44.妻に見せたら何やら呟いて気絶した
こてりっ。首を傾げるヤマトの視界には、検問所を通って直ぐの豪華な馬車。お迎え。
一応ヴォルフを見上げてみると思いっきり眉を寄せ、ロイドは口を押さえ笑いを堪えている。ので、この光景が現実なのだと判断した。序でに諦めた。
「待ち草臥れたよ」
その諦めを裏切らない人物。笑顔で両手を広げる、領主――ヴィンセント。
王都を出る前日に『戻ります』と手紙を出していたが、まさか馬車を用意しているとは思わなかった。そして領主本人が出迎えることも……いや、想定内ではあるが。できればこの想定は外れてほしかった。
取り敢えず促される儘に友好のハグを交わし、身体を離す間の数秒の間。
「君なら彼を救うと信じていた」
礼の言葉ではないが、そうも無条件に信頼を向けられると少しむず痒い。そしてフレデリコはどんな文字を羅列しての称賛の手紙を送ったのか気になる。いや、聞きたくはないが。
じゃあな。の言葉も無くさっさと歩いて行ったヴォルフと、そのパーティーメンバー。取り敢えず大袈裟に肩を落としてから、馬車の扉の前で手を差し出すヴィンセントへ大袈裟に頭を抱えておく。
乗るし、ノるが。
手を重ね馬車に乗り込み下座に腰を下ろすと、何故か驚いた顔をされる。ヴィンセントの馬車で下座に座るのは二度目なのに、今更何を驚いているのだろうか。
くいっ。『乗らないのか』との言葉の代わりに僅かに顎で上座を示すと、ぶるりと身体を震わせ笑みが深まったように見えた。気の所為だとスルー。
ヴィンセントも乗り漸く動き出した馬車。
――数秒後、手を振り見送るロイド達の大爆笑が聞こえたので、楽しそうで何よりと頬が緩んだ。
「着くまで身体を休めると良い」
その気遣いに有り難く甘え目を閉じるが、今回は眠気は無いのでプルへ声を掛けることはしない。少しの馬車の揺れが心地良いから意識は飛び掛けたが。
静かな車内は居心地の悪いものではない。“友人”としての絶妙な空気感。寧ろ居心地が良い。
そんな静かな車内の馬車の行き先は、当然ひとつ。
「ひえっ」
「お久しぶりです。いつもの、お願いします。ヴィンスは?」
「同じのを」
卵かけご飯のレストラン。久し振りの“黒髪黒目”に顔を青くする店員は頭を下げ、まるで逃げるように厨房へ駆け込む。
レストランで走るのは控えた方が良いのに。との、ズレた感想。
「君の周りは本当に愉快だね」
くつくつと喉を鳴らすヴィンセントに眉を下げるが抗議も弁解もせず、毎回必ず通される席へ。店の宣伝にされている事実にはとっくに気付いているが、これと言って特に不快感はない。
寧ろ、卵かけご飯が浸透するのなら。と甘んじて利用されている。ブレない。
「内臓の処理。出来そうです?」
「苦戦したけどね。初めての試みだから、調理前に鑑定魔法で確認はしてほしい」
「流石です」
「君から貰った宿題なんだ。本気を出さないと、私の沽券に関わる」
「“友人”の我が儘を叶える。と云う意味でなら」
「残念。王都では存分に“王”として在ったと聞いたが。私にも、見せてくれても良いだろうに」
「それこそ“友人”の為の猿真似ですよ」
「その指輪はその戦利品か。――ところで。私の分の写真はいつ貰えるのかな」
「可愛くおねだり出来たら」
ふっ。小さく笑うヤマトは、どうやら巫山戯ているらしい。
ヴィンセントが当たり前のように自分も貰えると思っているので、少し焦らしてみようとの可愛らしい意地悪。『欲しいのなら私の機嫌を取ってみせろ』と。
決して本気ではなく、只々純粋に巫山戯ているだけ。
しかしヴィンセントは“本気”と受け取り、されど不快もなく。寧ろ『これぞ!』と目を輝かせる。ヤマトの、貴族とは程遠い姿を何度も目にしているのに。
それでも『王』と成ってほしい。
“黒髪黒目”として。その無自覚の傲慢さを遺憾なく発揮してほしいとの、圧倒的な支配者に侍りたい“貴族”としても。
ふむ。演技掛かった所作で顎に手を置くヴィンセントは、貴族故に上位者の機嫌を取る事に卓越している。つい最近は、レオンハルトに限りで誂う事を愉しんでいたようだが。
「君には褒め言葉は通じないから、少々やる気が出てしまうな」
「冗談でしたが、ヴィンスが愉しいのなら撤回はやめておきましょうか」
「おや。私はずっと、君に愉しんでもらえるように尽くしているのだけれど。まさか伝わっていなかったとは……寂しいな」
「そこに下心が無いのなら、ここで絆されてあげても良かったのですがね」
「では別の方法を考えよう」
「ヴィンスの正直なところ、好きですよ」
「キスでもしてくれるのかな」
「ヴォルフさんから許可を貰って来てくださいね」
「すっかり保護者か。良い事だ。続きは食事の後に」
配膳された卵かけご飯とベーコン、味噌汁。目を輝かせ早速食べ始めるヤマトは、大量購入した生卵を今回の旅の間に消費している。野営の食事にも使っていたので、当然。
久し振りの卵かけご飯を食べる表情はとても幸せそうで、しかし周りは“黒髪黒目”が生卵を食べている現状にショックを受けている。初めて見た訳でもないのに。
いや、ヴィンセントは初めて見たが。
「私でも慣れるのに日を要したが。どうやらヤマト殿は、初めから忌避感が無かったようだね」
「祖国の食文化ですから。物心付いた頃には食べていました」
「生食が食文化の国、か。私が無知なのか聞いた事が無い。初代国王陛下が齎した知識然り。世界は広いということかな」
「人類未踏の地は沢山ありますからね。“あの森”の先も」
「いつでも行けるだろうに」
目元を緩めるだけで肯定も否定もしないヤマトに、愉快そうに口角を上げるヴィンセント。特に情報を引き出そうとした訳ではないらしい。どうせ、教えてはくれないと確信していたから。
マイペースに食べ進めるヤマトは窓の外が騒がしい事に気付くが、毎度の事だとやはり気にした素振りは見せない。先程、厨房から覗いてガッツポーズをしたコックにも意識すら向けなかった。
ふむふむと何やら納得するヴィンセントは、
すっかり“上位者”の振る舞いが身に付いたようだ。
この調子で『王』の振る舞いを身に付けてくれると、私が嬉しいのだが……そうなったとしても。ヤマト殿の心の中心に“番犬”が居る限りは、私の夢は叶わないだろう。
それでも諦めることは出来そうにない。
これ程に、この国の貴族の心を満たす『王』足る人物は他には現れない。この国だけでなく、生粋の“貴族”ならば傅きたくなる圧倒的な存在感。
期待され、その期待に応え……称賛の言葉を賜りたくなる。流れ者なのに、その衝動が正しいと思わせられる傲慢さ。
「“宿題”を頑張ってくれたので、写真はご褒美に差し上げましょうか」
ほら。また。
これだから君は『王』に相応しい。
恍惚の色を瞳に孕ませ笑むヴィンセントは、自分の写真が“ご褒美”になる。――それと同義の言葉を口にしたヤマトへ、その事実を指摘する事はない。
そのまま、無自覚の傲慢さを育てさせる為に。
ヤマトの自意識としては『凄く写真を欲しがっているから、頑張ってくれたお礼にあげよう』としか自認していない。先程の“可愛いおねだり”要求を撤回する為、敢えて上からの物言いをしてみせた。だけ。
“黒髪黒目”、自覚している絶対的造形美と戦闘力。そしてその要素を際立たせる無自覚の傲慢さにより、知らぬ間にまた悲しい誤解が生まれた。
これも自業自得と言えば自業自得なのだろう。
至福のひと時を堪能したヤマト。食後の紅茶をヴィンセントの分も頼み、――そういえば。
ふと思い出したように声を漏らした。
「ロイドさん達。魔物と盗賊の討伐を頑張ってくれたんです。流石、ヴィンスのお気に入りですね」
「私は将来性を見込んでいるだけ。彼等の現在の目的の大半は、ヤマト殿に気に入られる事だろう」
「特にロイドさんは物識りで。新しい知識を得られました」
「元でも貴族。知識無くして信頼は得られないからね」
「あの子がストレス発散の場を用意してくれたお陰で、大虐殺をしなくて済みましたし」
「報酬は何が良いだろうか」
冒険者が頑張るのは己の欲を満たす為。知識が豊富なのは元貴族なら当然。
ヤマトとずっと一緒に行動していたロイドが羨ましくて、妬ましくて。取り敢えずロイド達への嫌がらせに報酬の延期をしようかな、と弄することに決めていた。どうせロイド達も“嫌がらせ”だと理解した上で、娯楽と判断しノるだけとの確信があったから。
しかし『大虐殺の回避』を持ち出されては、素直に報酬を渡さねばならない。
狂信者の処刑についての情報はとっくに得ている。ヤマトを拉致しようと刺客を送り込んできた事も、ロイドからの手紙で把握している。めちゃくちゃ怖かった……との嘆きも書かれていた。
もしもあのまま……信者と狂信者の区別が付かない“黒髪黒目”が直々に手を下していたら、この国の“黒髪黒目”への信仰さながらの憧憬が崩壊していた。
それは起こってはならない悲劇。
嫌がらせしたい思いなど瞬時に吹き飛んだ。恐ろし過ぎる。ロイド……ヴォルフも王家から表彰されるべきかもしれない。辞退されるだろうが。
くすくすっ。愉快そうに笑うヤマトに思わず眉を下げたが、直ぐに癖である“貴族の微笑み”に。心の内を表情に出す事は、誰が相手でも慣れない。
「素材。特に魔獣の肉を持ち帰る事が大変だと、嘆いていましたね」
「私も、いつかはヤマト殿を利用したいものだ」
「利用だなんて。お節介ですよ」
「“友人”ではないのに?」
「断られてしまいました。現状で満足だそうです」
「……あぁ、なるほど。潔く傅いてしまえば良いものを」
「“私”がそれを望みませんから」
「冒険者は自由に――か。尊重してもらえるあの子が羨ましいよ」
「ヴィンスのことも尊重していますよ」
「私にゴボウ料理を食べさせようとしているのに?」
「無理強いはしません。参考までに。ゴボウは整腸作用があり、『美』は内臓からも影響を受けます」
「食べなければいけない事が確定されたな」
あからさまに肩を落とすヴィンセントは、その情報が既に王都では回っている事を確信。であれば、近い内に『美』を追求する女性――妻の耳に入る事を確信する。序でに、この会話も。
このまま断り黙っていたら確実に責められる。
『折角“黒髪黒目”が手料理を振る舞ってくれるというのに、何故断ったのか』……と。社交界で自慢でき、新たな人脈を得る機会となったのに。と。
女性貴族は武力ではなく人脈で家門を守る。その為ならゴボウくらい喜んで食べる。その、貴族故に理解するしかないド正論で。
心做しかしょんぼりするヴィンセントに、こてりっ。演技掛かったように小首を傾げたヤマト。
「忌避感があるのは、その見た目ですよね。王都のレストランにレシピを教えましたが、食感のアクセントになって食べ易いと好評でしたよ」
「あぁ。それならば怖がる必要は無さそうだ」
「怖い、ですか」
「食べ慣れていないのだ。ヤマト殿も、……いや。君は何でも食べるらしいな」
「スパイダー系は生理的に無理です」
「ヤマト殿が!?」
「私を何だと」
「……いや。私の口からは、とても」
「傷付きました。仕返しに、ゴボウそのもので一品作ります」
「許して欲しい。この通りだ」
「嫌です」
にっこり。良い笑顔でバッサリと切り捨てたが、怒っている訳ではない。相手がヴィンセントだからこその仕返し。“友人”として、友人“らしく”。
ヴィンセントからすると友人故の仕返しなんて冗談ではないが、先に無礼を働いたので強く抗議できない。これも、ヤマトを己より“上位者”と見做し『王』に据えたい思いから来る享受……なのかもしれない。
つまり。こちらも自業自得である。
「長居してしまいましたし、そろそろ出ましょうか」
腰を上げたヤマトから手を差し出され、まるでエスコートのような光景に覚える違和感。久し振りの卵かけご飯。好物なら、もう一杯食べるのだろうと思っていた。
予想が外れたかと一種の敗北感を覚えながら、会計を済ませ外へ。勝手に支払ってみたら「ご馳走です」の一言に終わったので、上機嫌。
馬車に乗り込み、一応その真意を知っておこうと口を開いた。
「ヤマト殿は遠慮しないから有り難い」
「?……あぁ、なるほど。“私”にお金を掛けたいと、ヴィンスがそう判断したのなら。その好意を断る理由を私は持ち合わせていません」
「一言で」
「奢りやったー!」
「ん、……ふふっ」
「正直過ぎましたかね。――そうだ。写真ですが、渡す前に馬車を出した方が良さそうです」
「久し振りに会えた友人との時間を、もっと楽しんでくれないか」
「いえ。皆さんが待っているので」
すっと動かした視線の先には、人集り。『馬車があるので店に入れない』が枕詞に付きそうな程、そわそわうずうずしている街の者達。
……あぁ。
だからもう一杯食べずに店を出たのか。
久し振りに目にした“黒髪黒目”。いつ戻って来るのか、そもそも戻って来てくれるのか。
そう落ち着かない日々を過ごしていたからこそ。ヤマト殿を再び目にした今、真似をしたい欲が急速に湧き上がった。
つまりこれは、彼等のその欲を満たしてあげる為の退店。
すっかり“らしく”成ったようで興奮してしまうな。
再び上機嫌となったヴィンセントは馬車を出させ、我先に店に走って行く彼等に頬を緩めた。気持ちは分かる。
「――では。そろそろ“ご褒美”を賜ろうか」
「賜る側だとは信じられない程に偉そうですね」
くすくすっ。愉快だと笑うヤマトはアイテムボックスから封筒を取り出し、「どうぞ」とヴィンセントへ。
当然の指摘にこちらも愉快だと小さく笑うヴィンセントは封筒を受け取り、中の写真を確認。
「……」
「よく撮れているでしょう? レオのお墨付きです」
「……ヤマト殿」
「はい」
「王に成ったのなら一報を入れてほしかった」
「成ってませんし成りませんってば。あと、こっちは『例の小説』の再現です」
更にアイテムボックスから出された、レオンハルトの遊び心による額縁。……と、また封筒。
額縁の写真は素直に感心したが、封筒の中の『仲の良い』写真を見た瞬間――人生初の絶叫をしそうになった。
色々と無理だった。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
ヴィンセントが遊ばれていて愉快な作者です。どうも。
主人公としては『只の写真を欲しがるって、やっぱり“黒髪黒目”オタクなんだなー』と云う、同族への感心に似た雑な感想が少し。
そして『皆面白い反応をしてくれたからヴィンスもしてくれるかな』という期待が、大半。
つまり愉快犯的娯楽。
性格悪いですね。
実際に叫びそうになったヴィンセント。
『王』らしく傲慢さを育てる為に指摘はしませんが、主人公のお人好しさはそれはそれで気に入っているので丁度良い塩梅になるように誘導する気満々。
恐らく主人公はその誘導に気付かない。
しかしこの世界に慣れて着々と唯我独尊と成っているので、ヴィンセントの想定の斜め上を行く事が多々あるかと。
今回の、『ゴボウの見た目そのまま料理食べさせるね☆』のように。
御愁傷様です。
自業自得だけど。
ロイド達はちゃんとマジックバッグを貰いました。
「やっぱヤマトさんに頼んで良かったー!」と、上機嫌。
完全に利用していますね。
主人公は『エルフ国の情報の対価』と認識していますし、ヴィンセントの説得が愉しかったようなので問題無し。
ロイドも主人公もwin-win。
良かったね。
次回、お久しぶりのルーチェ。
「嫉妬しちゃいます」
ギルド解体班、“貴族疑惑”の再発。