48.異質が重なれば正常と錯覚する
オークションまで3日。それまでは“森”やダンジョンで遊ぼうと、今日は“森”に来たヤマト。
約束通りヴォルフを優先し、彼等の依頼に付き合うことに。ロイドが狡い狡いと騒いだので、明日はロイド達の依頼に付き合うことになった。
甘え上手で可愛いと思うだけなのだから、ロイドの甘えを助長させている。
「おー。発見。数も一致してる」
「いつも通り、俺等が撹乱でヴォルフが仕留めるで良いか?」
「おう。毒爪に気を付けろよ」
「りょーかい」
「私は?」
「見てろ」
「暇ですね」
「これ終わったら遊んでやる」
「楽しみです」
ハルピュイアの群れ討伐。“森”の浅い場所に巣を作り冒険者達が惑わされるとの報告が上がり、領主で在るヴィンセントからの正式な指名依頼。14体の内10体討伐で依頼達成なので、元Sランクの彼等には容易いこと。
今回、この指名依頼を受けたのは冒険者達の為。生粋の貴族嫌いでも、冒険者達に降り掛かる危険を取り除く為なら不快ではない。
……っと云うか。断ったらヤマトへ頼む、と確信したから。正当な報酬を用意して。
それはなんか嫌だ。相手が“友人”だとしても、貴族の頼みを簡単に受けてほしくない。
これも“騎士”の独占欲なのだろう。
当然ヴォルフはその本音に気付くことは無く、あっさりとハルピュイアの討伐を終え集まって来るスライム達に僅かに眉を寄せた。せめて素材を取った後に来て欲しかった、と。
「プル。あの子達、止めて」
不意に聞こえたヤマトの声。ぽむぽむと跳ねながら近付いて来る、プル。
スライム同士が意思疎通できるなんて……あぁ、いや。プルは特殊だったか。ヤマトの所為で。
一瞬感じた寒気は、ヤマトの存在によりあっさりと霧散。様々な高ランクやドラゴンの魔石さえ与えられたのなら、特殊個体と成っても驚かない。
恐らく――だが……“ヤマトの魔力”が、特に大きく作用しているのだとも確信している。これで正真正銘の“ヒト”だと云う事実が心底恐ろしい。
何やら話すようにぷるぷる揺れるプル。ぽむぽむと機嫌良さそうに跳ねたので、交渉は終わったと判断したヴォルフ達は素材を剥ぎ取り始めた。
……で。何でこいつは観察してんだ。
ハルピュイアの冠羽を掴み、じっくりと観察するヤマト。行動が謎過ぎるので変に寒気がした。
見て楽しいものでもないだろうに。
「おい」
「あ、すみません。ハルピュイアは、何故か避けられていたので。間近で見れたことが嬉しくて」
「……あー。魔力高い奴を避ける、っつう噂あるな」
「自分より魔力が高い相手には“魅了”が通用しない、ですか。なるほど」
「観察したいなら1匹持ってけ」
「いえ。十分です。長く見ていたい顔でもありませんし」
「だろうな」
元の世界での創作物のハルピュイアは美しい姿で描かれる事が大半だった。が、この世界でのハルピュイアは“元ネタ”通りの醜い姿。溶けた……とまではいかないが、精神的に大変宜しくない程度には崩れている顔。そう長い間見ていたいものではない。
ハルピュイアの面白いところは、絶命して初めてその“醜さ”を視認できる点。生きている間は美しく見えるそうな。魔力が高い者にはそれが通用しないので、ヤマトを避けていたのだろう。
素材である羽根と、毒爪から毒を採取し一息。羽根は服飾品や寝具に、毒は高級毒消しポーションの材料となるらしい。
「プル。良いぞ」
ヴォルフの言葉にぷるぷると揺れ、再びスライム達と会話。今か今かと待っていたスライム達は、“掃除”の許可を出されて上機嫌でハルピュイアの死骸を消化し始めた。
プルを先頭に。統率を取っているようで、ほんのり恐怖を覚える。
「食用ではないんですね」
「食いてえか? あの顔の肉」
「ちょっと興味はあります」
「ゲテモノ食いもここまで来ると笑うしかねえな」
「今回は否めませんね」
いつも通りの読めない笑み。本気なのか冗談なのか、判断に迷う。恐らく本気なのだろう。
ハルピュイアが醜い魔物ということは事実だが、“ヒト”の顔をした魔物すら食べようとするなんて……倫理観はどうなっているのか。怖い。異常性も大概にしてほしい。こわい。
触れない方が良いと会話を切り上げ、宣言通り遊んでやるか。と、取り敢えず仲間のふたりへと振り返る。
「ん」
手を差し出されている。意図が分からず首を傾げてしまった。
直ぐに“意図”を口にしたので疑問は解消されたが。
「遊ぶんだろ。依頼達成処理しとくから、マジックバッグ」
「……ん。盗られんなよ」
「誰に言ってんのよ」
けらけらと笑いながら。ふたり揃ってさっさと歩いて行ったので、少しだけ呆れておいた。
「達成処理、冒険者カードが無くても出来るんですね」
「あぁ。受ける時は全員分受理するが、達成時はその内のひとりのカードで処理すれば残りも処理される」
「なるほど。便利ですね。でも良かったんです? 仲間なのに」
「あいつ等から言ったから良いんだよ」
「面白がってるし?」
「戻んぞ」
「すみません」
小さく笑いながらの謝罪なので、悪いと思っていない事は一目瞭然。殴りたい。殴れないが。
するすると脚を登って来るプルがコートの中に入ったので、残りのハルピュイアの死骸はスライム達に任せてその場を離れる。どうやら、プルの舌……舌?には合わなかったらしい。見た目か、“魅了”の魔力の質か。
なら私の舌にも合わないかも。
皆がゲテモノって言う食べ物、全部プル食べれるし。そのプルが拒否するならちょっと抵抗あるな。
……あ。プルがスパイダー系食べれるなら挑戦してみるのもアリかな。脳が拒否しそうだけど。
のんびりと考えながら。何をして遊んでくれるのかと楽しみに思う中、
「――あっちか」
何かを探しているらしい。この“森”で探すのなら魔物だとは分かるが、一体どんな魔物を探しているのか。楽しみ過ぎる。
上機嫌でついて行くと、小型の魔物が入れそうな巣穴。この“森”で生息可能な小型の魔物は高ランクなので期待が増す。
「どんな魔物です?」
「お前が好きなもん」
「?……スライム?」
「その辺に居るだろ。――プル。連れて来てくれるか?」
ぽむぽむっ。コートから出て跳ねて行くプルに、目元を緩めるヴォルフ。厳つい顔が緩み、正に“兄貴”の表情。微笑ましい。
巣穴へ入ったことを確認したヴォルフは再び足を動かし、ヤマトも続き巣穴の前に。何やら中から激しい物音と悲鳴のような鳴き声が聞こえる。中は少し広いのかも知れない。
やがて物音もしなくなったので、観念したのだろう。
するすると巣穴から出て来たプルの体内には――
「猫っ!」
「ケット・シー。弱いが、妖精特有の豪運でこの“森”でも生きてられる。外ではお前とプル居りゃあ死なねえだろ」
真っ黒で、でも白い胸元がとてもチャーミングな中型犬程の大きさの『ケット・シー』……は目と鼻先以外をスライムボティに取り込まれ、ぼろぼろと大量の涙を流している。愛猫家としてはとても心にクる表情。
しかし直ぐに解放しては逃げられ……る可能性は無いか。プルが逃走を許さない。序でに、ヤマトも許さない。猫好きとしては是非ともペットにしたい。
この瞬間、この世で最も哀れなケット・シーが生まれた。悲劇過ぎていっそ喜劇である。
「私、テイム出来ませんがイケますかね?」
「その辺吹き飛ばせば理解する」
「“森”が可哀想ですよ」
「この“森”は1ヶ月もすりゃ元通りになる。知ってんだろ」
「それでも、です。自然は大切なんですから」
「……あー。なら、作れ。魔力溜まり。妖精は質の良い魔力を好むんだと」
「作れる前提で言わないで下さい」
「出来んだろ」
「出来ますね」
バケモンだな。……とは口にしなかった。拗ねられてはご機嫌取りが面倒臭い。また“試す”ように腹立たしい拗ね方をするのは目に見える。
一度、目を閉じるヤマト。数秒してから目を開けると同時に急速に高まっていく魔力濃度。
倣うように背中に走る悪寒に凍りつくような感覚を認識するが、ここで逃げたり吐いたり……意識を失ってしまえば、ヤマトが覚える拭い切れない“孤独感”を確定させてしまう。
それはあってはならない。例え真実だとしても。
こいつを“独り”にさせるかよ。
友人として。親友として。
『“この存在”を守らなければ』――唯その思いだけで、遠ざかって行きそうな意識を必死に繋ぎ留める。
指輪により程好く発散されていた、常に飽和状態の魔力。それを意図して一箇所に凝縮させていくヤマトも、恐らくヴォルフのその様子に気付いている。それでもやめないのは、ヴォルフが提案したから。
だとしたらヴォルフさんは耐えてくれる。
たったそれだけ。他に特別な理由も明確な根拠も無い、純粋な信頼。
その信頼は見事に守られた。
辺りに飽和する魔力に涙を止めたケット・シー。うごうごと動きだしたのでプルが解放すると、まるでダンスをするように軽やかに辺りを跳ね回り始める。元の世界での伝承通りの二足歩行。ヤマトの目が輝いている。
ケット・シーが跳ねる度に濃厚な魔力が薄れていき、ヴォルフの呼吸も楽になっていく。妖精らしく魔力を食べているのか。
「大丈夫です?」
「なにが」
「いえ」
一応心配の言葉を掛けてみたら、なんとも無い声色での返答。滲んだ脂汗には気付かないフリをしておいた。“親友”としての気遣いがとても嬉しい。
暫くすると魔力も通常の“森”と変わらない濃度に落ち着き、ケット・シーはすりすりとヤマトの脚に頭や身体を擦り付ける。マーキング。“高品質の魔力”に陥落。
「祖国では、ケット・シーは人語を話すと聞きましたが。こちらでは?」
「……聞いた事ねえな」
「酷く似ているのに差異があるのは面白いです」
「今更だが。妖精は悪戯好きだが、良かったのか?」
「問題ありません。猫の自由気ままさを残しつつ調教します」
「得意だもんな」
「調教した覚えは無いですね」
なぜそんなことを言われたのか。
不思議がるヤマトには、当然ながら自分が緩やかな調教をしている自覚は無い。貴族や王族だけでなく自由を愛する冒険者達を存分に弄び、しかし“それ”が正しいのだと思わせる振る舞いをしているのに。
それが調教でなかったら何なのか。
……そう考えるヴォルフだが、ヤマトは只相手によって少しだけ対応を変えているだけ。相手が望む人物像へと、ほんの少し寄せて。円滑な人間関係を構築する為に、争いを好まない日本人の性質に則って。
その事実は説明していないし、そもそも“説明する”という思考すら発生しない。ヤマトにとっては、日常にすり込まれた対人対応でしかないから。
そしてヴォルフも振る舞いについて指摘する気は無い。その振る舞いを“らしい”と思っているし、違和感の欠片もなく似合っている。無意識下で求め押し付けている『主』だと、見做し続ける為にも。
どちらも説明も指摘もしないので、現時点でこの誤解が晴れることはなかった。これから先に晴れる可能性も見当たらない。
詳しく話さないならそのままで良いか。と、ヤマトはヴォルフへの信頼故に話題を終わらせる。時には『対話』も重要ではあるが、対話したところで……“生きてきた世界と価値観”が違うので、恐らく理解は得られないだろう。
どう足掻いても。“ヤマト”はこの世界では異端分子なのだから。
不意にケット・シーの両脇に手を添え持ち上げるヤマト。既に野生を失った飼い猫のように、無防備に伸びる身体。中型犬程の大きさなので中々に長い。
どうやらヤマトを“ボス”と認識したらしい。プルに対しては少し怖がっている様子。正しく序列を認識したようなので、頭も良いのだと一安心。
ごろごろと喉を鳴らす音が大変可愛い。気を抜けば顔が緩む。緩んだところで“美”が失われることはないので問題は無いか。
「軽いです」
「妖精だからな」
「首輪は必要でしょうか」
「好きにしろ」
序列が出来上がっているのならヤマトの言葉に従う。悪戯好きの妖精だとしても、ヒトと変わらない思考力や判断力はある。
何より。“ドラゴン・スレイヤー”が妖精をペットとしていても誰も不思議に思わず、屈伏させたのだと誰もが察する。
あと“黒髪黒目”ならこの国では誰も文句は言えない。妖精すら掌中に収めた事実で崇拝に拍車が掛かるだけで、それすらヤマトは特に気にしない。
自分には関係のないことだと。切り捨てて。
「でも、妖精って住処を変えても良いんですか?」
「本人が良いなら良いんじゃねえの」
「そういうものですか。――うん。名前、『モフ』にするのは」
「猫も絶望するんだな」
大きなショックを受けた顔。ぱかりと口を開け、ぴんっと立っていた耳としっぽがぺしゃりと垂れている。表情や感情が分かり易い点も面白い。かわいい。
『プル』は響きが可愛いのでプル本人も気に入り、ヤマトも呼び易かったので直ぐに慣れた。が、『モフ』は口に馴染みそうにない。
流石に『モフ』はナシだなと、安直過ぎたことを素直に反省した。
「目、紫ですね。紫……アメジスト、タンザナイト。んー、なんか違いますね。花なら紫陽花、スミレ……パンジー……ラベンダー」
ぴくりっ。耳を動かすケット・シーは、未だに宙ぶらりん状態なのに身を任せている。完全に野生を失った。
「ラベンダーが気になるの? じゃあ……『ラブ』」
「それを俺に呼ばせる気か」
「残念ながら気に入ったみたいです。抗議はラブへどうぞ」
満足。と上機嫌なヤマトに、やっぱこいつどっかズレてんな……と思うもさっさと諦めるヴォルフ。
ケット・シー――ラブ本人が気に入りヤマトが決めたのなら、それで良い。ロイドもなんとも言えない微妙な表情をするだろうが、直ぐに受け入れる筈。
“ヤマト”と云う存在に振り回されることは、いつものことだから。
「戻んぞ」
「はい」
するすると登って来て頭の上、定位置に落ち着くプル。ラブを抱えると早速動き、襟巻きのようにヤマトの首周りに落ち着いた。もふもふの至福。
「問題は」
「顔が緩みそうです」
「街の奴等ぶっ倒れんぞ」
「愉快ですよね」
「だろうな」
襟巻きになっていることで重さや違和感はあるか。を訊いたのだが、やはりズレた答えが返って来たので呆れるしかなかった。
閲覧ありがとうございます。
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主人公のネーミングセンスが心配な作者です。どうも。
元々は主人公が『ヤマト』だから『タケル』にしたら面白いかなと思って書いていたのですが、いつの間にか『ラブ』に決まってましたね。びっくり。
ここでもキャラ独り歩きの弊害。
それにしても『モフ』は無い。まじで、ない。
猫は絶対ペットにさせようと思っていたので、やっとケット・シーを出せて満足。
捕獲方法がとても野蛮ですね。
号泣してる猫とか、脳内映像視ながら心がめちゃくちゃ痛かったです。ひどい。
基本的にラブは主人公の首元で襟巻き化しています。
先に言っておきますが、本編の通りケット・シーには戦闘力は皆無なのでラブの戦闘シーンは今後一切ありません。
豪運による回避特化のひ弱な妖精ちゃんです。
マスコットポジ特化です。かわいいね。
人為的に魔力溜まり作るって、やっぱこいつヒトじゃないかも。
無尽蔵の魔力はどこから作られているのでしょうか。
様々な異世界もの作品の内から『魔力は“自然”から魔素なようなものを取り込み体内で変換している』とのオタク知識が無意識に働き、無自覚で『魔素吸収』+『魔力変換』を発動しているのかもしれません。
魔法はイメージ、なので。
恐らく主人公の魔法は、構築式よりも“イメージ”が先行しているかと。
ちゃんとヒトです。ギリギリ。たぶん。……自信無いな。
ヴォルフ……よく耐えたね……偉いよ、あんた……
普通の人なら酷い頭痛に吐いて倒れて気を失ってます。
命の危機はありませんが、重度熱中症の症状に似ているかも。
ここでヴォルフが気絶していたら、主人公は更に孤独感で何重にも線を引いていたのでしょう。
自分を“バケモノ”と認識して。
ほんと……ヴォルフ、よくやったよ……えらい……
次回、約束通りロイド達に付き合う。
一時解散。
エルフ国をもう少し詳しく。