのだが。


自覚のある支配をする気が無いからこそ、口に出来たこと。


「私ならいつでも支配してくれて構わないよ」


しかし、貴族――ヴィンセントにとっては願ったり叶ったりな発言である。


「ヴィンスは私から“友人”を奪うつもりのようで」


「まさか。“友人”の儘に支配されると良いだけの事。その時が今から楽しみだ」


「それが可能なのは生粋の貴族だけですし、“犬”を飼う予定はありませんよ」


「残念だったな。ヴォルフ」


「話し掛けんな」


「ヴォルフさん、犬派なんですね」


「は?」


「はい?」


「……何派でもねえよ」


ヤマトが口にした『犬』は下僕ではなく、尻尾を振ることが得意な“手下”や“駒”に近いもの。しかしヴィンセントとヴォルフは『番犬』と解釈。


既にレオンハルトから『番犬』と称されているヴォルフを揶揄うヴィンセントと、番犬というか……過保護の自覚があるので特に気を悪くしないヴォルフ。――だったのだが。


まさか自ら“犬”発言をしたヤマトが、『番犬=ヴォルフ』の揶揄いに気付かず額面通りの『動物の犬』と解釈するとは。思考回路というか、処理能力というか。


たった数秒間で意味の認識が変わった事実に、ヴォルフもヴィンセントも数秒程硬直してしまった。理解に苦しむ。


単純に、ヤマトがヴォルフを『番犬』と認識していないから。だから解釈が変わっただけのこと。


「それで。いつ来るのかな。“お客さん”は」


「ボルテージがピークに達した時でしょうね。興奮していればパニックは起こし易いですし、それに乗じて」


「肝臓が競り落とされた瞬間、か。警戒を強めてもらおう」


「何もしなくて良いですよ。私が原因ですし、ショッピングの邪魔にならないように静かに終わらせます」


「プルでも難しいだろうに。もしや、ラブにも特殊な力が?」


「ケット・シーは回避特化ですね」


「ではどうやっ、」


ぴくりと何かに反応したヴィンセントは言葉を切り、ある一点へ視線を動かす。


――と同時に、


「この場は我々が占拠した! 騒ぐと殺す!」


ひとりの参加者を人質に叫ぶ、黒ローブの集団。顔を隠すフードからは獣の鼻先が見えるので、獣人――『狂信者』だと確信。


「まさかの。計画性が無いですね」


「私達が真面目過ぎたようで、少し恥ずかしいな」


「おい。どうすんだ。殺すならお前は出んなよ」


「取り敢えず要求を聞いてみましょう」


数秒程の喧騒は起こったが、意外にも直ぐに静まりパニックが起きることはない。この場には冒険者ギルド職員が大勢おり、実質個人Sランクのヴォルフも居る。


ドラゴン・スレイヤーの“黒髪黒目”が居る。


例に漏れず。参加者達もその手を血に染める事はしてほしくないと思ってはいるが、戦闘不能にするのなら幾らでも手段はある。誰もがそう考えており、強い不安感は無いらしい。


事実。淡々と言葉を交わすヤマト達に安全を確信。


知人ですらない赤の他人をヤマトが助ける義理は無い。……その可能性を考えないのは、“黒髪黒目”への強い懸想と理想の押し付けなのだろう。


その押し付けに気付かず足を動かすヤマトは、ずっと受けていた“狂気”の視線に小首を傾げて見せた。


「要求は?」


「我々と志を共にしてもらう! 断るのなら、」


「お断りします」


「は――、っ人質が見えないのかっ殺すぞ!」


「お好きにどうぞ」


「なっ……」


愕然。狂信者も人質も、ギルド職員達もオークション参加者達も。ヴォルフもヴィンセントも。


しかしヴォルフとヴィンセントは、一寸後には何やら予想をつけたのか納得した表情に。


その予想は直ぐに現実となった。


「お仲間でしょう? そちらの商人。人質にされているのに恐怖の感情が見えませんし、心臓の音が落ち着いています。呼吸も乱れていません」


「ゎ……私はこいつ等の、」


「黙って」


商人の否定の言葉を遮ったヤマトは襟巻き化しているラブの頭を撫で、漸く顔を上げたラブはヤマトの頬に頭を押し付ける。こんな状況なのに猫と戯れる、その神経が理解出来ない。


その意図は、ひとつ。


「そもそも。何故私が人質を気に掛けなければならないのです。私の人生には、何の関係も無い存在なのに」


知人ですらない他人がどうなろうと知ったことではない。


例えば、この場がオークション参加者のみだったのなら。その時はフレデリコへの義理として彼が使わせた男性だけを連れ、さっさとこの場から離れていた。ヤマトにとっての“他人”とはその程度の、歯牙にも掛けない存在。


それを然もありなんと。『なぜそんな分かりきったことを言わなければならないのか』――そう言うように、態とらしく顎に手を置き首を傾げて。


この世界に来て捨てた、甘さ。着々と“他人”へ対する希薄さが育っているようで、何より。


傍から見ると完全に傲慢貴族か王族にしか見えない。その事実は、知らないままが幸せなのだろう。


「く……“黒”だからってヒトの命を粗末にしても良いのかっ!」


「この場で“黒髪黒目(わたし)”以上に優先される命があるとでも?」


「!――そ、れは」


「ところで。不思議ですね。あなた達は狂おしい程に“黒”を崇拝しているというのに。ならば何故、“黒髪黒目(わたし)”の言葉に反論をするのです。齎される全てを享受し、直接目にできたその栄誉に歓喜し失神するべきでしょうに。それが『崇拝』の本質なのですから。――ですよね、ヴィンス?」


「全面的に同意したいところだが。失神しては“黒髪黒目(きみ)”を目に映す幸福な時間が減ってしまうな」


「では意識を保つことは許して差し上げます。代わりに、この“黒”を目にできた現実に感謝し涙を流してみせてくれるのなら」


「私がそうしたいばかりだ。まったく、(しがらみ)の無い者達が羨ましい」


「お貴族様は周りの視線に敏感ですからね」


ほのぼのと言葉を交わすふたりに呆れるヴォルフ。ぼそりと「また“っぽい”ことしやがって」との呟きと共に、ほんのりと覚えた苛立ちを一応抑えておく。


僅かな違和感も無い事実が腹立たしいが、心底からそう考えての発言なのだと判断したので指摘はしない。好きにすれば良い。


――不意、に。ヴィンセントと談笑していたヤマトの視線が動き、その“黒”が狂信者達を捉える。


人質を拘束していた者も人質役の仲間も。取り繕う事が出来なくなったらしく呆然としていた彼等は、その視線にビクリと肩を鳴らし反射的に足を引いた。


「それは『崇拝』ではありません。あなた達は只、“黒”を利用し自らの承認欲求を満たしたいだけのテロリストでしかない」


「っ――! 我々はっ、」


「羽虫が煩いですね」


「、は……」


「黙って。と、言った筈です。私がいつ発言権を与えました? 先程言いましたよね。『崇拝』するのなら全てを享受しなさい。あなた達が本当に、他の何を捨ててでも“黒”を崇めているのなら」


抗うな――と。抗うことは許さない、と。


こてりと小首を傾げたヤマトは目元を緩め、しかしその表情とは相反しての痛烈さで。




「弁えろ。下衆」




絶対的な支配者の言葉。


幾ら“黒”を崇拝し威を借りようと、畏れられるのは“黒”であってお前達ではない。“(わたし)”がお前達を受け入れることは無い。


勘違いをするな。――と。


柔らかな表情と反する凄みのある声により、その恐ろしさが相乗し全身の汗が一瞬で凍った感覚。ほぼ同時に力が抜け崩れ落ちた彼等は、見下ろして来る“黒”に恐怖しガチガチと歯を鳴らしている事にすら気付けない。


『威圧』……をする程の価値も無い。承認欲求を満たしたいだけの身の程知らずには興味を引かれず、これ以上関わる意味も無い。


ヤマトの人生――その数分の間に存在することが出来ただけ、彼等は恐悦至極だったと思うべきなのだろう。数日もすればその数分間は“数秒の些事”となり、いつかは忘れ去られることは確定されているが。


「後はお願いします。ヴィンス」


「功績は?」


「不要です」


「有り難く賜ろう」


緩く両腕を広げたヴィンセントは次に片手を胸に付け、演技掛かったように一礼。『“黒”への崇拝』を体現。


それは揶揄いも含んでいるので、ヤマトは困ったように眉を下げた。ヴィンセントが愉しそうなので文句は言わないが。甘やかしている。


すっ――と、ヴィンセントが動かした視線の先。参加者の中からちらほらと立ち上がった数人は懐から捕縛用の縄を取り出し、手際良く狂信者達を捕縛していく。


襲撃の情報は得ていなかったが、冒険者ギルドと連盟での催し物なので憲兵は紛れ込ませていた。“黒髪黒目”が関係するのなら、些事が起きた時に恙無く場を収めなければとの使命感として。


それをヤマトはいつ知ったのか。――恐らく、知らないままに『貴族のヴィンスなら体裁を保つ為に警備は配置している筈』と確信があったのだろう。


まあ、大部分は『連盟でも主催だから後始末宜しくね』の丸投げなのだろうが。正論で当然の対処なので、拒否もしないし文句も無い。


そして流れ者と自称しているのに、貴族を相手にその流れるような丸投げがとても面白い。なので後始末は甘んじて受け入れた。


「趣味悪過ぎだろ。あんた等」


剣を手にすらしなかった辺境伯の跡取り。参加者席からの少し大きな声は呆れたような色で、それはヴィンセントとヴォルフに対しての純粋な感想。




よくもまあ、そんな自意識過剰で傲慢なタチ悪ぃ男に侍れるもんだな。


例え“黒髪黒目”じゃなくても、その男は支配者足る思考回路持ってんじゃねえか。その美貌も、言動も。


一歩間違えると“狂信者”の仲間入りで破滅するだろ。




そう言いたいのだろう。的確過ぎる分析なので誰もフォローはしない。できない。


ヤマトから望まれた“友人”と云う関係性が、ふたりの言動のストッパーとなっている。――“黒”への憧憬。“理想の主”への執着。無意識から湧き上がる様々な衝動を強く押さえ付けて。


「趣味には自信があるのだけれど。君も仲間に入ってくれると面白かったのだが」


「黙れ。俺の王はレオだけだ」


「だとしたら。君はもう少し王族への礼節を持つべきだな」


「レオがこれで良いっつったから良いんだよ」


ハンッと鼻で笑う辺境伯の跡取りは、ヴィンセントの“王”がヤマトに変わっている事実に気付いたらしい。ヴォルフの側へ戻るヤマトへ僅かに鋭い視線を向けると、気付いたらしく視線が交わる。


こてりっ――


不思議そうに小首を傾げるのだから、ヤマトがその事実に気付いているのかは不明。気付いていたとしても、自由過ぎるので“王”とは成らないのだとは確信している。


視線が交わった儘。




「レオの邪魔をするなら殺す」




呟いてみたら、ゆるりと緩んだ目元。褒めるように。称賛するように。……聞こえたのか。


バケモンだな。


憧憬の中にのみ存在していた筈の“黒髪黒目”だとしても、彼にとっての王はレオンハルトだけ。姿を見せない護衛と同様、その忠誠心が覆される未来は有り得ない。


不意、に。視線を外したヤマトは、もう辺境伯の跡取りのことは思考の端へ置いたらしい。


「お前、ちゃんと猫被ってろ」


「すみません。あまりにも理解不能でしたので、つい」


「様になっからタチ悪ぃんだよ」


「あ。『平伏せ、下民』とか言えば良かったです?」


「王に成りてえなら言ってろ」


「この発想は諦めました。それより、」


一度言葉を止めたヤマトはこてりと首を傾げ、湧いた疑問を口に。


「彼等の処刑は王都ですかね?」


……なぜそれを気にするのか。行くのか、王都に。処刑を見に。わざわざ。


聞き耳を立てていた周り。狼狽えたような、どこか縋るような。幾つもの視線を受けたヴォルフは大きな溜め息を、ひとつ。


「興味無ぇ」


「では全て任せましょう」


現時点で。当事者故に向けていた、今回の狂信者達への希薄な興味は失せた。「そうだ」と言ったら王都へ行ったのだろう。


ファインプレーだった。





閲覧ありがとうございます。

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猫被りヤマトが好きな作者です。どうも。


一応にも“黒髪黒目”として皆からの憧れを守ってはいますが、不快に思ったら「そんなん知らーん」と“猫”を散歩させます。

でも直ぐに捕獲して被って周りを困惑させる。

我が儘マイペースなので。

狼狽えないのはヴォルフくらいでしょうね。

ご迷惑をお掛けしています。


基本的に狂信者達への興味はとても薄い。希薄。

今回は言葉通りに「羽虫が煩いな」と不快に思っていたり。

恐らく『大して強くもない喚くだけの身の程知らずの害虫』という認識でしょうね。

虫扱いです。何様でしょうか。ヤマト様ですね。

ほんとまじで性格悪いな、こいつ。


崇拝したことなんて無いくせに“崇拝者”の在り方を語るの、おまいう。

しかもそれが正しいと心底から確信しての堂々とした発言なので、誰一人として違和感を覚えていないというね。

周囲は「“黒髪黒目”が言うなら“そう”なんだろう」と思っています。

“黒髪黒目”に憧れ続けたこの国だからこその特殊な現象。っということで。


辺境伯の跡取りは作中通りに嫌な奴ではなく、本当にレオンハルトへ忠誠を捧げている生粋の騎士です。

レオンハルトの王位継承権争いを揺るがし兼ねない“黒髪黒目”が相手だからこうなっていますが、普段はとってもいい奴なんです。

父親と志は違えど、いずれ部下になる領内の辺境騎士達からも慕われている気持ちのいい男。

そんな気持ちのいい男とキアラの絡みはは何話か後に予定しています。

ロイドとの絡みも書きたいですね。

その後に再登場するかは不明。


出品者なのにオークションに一切興味無いの、中々に理解不能で参加者もギルド勢もちょっと困惑してたり。

でも直ぐに「既にドラゴン1体分で稼いでいるからか」と各々納得してたり。


ヴィンセントと話しているとナチュラル貴族になってしまうので、横で聞いていたヴォルフはこっそりと苛ついていました。

それがまた似合うから、余計に。

まあヴィンセントが頭を抱えたのでヴォルフの機嫌は回復したようですが。

正当防衛の不可抗力とはいえ、知らない内に“裏”を牛耳られていたとか恐怖でしかない。

ご迷惑をお掛けしています。


フレデリコが送った男性へ話し掛けたのは、この人だっけ?との思い付きでの行動です。

特に意味はありません。

ズレているというより、単に自分の疑問を解消したかっただけの突発的犯行と無自覚傲慢の気遣い。

本当に意味は無い。


次回、フレデリコへ配達。

ラブちゃん、ちょっと混乱。

『初代国王が愛した旅館』が在る領地。

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