50.事前に共有してほしかった
王都方面へ少し移動した平野。天蓋の張られた会場には既に人が集まっており、使いではなく貴族もちらほら。
目当ての品を宣言する者。敢えて、目当てでないものを宣言する者。既に心理戦は始まっている。
その中で積極的に会話を膨らませる者達。恐らく、商人。オークションとは別に新規顧客を獲得しようとしているのだろう。商魂逞しい。
「ヤマト坊ちゃーん。最終鑑定すっから素材こっち出してくれー」
「分かりました」
そんな集まった全員の目的――“黒髪黒目”とは未だ挨拶すら交わせていない。その隣で『番犬』が睨みを利かせているので、己の精神衛生を優先。めちゃくちゃ怖い。いのち、だいじ。
しかし。どこにでも空気を読めない者も存在する訳で。
最終鑑定のためアイテムボックスからひとつずつ素材を出し入れするヤマトへ、近付く者がひとり。
「よお、“黒髪黒目”殿。ロイドを懐柔した方法、教えてくれよ」
「特に何かした覚えはありませんが、ロイドさん曰く『ウケる』らしいですよ。――あ、ギルドマスター。プルのリクエストでオークション後にドラゴン討伐に行くので、冒険者ギルドにとって益がある方には融通できるかもです」
「ものすんっげえ納得したわ」
愉快。と喉を鳴らす、話し掛けて来た男。ロイドが父親と縁を切った時に勧誘して来た、辺境伯の跡取り。
ロイドの話では脳筋ではないということなので、敢えて空気を“読まない”ことを選択したのかもしれない。離れたところでヴィンセントが愉快そうに笑っているので、この予想は恐らく合っている。隣の領へ“おつかい”に行ったロイドがこの場に居たら、確実に頭を抱えただろう。
ヴィンセントは貴族達への連絡の件で、お礼のドラゴン素材を既に手にしている。飛膜――いつか有事の際に家族が人工皮膚を必要とする時の為の保険。お礼なので痛い出費は無く、使う機会がないのならそれはそれで構わない。
なのでオークションには参加しない。それでもオークション開催の発案者として、そして冒険者ギルドと連盟の責任者としてこの場に居る。加えて言うと……“ヤマト”が何かをやらかしてくれる事を期待している。娯楽に目敏い。
そのヴィンセントは現在、貴族の微笑みでヤマト達を静観。内心は『彼も懐柔されたら面白いな』である。道連れを期待しているとも言う。
決して叶うことの無い“夢”への渇望を共有したい、と。
「孤高の獅子を懐柔した方法は?」
「誤解がありますね。“友人”です」
「そうか。悪かった」
「お貴族様は意外と素直なのですね」
「“黒髪黒目”相手だからだろうぜ。俺は腹の探り合いが苦手なだけだ」
「苦手だけど出来ないことではない。と」
「あんた、貴族向いてるよ」
「私が縛られるのは“友人”だけですよ」
「それを被害者の前で言うか? 普通」
「君の『普通』に私が付き合う理由がありますか?」
「ねえな。嫉妬だ」
「嫉妬」
「キアラ。強く、正義を貫く女。惚れるっつの」
「……なるほど。頑張ってください。応援しています」
「後悔しても渡さねえぞ」
「しませんよ。後悔する前に奪いに行きますから。その時は、死に物狂いで繋ぎ止めてくださいね」
「自意識過剰過ぎね?」
「お気に入りの“顔”です」
「清々しいなァ、おい。謙遜っての知らねえのか」
「謙遜したところで嫌味にしかなりませんから。褒め言葉は嬉しいですし」
「喧嘩売った俺がアホだった」
「え。喧嘩、売って頂いていたのですか? 敵意が見当たらなかったので、てっきり戯れかと」
「あんたは初対面の戯れにノるのか」
「はい」
「……おい、孤高の獅子。ちゃんと常識教えてやれよ」
「下賤な冒険者に話し掛けんじゃねえよ、お貴族サマ」
「あんた等お似合いだよ。またな、“黒髪黒目”殿」
「お気に入りのお店にお誘いしますね」
「“名物”なら遠慮するわ」
「残念です」
ひらりと適当に手を振り歩いて行く、辺境伯の跡取り。名乗らなかったのなら、深い交流を持つ気は無いということ。それは一方的な恋敵だからなのか、それとも……
この非常識さに世話を焼いてしまえばハマってしまうから――なのか。
どちらにせよ。国境を守る辺境伯の跡取り。そんな彼がこうやって“黒髪黒目”へ傾倒しないことを選んだ事は、王家から表彰されるべき賢明な判断に違いない。
その王家の『王太子』に王手をかけている第二王子は、恩も相乗して既に“ヤマト”にハマっているのだが。
「お前、変なのに好かれるよな」
「自己紹介ですか?」
「お前が変だからか」
「地味に傷付きます」
「正常だと?」
「ちょっと自信が無くなってきました」
「遅ぇな」
「うーん。ひどい。――彼は、賢い子ですよ」
「あ?」
「喧嘩を売っていると言いつつ、目が“私”を避けていました。辺境伯の跡取りなので、王家へのまだ未熟なその忠誠心を揺るがしたくはないのでしょう。――レオが気に入っている“黒髪黒目”が短絡的な人間ではないかの確認。端的に言うと、試されました」
「……贅沢な野郎だ」
「試してくれても良いんですよ」
「遊ばねえなら試してやるよ」
「偶には“おもちゃ”になってくださいよ」
「いつも成ってやってんじゃねえか」
「え。いつ」
「お前本当は貴族だろ」
「違いますってば」
「そりゃ良かった」
揶揄い……というよりも“確認”のニュアンスが強い。ここにきて、まさかヴォルフからの貴族疑惑が頭をもたげるとは思わなかった。結構傷付く。
なぜだ。と首を傾げながらドラゴン素材を出し入れしていくヤマトに、まじで自覚ねえの。と心の中で呆れるヴォルフ。
襟巻きに擬態しているラブも、どことなく呆れた顔をしている。猫は賢い。
プルはコートの中でぷるぷると揺れ、どうやら爆笑中らしい。存分に“ヤマト”と云う娯楽を愉しんでいる。異常個体のスライムも賢い。
そんな彼等に関わらないように鱗の数を数えていた、ギルドマスター。作業が終わり品物リストを職員に渡してから口を開いた。
「オーケーだ。量が多い鱗はこんまま預かって、鑑定終わった分から始める」
「お願いします。私は、どこに居れば?」
「好きにしてくれて構わねえが、落札早ぇぞ」
「お金に物を言わせて?」
「肝臓は長く掛かるだろうな」
「あ、薬の材料。回復魔法は稀少も稀少の聖属性ですもんね。皆さん、切実ですね」
「……坊っちゃん。言い方、気を付けねえと勘繰られんぞ」
「気を付けます」
素直に受け止め反省するヤマトに頬を引き攣らせるギルドマスターは、だから……言い方……というか誤魔化し方をだな……――と、有能故に“察し”てしまい助けを求める視線をヴォルフへ。溜め息を吐いて首を横に振られたので潔く諦める。
同時に。己の精神衛生上非常に宜しくないので聞かなかった事にした。時には無関係や無知を装うことも、ひとつの処世術。
取り急ぎの用件は終わり。さて、どうしようか。
一応ヴォルフを見上げてみると「好きにしろ」と言うように軽く頤を上げたので、先程から声を掛けようか迷っている“とある男性”の方へ。
ヴォルフとしては出来ればその選択はしてほしくはなかったが、止めようとはしない。好きにすれば良い。
「お久し振りです。フレデリコ様は、その後いかがです?」
人の顔を覚えることは苦手と言ったのに。まさか声を掛けられるとは思っておらず、今にも泣き出しそうな……そして今直ぐ脱兎の如く逃げ出したそうに足を引いた、フレデリコがオークションに送った人物。
“黒髪黒目”から声を掛けて“頂けて”いるので、逃げ出すなんて不敬にあたるとこっそりと深呼吸。
「おっひさしぶりです」
大袈裟な程に声が上擦った。仕方のないことである。
数秒程の沈黙。しかしそんなミスは無かったかのように、その男性はにこやかに言葉を続けた。
「私も数日して出立したので現在は分かりませんが。その数日間、主人はリューガ殿のお写真を拝んでおりました」
「おがむ」
「納豆を供えていらしたので見間違えはないかと」
「ん、ぐっ」
「ヴォルフさん」
「っ……わるい」
「いっそ爆笑された方が心が楽です」
思わずと口元を手で覆い苦しそうに呻くヴォルフ。肩を震わせながら謝罪されたので、全く意が伴っていない。
取り敢えず眉を下げておく。珍しくヴォルフのツボに入った。恐らく、旅館で組まれた祭壇も思い出している。今更ながらじわじわと笑いが込み上げているらしい。
態とらしく肩を落とし、失言だったのだろうか……と顔を青くさせた男性へ小首を傾げて見せる。「気にしていませんよ」との言葉の代わり。感心する程に様になっている。
「目当てのものを落札出来た時は、一足先にお届けしようと思うのですが。許されますか?」
「許されない筈がありません。主人も喜びます」
「良かった。貴方は短い休暇を満喫してください」
「それは……主人の、許可を得ないことには」
「私のお節介なので説明しておきます。存分に旅の疲れを癒やしてどうぞ」
「……お心遣い、感謝致します」
ほんっとそう云うとこだっつの。――とは勿論言わず呆れるだけのヴォルフ。言ったところで首を傾げるだけなので、言うだけ無駄だと判断したらしい。
貴族の使いに勝手に休暇を取らせるなんて、本来なら王族に連なる者にしか許されない。この暴挙が許されるのも、“黒髪黒目”だから。理不尽な特権。
ヤマト本人からすると「旅に慣れていないから疲れてるだろうな」との、労いに近い純粋な善意による気遣いなのだが。また新たな誤解が生まれた。
「楽しんで」
要件は終わりと足を動かすヤマトに呆然とする男性は、数秒遅れてヤマトの後に続いたヴォルフの足音で我に返る。義理としての挨拶だとは分かっていたが、やはり名残惜しいことには変わりない。
しかし自分如きが“黒髪黒目”を引き留めるなんて不敬だと認識しているので、慌てて胸に手を置き一礼。言葉を掛けて頂けただけで一生自慢出来ると、上機嫌に席へと向かった。
「意味あったのか?」
「人違いじゃなくて良かったです」
「……そうか」
こいつとの会話はなんかズレるから面倒だ。――と思うヴォルフだが、そのズレすらも愉快だと思っているのでこれも指摘はしない。好きに、すれば良い。
誰もが空気を読みまくり話し掛けて来ようとはしないので、漸くもうひとりの責任者――ヴィンセントの方へ。
「お待たせしちゃいました?」
「待つ時間も楽しめたから構わないよ」
“待った”ことを否定しないので、一応困ったように眉を下げておいた。待たせたことは事実なので言い訳はしない。
その「困りました」と言いたげな表情に満足そうに目元を緩めるヴィンセントは、更に責めて困らせることもせず。ちらちらと受ける視線に上機嫌。
これは、自分は『“黒髪黒目”と親しい仲』だと云う自慢。簡単に言うと只のマウント。優位性を求める貴族の生態。
「私の知人が参加していてね。紹介したいのだけれど」
それでも“貴族”としての義理は通すのだから、やはり面倒な性質である。
「今日は皆さんお忙しいので、またの機会にお願いします」
「“黒髪黒目”が言うのなら」
当然ながらヤマトにはその“貴族の義理”に付き合う理由は無く、やんわりと拒絶。ヴィンセントも“貴族として”の発言なので、特に残念に思うことは無い。
ここで享受されてはヴォルフの機嫌が急降下してしまう。実質個人Sランクからの本気の睨みなんて受けたくない。そもそも紹介する気など更々無かった。もし享受されたらヴォルフの機嫌を理由に撤回するつもりでいた。
あっさりとヤマトが拒絶したので一安心し、貴族の義理――必要なことは終わった。と、改めて。
次は“友人として”口を開く。笑みの質が変わり雰囲気が柔らかくなったことは、気の所為ではないだろう。
「私にも、そちらの愛らしい妖精を紹介してくれるかな」
「勿論。ケット・シーの『ラブ』です。――ほら、ラブ。ご挨拶」
定位置で襟巻きと化している、ラブ。のそりと頭を上げ数秒程ヴィンセントを観察し、しかし何のアクションも起こさず再び襟巻き化。
「猫の気紛れです。お許しください」
「もう飼い主に似たか。良いことだ」
こてりと首を傾げるヤマトは、流石に猫程のマイペースさは無いのに……とでも思っているのだろうか。誰よりも我が儘で傲慢の唯我独尊なのに。自覚が無いことが酷く怖ろしい。
その無自覚の傲慢をヴィンセントはせっせと育てており、ロイドは“黒髪黒目”の全てを娯楽として愉しんでいる。ヴォルフに至っては『こいつが愉しければそれで良い』と、一切の違和感も無く享受している。
完全に、注意をしない周りの責任。
“ヤマト”はこの世界の常識など知らず、自由に生きると決めてから徐々に傲慢になっている。常識も思想も違うこの世界――注意をされなければ、今自分がどの程度の傲慢さなのか気付ける筈もない。
……因みに。ヴォルフは当初、ちゃんと常識を教えようとしていた。しかしヤマトの『ドラゴンステーキで稼げると思う』と云う理解不能のぶっ飛んだ発言を聞いた時点で、『それで良い』と舵を切った。
今思い出しても理解出来ないし、その時点で「こいつは常識に合わせられねえ」と確信。大変失礼な断定だが、それをヤマトが知ることは無いので今のところ問題は無い。
非常識故に問題は起こしまくっているが。
「例の件。殿下へ伝えておいた。まったく、元貴族でも矜持と云うものを持ち続けてほしいものだ」
「矜持故の報復かと」
「短絡的な行動が報復ならば、この国は既に“狂信者”の天下だろうな。――その後、“狂信者”からの接触は?」
「あ。このオークションの最中に襲撃されますよ」
「……」
「情報屋って便利ですよね」
「……」
「この街に来たばかりの頃に探られまして。取り敢えず全員お灸を据えたら『下僕になるので許して下さい』と号泣されました。あまり気乗りしなかったのですが、役に立ったので良かったです」
満足そうなヤマトに頭を抱えたヴィンセントは、自分が住む街の“裏”をいつの間にか牛耳られていた事実に頭痛を覚えている真っ最中。一体、どんな“灸”を据えたのか……
それを訊いたら確実に後悔すると、聞かなかった事にした。
閲覧ありがとうございます。
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本日2話更新。
続きは後ほど。
後書きは次話にまとめて。