5.きっと、ずっと“それ”を欲していた
「依頼。良いですか?」
「ひえっ……」
いい加減慣れてほしい。
そう思ったが、この職員と言葉を交わしたのは初めて。なので何も言わずに椅子へ腰を下ろす。
冒険者ギルドの受付。後ろの冒険者達から集まる視線。
可哀想な程に萎縮する職員へ特に言葉は掛けず、震える手で差し出された依頼書と羽根ペンを受け取り手を動かした。
暫く。依頼書を完成させ職員へ渡し、金貨を5枚。
「足りますか?」
「……多すぎます」
「幾らが妥当です?」
「……最高で、金貨1枚…です」
「分かりました」
金貨1枚をカウンターへ置いたヤマトは、背後でそわそわし始めた冒険者達に笑いを堪える。少し苦しい。
静まり返っていたので、『金貨1枚』との言葉はよく響いたらしい。
なので、
「ヤマトさーん! 対象ランクはー?」
「C以上ですよ」
「おっしゃ! おい早く張り出せっ俺等が取る!」
「あ? 俺が取るんだよ」
「黙ってろ! 俺等ヤマトさんと酒飲んだ仲なんだぜ!」
「でも指名されてねえじゃん」
「それ言うな!」
「あ。Cランクへも指名出来るのですね。知りませんでした」
「おいほら聞いたか!? 知らなかっただけ!」
「ヤマトさん指名に変更して!」
「んー……。君達が取ってくれる、のでしょう?」
「あーもうほんっとそーゆーとこ!」
「頑張って下さいね」
「因みに内容は?」
「ダンジョン。5階層までの案内と指南、です」
「あんたに指南すんの、すんげー気ぃ引ける」
「楽しみです」
椅子に座った儘、身体ごと振り返り背もたれに頬杖を突く。これから勃発する騒ぎを観戦するための体勢。
絵になるなー。
沁み沁みと実感する冒険者達は依頼書を手に立ち上がった職員を、まるで狩り寸前の捕食者のような目で捕捉。職員は涙目。
依頼ボードへ手を伸ばした職員に、足へ力を入れる冒険者達。
これは危ないな。
なんとなくこの後の惨事を確信したヤマトは、
「止まって」
ぴたりっ。職員も冒険者達も動きを止め、集中して来る幾つもの不思議そうな視線。
それにこちらも視線だけで職員へ促し、察した職員は手早くボードへ貼り付け脱兎の如く受付へ帰還。
「ボードから剥がれた時、手に持つ方のものです。破らないように」
こくりっ。自由を愛し粗暴な冒険者達が、こうも素直に人の話を聞いているのは中々に不気味なものがある。
が、相手が相手だけに従うしかない。本能が“従え”と訴えて来る。
「準備は良いですね。怪我にお気を付けて。では、どうぞ」
世間話のような抑揚。一瞬よく分からなかったが、『どうぞ』の言葉で彼等は動き出していた。最早、脊髄反射。……、あ。
パーティーから代表者を選んで貰えば良かった。
なんて事を考えながら、一気に騒がしくなった依頼ボード前。冒険者らしい罵倒と殴り合いを見ながら、アイテムボックスから取り出した水で喉を潤す。
視界の端で「貴族じゃん……」と呟いた職員から送られるドン引きの視線は、当然スルーした。
流石にAランクには勝てないよねえ。
当事者なのに他人事のような感想を抱くヤマトは、見事依頼を勝ち取ったAランクパーティーの案内でダンジョンの入口に。朝なのに入口の先が見えない。
早速の説明によると、入口には結界が張られているらしい。魔物が溢れないように、ダンジョンが制御している。と。
それでもスタンピードの時は溢れて来る。ダンジョンが自壊しないように排出している、そうな。
つまり冒険者とは、要はスタンピードが起きないようにする為の職業。近くの街の危機を未然に防ぐ存在。
まあ冒険者側としては、稼げれば存在意義なんて何だって良いのだが。
「指南ってのは、罠の見極め方で良いのか?」
「はい。他に疑問に思った事は、その都度」
「了解だ。俺が先行する。後ろはその2人に任せろ」
「お願いします。ヴォルフさん」
全員Aランクのベテラン冒険者。リーダーは、大剣使いのヴォルフ。“熟練”を体現する傷だらけの厳つい風貌は、冒険者だからこそ逆に信頼出来る。
元はSランクパーティーだったが、魔法使いを喪い自らパーティーランクの降格を申し出た。傲らず、自分達の力量を正しく理解している。それが出来るのは、長年冒険者として生きて来たから。
元Sランクともあり何度も貴族と交流が有ったので、ヤマトが貴族ではない事をきちんと理解している。どう在っても貴族顔なので納得はしていないが。
「浅い階層は弱い魔物しか出ないが、稀にスポットが発生する。スポットってのは、魔物が群れた場所だ」
「ホーンラビットの群れなら、お肉屋さんにとって有り難いですね」
「少なくても30匹からだぞ。素材取る前に消えちまう」
「ダンジョン、便利なのか不便なのか判断に迷います」
「慣れだ、慣れ。あぁ、ほら。これが罠」
「意外と分かり易い」
「ダンジョンだからな」
実力不足で命を落とす事もあるが、理不尽は無い。でなければ冒険者がダンジョンに来ず、常に魔物が飽和状態となる。
……あ。たしか、“せんせい”の本に書いてたかも。
『ダンジョンは生きている』
『ダンジョン内での全ての事象はダンジョンを成長させる』
『成長が頭打ちしたダンジョンは消失する』
って。って事は、今私達は魔物の腹の中に居るのか。ちょっと怖いな。
一切怖さを出さずにそう考えるヤマトは、……そういえば。森の中の小屋で本を読んでいた時から抱いていた疑問を思い出し、折角だからと口を開いた。
「魔物と魔獣の区別って何ですか?」
「あー……。明確な区別は無いな。獣なら魔獣、とか。只、アンデッドやゴースト。植物系、ゴブリンとオーガは魔物に確定されてる。便宜上、“魔物”は魔獣含めての総称で使われてるって訳だ」
「……食用か否か?」
「それが近い。虫型も国によっては魔獣に分類されるぜ」
「あ。ハニービーは魔獣な。蜂蜜、食えるから」
「なるほど。ノリと勢い、ですか」
「あいつ等自体、存在がノリと勢いみたいなもんだしな」
可笑しそうに笑うヴォルフは、正面から走って来る3体のゴブリンに剣を握る。
握ったが、
「案内と指南だけで大丈夫ですよ」
言うと同時にヴォルフの横を走る、氷の槍。それはゴブリンの頭を吹き飛ばし、あっさりと討伐完了。
……数秒。流れた沈黙は、ヴォルフが頭を抱えた事で途切れた。
「あんた、魔法使いだったのか」
「?……噂、回ってる筈ですけど」
「依頼で近くの村に行ってた」
「お疲れ様です。魔法も剣も使いますよ」
「しかも魔法剣士かよ。バケモンか」
「失礼な人ですね」
ちらっ。一度ヤマトへ視線を向けたヴォルフは小さく溜め息を吐き、それでも足を動かす。
忠告、と共に。
「魔法使い。大半は国が抱え込む。殆んどが大器晩成型だから冒険者では一握り。冒険者の魔法使いは、訳ありか天才のどちらかだ」
「でしょうね。国なんてものに関わる気は無いので、問題有りません」
「魔法使いってだけならな」
「……あぁ」
「魔法剣士なんて100年に1人出るかどうか。属性言ってみろ」
「闇だけ試してません。全て禁忌魔法だったので、倫理的に気が引けて」
「実質全属性じゃねえか。どうなってんだ、あんたの魔力」
「なにがです?」
「普通は多くて2属性。氷なんて希少中の希少。そもそも対極の属性が、身体ん中に共存出来る訳ねえんだよ」
「え。属性は、魔力から構築し付与するものでは?」
「……」
「あれ?」
「……あんた、師は?」
「一応。その方が書いた魔法理論を参考に独学で魔法を習得したので、厳密には師ではないですが。“せんせい”です」
「大賢者だろ。センセイ」
「よく分かりましたね」
「んなぶっ飛んだ魔法理論、大賢者しか思い付かねえし使えねえよ」
「あぁ。それは確かに。私も、理解は出来ませんでした」
「は? じゃあどうやって魔法使ってんだ?」
「イメージして」
「……」
「明確にイメージし言葉と紐付け、イメージのみで魔法を行使出来るように反復する。無詠唱のコツです」
「おい。ギルド戻ったら魔族が出たって報告するぞ」
「遂に疑惑が人間ですらなくなりましたね」
貴族疑惑で留めてほしかったな。って、そういえば魔族が存在するのか。食文化の違い、聞いてみたい。
などと暢気に考えるヤマトは、会話中にも襲って来る魔物を魔法で討伐している。まじで魔族だろ。っと言いたげな視線はスルーした。
「魔族、存在して居るのですね」
「伝承のようなもんだ。“あの森”の更に先に国が在るって聞いた事はあるが……まあ眉唾だな」
「ランツィロットでも森抜ける前に死ぬだろうぜ」
「ランツィロット?」
「知らねえのか。唯一のソロS。この大陸で最強の冒険者」
「あぁ。特に有名という事は聞きました。面倒見が良いとも」
「あー……良いっちゃ良いが、誰彼じゃねえよ。人は選んでる。あと女関係のトラブルが多い」
「遊び人?」
「モテ過ぎて」
「大変ですね」
「あんたも、……いや。ねえな。庶民は近寄り難い」
「貴族じゃないですよ」
「わーってるよ。顔だ、顔」
「面倒事回避出来るのでこの顔で良かったです」
「逆に貴族連中が寄って来そうだけどな」
「……仮面、常に付けるか迷います」
「今更だろ」
ばっさりと切り捨てられ、なんとなく見捨てられた感覚。
確かに今更なので抗議はせず、ヴォルフの案内に続き2階層への階段を降りて行った。
「お疲れ様です。今日はありがとうございました」
「おっ。奢りか?」
「依頼料は払ったので、それはまたの機会に」
「そういうとこが貴族っぽいんだよ」
「お金は大切ですから」
「荒稼ぎした奴がよく言うぜ」
初めてのダンジョン。魔物は全てヤマトが討伐したので、確かに荒稼ぎ。アイテムボックスに素材を入れていく姿に、ヴォルフ達は訳分からんと頬を引き攣らせていた。
アイテムボックスを展開する為の空間魔法を持つ者は、極一部。空間魔法に適性が有っても、アイテムボックスを構築する理論が無ければ使えない。
それすらもイメージで補完するヤマトは、確かに魔族と思われても仕方ない。
だからと言って、アイテムボックスを使わないとの選択肢は無い。便利だから当然の結論である。
「で。態々酒の席に乱入して、訊きてえ事あんだろ」
「流石です。情報屋は存在しますか?」
「あ? そりゃあ居るだろ」
「ですよね」
「……あぁ。大変だな」
「再起不能なら大丈夫ですか?」
「殺さなきゃ何しても良い」
「なるほど」
他人の情報で飯を食っているのだから、不快に思われ迎撃されても文句は言えない。その際に慰謝料として金品を取り上げても許される。
只、殺してしまえば罪になる。
とても簡潔で分かり易い世界。
「因みに、殺しても罪にならない相手は?」
「賊」
「賊だと思って殺した相手が一般人、もしくは誘拐された方だった場合は?」
「襲って来た時点で賊。誘拐なら拘束されてるから先ず間違えねえが、殺しても罪にはならん。そもそも、黙ってりゃ良い」
「ありがとうございます。助かりました」
「対処してやろうか?」
「先ずは自分でやってみます。手に負えなくなったら、皆さんを頼りますね」
「悪化してから丸投げするつもりか」
「チャレンジ精神って大切ですよね」
「あんた、ちょいちょい普通の事言うよな」
「庶民なので」
「違和感しかねえ。あんま引っ掻き回すなよ」
「善処します」
そう言ったヤマトは腰を上げ、ちゃりっ。テーブルに置かれた、銀貨6枚。……あ?
なんだ? とヤマトを見ると、
「情報料です。お酒でも飲んで下さい」
目元を緩めての言葉。
思わず瞠目したヴォルフ達は、……ハァ。溜め息と共に頭を抱える。
でもすぐに頬杖を突き、店を出て行くヤマトの背中に苦笑した。
「ありゃモテるわ」
「善意でやってんだよなー、あれ。嫌味っぽくねえの逆にすげえ」
「んでも傲慢なんだよ。ぜってえ丸投げして来んだろ、あいつ」
「遊び感覚じゃねーの」
「クソガキ」
「なのに対価渡してくっから許せんだよなー」
「あの顔も」
「ずっり」
「どうすんだ、ヴォルフ」
「下調べだけしときゃ良いだろ」
「うはは! 貴族嫌いなお前が! ウケる!」
「あいつは貴族じゃねえよ」
呆れた表情で酒を飲むヴォルフは、Sランクの時でさえ貴族と言葉を交わす事は無かった。それは、当時は魔法使いがリーダーだったから許された事。
魔法使いを喪った後。リーダーを押し付けられてからは自らパーティーランクを降格させ、“魔法使いが居ない俺達は実力不足”と指名を断れる土台を作った。
本当はBランクへ降格させたかったが、ギルドが必死に止めた。……っと云うのが事の真相。
なのでギルドも貴族からの指名時に、
『ヴォルフが貴族嫌いだから断られる可能性が高い』
っとの事実を包み隠さず毎回説明している。ギルドが必死に説得して、“嫌々Aランクに留まって貰っている”と。
嫌いな理由は、単純に。故郷の村を重税で潰されたから。当時の領主は捕まったが、貴族嫌いは生涯変わらない。
だからこそ。貴族疑惑のあるヤマトに近付き見極めようとし……たのに、その規格外の非常識さにいっそ頭を抱えたくなった。
寧ろ眩暈を覚えた。
そんな事では貴族に目を付けられ取り込まれ、使い潰されるぞ。と。
「手の掛かるクソガキは嫌いじゃねえだけだ」
「カーチャン」
「ウケる」
なにかを確信しニヤつく2人に、“なにか”を誤魔化すようにヴォルフは酒を呷った。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
冒険者らしい厳つい外見のおっさん冒険者が好きな作者です。どうも。
恐らくヴォルフが保護者ポジションになると思います。おそらく。
保護者ポジションにならなくても頻繁に出ます。
面倒見の良い厳ついおっさんは癒やしなので。
ヴォルフはまじで貴族嫌いです。
話したくもない、筋金入りの強い意志。
どう見ても貴族なのに「貴族じゃない」と公言した主人公を見極める為、自ら接触しました。
結果、貴族じゃないとの結論。
納得はしていませんが。
今回は違和感を覚えたので接触しましたが、本来は近寄る事はしません。
本当に、心底貴族を嫌ってます。
その筋金入りさは本編でいつか触れたいです。
戦闘シーンは書いても良かったのですが、基本は魔法で瞬殺なので割愛。
剣を使うのは大きい個体相手だけです。
魔法、便利なので。憧れますよね。
主人公、ダンジョンの中では内心きゃっきゃしてました。
子供っぽくて可愛いですね。
一切顔には出さない、現代社会で抑圧された日本人らしい作り笑顔のお澄ましさんでしたが。
これはこれで可愛いですね。
次回、趣味の悪い成金商人との邂逅。
ドラゴン素材はロマン。
解体班、大混乱。