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45.ちょっと羨んだのは秘密

「おはようございます、ルーチェさん。お久し振りです」


「……」


「お邪魔します」


すたすたと部屋に入って来るヤマトに、現状がちょっとよく理解出来ずに思考を停止させるルーチェ。昨日、街に戻って直ぐに卵かけご飯を食べに行ったことは噂で知っている。


以前ヤマトが泊まっていた宿は、『あやかりたい』と貴族や商人達が順番待ちしている。それをヴィンセントから聞いたのか、昨夜はヴィンセントの邸に泊まった事も。


噂の広まり方が異常なのは、やはり“黒髪黒目”だからか。


それで。なぜ、ここにいる。しかも早朝に。


「街の方々に訊いたら、ここだと」


「出ていけ」


「ヴォルフさん達から『冒険者向けの宿に泊まるな』と言われまして。私もこの宿に泊まろうかと思うのですが、トイレと浴室付きの部屋はありますかね」


「少しは人の話を聞け」


「レバ刺し。作って下さい」


「あんた……だから、魔力を抜くのを少量にしたのか」


「次に繋げるって大事ですよね。――あぁ、そうだ。これ、お土産です。ダンジョンでスポットに遭遇して。楽しかったです」


「……待っていろ」


「お願いします」


ことりとテーブルに置かれた、ミノタウルスのツノ。エルフ族では武器や祭事の装飾品に使う素材。しかし自然を愛するが故に襲撃されない限りは討伐しないので、貰えるのならとても有り難い。


渡されたドラゴンの肝臓を手に、厨房へ。何やら従業員が皆そわそわしているのは、“黒髪黒目”が来たからか。


肝臓の魔力を抜きながら考える事は、ひとつ。




スポット……と、言ったか。あいつ。


まだ持っているのなら、エルフ国に興味を向けるように誘導してみようか。


今は只人の審査は厳しいが、入国税の代わりにミノタウルスのツノを渡せば大歓迎されるだろう。




ミノタウルスのスポットなんて眉唾もので到底信じられる事ではない。……のに、まるで“それ”が起きて当然だと云うような思考。


その思考にルーチェ自身が気付いていない辺り、既にヤマトの存在に毒されているのかもしれない。


この世の全ての事象が、ナチュラル傲慢な“ヤマト”の為に在る――のだと。


レバ刺しを作り部屋へ戻ったルーチェは、既にテーブルに納豆卵かけご飯と味噌汁をセッティングしたヤマトに頭を抱える。納豆を出す事はやめて欲しかった。部屋中にニオイが充満していて、正直……不快。


しかしそれを口にする事はせず。ヤマトの前にレバ刺しを置いてから、換気の為に窓を全開に。


雨の匂い。今日は降るのだろう。


「んん〜っ」


至福。とその造形美を緩めるヤマトを見るのは、2回目。300g分は魔力を抜いたのであの日から会っておらず、期間が空いたからかその破壊力にいっそ眩暈がする。


『麗しの種族』――そう称される同胞達で“美”を見慣れている自分でさえも、この“造形美”には感嘆してしまう。恐らく様々な表情により、その“美”が相乗している。


貴族のような無情の笑みと痛烈さ。紳士のような柔らかさ。なのに子供のように喜ぶ無邪気さの、所謂ギャップにより。


早い話が、抗えない。


抗えない。から……いや、そもそも“それ”を望んで居たのだが。


「――そうだ。ルーチェさん。オークションが終わったらエルフ国へ行くので、案内をお願いしますね」


「……あんたは、全てが思い通りになると思っているだろう」


「え」


「せめて訊ねろ」


「帰るでしょう? 国へ。私を待って居たと思ったのですが、違いました?」


「……ハァ」


「あ。やっぱり。魔物関係……ですかね。内容と報酬によりますが協力しますよ」


「知らないのか」


「世情に疎くて」


「興味が無いだけだろう」


「まあ、そうですね。なので私の興味を引く事をオススメします」


「……先に食べろ」


「お言葉に甘えますね」


満足そうに目元を緩めるのだから、今思い付いたから言ってみただけ。このまま会話を続ける気は無かった。我が儘にも程がある。


しかし、“らしい”。その態度が正しく思えてしまう。悔しい思いすらも覚えずに。


……暫く。


窓から通りを見ていると、かちゃりと箸を置いた音に視線を向ける。遠い島国の文化である箸を使える事も、ヤマトの存在に神秘性を与えている。


「ごちそうさまです。美味しかったです」


「そうか」


「はい。――それで。頼み事は?」


「……」


「大丈夫ですよ。これで“友人”の強要はしません。好印象を持ってくれるだけで満足です」


「強欲だろうに」


「私が?」


「自覚が無いのか。――国の地下、墓地にアンデッドがいる。討伐に行った同胞達は帰って来なかった」


「アンデッド……確か、魔力が濃い場所に遺体を置いていたらアンデッド化するんですよね」


「エルフの国と成って長い。土地が我々の魔力を吸収し地下墓地に溜まったらしい。戦争により入口が塞がり、気付いた時は手遅れだった。……同胞達もアンデッドと化しているだろう。エルフは愛情深く、同胞を手に掛けることが出来ない。あんたの……そのスライムに頼みたい。同胞達を静かに眠らせてほしい。報酬は、アンデッド化したエルフの亡骸。スライムにとってはご馳走の筈だ」


「待って居たのはプルですか。嫉妬しちゃいます」


「あんたのことも待っていた」


「それは、なぜ?」


「魔力を『世界』へ還元する方法。教えてほしい」


「分かるんですね」


「ハイエルフの俺よりも魔力を有しているだろう。意図的に、魔力溜まりを発生させる事が出来る程に」


すっ――


不意に脚を組んだヤマトは組んだ両手を膝に置き、こてりと首を傾げてみせる。肯定も否定もしない。しかし否定しないのなら“出来る”と云うこと。


なぜ突然、上位者のような態度を取ったのか。


それは至極単純で、


「『魔力還元それ』を教えるには報酬を頂かなくては」


世界一魔法に造詣が深いエルフ。彼等が知らない情報をタダで渡すなんて、ヤマトの性格上有り得ない。


幾らルーチェに“友人”になってほしいと思っていても、現時点では只の知人。更にその先には、ヤマトにとってはどうでも良いエルフ達。


教える理由が無い。


「……“友人”になれと?」


「まさか。強要による関係は直ぐに破綻します。裏の無い純粋な取引ですよ」


「どうだか」


「取引をするなら相手を信用しないと」


「……俺では見合う報酬は用意出来ない。王へ紹介しよう」


「楽しみです」


「高く付きそうだ」


「意外と私は簡単ですよ」


「……食材か」


「ほら。簡単でしょう?」


「あんたの食指が動くゲテモノを探す方が困難だろう」


「ゲテモノ……傷付きます」


「そんな殊勝な感覚が有ったのか」


「あ、ひどい」


しょんぼりと落ち込むヤマトは腕組みに変え、片手は己の顎へ。何やら思案するように目を伏せ……


十数秒。の、後。


「エルフの王は、特に酷い扱いをされて只人自体を恨んでいますよね」


「調べたのか」


「本に書いてありました」


「本……また似合うな。恨んではいるが、王としての柔軟さはある」


「なら大丈夫ですね」


「あんたのその自信はどこから来るんだ」


「武力と“この顔”」


「……」


「膨大な魔力を有する『麗しの種族』が否定しない程度には、どちらも通用するようですね」


得意気に。自慢するように。ひらりと緩く片手を動かすヤマトには、流石に呆れるしかない。確かにその造形美に感心したことは事実なので、否定はせずいっそ諦めに頭を抱えておいた。


そんなルーチェに満足そうに目元を緩め、再び顎に手を置き思案。


そう長い時間も掛からず考えが纏まったらしく、腰を上げドアの方へ。要件は終わったらしい。


「またご連絡します」


そう言って出て行ったから、この宿には泊まらないらしい。泊まるのなら態々『連絡する』とは言わない。




そう云うところがタチが悪いと言われるのだろうな。




『魔力還元』の方法を教えるかは未確定だが、ヤマトには関係の無いエルフ国のアンデッド掃討。会話の内容からするに、どうやらそちらは了承したと判断。


なのに最初に口にした『この宿に泊まろうかと思っている』――それを撤回すると同義の言葉を残し、引き留める隙も与えずあっさりと出て行く。


エルフは同胞を大切に想うが故、アンデッド掃討は不可能。それを肩代わりしてくれると察したルーチェとしては、ならばヤマトがこの宿に泊まっても構わなかった。


そもそも。以前避けていたのは貴族・王族疑惑が完全に拭えなかったから。生食を好む事で違うのだと判断はしたが……“黒髪黒目”とナチュラルな傲慢さという要素が、その判断は本当に正しいのかと邪魔をした。


それでも思想が冒険者寄りで、冒険者よりも自由に生きている事を知ってからは確信を持つように。王都や道中でのヤマトに関する噂が入って来た時は、思いっきり眉を寄せたが。


着々と貴族と知り合いになっておいて何が『流れ者』なんだ。――と。


怒りのような悲しみのような、何故か……裏切られたような。しかし酷く納得してしまう複雑な感情。


「嫉妬、なのだろうな」


窓から町並みを見下ろすルーチェの視界に入る、宿から出て来たヤマト。当然のように見上げて来た“黒”は、こちらも当然のように目元を緩めているのだから……


「雨が降る前に戻れ」


呟いてみたら、花が綻ぶような笑顔になった。朝日と相俟って目が潰れたかと思った。


上機嫌で歩いて行くヤマトの姿が見えなくなるまで見送り、窓を閉めて1階――受付へ。


「部屋、空いているか?」


「はい。リューガ様のお部屋ですね」


「……なぜ」


「リューガ様から『ルーチェさんがお部屋の空きを確認しに来た時は、トイレと浴室がある部屋をお願いしますね』と」


「っの、我が儘小僧……!」


「――っ!」


「……いや、気にするな。準備を頼む」


「か、しこまりました」


“黒髪黒目”に対して、とてもじゃないが口にして許される言葉ではない。顔を真っ青にさせた受付の男性に態とらしく頭を抱えて見せると、ほっとしたように肩から力を抜いた。


それだけで“それ”が許される関係性だと判断したらしい。事実ではないが、落ち着かせる為にその誤解を狙ったので解くことはしない。


どうせ、いつかは事実となるのだから。


――嫉妬してしまった。明らかな掌返し。


初対面で不快さを見せたのに『一切気にしてませんよ』と言うように距離を詰められ、地雷を踏んでも目で牽制するだけ。不快に思わず、寧ろこうやってルーチェの望みを辿るような行動。


全く以てタチが悪い。




“友人”……か。それにしては重過ぎるだろう。


ヴォルフと云う冒険者が不憫でならないな。


俺もその枠組みに入るのだろうが、初めて“友人”を望まれたその冒険者よりはマシか。




誰もが抱く感想を他人事として抱きながら、早朝から妨げられた睡眠の続きをと部屋へ戻った。







――一方。


「お久し振りです。解体、お願いします」


「おーい、おめーらー。まーた魔族の貴族が来たぞー」


「あああああやーだー、また虚無んの精神くそ抉れるー」


「一発芸ができたんですよ。ほら、『魔族』」


「まじやめろ泣くぞコラ」


「やっぱり、笑ってくれるのはロイドさんだけですね」


「あいつの神経どうなってんだよまじ尊敬するわ。早く下ろして、それ」


「残念です」


言いながらも笑っているのだから、解体班の怯えっぷりを楽しんでいるのは明白。膝を抱えて蹲った者も、ちらほら。


魔族でも不思議ではない。そう思われている事がよく分かる。


冗談はこれくらいに。と、オーガのツノをアイテムボックスへ。代わりに引き摺り出した“魔獣”を台に置いた。


全員、顔を背けた。


「お願いしますね」


「むり」


「大丈夫。皆さんなら出来ます。自分を信じて」


「頷かせようとすんのやめろ。あんたに言われたら抗えねえんだよ」


「あ――そう云えば。皆さんにもお土産があるんですよ。お知り合いになった商人から購入した、ドワーフが打ったオリハルコンの解体包丁一式」


「おい今直ぐ本部に通信繋げっ!!」


「期待しています」


よろしい。と目元を緩めるヤマト。久し振りに見たその傲慢な表情に呼吸が止まる感覚。何度見ても慣れないが、間隔が空くとその衝撃もまた一入。


我に返りバタバタと動き出した数人。その姿を確認した職員は“魔獣”の細部を確認し始め、機嫌が良さそうなヤマトを見る事もせずに口を開いた。


「しっかし、まさか『キマイラ』をこの目で見れるとはな。――おい。誰かギルマス呼んでやれ。喜ぶぞ」


「へーいっ」


「珍しいのですね。キマイラ」


「……その言い方だと“森”では珍しくないように聞こえるんだが」


「浅い場所にすらバジリスクが出るんですよ。珍しい筈が無いでしょう?」


「“森”の生態系なんざ知る訳ねえだろ」


「近々、本部から情報共有があるかと」


「教えたのか。勧誘されたろ」


「ヴォルフさんが一緒に居てくれて助かりました」


「カーチャンかよ」


「寂しくなりますね」


「あー……あんた、そーゆーとこあるよな」


「はい?」


「所有してるようで所有してない」


「ロイドさんから怒られたので。『冒険者を私物化すんな』と。無意識だったので有り難い指摘でした」


「あいつもよくやるよ。――で。どーすんのよ、ヴォルフ」


「何もしませんよ。自由こそ冒険者、ですから」


「あんたが言えばついてくだろ」


「だから。です」


「あん?」


どういう意味だ。と観察を中断し振り返れば、いつも通り柔らかい雰囲気を纏うヤマト。


小首を傾げ、目元を緩め――




「私の隣を望むのなら。それ相応に」




――『選ぶ側』の傲慢。


ヤマトからすると対等な“友人”としての言葉。確かに「ついて来て」と言えばヴォルフは享受するだろうが、『誘ってしまえば私ばかり求めてるようで悔しい』との……早い話が、拗ねている。


温泉でヴォルフが拗ねた事をちゃんと覚えているのに。その時に、自分が『自由を奪えない』と言ったのに。


我が儘にも程がある。


「あんた、ほんと……まじ、なんで貴族じゃねえの」


「え」


しかし。誰が聞いても上位者の発言。軋轢を生まない染み付いた微笑みが、いっそうそう思わせてしまう。


よく理解が出来ないと首を傾げるヤマトに、周りは貴族疑惑を再度抱いた。





閲覧ありがとうございます。

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傲慢こその“ヤマト”だと思っている作者です。どうも。


拗ね方、めちゃくちゃ面倒臭いですね。

自由を愛する冒険者を理解し尊重している上で、それでも自分が選ばれない事に不満を覚える超我が儘さ。

この世界に来て自由に生きることを知った故に“我が儘”が無自覚の“傲慢”となり、更に“黒髪黒目”と云う要素も手伝い『選ぶ側』だと周囲から認識される。と。

自業自得でウケる。

しかし間違ってはない。こいつは傲慢。


少しですが、久し振りに解体班を書けて楽しかったです。

いきなりキマイラ出されたら、そりゃあそうなる。受け入れ難い現実。

お土産のオリハルコンの解体包丁一式に即掌を返しましたが。

貰った包丁をうっとり眺めていたり、早く使いたいとうずうずそわそわしていたり。

こいつら、ほんと、かわいい。


ルーチェはまだ主人公と“友人”になるつもりはありませんが、本文の通り「近い内に受け入れるのだろうな」とは確信しています。

それでも悔しい思いは無く、“そう”なることが摂理のように思っていたり。

自然を愛するので『摂理』と認識したのなら忌避感はありません。

ルーチェは主人公が貴族でないと確信していますが、貴族・王族と交友関係にあるので凄く慎重にもなっています。

取り敢えず「面倒臭い奴なんだろうな」……とは何となく察してる。

これからご迷惑をお掛けします。


ほんと、魔力を“世界”に還元って何ですかまじで……『ヒト』に出来ても良い事なの……どんな構築式を用いてるの……こっわ。


察しの良い方は気付いたかと思います。

主人公、試し行動をしていました。

早朝から押し入って「レバ刺し食べたいー」と要求して、ニオイが独特な納豆を部屋で食べて宿泊の手筈を整えさせて。

全て無自覚でやっていたので手に負えない。

そして注意は受けたけど拒否はされなかったので“我が儘を言っても大丈夫な相手”と判断したようです。

完全にルーチェのミスですね。


ところで。

麗しの種族のエルフが感嘆する“美”って中々に異常だと思う。


次回、アンデッド掃討についてもっと詳しく。

ギルド職員で遊ぶヤマト。

『孤独感』。


(2024/04/18後書き修正)

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[気になる点] 解体包丁はオリハルコン?それともミスリル?
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