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47.小一時間宇宙猫状態

「おはようございます」


目元を緩めるヤマトに、ぴしりと硬直する憲兵。なぜ、ここにいる。しかもひとりで。ヴォルフどこ……たすけて。


決して届かない救助要請を心の中で送りながら、それでもいつも通りに対応。周りからの視線が痛過ぎるのに当の本人は涼しい顔。


――王都、再び。


街へ入ったヤマトは盛大な二度見も凝視も気にせず、すたすたと通りを歩いて行く。我に返った住人達が流れるようにストーキングを始めた事にも、特に気にした素振りは無い。


やっぱこの人、高貴な生まれなんじゃ……っとの疑惑が再発した。


「お久しぶりです。ひとつ」


「ヴァッ」


「元気ですね」


フルーツ盛りの店。まさか王都に居るとは思わない店員が奇声を発したが、言葉通り元気だなと思うだけ。


震える手でフルーツ盛りを差し出す店員からの「なぜここに」と言いたげな、それでも窺うような視線。それには返事をしておこうと、一口食べてから口を開いた。


「レオと約束しまして。すぐに遊びに来る、と」


「……お城に」


「一応、報告が上がる迄は待とうかと」


それでなぜウチを選んだ。


その当然の疑問は飲み込んだ。どうせ「食べたいので」以外に返って来ないことは目に見える。この人はそう云う人だ。


正しく『ヤマト』を理解しているようで、なにより。


とはいえ。特に話す事も無いのでむぐむぐとフルーツを食べるヤマトに、少しの寂しさと大半の安堵を覚えながらの“美術品鑑賞”。相変わらずの感嘆するしかない造形美。


何度もこの距離で見ることが出来るなんて、前世で徳でも積んだのだろうか。それとも一生分の運を使い果たしたのか。




この人、これからもこの店来るんだろうな……こわい。心臓痛い。


うっわ、今日もすっごく“美”。




漠然と。それでも確信を持ちながら。語彙力を消失させていく店員は、返された空のガラスの器を受け取った。


「美味しかったです。また」


いつもと変わらないその言葉に頭を下げ見送る。幸せな時間はあっという間――とは、毎回思っている。


逆に、早く食べてどこかへ行ってくれ――とも毎回思っている。売上に繋がることは有り難いが。


漸く心底から安堵した店員は、今回も大量に飛ぶ注文に必死に対応するのだった。







「宿は取れたか?」


「レオを優先させました」


(ここ)に泊まると良い」


「大変宜しくない噂が流れそうなので、やめておきます」


「残念だ」


くつくつと喉を鳴らす、レオンハルト。只の揶揄い。城に泊まるのなら嬉しいと思うだけ。


どうせ泊まらずに向こうへ戻るのだとは確信している。“遊びに来た”だけだから。


「しかし……何をしようか。報せを貰っていたのなら外へ出られたのだが」


「王族は忙しいですからね。今日はのんびりする為に来たので、私のことは気にせず普段通りに」


「ヤマトがのんびりしていない瞬間があった事が驚きだ」


「私を何だと」


「自由人」


「それは『我が儘』と言っているのでは」


「そうやって裏を読むところは貴族のようだぞ」


「貴族じゃないですってば」


ぼふりとソファーの背凭れに沈むヤマトは脚を組み、肘掛けに頬杖を突いて態とらしい溜め息をひとつ。『貴族疑惑にはうんざりです』――と言っているのだろう。


しかし全ての動作が流れるように。生粋の王族で在る自分の前なのに、まるで“そう”在るべきかのように。


一連の光景にレオンハルトは心の中で前言撤回。


どう見ても傍若無人の『王』だった。感嘆が込み上げてくる程に。


「――あぁ、そうだ。この前、ロイドさんから“奴隷”について聞きまして。身元が明確な『貧困奴隷』は、名称を『派遣員』として正式な職業とするのはどうでしょう」


「それは……良いな。奴隷だからと非道な扱いをする者は存在する。借金・犯罪奴隷相手はまだしも、貧困は罪ではない。奴隷制度は法律でもあり手続きに時間は掛かるが、民意が味方をしてくれるだろう」


「一定期間の研修後に雇用主の判断で正式雇用し、1年毎に雇用延長か否かを判断するとか。その時に労働条件も見直し出来れば理想かと。勿論、問題を起こせば即時解雇で良いと思いますよ」


「また忙しくなるな。礼は何が良いだろうか」


「このような絵を描ける者は?」


珍しく“お礼”の内容を要求して来るヤマトに少しだけ驚きながら、ふわふわと風魔法で運ばれて来る紙を取る。写実的な絵が芸術とされるこの世界では見慣れない、デフォルメの絵。


これは……


「騎士?」


「絵本を作りたくて」


「えほん」


「その上部に文字を書いて、場面毎に絵を変えていくんです。『騎士の悪者退治』――子供達の憧れとなりそうですよね。童話や逸話を題材としても良いかと」


「……更に“お礼”を渡さなければならなくなった」


「私の娯楽の為なのでそんなつもりは無かったのですが。折角なので、楽しみにしています」


頭を抱えるレオンハルトに満足そうに目元を緩めるのは、絵本製作を請け負ってくれることを確信したから。


『絵本』――新たな娯楽。子供達の情操教育にも最適。


「因みに祖国では、小説に『挿絵』という場面のワンシーンを乗せる手法があります」


「また画家が筆を折るぞ」


「残念です」


絶対的造形美の“黒髪黒目(ヤマト)”を描けるものか。――との柔らかな却下。今、王都の創作物は“黒”一色なので仕方がない。


ヤマトも抗議する事もせず潔く諦めた。己の顔の良さを正しく理解している、清々しい程の自意識過剰。……過剰ではなく事実か。


つまり、この国で挿絵付き小説を読める日は御預け。大変遺憾である。早く“黒”に飽きてほしい。が、暫くは叶わない願いと理解している。


儘ならない世の中だと、少しだけしょんぼり。


そんなしょんぼりヤマトに笑いを堪えるレオンハルトは、先ずは騎士でなく『初代国王陛下』の逸話での出版計画を脳内で構築させていく。滞り無く浸透させる為に“ヤマト”の名を借りるが、真新しい娯楽品なのでこの国の誰もが興味を持つしかない要素が不可欠。


『初代国王陛下の逸話』『“黒髪黒目ヤマト”の発案』――特に貴族が、是が非でも手に入れようと躍起になることは目に見える。




これで私の継承権が更に優位となる。


養殖と輸送事業の進捗も滞りない。ヤマトも『可能なものは生食を好む』と公言し、預かった伝言も父上へ伝えた。


唯一の懸念だったオークションも、ヴィンスなら上手くやるだろう。あいつは今でもヤマトを『王』に据え侍りたがっているが、勝手をすればヤマトからそっぽを向かれる。それは、望まない筈。“友人”として。


そもそもヤマトに王に成る意志が無い。この人は只管に自由を求め、無責任に周りを翻弄し愉しんでいる。


そんな者が『王』と成ってはいけない。(それ)は最も責任が発生する立場で、国が倒れる時……民の為に“死ぬ覚悟”を持つ者だけが成れる生贄。


我が儘で傲慢なヤマトには似合わない。この人が他者の為に命を捧げるなんて、到底許されることではない。


清廉な儘に非情。無情と同時に酷く甘い。――ヒトの理の外に在る未知数の脅威。


ヤマトは王ではなく『支配者』なのだから。




ふ、と。思考していたレオンハルトが気付いた時には、コートの隙間から出てヤマトの頭を撫でているプル。ヤマトもしょんぼりから復活し目元を緩めている。


プルをもちもち揉む姿は全く『支配者』らしくないが、とっくに理解していたその結論に改めて納得。このギャップが最大の魅力だとも、理解している。


「――あ。もうひとつ。オークションの1週間後にエルフ国へ行きます」


「また急な。少しはヴォルフを休ませてやれ」


「あれ。知ってたんですか」


「騎士が同行しないなど有り得ない」


「言い触らさないように」


「個人Sランクを敵に回す愚者だと?」


「レオは賢いですもんね」


よろしい。と目元を緩めるヤマトに、満足そうに口角を上げるレオンハルト。


完全に階級と逆転しているこの関係性にも、慣れた。褒められて嬉しい。


ぽむっ。テーブルへ跳ねるプルは用意された茶菓子を取り込み、上機嫌にぷるぷる。


「砂糖の調達は、どこから?」


「砂糖? 普通にシュガーアントの巣から採取している」


「ふとした疑問です。そう遠くない未来に、ヴィンスから吉報が入るかと」


「……たのしみだ」


降参。と軽く両手を上げるレオンハルトは、ヤマトの言葉が“砂糖の安定的な生産”を指しているのだと察する。


シュガーアントは1体ならば駆け出し冒険者でも討伐出来る。しかし基本的に集団で生活しており、全滅させるには中堅以上でなければ難しい。更に巣も縦に広がる洞窟なので、砂糖採取には専門の作業員が作業にあたる。


故に、高価。海の向こうの南の大陸では“サトウキビ”なる植物から砂糖が作られているが、輸入費はシュガーアントからの採取と大差無い。


砂糖の話題で『吉報』と言うなら、確実に“安定的な生産”を指している。安定的と言うなら……栽培。植物。


そしてこれを今伝えたということは、ヴィンセントがその植物を見付け栽培を始めたと云うこと。




ヴィンスもヤマトの言葉に振り回されている訳か。


良い事だ。




愉快だと緩む口元を隠すレオンハルトは、茶菓子が無くなったので満足。王都を発つ時にプルに挨拶が出来なかった、そのお詫び。喜んで貰えたと解釈。


単純に、プルは「レオを拐わないように」とヤマトから念を押されていたので拗ねていただけ。“お気に入りのおもちゃ”を取り上げられた子供のように。


その真実は知らぬが仏である。


明らかに。プルもヤマト同様、自分をレオンハルトの上へ置いている。弱い仲間を守る強者として。飼い主に似るとはこの事か。


因みにプルにとっての食物連鎖の頂点は、“ヤマト”。ソロでドラゴンを倒すのだから間違ってはいない。


「他には」


「思い出せるのはこれくらいです」


「まさか。土産をまだ貰っていないぞ」


「ヴォルフさんからの生卵は」


「要らん。仕舞え」


「ん、ふふっ」


可笑しいと生卵をアイテムボックスへ入れるヤマトに口角を上げてみせるのは、“友人”としての戯れ。王族へ生卵を贈るなんて本来なら不敬と取るが、間にヤマトが入っているので特に嫌な気はしない。




――『唯一強く望まれた自分より優先された“王族(只の友人)”が気に食わない』――




つまりは嫉妬からの嫌がらせなのだと察し、お返しの嫌がらせをすることに。


「どうぞ。スパイダーの糸です。上位種に遭遇したのでラッキーでした」


「有り難いが、あまり乱獲すると生態系が崩れるのでは」


「威圧で動けなくしたので、糸の採取だけですよ」


「上位種を威圧だけで戦闘不能にさせるのは、ヤマトだけだろうな」


「ヴォルフさんも出来ました」


「今後とも仲良くしようではないか」


「伝えておきますね」


実質個人Sランクは恐ろしいな。と純粋に恐怖するレオンハルトは、ヤマトに関しては出来て当然だと思っているので特に恐怖はない。完全に『ヒトの理の外の存在』だと認識している。


ヴォルフに対して恐怖を覚えても“仕返し”はするが。


「私からも報告がある」


「なんでしょう」


「次に流行っている小説。『男女問わず軟派な男性踊り子が“愛”に狂っていく物語』――“黒髪黒目”が主人公」


「面白そうですね」


「3時間後に撮影で大丈夫そうだな」


「話の流れ」


そう言いつつも差し出される小説を受け取り早速読み始めるのだから、写真を撮られる事は構わないらしい。踊り子の衣装は肌の露出が多いのに。




その肉体美を晒しては女性達が卒倒するだろうな。


主にヴォルフへの仕返しだから、他が倒れようが発狂しようが構わないが。ロイドも発狂しそうだ。


私の婚約者は……また奇行を見せてくれるだろう。目を輝かせて。呼吸を荒くして。


たのしみだ。




愉快犯的娯楽。完全に“ヤマト”から悪い影響を受けている。この“娯楽”の愉しさを知ってしまっては、もう元には戻れない。


小説に集中するヤマトに、何をしても“美術品”だな。――そう素直に感心し、殆ど専属となったカメラマン役の記者への手紙を書く。姿を見せない護衛はその手紙を部屋の前で待機する騎士へ渡し、再びレオンハルトの背後へ。


「魔法を見てもらう時間は無さそうだが、泊まってくれると思うか?」


レオンハルトからの小声での問い掛け。姿を見せない護衛は小さく首を振り、諦めさせる為に口を開いた。











「――っと、云う訳で。レオからの“仕返し”だそうです」


「……」


「どうです?」


「お前に羞恥は無いのか」


「え」


「またロイドが絶叫すんぞ」


「元気ですよね」


魅惑の踊り子――肩から腕、腹筋を惜しげもなく晒す衣装。口元のフェイスベールにより、危険な魅力が一層増している。


相変わらず『蠱惑的』なのは、被写体のこの男が狙って“そう”見えるポーズと表情をしているからか。


いや。そもそも、元の“顔”が整い過ぎているからかも知れないが。


「それと、これ。作中には男性との絡みもありまして。あからさまな描写は自重したようですが、明らかに主人公が女性役だったのでまたレオに協力してもらいました」


続けて差し出された写真。嫌な予感がするので見たくない。脳内で警報音が鳴り響いている。


漠然と。なんとなく、本当に何となくだが……何やら筆者の作為を感じる。


まるで、ヤマトが再現することを見越して書いたような。




ぜってえ一枚噛んだな。あの王子。




証拠は無いが確信した。ヒトの欲を刺激し経済を回す為に“ヤマト”を利用している、のだと。


張本人のヤマトが気にしておらず、寧ろ「愉しんで来ました」と言いたげに機嫌が良いので抗議は出来そうにない。


そしてヤマトが受け取れと目で伝えて来るので、受け取るしかなかった。


「、」


嫌々。見たくはないが見るしかないその写真は――




『“黒髪黒目”を組み敷き、色艶も形も良いその唇へかぶり付こうとする“黒混ざり”』




――……………………無理だった。


「むり」


「語彙力迷子です?」


「むり」


「ロイドさんの絶叫は聞けなさそうですね」


上機嫌。満足だと部屋から出て行ったヤマトは、同じ宿に泊まるロイドの部屋へ行ったのだろう。


絶叫が聞こえて来なかったので卒倒したのだと察した。


もう知らん。





閲覧ありがとうございます。

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だからその写真私にもくださいってば!!!……と勝手に憤慨している作者です。どうも。


この後。

写真を渡されたヴィンセントは十数秒程硬直してから深呼吸をし、笑顔で一旦退室。

20分程で戻って来たら少しだけ目元を赤くしていました。

どうやら『写真を見た妻が奇声を発してぶっ倒れた』ので、一頻り涙が出る程に爆笑していたようです。

腹筋が攣って苦しかった。と、後に語った。


因みに。

王都では張り出された写真を見て社会的に死んだ者が、ちらほら。

しかし周りの全てが「わかるよ」とあたたかい目で見なかったフリをしたので、ヒトとしての尊厳は守られました。

まあギリギリ耐えた者達も顔を覆って俯いたり天を仰いだり、腰を抜かして座り込んだり。

主に『“黒髪黒目”+王族』へ憧憬を抱く者達が被害者。

つまり、ほぼ全員。ウケる。


スパイダーの糸採取については後々に触れます。

特に重要ではないので在り来りな展開で予想は容易いと思います。

ネタバレ嫌いな方もいるので、感想で「〜〜ですか?」とは訊かずに答え合わせを楽しんで下さいね。

訊かれたら該当の感想は削除しますので。

無生物との約束だよ!


それにしても。

奴隷法の改正と絵本製作、砂糖の安定的な生産。

一気にみっつの政治的改革をぶん投げられたレオンハルトがいっそ不憫でならないですね。

養殖と物流改革だけでも忙しいのに。可哀想。

しかし『王族』として民の暮らしを豊かにする義務なので、その多忙を甘んじて受け入れ奔走するしかない。

レオンハルト、真面目でいい子だから無理し過ぎないか心配です。

きっと側近達が良い具合に調整するのでしょう。


主人公は何もしません。“国”に関わる気は無いので。

これまでと変わらず無責任にのんびり過ごすだけです。

お前もちょっとは弁えろよ、と思っちゃいますよね。

まあこの国の者達が一切思わないので問題は無い。

ウケる。


次回、約束通りヴォルフを優先。

2匹目のペット(※拉致)。

無意識の“騎士”で在り、自覚の“親友”。

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