49.振る舞ったので好感度爆上がり
「っはぁ〜〜〜……これが、猫吸い……イイ……」
「あまりやると嫌われますよ」
「ごめんね、ラブちゃん。かわいい」
約束通り。ロイド達の依頼に付き合いダンジョンに来たヤマト。既に依頼は達成済み。
オークションに参加する貴族の使者達をもてなす為のハイオーク討伐。ヴィンセントからの指名依頼。ハイオークはブルと同じくらいの美味しさなので、使者をもてなすには丁度良い食材らしい。
「ヤマトさんのお陰で運搬超楽。マジックバッグ最高。ありがとうございます」
「お役に立てたようで嬉しいです」
良かった。と純粋に、言葉通り嬉しそうに目元を緩めるヤマト。こういう裏の無さがドツボなのだとは未だに自覚していない。
自覚が無いからこそ、その効力は倍増してしまう。めちゃくちゃ好き。
うねうねと軟体動物のように動きロイドの腕から脱出したラブは、腕を蹴って飛びヤマトの肩へ。構い過ぎたらしいので素直に反省した。
「んで。あのハイエルフとはどーなんすか」
「ルーチェさん? 普通ですよ。今日も朝食をご一緒しました」
「友人なれた?」
「まだですが、このままいけば問題は無いかと」
「意外。とっくに口説き落として弄んでると思ってた」
「? 弄ぶだけなら“友人”でない方が後を引かないかと」
「まじそーゆーとこ」
「はい?」
「なーんも。あーあ、俺もエルフ国行きたかった」
「ヴィンスですか?」
「うんにゃ。俺の判断。目ぇ掛けてくれてっから、可能な限り領内に居ないと義理通らないんで。それに今回は“黒髪黒目”だし」
「……あぁ、なるほど。貴族らしい考えです」
「一応、元貴族っすから」
あまり長い間ヤマトと行動を共にしては、目を掛けているヴィンセントに疑惑が集中してしまう。“黒髪黒目”を御旗に反逆を計画しているのではないか……と、第一王子派が噂を流して。
そうなれば“黒髪黒目”が不快な思いをする。それはロイドも望まないし、何より……
「ぶちギレたヴォルフさん暴れたら、ランツィロットしか対処出来ないだろうし。どう転んでも王都吹き飛ぶ」
「怖い話ですよね」
「あんたの為でしょ」
「“ママ”ですよね」
「ん、ぐふっ……、もー。やめてくださいよ。腹筋攣る」
「無視されちゃうので秘密にしてくださいね」
「言ったら俺がしばかれる。――ヴォルフさん、ついてくって?」
「明言はされていませんが」
「予想通り〜。なら、パーティー一時解散っすかね」
「え」
「え?」
「解散……させるのは、ちょっと」
「?……、あ。あぁ。大丈夫。一時解散なんて皆普通にやってるんで。家族に問題起きて里帰りする時とか、因縁ある土地行きたくない時とか。俺等も何回かやった事あるし。1ヶ月以上パーティーでの活動しないなら、一時解散してた方が何度もギルドに説明しなくて便利なんすよ」
「それは……理解出来ますけど」
「あの人達、何度も一時解散してるからまじで心配要らねって。ヴォルフさん抜けたとこで死ぬふたりじゃねーし。もし死んでも、ヤマトさんについてくって決めたのはヴォルフさんだから後悔しないっすよ。“騎士”なんだし」
「なら大丈夫ですね。安心しました」
「んはははっ! めっちゃ王族!」
「王族でもないですよ」
完全に不安は消えた。緩んだ顔で襟巻きと化したラブを撫でている。
どうやらラブは首元を定位置に決めたらしく、移動中は常に襟巻き化。昨日も、ヴォルフと共に街に戻って来た時に検問の憲兵に硬直された。
“あの森”から戻って来たらケット・シーと云う妖精を襟巻きにして連れて来た。そりゃあ硬直する。数秒してから何やら勝手に納得したので、特に問題は無い。
街の中では当然ながら二度見や凝視を受けた。感嘆するしかない造形美が“もふもふ”を愛でているなんて、目の保養と心の栄養にしかならない。“ヤマト”と云う自由人が自由気ままな猫の妖精と共に居るところも、なんだかとても“らしい”し……最近取り入れた言葉で言うなら――とても『萌える』。
寿命が伸びる。命が助かります。
「もう少し潜ります?」
「飽きた?」
「いえ。そろそろお昼なので」
「言われたら腹減ってきた」
「作りますよ」
「ヤマトさん、意外に尽くしたがり?」
「その自覚はありませんが。折角なので、尽くして差し上げましょうか」
「狂うからやめて」
「残念です。ロックバードのサンドイッチにしましょうか。野菜たっぷりの」
「ヤマトさんが作ってなかったら絶対食べないやつ」
「野菜は大切ですよね」
いそいそとアイテムボックスから調理台と下拵え済みの食材を取り出すヤマト。毎回思うが、この量の下拵えをいつやっているのか。宿の部屋だとは思うが、時間も掛かるだろうに。そんなに暇なのか。
暇というよりは趣味として楽しんでいるのだろう。手料理を振る舞うことが好きなら恐らく合っている。
いつも通り、手際良く。この後も身体を動かすので軽食の量に留めるヤマトに、皆礼を口にしてサンドイッチを食べ始めた。『オーロラソース』なるソースがとても美味しい。一体材料は何なのか、ちょっと怖いので訊く勇気は無いが。
ダンジョンの中なのでいつ魔物から襲われるか……との不安は一切無い。食事中だからと後れを取るような鍛え方はしておらず、危なくなったらプルが助けてくれる。プルが反応できなくてもヤマトが動く。
ダンジョン内だが、現状では今ここが世界一安全な場所。不安に思う必要性は皆無。
それでもしっかりと警戒はしている。甘えているとは言っても、おんぶに抱っこをするつもりは無い。
冒険者として、自分の命の責任は“自分”にあると理解しているから。
「スポットが発生すれば良いのですが」
「出国前の“貴族の施し”?」
「そう認識されているんですね。否定しておいてください」
「王都で爆笑しちゃったんで今謝っときます。ごめんなさい」
「仕返し、お楽しみに」
「宣言されるだけマシだと思っとく。何されんの、俺」
「何をしましょうか。偶に転移魔法で戻って来るつもりはあるので、ロイドさんだけ避けましょうか」
「まじやめて。本気で落ち込むから割に合わない」
「それを決めるのは私ですよ」
「ぅ……ぇー、ぁー……隣の領の名物、買って来るんで許してください」
「んー」
「『梅干し』っつーめちゃくちゃ酸っ、」
「10㎏買って来てください」
「やっぱ食うんかー……許してくれる?」
「9日以内に買って来るなら、特別に許して差し上げます」
「明日行ってソッコーで買って来ます」
「楽しみです」
目元を緩めるヤマトにほっと息を吐くロイドは、それでもヤマトの味覚に引いている。あんな、ヒトの食べ物か疑わしい程に酸っぱいものすら食べるなんて……
それでも作る料理は美味いんだもんなあ。味覚自体は正常なのに、なんでゲテモノばっか嬉しそうに食うんだろ。
いや、全部祖国の料理と似てるから。ってのは分かるけど。
食に貪欲な変態国家っつってたっけ。食料自給率低かったんかな。海に囲まれてて輸入困難だった……とか。だから取り敢えず食ってみたり?
いやでも毒あんの食った上で毒抜きしようとするその精神が訳分からんけど。まじで変態国家。
ヤマトさんが幸せそうだから別に良いけどさ。なんか居た堪れないけど。
複雑な感情を覚えつつ。むぐむぐとサンドイッチを食べるロイドは、上機嫌なヤマトに満足。
今日もとても“美”で、何より。世界は美しい。
「ラブちゃんって何食べんの」
「猫らしくお肉を好みますが、精霊なので魔力が主食です。今は私の魔力が大好物になったようで」
「魔力喰う指輪してんのに?」
「嵌めていると“楽”なだけですよ」
「どんだけ魔力無尽蔵。プルちゃんもこっそり食べてそう」
「可能性はありますね。“あの森”で生まれたスライムですし」
「高ランクの魔石与え過ぎたし?」
「ドラゴンの魔石を要求されているので、オークション後に狩りに行く予定です」
「買い物行くテンションで言わんで。見学して良い?」
「構いませんが、半径1㎞は焦土と化すので自己責任で」
「やめとく。それ、どこで売んの?」
「そうですね……エルフ国が欲しがったら売りますかね」
「あー……確か……『御霊祭』って祭祀。毎年先祖の魂が帰って来るって信じてて。初日に鱗で作った皿で魂を受けて、3日後に骨で作った盃に酒注いで……お土産?に持たせて送り出すって内容だった気がする。歴代のエルフ王に対してだけは注ぐのはドラゴンの血だけど、今もそうかは分かんないっすね。あとは飛膜広げて『ドラゴンの庇護の下、御霊達の安息を』――っつーおまじないとか」
「君は本当に物識りですね」
「褒めてー」
「いいこ」
ロイドの頭を撫でながら、お盆だな。と察するヤマトは、エルフと日本人は似た慣習なのかもと俄然楽しみに。食文化はどうなのだろうか。
ルーチェの反応で生卵と納豆は忌避されているとは分かる。他の、例えばきのこ類やネバネバ系。特に、山芋。なめこ。
めちゃくちゃ食べたい。きのことネバネバを身体が欲している。自然を愛するエルフなら、山の恵みを重視している筈。可能性はある。
「ヤマトさん今絶対食いもんのこと考えてんぜ、あれ」
「いつもじゃん」
「どうせゲテモノ」
「なんかもう驚かねえよな。“らしい”っつーの?」
「他の国でもやらかすんじゃね」
「ゲテモノあんのこの国だけじゃん」
「改めてヤベー国だよな。ウケる」
「ヤマトさんもヤベーみたいな言い方」
「ヤベーじゃん」
「ヤベーな」
なにやら、日本人としては大変遺憾なひそひそ話が繰り広げられている。『ヤベー』のゲシュタルト崩壊が起きそうな勢い。
自然の中で1年も過ごしたので聴覚も良くなっており、普通に聞こえているのでこっそりと落ち込んだ。ゲテモノ……なんで……。釈然としないが、この世界ではそう認識されている事はいい加減理解した。
ロイドを褒めている真っ最中なので抗議はしないが。したところで「だってゲテモノだし」と返される未来が容易に想像できる。彼等の認識では“そう”なので、仕方のない事だとは理解している。
その認識を無理矢理変えさせるつもりは無いので、聞かなかったことに。食に関する思想の強制は争いの元となりかねない。
「ドラゴンの血を使うなら、エルフはドラゴンを討伐できるという事でしょうか」
「どうだろ。確かに魔法使うから笑える程強いけど、相手は生物の頂点だし。大昔に狩ったか見付けた死骸、アイテムボックスに保管してちょっとずつ使ってんじゃねえかな」
「エルフと戦った事が?」
「いんや。一度だけ行ったんすよ。エルフ国。入国した瞬間から、会うエルフ全員にめちゃくちゃ嫌な顔されて。ウケた」
「君も中々に図太いですよね。素晴らしい」
「んははっ。でも『スパイダーの糸売れるとこどこー?』って叫んだら、利になるって判断されたみたいで。無関心に落ち着きましたね」
「――そういえば、エルフなら自分で採れますよね。スパイダーの糸」
「あいつ等『自然』を愛しまくってるんで。移動で放棄された巣からしか採らないんすよ」
「なるほど。その点は私と違いますね」
「威圧して巣奪ったんだっけ。どうなってた? 震えてた?」
「完全に硬直していました。プルが滑り台にして遊んでいた個体は、心做しか目が潤んでいたような。プルが特殊だと分かったみたいです」
「かわいそ」
「仲間……家族?の4体で四方に巣を張っていたので、その辺にいた虫型魔物を何匹か狩って渡しておきました」
「ちょっと待って。んなエサやって、ヒトに懐いたらどうすんの」
「それは無いです。昨日見に行ってみたら、ヒト型の“保存食”が何個かあったので」
「あー……あの、糸ぐるぐる巻きの……中身どろっどろになるやつ……やっぱ魔物は魔物かー」
「私達に気付いたら数秒間硬直して、『どうぞ』と言うように巣を指したんですよ。笑いそうになって苦しかったです。有り難く貰って、ちゃんとお返しのエサも渡して来ました」
「威圧だけで支配してんのまじウケんだけど。またプルちゃんの滑り台?」
「まだ怖がってはいましたが、少し慣れたようです。安定的に糸の採取を出来そうなので、満足してます」
「ならいーっす。因みに、なんで狩らずに“威圧”?」
「出来るかな、と」
「バカなの?」
「せめて『アホ』でお願いします。まだ可愛らしい響きなので」
「おバカ」
「それなら良いです」
「基準なんなの」
やっぱズレてるとニヤつくロイドは、食休みも終わったと腰を上げた。パーティーメンバー達が腰を上げてから、ヤマトも立ち上がり一応身体をほぐしておく。
いつスポットが発生しても良いように。
ダンジョンが意志を持ち成長しようとしているのなら……圧倒的な強者がダンジョン内に居ると知れば、スポットを発生させても不思議ではない。
しかも。これまでヤマトは非常識なスピードで階層をクリアして行ったが、今はのんびりと移動中。
『ダンジョン魔物説』が真実ならば高確率で発生する。
どうせ発生するなら“魔獣”でお願いしたいな。コボルト、見るからに不味そうな肉質だったし。プルも数体で「もういいや」ってなってたし。
もしくは、リザード種。それなら食べれて、冒険者が重宝する防具も作れる。一石二鳥。
でも流石のロイドさん達もリザード種のスポットは厳しいかな。
「オークですね」
「なにが?」
「スポット。使者へハイオークを振る舞うなら、街の分はオークにしておいた方が良いかなと。リザード種は厳しいでしょう?」
「ダンジョンにリクエストする人初めて見た」
「イケるかな、と」
「ヤマトさんが言ったら出そうだから怖ぇ。半分任せるんで」
「君達なら全部倒せそうですけど」
「評価してくれんのは嬉しいっすけど、俺等が全部倒したらヤマトさんの好感度稼げねえじゃん」
「いい子ですね」
「知ってるー!」
得意気なロイドの頬を指の関節で撫でたヤマトは、スポット発生の魔力の揺らぎが無いかと探査魔法を行使。声に出して伝えてみたので、ダンジョンも“成長”の為にスポットを発生させると確信しながら。
実際に30分もせずに発生したので『ダンジョン魔物説』を確信した。
閲覧ありがとうございます。
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ドラゴンとの戦闘を書くか悩んでいる作者です。どうも。
脳内映像では盛大にバトっているのですが、戦闘シーンを文字に起こすのって苦手で……心理描写や背景描写が好きなので。
でもそろそろちゃんと戦う主人公を書きたいとも思うので、恐らく書きます。
理の外に存在している“ヤマトの異常性”を書きたい。
エルフってドラゴン討伐できるのでしょうか。
只人より魔力量が多く魔法の威力は強いとはいえ、エルフが生態系の頂点に君臨していないので恐らく不可能なのでしょうね。
それを単独討伐する主人公、やばい。
半径1㎞は焦土と化すのに何で生きてるのこいつ。本当にヒト?
パーティーの一時解散は本当に誰でもやっていますし、寧ろやっていないパーティーの方が少数派。
他者との関係性が希薄なその日暮らしの冒険者なので、加入脱退も割と自由。
そして足手まといと判断したら当人に説明して抜けてもらい、当人に合うレベルのパーティーに紹介したりもする。
希薄ではありますが、同じ冒険者なので着実に力を付けてほしいとは思っています。
でないと高ランクの魔物が溢れてしまいますからね。
この数日後、梅干し爆買いするロイドは街の者達から異常者を見る目を向けられます。
「“黒髪黒目”から頼まれたんだよ!」と己の名誉を守る為に叫んだら「嘘つくな!」と責め立てられます。
“黒髪黒目”がこんなゲテモノ食べるわけ無いだろ、って。
これまでに色々なゲテモノを爆買いした事を捲し立てて逃げるように街を出たので、彼等はその内流れて来る噂で真実だと知り解釈違いで虚無ります。
ウケる。
次回、オークション。
西の辺境伯の跡取り。
しっかりやらかす前の、ほんのりやらかし。
※2024/05/31後書き修正。