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42.おかわり要求に上機嫌で焼いた

行き掛けに領主からの誘いを断った、領地。既に情報は得ているだろうと予想していたが、まさか検問を通って直ぐに使者が待機しているとは思わなかった。前回と同じ、白髪混じりの執事。


暇なのかな。


どこか遠い目のヤマトから顔を逸らしどうにか笑いを堪えたロイドは、ぽんっ。ヤマトの背中を撫でるように叩いてから、パーティーメンバーを伴い歩いて行った。


その数秒後に溜め息を吐いたヴォルフも、くしゃりとその“黒”を撫でてからパーティーメンバーと歩いて行く。今回は回避する理由が無いので逃げられない。


「お屋敷でしょうか」


「レストランを貸し切っております」


潔く諦めた。確かに断り難いが、断っても良かった。その不躾も“黒髪黒目”ならば許される。


しかし既にヴォルフ達からは見捨てられた後。酷い人達だと肩を落とし、促される儘に馬車へ。豪華な馬車なのでカーテンを閉め、一応の面倒事回避。


豪華な馬車に“黒髪黒目”が乗っていると視認されては、今以上に貴族疑惑が深まってしまう。既にこの光景を目撃した住人達により直ぐに噂は広まるだろうが、大勢の目に触れさせず噂に留める事は必要な判断。


更に、走り出した馬車内ではヤマトが上座。執事が下座に。流れ者としては有り得ない位置。しかしそれは“黒髪黒目”として、その価値を守ってあげる為の行動。


それらを察しこっそりと感心と安堵する執事は、その黒髪を飾る小さな花に気付いた。


「素敵なお花ですね」


「立ち寄った村の子供から頂きまして。髪飾りにしてくれました」


「村……」


「なにか?」


「いえ、その……摘んだばかりのようでしたので」


「保存魔法を掛けたので」


「ほぞん」


「ご説明しましょうか?」


「……いいえ。とても気になりますが、私程度では理解の及ばぬこと。どうぞ暫しの休憩を」


よろしい。と言いたげに目元を緩めるヤマトは、流石に歩き続けての疲労が溜まっている。魔法の説明は楽しいが、今は特に説明したいという気分ではない。


兎に角、眠い。


「どの程度で着きます?」


「10分も掛かりません。お疲れでしたら夜に変更しましょうか?」


「大丈夫です。――プル」


するりとコートの隙間から出て来たプル。ヤマトの膝に落ち着き見上げ……て居るのだろう。目のような器官は確認出来ないが、なんとなく視線を感じるので恐らく合っている。


「寝ちゃってたら起こして」


わかった。と言うようにぷるぷると揺れるプルに満足そうに目元を緩め、ゆっくりと目を閉じた。




絵画――ですね。




それだけしか考えられない執事は、これからの10分間……この目の前の存在から目を逸らせなくなる。


そう確信するも僅かな抵抗感すら無く。世界から切り取られたその美術品を鑑賞する為、可能な限り気配を薄めることに集中するのだった。











「え。早っ」


「本当にご挨拶とお食事だけでしたので」


「弁えてんのね」


探査魔法でヴォルフの気配を辿り宿で合流したヤマトは、討伐した魔物素材の売却で得た金を分配する彼等に興味津々。因みに肉は道中の食事で消費済み。


温泉街では温泉を何よりも優先したので、複数パーティーでの報酬分配を見るのは初めて。どれ程に白熱した、最早喧嘩のような話し合いをするのかと少しだけ期待し……ていたのだが。


「あ。俺ウルフの毛皮いっこダメにしたからその分引いて」


「いやお前、レッドウルフの群れん時上手い囮してたしこれで妥当」


「おっけー」


「ヴォルフさん達それ少ねーよ。俺等より狩ってたんだから……こんなもんっしょ」


「素材剥ぐの任せただろ」


「あ。そだった。んじゃあー、こう?」


「おう」


「つーか年長のそっちが分配してくんね!?」


「お前のが早ぇ」


「そだけど釈然としねえ!」


なんとも平和である。短い期間だが、これ迄共に過ごし互いに実力を把握している彼等だからこそ――なのだろうが。


普通の冒険者達なら手柄を主張し、ヤマトの期待通りに盛大な喧嘩が始まった筈。少しだけ残念に思ったが、平和なのは良い事だと思い直した。


「んで、これ。ヤマトさんの分」


「私? 討伐していませんよ」


「つかプルちゃんの。血抜き」


「あぁ。なら頂きます。――良かったね、プル。何買う?……ケーキね、分かった」


「なんで分かんの」


「何故でしょう。不思議ですよね」


あんたの存在自体が不思議だよ。


……っとは言わずにひらひらと適当に手を振ったロイドは、そう云えば――と口を開いた。


「今更っすけど、その指輪何」


「とある方から頂いた“ご厚意”です」


「……あー。どんな性能?」


瞬間的に眉を潜めたヴォルフに気付き、それが“誰から”のご厚意なのかを察するロイド。これ迄の出来事と少ないながらも得ていた情報で、その指輪を贈った人物とその背景に予想を付ける。


しかし答え合わせをすることはせず、そしてパーティーメンバーからの説明の要求を躱す為に質問を重ねた。ヤマトの不利益となる事態は望まない。


ヤマトが褒めるように目元を緩めたので、予想は確信に。言葉は無いが褒められて嬉しい。


「常に魔力を吸う代わりに、敵意のある攻撃を防いでくれます」


「呪いじゃん。――は? なのに第一王子殿下から指切り落とされたの」


「一旦、ヴォルフさんに任せたかったので」


「バカ?」


「アホなんだよ」


「シンプルな悪口って中々に傷付きますね」


「あー。だからヴォルフさん怒ってたんか。――は、ちょっと待って。それ、呪いなんすよね。なんで魔力吸収止めれんの?」


「なんで、って。『呪い』は意識から生み落とされた“強い意志”ですから。だとしたら“生物”の性質は組み込まれているでしょうし、屈伏させ主導権さえ奪ってしまえば制御出来ますよ」


「神族」


「人間です」


「ヴォルフさんが教育放棄した理由、やっと理解出来た。この人に常識説く方が間違ってる」


「なぜ」


「ヴォルフさーん、拠点移すのランツィロットさん来てからにして。このイカれてる人のお世話、俺等まじ無理」


「知るか」


「仕事しろ保護者」


「願い下げっつったろ」


「育児放棄はダメですよ」


「お前の話だよ」


言いながら報酬を財布へ入れたヴォルフは、笑うヤマトに溜め息も無い。非常識で保護者が必要だと言われたのに気を悪くしないのは、ヤマト自身も非常識というか……規格外だと自認しているから。


“顔”の良さも戦闘力の高さも、魔物に対する危険度の基準も。“あの森”で1年も過ごした事実と、その上で周りから指摘された事実。自認しない筈がない。


少しずつ修正出来ていると思っていたが全く出来ておらず、とうとう受けた『イカれてる』発言。基準の修正の道程は遠いなと、いっそ笑えて来たらしい。


だからイカれてると言われるのだが。


「ヤマトさん夜まで暇っしょ。飲み行く?」


「奢りですか?」


「各々で」


「ふふっ。是非」


「やった。もんじゃ食い……飯食ったばっかじゃん」


「構いませんよ。まだ入ります」


「意外と大食いっすよね。なんで腹出ねえの。鍛えてるとこ見たことないのに」


「え」


「え?」


「……あぁ。魔法使いは食事でも魔力を補充するんですよ。他の方は分かりませんが、私は沢山食べたい時には敢えて魔力に変換してます」


「ぜってーヤマトさんだけ」


「身体も動かしてますよ。宿では部屋で、夜営では見張りの時に」


「あー。そういや俺、夜弱いから一緒に見張りしてなかったや」


「逆に私は朝に弱いので助かります」


「確かに抱っこされても起きなかったっすね」


「抱っこ」


子供みたいに言わないで欲しい。とは思ったが、事実なので抗議はしない。そしてロイドがニヤついているので、敢えてその言葉を選んだと察した。


愉しんでいるようなので許した。甘い。


「私、結構重いんですよ。抱っこ出来たヴォルフさんは親の鑑ですよね」


そしてノった。序でに保護者いじりも蒸し返した。


眉を寄せるヴォルフは、あの時の何とも言えない複雑な感情を思い出しているのだろう。別に担いでもヤマトは文句は言わなかっただろうに、何故かお姫様抱っこをしてしまった自分が今でも信じられない。


思い出したくもない。軽い黒歴史ですらある。


しかし身体に触れても起きず、熟睡していたヤマト。自分の存在全てを“許されている”のだと気付き、優越感を覚えたのもまた事実。


それから今に至る迄の諸々を経た。ので、


「羽のように軽かったが?」


ノった。しかも紳士っぽく。珍し過ぎて明日は嵐かもしれない。


驚きに目を丸くする周りとは正反対に、満足。と目元を緩めるヤマト。この戯れをお気に召したらしい。


「男としては複雑ですし、沢山食べて筋肉を付けますかね」


そう言いながら腰を上げ歩き出したヤマトに、ハッと我に返ったロイドも立ち上がり彼の後を追って行く。


他の者達も徐々に我に返り、「いやー珍しいモン見た」と思考を切り替え先程の衝撃を既に楽しむスタンス。こういうところが自由な冒険者の“らしさ”か。


「つーかお前は行かねえの」


「もんじゃ見た後に酒飲めるか?」


「むり」


「だろ」


言葉にはしないが見た目が完全に“アレ”なので、その後の酒は気が引ける。どうせ飲むのなら美味しく飲みたい。


つまり。ふたりがもんじゃ焼きを食べた後に合流する、と。




やっぱ保護者じゃん。




周りの心の声が一致したがそれを言葉にする事はない。それはキレられるのが嫌では無く、単純に。


ヴォルフの珍しいノリを肴に早く酒を飲みたい。ので、皆上機嫌で腰を上げ宿を後にした。







「そーいや、オークションどんな?」


「レオ――第二王子派の半数、中立からも半数が参加するようです。予想より少なくて意外でした」


「いや資産潤沢じゃないと買えねって。第一王子派からはゼロ?」


「西の辺境伯が参加すると聞きました。国境の防衛は大丈夫なのでしょうか」


「あ。多分それ跡取り。親は第一王子派だけど、跡取りは第二王子派」


「ギスギスしてそうですね」


「貴族っすから。あいつの事だし、親捻じ伏せてこっち来てますよ」


「お知り合いですか」


「気が合っただけっす。国境守ってるから完全実力主義で。俺が父親と縁切った時に『参謀に欲しい』ってスカウトに来て、断るのに疲弊しましたね。多分ヤマトさんも気に入りますよ」


「実力主義だけど脳筋ではない、と」


「つーかあんた等、庶民の俺の前でそーゆーの話さねえで下さいよ。じょーほーろーえーってのでしょ」


「直ぐに広まるので大丈夫ですよ」


いや俺の心臓に悪いんですが……。


そう盛大に顔を引き攣らせる、もんじゃ焼き屋台の店主。もんじゃ焼きを食べる“黒髪黒目”という目の前の光景は二度目だが、やはり脳が拒否してしまう。受け入れ難い。受け入れたくない。


“黒髪黒目”が食べた。その事実で客足が増えた事には、心から有り難く思ってはいるが。


「おっちゃんもヤマトさん利用すりゃ良いのに。『“黒髪黒目”が大絶賛!』って」


「んなこと出来るか!」


「ヤマトさんなら気にしねえよ。――っすよね?」


「構いませんよ。もんじゃ焼きの美味しさが広まるのなら」


「ほら。ヤマトさんがもんじゃ好きなのは事実だし、これくらいで怒る人じゃないから利用しとけって」


「い、や……でも」


「王都でゴボウ出してる高級レストラン、大々的に宣伝してたからだいじょーぶ」


「食った……のか……アレ」


「とても身体に良いんですよ」


「そ、う……ですか」


うーん。道程は遠い。


ドン引きする店主と顔を背け笑いを堪えるロイドに、こっそりと肩を落とすヤマト。レストランのオーナーとレオンハルトにゴボウの利点を伝えたので、後は彼等の采配に任せ客足は増えてはいるが……王都以外ではまだ忌避感が強いらしい。


一応にも高級食材と銘打たれている。その要素も有り、食べる機会が少ない庶民へ浸透する事は難しいのだろう。


ふ、と。何かに気付いたヤマトは、もんじゃ焼きを保温している鉄板に視線を落とした。


「お好み焼きは無いんですね」


「オコノミヤキ?」


「もんじゃ焼きの半分の水で、予め具材を混ぜてから焼く……ご飯用パンケーキ?」


「訊かんで」


「作ってみましょうか。もう一人前、水を半分で用意して下さい」


「は、はいっ」


わたわたと食材を準備し始める店主に満足しながら、もんじゃ焼きを食べる手を早める。不思議に思って横目でヤマトを見るロイドは数秒考え、……あ。




ヴォルフさん来るんだ。やっぱ保護者じゃん。




ヤマトが食事の手を早めたのも、見た目が完全に“アレ”なもんじゃ焼きをヴォルフへ見せない為――だと察する。忌避感がある者からすると、酒を飲む前に視界に入れることは避けたい見た目。


だからと言ってヤマトのその判断に付き合うかは別。これは、ヤマトが勝手にヴォルフへ配慮しているだけ。大切な“友人”として。


現に。ロイドへ促さないから、冒険者としてではなく“ヒトとしての自由”を尊重しているのだろう。


こういうとこが好きなんだよなーと、改めて。もぐもぐと食べ続けるロイドの視界では、態々店主の横に立って肉以外の具材を混ぜ始めるヤマト。


“黒髪黒目”が料理をしている現実に、ずっと凝視していた周囲の者達は目を擦ったり首を振ったり。なぜか顔を覆い俯いたり天を仰いだり。精神的に受け入れ難いらしい。


その姿にとっくに慣れているロイドが暫く見守っていると、隣に腰を下ろす慣れた気配。その気配にこっそりと安心し、ずっと周囲に張っていた警戒を少しだけ緩めた。


「何やってんだ。こいつ」


「オコノミヤキっての作ってる」


「……」


「ご飯用パンケーキ、つってた」


「分かんねえよ」


「俺も」


「恐らく名物が変わってしまうので、商売しない方が良い料理ですよ」


調理しながらのその言葉は、店主へ向けたものだったのだろう。名物=珍味なので、変わる事はないのだが。


そうでなくとも。ソースは手間の掛かる高級品。店主もこれで商売しようとは思わない。


「……美味ぇな。今度また作れ」


「野菜出汁より海鮮出汁の方が美味しいんですよ。コレも、もんじゃ焼きも」


「作れ」


「恐喝を受けている気がします」


「俺にももんじゃ作ってー」


「良いですよ。お楽しみに」


やはり、手料理を振る舞える事は嬉しいらしい。





閲覧ありがとうございます。

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モダン焼きが好きな作者です。どうも。


卵も割りたかったようですが、最初なので一応オーソドックスなお好み焼きにしたようです。

ヴィンセントの領じゃないので屋台での卵の扱いを自重しているとも言う。

お好み焼きソースは過去の転移者により再現されていますが、手間が掛かるので高級品で庶民はそうそう口にできません。

王都で調味料専門店を見付けた主人公、嬉しさのあまり破顔して爆買いしました。

その笑顔の眩しさにストーカー集団は目が潰れた。


西の辺境伯の跡取りとの関係性は迷っています。

一応書きたいシーンはありますが、魅力的なキャラにする予定は特に無いのでどうなることやら。

気分で決めます。


珍しい戯れをしたヴォルフ。

普段は“兄貴”としての戯れなのに、そして生粋の冒険者なのに“紳士”な戯れでノったので皆びっくり。

それでも“あの顔”の主人公への戯れなので全く違和感が無い。

そしてこれをヴォルフの女性ファンが見たら、厳つい外見とのギャップにより悶えるのでしょうね。

しかし“ヤマト”以外にはやらない。

“親友”同士の信頼があってこその戯れですから。


33話で「……ん?」と疑問を持ったかと思います。

指を斬り落とされたのは、こう云う理由でした。

ヴォルフの言葉通りアホなんです。

指輪を送ったグリフィスは、恐らく数秒の逡巡の後に察して盛大に呆れたかと。

夥しい数の命を奪って来た『呪いそのものの指輪』を屈伏し制御するなんて、果たして主人公は本当に人間なのか疑問に思います。

ちゃんと人間です。多分。……たぶん(目逸らし)


次回、取るに足らない盗賊からの襲撃。

限界間近なオタクの短絡的発想。

奴隷制度。


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[一言] 具はお好みですよ?
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