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46.糸は献上させた

過去に受けた凄惨な仕打ちにより恨みを持つ、エルフ族。長い寿命からするとほんの一瞬だとしても、長い寿命だからこそその恨みは年月と共に根深く濃くなる。


稀に万を越える者も居る何千年の寿命を持つハイエルフとなれば、その恨みもいっそう熟成されている。


「おいくつですか?」


向かいに座り、のんびりと朝食をとるヤマトからの唐突な質問。数秒して年齢を訊かれていると理解したルーチェは、思い出すように視線を動かし……ふるりと首を振った。


「3千を越えてから数えていない」


「頑張って3千まで数えたのに。勿体ないですね」


「あんた、感性がズレていると言われるだろう」


「? 記憶には無いです」


不思議そうに答えサラダを食べる姿に、言われていたとしても覚えていないだけだろうな。と察する。


突然の質問の意図が分からずヤマトを見ていると、サラダを飲み込み口を開いた。


「よく、只人の私に頼もうと思ったなと。不思議で」


「あんたが只人と仮定して、」


「ちゃんと只人です」


「……だとしても。貴族でも王族でもないのだろう。それに、実際の掃討はスライム。自然に還す事となるのなら、エルフ族としては有り難い」


「冒険者に依頼しなかった理由は」


「副葬品を国の予算としたいらしい。稼ぎを目的とする冒険者に知られると、報酬とは別に分け前を要求される場合もある。あんたは金品には興味が無い筈だ」


「私には、正直に『只人に金品を渡したくない』と言っても良いんですよ」


「それも無いとは言えないが、目まぐるしい只人の発展と技術を輸入するには金が必要。時代が進み今の生活が“過去の生活”となれば……また悲劇が繰り返される。それだけは避けなければならない」


「なるほど。納得しました。それで、本音は?」


「……ハァ。昔から……なぜか“黒髪黒目”はエルフ族に好意的だった。只人を憎むエルフ達が呆れる程に」


「……ふふっ」


「なんだ」


「いえ。その彼等がどうかは分かりませんが。私の祖国ではエルフのように自然を愛する者が多く、文化的な創作物からエルフに好感を持つ者も大勢居ます。ドワーフや獣人に対しても」


「差別が無い国、か」


「差別はありますよ。表に出さないだけです。“区別”を差別だと騒ぎ立てる者も居ますし」


「何をどう曲解したら、区別が差別になる」


「身体が男性でも心は女性なのに女風呂に入れないのは差別だ、とか」


「バカなのか? そんな理屈で女性の尊厳を侵せば、どこの国でも奴隷印を捺されるだろうに」


「こちらでの“区別”は『常識』のようですね。素晴らしい」


満足そうに笑むヤマトは食事の続きに戻り、ロックバードのソテーに上機嫌。キャロットソースを大変気に入ったらしい。


先に食べ終わったルーチェへ運ばれて来たデザートは、フルーツが添えられたパンナコッタ。ソースはベリーとアップル、マーマレードから選べるらしい。マーマレードに決め、先に給仕の者へ伝えてからルーチェへ口を開いた。


「これでも不安だったんですよ。敵意を向けられては敵意を返すしかありませんから」


「……あぁ」


「なにか失礼な事を考えていますよね」


「“傲慢貴族”か」


「言わなくて良いです。貴族じゃないので。――なので、その誤解を植え付けてしまえば出禁を食らいそうで。嫌じゃないですか、事実でない事で排除されるのは」


「事実でない事が心底不思議だがな」


「いじめないでください」


眉を下げ困った笑みを見せるヤマトに、だからそう云うところが――とは言わず木苺の甘酸っぱさに受ける安心感。


森の恵みはいつも心を穏やかにする。


「あぁ、そうだ。今日は“あの森”に行くのですが、何か欲しいものはあります?」


「ミノタウルスのツノ」


「エルフ族には重宝されますもんね。まだ沢山ありますよ」


「……知った上で渡したのか。嫌な奴だ。特に必要なものはない。“掃除”に集中しろ」


「気付きますよね」


ふっ。と小さく笑うヤマトは後は食事に集中し、このキャロットソースの作り方教えて貰えないかな。と考えながら、完食。


ずっと頃合いを見計らっていたのか……絶妙なタイミングで運ばれて来たデザートも堪能した。







冒険者ではない者がこうも頻繁にギルドへ来る事は不審と思われる。ヤマトに関してはギルド側が全力ウェルカムなので、一切の問題は無いが。


「“あの森”に行きますが不足しているものは?」


「冒険者の仕事奪う気か、坊っちゃん」


ギルドマスターから盛大に呆れられたので、善意の気遣いは却下された。正論なので仕方ない。


そもそも却下される事を前提とした申し出。なので特に気にした素振りを見せず、本題。


因みに。こうやって一々“試す”から貴族疑惑が消えない事実には、ヤマト本人は気付いていない。自業自得である。


「ヴォルフさん達。ロイドさん達は、依頼に?」


「そりゃこの時間だからな。伝言なら聞くぜ」


「んー。そうですね。正午を過ぎても私が戻らなければ、お伝えください」


「正午な。伝言は」


「『私に復讐したい元貴族から襲撃されるので、早く来ないと“ヤマト(わたし)”の価値が落ちますよ』と」


「なんて???」


「お願いしますね」


要件は済んだとギルドから出て行ったヤマトに、盛大にクエスチョンマークを浮かべるギルドマスター。――と、小声ではなかったので話が聞こえていた周囲の者達。




なんつった、あの人。復讐?……価値?


一体何やらかしたんだ、まじで。




「元貴族って、なによ」


「知らね。ヤマトさんと関係ある貴族って領主だよな」


「あの人ヤマトさん大好きだから違ぇだろ。ロイドなら分かるんだろうが、こーゆー時に限って居ねえし」


「復讐ってことは、ヤマトさんが現れてから没落した貴族だよな。誰か最近没落した貴族知ってる奴ー」


「王都の貴族知らね」


「……あ。アレじゃね。第二王子が『師匠』つってたの関係」


「ヤマトさんを師匠っつーなら……魔法の方か。――ん? 第二王子って魔力あったか?」


「あるから教わった、ん……めちゃくちゃとんでもねえ仮説思い付いたんだが」


「なに」


「いや、ほら……例えば、な。例えば第二王子の魔力が封印とかされてて、それをヤマトさんが解いて。んで封印した貴族が反逆罪、」


「よぉしもういっこ依頼行っとくかー! 俺は何も聞いてねえっ!!」


「おいヴォルフどこ行った規則とかいいからさっさと教えろこんままじゃヤマトさんが人殺すぞ良いのか、おい」


「職員を脅すな」


「いっ――てえな! さっさとヴォルフ呼んで来いよアホギルマス!」


「ヤマト坊っちゃんにはスライム居んだろ。自分で手ぇ下さねえよ」


「あ、そっか。――は? じゃあなんで伝言?」


「ロイドから領主様に伝えさせんだよ。『だからみすみす逃した監視人へ抗議をお願いしますね』――っつーとこか。ちょっとは頭使え、アホ」


「あー。なーる。ヴォルフは?」


「知らん」


「はあ?」


「一緒に魔物討伐したいだけじゃねえの、知らんが」


「……有り得そうで逆に怖ぇ。元S冒険者呼び付ける流れ者とかなんなんだよ。我が儘過ぎてウケる」


「んで、どうせヴォルフも行くんだよな。ウケる」


「つーかさ。ヴォルフ呼び付けるだけなら復讐とか元貴族とか言わなくて良くね。なんで? ギルマス」


「知るか。大方、俺達で遊んでただけだろ」


「まじそーゆー弄ぶとこ超貴族なんだよなー。ウケるから良いけど」


ヤマトの意図が分かったことで満足したらしく、ちらほらと各々の日常へ戻っていく冒険者達。“ヤマト”を娯楽としているので、逆に娯楽にされても嫌な気はしない。


寧ろ、他者に平等で“友人”以外には特別な興味を向けないヤマト。そんな存在から“遊んでもらった”と解釈し、先程より機嫌が良い。


その解釈の大前提に在る『ヤマトを“支配者”と見做しているからこそ抗えない、従属精神』――その従属精神は王族が君臨するこの世界に生まれた誰しもの無意識に根付いている、一種の静かな洗脳と同義。


当然ながらそれは無意識下での平伏なので、己の事なのに誰一人として気付かなかった。







「悪趣味」


「“価値”を守ってあげたんですから感謝して下さいね」


褒めて。と得意げな笑みを見せるヤマトに溜め息を吐くも、お望み通り頭を撫でてやるヴォルフ。満足と言いたげに緩んだ目元が心底恐ろしい。


ヴォルフの視界には、プルの“体内”でしゅわしゅわと消化されている……“ヒト”の形に似た“肉塊”。


この現状を作り出した張本人は、我関せず焉。親から褒められた子供のような笑みで喜んでいる。


周りからの理不尽な望みを叶え続けて。清廉な儘に。




ヒト殺した事ねえっつうくせに、こう云う事は平気でやるんだよな……こいつ。内臓見えて、ドロドロで処刑ん時よりグロいっつうのに。


忌避感もねえし、拒絶に目を逸らす事もない。真っ直ぐと『命』に向き合ってる。


やっぱイカれてやがる。




改めて。“ヤマト”の異常性を再確認。


ヤマトとしては元の世界で様々なジャンルに興味を示す中で、医学やグロも調べまくった内に耐性が付いただけのこと。実際に見ても『意外とこんなものか』と思っているだけ。


いや、やはり元からイカれているのかもしれない。サイコパス……に近い異常性か。


「で?」


「狩り対決したいな、と」


「結果の知れた勝負の何が楽しいんだ」


「では、一緒に大物を仕留めましょう」


「ドラゴン・スレイヤーに成る気はねえよ」


「我が儘ですね」


「お前がな」


呆れた顔で大きめの石に腰掛けるヴォルフは、不服です。と態とらしく頬を膨らませるヤマトを無視。


別に手伝っても良いが、それでまた個人Sランク昇級の打診を受ける展開は望まない。断ることが面倒。只それだけの理由。


勿論、貴族と関わりたくない。その大前提がある上で。


当然ながらそれを理解しているヤマトはあっさりと諦め、同じく近くの石に腰掛ける。しゅわしゅわと消化されている元貴族の事は、既に思考の外。


「これ迄、一緒に討伐できなかったので。仲間外れみたいで寂しいんですよ」


「お前が勝手にやってただけだろ」


「気は遣いますよ。冒険者は討伐をメインに生計を立てるんですから」


「お前ならあいつ等は気にしねえ」


「だから、気を遣うんですってば」


組んだ脚に突いた肘。掌に乗せた顎。僅かに伏せられた目。どことなく、態と焦点をずらしたような。


……あ。




孤独――を感じてやがる。




圧倒的な強者として。この国の者達から憧れや崇拝を向けられる“黒髪黒目”として。


自認はしていないが……深層心理では“そう”なのだと無自覚に納得している、絶対的な『支配者』としても。


ヒトの理の外に存在する孤独感。――憂い。


「アホ」


「……なんです。いきなり」


「俺が居んだろ」


「――、」


「胸糞悪ぃ軽視すんなら辞めんぞ。“友人”」


「……ふふっ。それは嫌ですね。泣いちゃいます」


「だろうな」


得意げに口角を上げるヴォルフに、心底嬉しそうに笑み満足だと背筋を伸ばす。


珍しく、ヴォルフの口から確定された“友人”と云う関係性。『親友』――としての慰め。それが分かったので上機嫌。


単純だなと再度呆れるヴォルフは、それでも。ヤマトの憂いが取り除かれたのならそれで良いと思うだけ。我ながら甘やかしているなと、いっそ笑えてくる。


しかし周りの全てがヤマトの利に成れば良いと思っているのは、事実。なので、これで良いと対応を改める気は無い。雑に扱ってはいるが、ヤマトがそれを望んでいるので態度も改めない。


なにより、似合う。周りの全てから必死にご機嫌取りをされる様が。この、絶対的造形美の“顔”と無自覚の傲慢さに。


……そう、だな。




ご機嫌取りでもするか。




どこか諦めの混じったその結論。しかし一切の不快さも覚えず。


「いつ」


「うん?」


「エルフ国」


「んー、そうですね。オークションの……1週間後くらいですかね」


「わかった」


この会話だけで伝わると確信するヴォルフは、目元を緩め上機嫌なヤマトから顔を逸らすように膝に頬杖を。鼻唄すら聴こえて来るので、少しだけ羞恥を覚えてしまう。


それでも。ご機嫌取りは成功したようなので一安心。同時に、無いとは分かっていたが……拒否されなかった事に安堵。


街に戻ったら、これからの時期に拠点としていた街のギルドへの連絡を決める。冒険者は自由なので本来は連絡せずとも構わないが、自分の落ち度で“ヤマト”への印象が下がる事にこそ不快さを覚える。




――もしや“黒髪黒目”が同行を強制させたのではないか。




その、馬鹿馬鹿しい憶測を生じさせない為に。身勝手に押し付けている清廉さを、己の選択が原因で損なわせることの無いように。


「あ。明日、王都に行って来ます」


「……」


「この件の報告もですが、すぐに遊びに行くと約束したので。そろそろ行かないと、レオが拗ねちゃいます」


「俺が拗ねても良いのか」


「狡いです」


困りました。と眉を下げて見せるが、ヴォルフが本気で言っていないことは察している。


らしくもなく“友人”だと口にしたことが少し恥ずかしくて、ヤマトを揶揄うことでその僅かな羞恥を誤魔化している。……のだろう。


希薄ではない友人関係――『親友』の存在にはまだ慣れない。冒険者からは最も遠い、憧れのような存在なので仕方のない感情。


「おかえり、プル」


ぽむぽむと跳ねながらヤマトへ近付いて行くプルは、大きく跳ねて膝の上へ着地。プルもレオンハルトに会う事が楽しみらしく、機嫌良さそうに揺れている。


「お土産、何が良いですかね」


「生卵」


「嫌がらせと取られるのは、ちょっと」


「俺からの嫌がらせ」


「許してあげてください。戻ったら、ヴォルフさんを優先しますから」


「あのハイエルフと同じ宿だろ」


「ルーチェさんは只の知人です」


「そうか」


「はい」


ルーチェとの関係性を確認しておきたかった。のだと、察したヤマト。




騎士の独占欲、かな。




漠然と。確信するも特に何かを口にする事はせず。


「スパイダー系の糸。採取を手伝ってください」


腰を上げて言ってみたら、仕方ねえな。という表情でヴォルフも腰を上げる。


『ママ』とつい言いそうになる衝動を必死に堪えた。無視は嫌だ。




.

閲覧ありがとうございます。

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『騎士の独占欲』がド性癖な作者です。どうも。


ヴォルフが主人公に対して過保護なのな誰の目にも明らかですが、更に友愛も重くなってきていますね。

『俺さえ居れば孤独にならない』と確信し、王族に張り合おうとしているのでヴォルフも傲慢なのかもしれません。

類は友を呼ぶ。

“ヤマト”の影響で傲慢が伝染している可能性もある。


それにしては“友人の自分”を脅迫の材料にしているので、やはり傲慢なのかも。

今迄希薄な関係性しか築いてこなかったが故に『“親友”としての我が儘』がどの程度まで許されるのかが分からないだけかもですが。

そしてそれを受け入れる主人公の所為で“親友”の距離感がバグっていく。

極端に言えば加害者で在り被害者でも在るのかも。


ヤマト、ちゃんと距離感を保ってくれないと作者は心配です。


遊ばれているギルドと冒険者達、傍から見ると同情ものですが本人達が楽しんでいるので問題ありません。

遊んで“もらって”いるので。

完全に上位者の戯れだと認識していますね。

結果的に『価値』については分かりませんでしたが、知らないままの方が利口だと思ったのでさっさと思考の片隅へと追いやりました。

冒険者なので危機回避能力は高い。

ご迷惑をお掛けしています。


エルフ国が地下墓地のアンデッドを長年放置していた理由ですが、エルフは『アンデッド』を自然の一部と認識しているからです。

自分達の魔力による事象なので『自然』と認識しています。

判定ガバガバ。

襲って来るなら討伐しますが、そうでないなら放置。

それでも同胞のアンデッド化は心が痛むので、折角ならアンデッド掃討と同時に同胞の弔いを出来る+副葬品を不要だと思う者に依頼したい。と。

そんな聖人のような者は中々現れなかったので長年放置され、とうとう“ヤマト”と出逢ってしまった――と。

エルフ国全体、存分に“ヤマト”に振り回されれば良いと思います。


次回、転移先は王都の検問近く。

初めて“お礼”の内容をリクエスト。

第2回、小説再現大会。

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