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43.無情故に際立つ“甘さ”

「助けて下さいっ!」


「お断りします」


「ぇ」


ヤマトが潰した盗賊の拠点。その、近く。


木々の間。飛び出して来たボロボロの女性から助けを乞われ即答したヤマトは、呆然とする女性をその儘に立ち止まる事無く足を進める。女性を一瞥したヴォルフも、ロイド達すらも同様に。


その理由は、


「盗賊に拐われた女性が嬲られていないなんて有り得ません。騙すのなら、痣や“体液”を付けてからどうぞ」


淡々と。振り返りもせず、罠であることを看破。


「あ。皆さん、稼ぎたいのなら行って来て構いませんよ。待ってます」


「いーっす。魔物で稼いだし、今は盗賊討伐受けてねえから証明部位持ってかないとなんで。ヤマトさんに死体見せんの気ィ引ける」


「気にしないのに。因みに、証明部位は?」


「右耳」


「地味に嵩張りますね」


やっぱ感想ズレてんなー。


そうこっそりと笑うロイド達に気付かず、只歩き続けるヤマト。だったが、……ハァ。


溜め息と共に足を止めた。一拍遅れて皆も立ち止まり、全員が不快だと眉を寄せる。


「目、瞑っていた方が良いです?」


「そうしろ」


「手ぇ出さないで下さいね。まあ指輪で大丈夫だろうけど、んー……プルちゃん。ヤマトさんが血ぃ被らないようによろしく」


するりとコートから出て来たプルは、ヤマトの頭の上へ移動しぷるぷると揺れる。


そのプルの行動により全員がヤマトの無事を確信したので、各々武器を手にヤマトを囲むように周囲を警戒。


「たのしんで」


すっ――と目を閉じ、数秒もせずに聞こえた砂を踏み締める音。


その次の瞬間、金属同士がぶつかる音と“なにか”が斬れた音。質量のある“なにか”が地面に落ちる音。


偶に指輪の効果が発動する感覚がするので、矢か魔法で攻撃を受けているのだろう。プルも忙しなく動いており、飛び散ってくる血を処理してくれているのだと把握。




しかし暇だ。中々に人数が居るのか、未だ戦闘音が止まない。


血のニオイも濃くなってきたから、直ぐに魔獣も寄って来そう。証明部位を取る間は私が周囲を威圧するべきか……いや、魔法で狩った方が良いか。


――そういえば。視界を奪われた時に周囲を把握する魔法って在るのかな。探査魔法とは別の、こう……サーモグラフィーや暗視カメラみたいな。ちょっとやってみよう。


……あー、うん。できちゃった。これは透視に近いのかも。でも背後は見えないから探査魔法の方が“視”易いね。


いやヴォルフさんの動きえっぐ。流石、実質個人Sランク。




「終わりましたか」


「見んなっつったろ」


「見てはいませんよ。魔法で状況把握していただけです」


「……耳、取るからまだ見んな」


「プルに頼みます?」


「腹壊すぞ」


「ですよね」


彼等への心配の言葉が無いのは、彼等の実力を信じているから。襲って来た盗賊が寄せ集めの下っ端という事も、理由のひとつ。


あの女性はどうなったのかと魔法で探ると、地面に転がる“女性の形”を探知。慈悲がない。盗賊相手なら当然だが。


どさっ、どさっ。次から次に重い“もの”が木々の間へ投げられているので、後は魔獣やスライムに“処理”を任せるのだと確信。


そろそろ良いかな。そう考えていると、近付いて来たヴォルフの声が鼓膜を震わせる。


「目。開けんなよ」


言うが早いか担がれ、数秒程呆けてしまった。言われた通り目は開けないが。


……あぁ。辺り、血の海だから。その中を“私”に歩かせたくないのか。


なんとなく。担がれた理由を察し、上機嫌。過保護が迸っている。


1分もせずに下ろされ、漸く目を開ける許可を出された。10分以上も目を瞑っていたので、眩しい。


「問題は」


「暇でした」


「だろうな。血は」


「一滴も。プルが頑張ってくれたので」


「よくやったな、プル」


ヤマトの頭の上でぷるぷると揺れるプルに軽く手を置いたヴォルフは、頑張った年下を褒めるような緩い笑み。確かに、“ヤマトに限り”で態度が違う。


しかしヤマト本人がその扱いの差を指摘せず、寧ろ雑な扱いと所謂塩対応を享受している。“友人”――『親友』として。


ヴォルフから『親友』だと認識されている。その事実を、正しく理解しているから。この扱いの差も一種の“特権”だと認識しているらしい。


だからこそ。ヴォルフはロイドから指摘される迄、己のヤマトへの態度を自覚できなかったのだろう。


怪我が無い事を互いに確認し合い、さっさとこの林を抜ける為に足を動かした。


「女性の盗賊も居るんですね」


「頭ぶっトぶ奴に男も女も関係ねえよ。拉致った女孕ませて産ませたガキ、とかな」


「なるほど。“英才教育”」


「ちょい、ヴォルフさん。ヤマトさんに汚い世界教えるのやめて」


「お前はこいつを神格化し過ぎだ」


「だって“黒髪黒目”だし」


「“この顔”ですし?」


「綺麗な儘で居て下さい」


「既に俗物なので手遅れですね」


「解釈違いっ!!」


なにやら両手を頭に置き空へと叫ぶロイド。くすくすと可笑しそうに笑うヤマトは、娼館でやらかした後なのだから『綺麗』ではないと自認。正しく自己評価をしている点は潔い。


ヒトの死が身近にある生活に慣れたのだろう。主に、王都滞在中に送られて来た暗殺者の所為で。全てプルの夜食となっていたので、正確な人数は把握していないが。眠かったので寝ていた時もある。


そんな生活で『綺麗な儘』に在れる筈が無い。そもそも元の世界でオタクだったので、とっくに“色々”と汚れている。薄い本を読みたい。漫画読みたい。アニメが恋しい。


オタク文化が薄いこの世界には『漫画』が無く、そもそも絵本すら無いので盛大に絶望した事は記憶に新しい。




……絵本、作るか。




我慢の限界を迎えたオタクの短絡的発想。奇行、とも言う。


「やっぱり子供の憧れは“騎士”ですよね」


「なに、いきなり。騎士に成れるの基本的に貴族だけっすよ」


「? でもこの前、……いえ。これは後で」


「うん?……、あ。あー。えぇっと、庶民は騎士じゃなくて『準騎士』なんすよ。手柄立てて漸く『騎士』に成れて、同時に“準男爵”を叙爵されるんです。叙爵まで多方面から妨害される叩き上げなんで、貴族出身の騎士達が恐れるもののひとつっすね」


以前。ロイドがヴォルフへの評価として口にした『故郷潰されてなかったら、軽く騎士団長に成れた』との発言。流石にヴォルフの前では口にできないと話を終わらせようとしたが、察したロイドにより疑問は解消。


階級制度により門は狭いが、そのチャンスを掴み取る庶民も居る。そして純粋な叩き上げ程に恐ろしいものは無い。


「奴隷から近衛騎士に成った人も居たらしいっすよ」


異世界人が国を興しているのなら、その奇跡のような出世も有り得るだろう。……そう純粋に納得するヤマトは、成る程と頷いておいた。


「で。なんで騎士?」


「絵本を作るなら子供ウケが大事かな、と」


「えほん?」


「絵をメインに物語を楽しむ、子供向けの情操教育本です」


「……図鑑?」


「いえ。童話とか、逸話とか。『騎士が悪者を倒す』――そんな内容なら、子供達も楽しめるかなと」


「んー、なんとなく理解した。でもなんで“えほん”っての作んの?」


「漫画が読みたくて」


「まんが」


「絵本よりも高度な技術で描かれた、熱狂を生み出し経済を大きく回す……合法麻薬?」


「何言ってんのダメだろ普通に考えてアホなの」


「身体に害はありませんよ。脳の快楽物質を促すだけです。安心、安全」


信じられん。


全員あからさまにそんな顔で見て来るが、既にヤマトはやる気満々。次に王都へ遊びに行った時に、先ずは『絵本』をレオンハルトへ提案するのだろう。自分が読みたいので対価は無しに。


レオンハルトも新たな経済基盤だと考え飛び付く事が目に見える。


子供が働き手の村々での識字率を上げる、絶好の道具。寝る前の5分程の絵本朗読なら親の負担も軽いので、抵抗感もそれ程強くない。


村の子供達の識字率が上がれば将来の仕事の幅が広がる。となれば各村と街の間で商売が盛んになり、国全体の発展に繋がる。


街では単純に目新しいと流行り、貴族は『新たなステータス』だと買い漁るだろう。


そもそも。“黒髪黒目”発案ならば、この国の者達は一切の抵抗感も無く受け入れてしまう。その存在に憧れて。熱狂して。


それにより例えレオンハルト――第二王子の継承権に優位に働いたとしても、ヤマトは「只欲しいものを“作れる伝手”がある人に頼み作って貰った」と主張するだけ。継承権争いなんて知りませんよ、のスタンス。


それすらも罷り通ってしまうのが“黒髪黒目”の『特権』。また、グリフィスが苦い思いをするだけに終わる未来が確定された。


「まあ、ヤマトさんが愉しいなら良いけど。あんま敵作らないようにして下さいよ」


「大丈夫ですよ。鬱陶しくなったら叩き潰すので」


「全然大丈夫じゃねえ。普通に俺等か殿下に相談して。あんたが直接動いたら、幾つかの家門が最初から“無かった”ことになるんで」


「まさか」


「金100枚賭けましょーか?」


「意外と“黒髪黒目”って不自由ですね」


「今更」


だとしても、彼等が居ない場ではヤマト自ら動くのだろう。拠点を移す為に別れた時や、ヤマトが他国に移動した時に。


他国ならば“黒髪黒目”の影響力はこの国程に強くはないので、“なにか”が起こるとするなら他国で起こってくれと願うばかりである。レオンハルトの心労とならないように、心底から。


「――そういえば。奴隷制度があるんですね。詳しくお願いします」


「ロイド」


「げっ、……あー……んー……っと。原則的には、みっつ。貧困奴隷と借金奴隷、犯罪奴隷。貧困奴隷は一言で言うと出稼ぎ。唯一の登録制で身元もハッキリしてるから、貴族や商家の下働きとして雇用されてますね」


「それ、名称は『貧困奴隷』でなく『派遣員』で正式な職業にした方が良いと思いますけど」


「今度殿下に提案してみて。『奴隷制度』の改革になるから。――借金奴隷は、まんま。払えないから自分売って、奴隷商が肩代わりした借金を地道に返金。奴隷期間中は『盗みを働けない』って制約魔法掛けられるから、職人んとこに住み込みで師事が大半っす」


「完済後も職に困らないですね。職人は頑固な方が多いですし、長期間の師事なら堅実な性格に矯正されそうです」


「察し良過ぎ。――で、犯罪奴隷は……まあ。血を使った隷属魔法で一生奴隷。罪の重さで腕輪か首輪、頬に奴隷の焼き印で区別してます。殆どが鉱山とかの危険な仕事」


「窃盗は腕輪、傷害が首輪?」


「窃盗と骨折までの傷害が腕輪。欠損から殺人が首輪」


「思ったより大雑把ですね。焼き印は?」


「強姦と子供殺し」


「、……へえ。“ヒトの尊厳”を重視していると。素晴らしい。もし、冤罪だった場合は?」


「司法が間に入って教会から上級ポーションと冤罪証明貰えて、奴隷期間と同じ期間の生活費が奴隷商から支給されるっぽいっす。まあ制約魔法で真実しか話せなくさせるんで、今迄冤罪は無かったっすけど」


「その制約魔法は、洗脳や魔法で操られている者に対しては?」


「罪は罪なんで。そもそも魔法でヒト操るって、出来るんすか?」


「禁忌の闇魔法で出来ますよ」


「ヤマトさんも?」


「実験台になってみます?」


「やめときまーす。盗賊や暗殺者で実験して。実験後に殺すなら、プルちゃんに任せてくださいね」


「そうします。闇魔法は膨大な魔力を消費するので、恐らく操られていた者はいなかったかと。純粋な脅迫や誘導での、本人が望まない犯行はあったでしょうが」


「黒幕が貴族とか多いっすからね。黒幕の情報提供で多少の情状酌量はあるけど、罪は罪。奴隷期間設定するくらい」


「黒幕の貴族への罰は?」


「直接手ぇ下してないし、1ヶ月の謹慎。直接でも半年謹慎が関の山っすよ。大抵は口止め含めて金で解決するから、謹慎無しが普通。――あ。あと、事故で殺した場合も金で解決。庶民はそれで借金奴隷になるけど」


「分かり易い構図ですね。――それで。その“原則”以外は?」


「戦争奴隷。敗戦国の兵士に適用されるんで、庶民には関係無いっす」


「なるほど」


知りたい事は知れたと上機嫌。意外だ……と思うロイドは、なんとなく窺うようにヤマトの顔を覗き込んでみる。


当然のように頭を撫でたヤマトは、ロイドの訊きたい事を察したらしい。


――ゆるりっ。


目元を緩め、




「君達が奴隷落ちした時は買ってあげますよ」




然も当然に。


その他がどうなろうが知ったことではない。……のだと、明確に伝わって来る。表情、声色の全てが上位者のものとして。


意識してなのか無意識なのか。その思想が正しいのだと錯覚する程の、純然たる『支配者』の言葉。


自覚の無い傲慢もここ迄くるといっそ清々しい。しかしその姿勢が何よりも清廉で、“らしい”と思い気分が高揚してしまう。


本人は単に巫山戯ただけなのだが。


ヴォルフ達が奴隷落ちする未来。そんなものは一切有り得ないと確信しているからこそ口に出来た、冗談。確かに奴隷落ちの可能性はゼロではないが、その未来が訪れることは無い。


“黒髪黒目”の“ドラゴン・スレイヤー”が、己の正義に則りその未来すら捻じ曲げるのだから。自分勝手に。傲慢に。


この世の全てが自分の思い通りになるとでも言うように。


――ぽむっ。


唐突に頭の上で跳ねたプルを撫でるヤマトは、その時はプルも“動く”のだと確信している。飼い主が飼い主なら、ペットもペット。


不意に視線だけを向けて来たヴォルフ。首を傾げて見せると、視線を正面に戻してから口を開いた。


「何を知りたかったんだよ」


「知識として」


「関わらねえのにか」


「知った上で避けたかったので。知識も無く避けませんよ」


「面倒臭ぇ」


「傷付いちゃいます」


「あ、そ」


「つーか。避けはするんすね」


「勿論。信頼出来ない脆弱な者を、側に置く理由がありませんから」


「それ、俺達を信頼出来る強者って言ってる?」


「他に何が?」


「……まじ、ほんと。そーゆーとこ……」


突然の称賛。むず痒さに耳を赤くするロイド達は、当然だと言うように口角を緩めるヴォルフ達へこっそりと尊敬を抱く。


よくもまあ、照れもせず素直に受け入れられるものだ。と。


これも、元でもSランクパーティー足る矜持による差なのだろう。





閲覧ありがとうございます。

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知識欲の強い主人公が自慢な作者です。どうも。


主人公は『すぐ何にでも興味を示す系オタク』のようですね。

研究者の探究心とまではいきませんが、とことん知らないと気が済まない厄介オタク。

じゃないなら娼館でやらかさない。

ご迷惑をお掛けしています。


ファンタジーにありがちな『奴隷ネタ』は書きたいと思っていましたが、面倒事を全力回避する唯我独尊な“ヤマト”が他人の生活の責任を持つなんて有り得ないよなー。

っと思い、この世界の奴隷の説明だけで『奴隷ネタ』は終わらせます。

恐らくいつかは奴隷キャラも出ますが、仲間にはしません。

主人公が一切興味を向けないので。

……おそらく。たぶん。(キャラ独り歩き系作者)


オタクな主人公、漫画アニメやらの栄養不足で死活問題。

追っていた作品の続きはもう読めないし、声優さんの素晴らしい演技を浴びたくて仕方ない。

この世界に“小説”が在ることだけが救いですね。

オタク栄養素不足で活字中毒にならないことを祈ります。


叩き上げの騎士ってめちゃくちゃテンプレ設定だけど、めちゃくちゃ恐ろしい存在だと思うんですよ。

貴族からの妨害をものともしないって鋼通り越してメンタルオリハルコンだし、確かな実力を持った剣士……いやこっわ。

夜道の背後に気を付けろ。


因みに騎士団も幾つかのランクがあって、“準騎士”は強さで各ランクの騎士団へ振り分けられて働いています。

野球でいう『二軍』のようなものと理解して頂ければ。


盗賊だったのでこの女性を見捨てましたが、本当に逃げて来た女性だとしても見捨てるかと。

だって“ヤマト”には関係無いし。

助けたところで好意を向けられても、振るしかないし。

なにより。出身の村や街に送り届ける義理も無いので、それで食い下がられたり文句を言われても面倒なだけですし。

なら最初から見捨てた方が手間が掛からず不快にならないから楽。

……っとの、極論。

中々に非情ですが、死が身近に在る“この世界”ではその思考が正しいのでしょう。


次回、久しぶりのヴィンセント。

卵かけご飯は正義。

貴族との“戯れ”にも慣れてきた。

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