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41.尊重と誤解




※BL描写がありますがBLではありません。




「やあっ。ヤマトくん」


「おはようございます、領主様。とても爽やかな笑顔ですね」


「痛みの無い朝は初めてなんだ」


金髪碧眼の笑顔って正に『王子様スマイル』だよなー。……と変に感心するヤマトは、隣でフレデリコを睨むヴォルフへ注意はしない。


彼の“貴族嫌い”は今に始まった事ではないし、それはヴォルフと云う人間を構成する要素のひとつ。その思想はヤマトが変えさせることではない。


人の人生の責任を負う気は無いので変えるつもりが無い、と言った方が正しい。


そんな不躾な視線に気付いたフレデリコは、にこりっ。人好きする笑みをヴォルフへ向けてから、再びヤマトへ向き直った。


「この者をオークションへ送るのだけど、先にヤマトくんに紹介しておきたくてね」


「申し訳ないですが、人の顔を覚えるのは得意でなくて」


「構わないよ。僕のエゴだから。それと、」


言葉を切ったフレデリコは見送りにと出て来て居たオーナーへ視線を移し、反射的に姿勢を正すオーナーに目元を緩める。


『これから言う言葉をよく聞いておくように』――との、無言の圧。


小さく頷いたオーナーに満足し、また視線をヤマトへ。


「この旅館が気に入ったのなら、好きな時に泊まると良いよ。領主の僕がそれを許す」


「宜しいのですか?」


「これ以外のお礼を受け取ってくれるの?」


「領主様からの贈り物ならば、受け取らない訳にはいきませんから」


「意地悪だなあ、君は。仕返しに他にも贈ってあげよう」


「楽しみです」


「それじゃあ、ひとつ目」


言うが早いか足を動かしたフレデリコは両腕を開き、柔らかな抱擁。


ヴォルフもロイドも動かなかったのは、一切の敵意を感じないから。好感しかない表情と言動。


その抱擁を受け入れるように。それでもヴォルフの手前、片手だけを背中へ回し撫でるように柔らかく叩いてやる。――と、鼓膜を揺らす呟き。


「これ程に幸せな朝は二度と訪れません。貴方は私の恩人です。感謝致します、ヤマト様」


それは“貴族”としての言葉。この国の貴族故に表立って誓うことが出来ない、純粋な忠誠。




――“ヤマト(あなた)”へ傅きたい。




その意志が含まれた清廉な声色。


それを察し目元を緩めたヤマトは、フレデリコの胸を押し小首を傾げて見せた。


「記憶違いでなければ、領主様は私の“友人”の座を望んでいた筈ですが。その程度の想いだったのですね」


「、――あっはははは! 本当に愉快な人だね、君は」


「光栄です」


「うん。やはり男としては、より困難なことへ立ち向かうべきかな」


「存分に愉しんでください」


「ん、ふふふっ。それじゃあ遠慮なく」


すっ。と顔を近付けるフレデリコがヤマトの顎を掴んだと思えば、躊躇いなく唇を押し付け……


ちゃきっ――


確かに聞こえた金属音にあっさりと数歩下がった。両手を上げる事もせずに。


視界には、ぽかんと口を開けたヤマト。の横で、今にも剣を抜かんばかりの不穏なオーラを背負い鋭く睨み付けて来るヴォルフ。反対隣には、声も出せない悲鳴と共に大パニックなロイド。


愉快。愉快。


満足そうなフレデリコに、何やら思い至ったヤマトは口を開く。普段と変わらない冷静さで。


「なるほど。単純なんですね」


「だからその感想なんなのっ!?」


「いえ。領主様のこれ迄を考えると、こういった口説きは経験が無さそうなので。口説き方が分からないのなら今のも納得かな、と」


「すんな! つーか何やらかしたら男から惚れられんだよ!」


「領主様の個人的な事なので」


「彼等になら説明しても構わないよ」


「では街を出たら説明しておきますね」


「もっとギクシャクしてくんねーかなァ!?」


完全にズレたツッコミをするロイドは、最早自分が何を対象に声を上げているのか分からなくなっているのだろう。引き続き大パニックである。


面白い子だなと頬を緩めたヤマトは改めてフレデリコへ向き直り、


「また遊びに来ますね。フレデリコ様」


「皆が君に夢中になる理由が分かったよ。気を付けてね」


なにがだろう。不思議そうに首を傾げるヤマトは、それでも直ぐに目元を緩め歩き出す。


フレデリコが好意を示したから、役職名でなく名を呼んだ。――向けられる好意を拒絶しないように。同性へ抱いた“恋慕”を否定しないように――そう切り替えることが当然だと思っているので、彼に“期待”を抱かせた事に気付いていない。


普段なら無断のキスについては注意していただろう。だが、先程思い至った通りフレデリコは人を口説いた事が無い。


剥がれ落ちる皮膚は到底人に見せることは出来ず、領主で在りながら未だ独身。一応にも存在した婚約者からは、奇病を打ち明けたら逃げられた。




――『おぞましい』――




……そう、汚物を見るような目で罵倒されて。それから数年間、心を病み人間不信となった程に。


だからこそ――なのだろう。


「ぐちゃぐちゃの皮膚に興味津々な私に好感を持ち、治した事で“黒髪黒目”への憧れと強い恩が混ざり『恋情』と勘違いしたのでしょう」


「あー……正気に戻ったら恥ずかしくなるやつ」


「否定しとけよ」


「現状での否定は悪手かと。否定は寧ろ燃え上がらせ、『恋心』として確定させるだけです。二度と会わない訳でもありませんし」


「気に入った?」


「嫌悪はありません。次へ繋げようとする方法が殊勝なので、好ましいとは思いましたよ」


「次?」


「完全に治そうとしたら断られまして。『奇病を治せると知られたら厄介事が舞い込むよ』――と」


「……あ。さっき言ってた、ドラゴンの飛膜。『病気は完治してないけど、ドラゴン素材で作った人工皮膚だから症状が緩和された』って逃げ道」


「気を遣って頂いたようです」


「貴族なら当然っすよ」


「――で。どうやって治した」


「先天性なら皮膚を形成する遺伝子配列に異常があると分かっていたので、だったらその配列を正常に戻せば症状の進行は止まります。後遺症が心配でしたが、幸運なことにフレデリコ様は微量の魔力持ち。その魔力に干渉し“彼の魔力”で配列を変えたので、後遺症の心配は無いかと。――あ。配列の異常は“彼の魔力”が教えてくれたんですよ。正常を形成する『自然』からすると奇病は発生しない異常ですので、恐らく自浄作用が働いたのでしょう。『自然』は調和を司り求める性質を有していますからね。私がした事はその『調和』を後押しし、フレデリコ様が満足する程度にぐちゃぐちゃの皮膚を治しただけです」


「何言ってんの」


「だから。先天性なら、」


「いや理解出来ないって意味。遺伝……は知ってるけど、イデンシハイレツってなに」


「生物を構成する膨大な情報、です」


「ヤマトさんの知識なんなの。やっぱ魔族?」


「人間です」


「……どうせ、『イメージ』で補完したんだろ」


「流石ヴォルフさん。私のことを分かっていますね」


「褒められてる気がしねえ」


「なぜ」


純粋に首を傾げるヤマト。理解が出来ないと首を傾げるロイドと、他の冒険者達。自分から訊いたくせに理解しようとすらせず、呆れるだけのヴォルフ。


基本的にヤマトは難解な魔法知識を自分から話そうとはしない。『魔法はイメージ』――その独自解釈故に無意識下で難解な構築式を用いているので、説明したところで首を傾げられるだけ。


現に。城の魔法士達に至っては怖がっていた。この国で最も魔法の造詣に深いと自他共に認めて居るのだから、理解出来ない魔法は恐怖そのもの。


レオンハルトからは『無詠唱を見せてやってほしい』としか頼まれなかったので、説明しなかったことにより更に怖がられた。未だに解せない。


そんな説明をしないヤマトに『どうやって』とヴォルフが訊いた理由は、なんとなく話したそうだったから訊いてみた。それだけ。


端から理解する気は無く、愉しそうに説明していたのでヴォルフも満足している。


こいつが愉しいならそれで良い。と。


十数秒もせずに理解することを諦めたロイドは、ヤマトの顔を覗き込んだ。


「で。『次』って?」


「分かりません?」


「え。なに。ヒント貰ってた?」


「ふふっ。ヴォルフさん」


「……ハァ。顔見知りがドラゴン素材競り落として、こいつが直接出向かねえ奴だと?」


「あ……じゃあ、完全に治すの断ったのって……」


「殊勝ですよね」


「えっっっぐ!!」


「お貴族様ですし」


「貴族なら傷痕残さねえわ!!」


「正気に戻って頼まれたら治しますよ」


「ねえな」


「はい?」


「“黒髪黒目”からのご慈悲。治さねえよ」


「あー……かも。栄誉とか思い直しそう」


「怖い話ですね」


「この国のお貴族様だからな」


小馬鹿にしたように鼻で笑うヴォルフ。取り敢えず大袈裟に肩を竦めておいたヤマトは、――そういえば。


「獅子の獣人達。見送りに来なかったですね」


「昨日の飲みでヴォルフさんが全員潰してた」


「なるほど。――ちょっと待って下さい。私、誘われてません」


「貴族んとこ居たろ」


「先に誘ってくれてたら途中参加しましたよ」


「なんで飲み行かねえと思ってたんだよ」


「え」


「あ?」


「……あぁ。ヴォルフさん。私、冒険者じゃないので冒険者の常識は知りませんよ。お酒も毎日は飲みませんし」


「……悪かった」


「次からは誘って下さいね」


「覚えてたらな」




だから素直に『分かった』って言えば良いのに。なんでそこで意地張るんだろう、この人。


いや、失念してたことを恥ずかしがってるんだろうけど。偶に可愛いんだよね、ヴォルフさん。勿論和むって意味で。


言ったら怒るだろうなー。言わないでおこ。




可笑しそうに小さく笑うヤマトになんとなく察したヴォルフは眉を寄せるが、態々言う事でもないと言葉を飲み込んだ。


墓穴を掘るのは御免被る。











街と街の間にも幾つか村や集落は存在する。閉鎖的でない限りは迎え入れる事に抵抗感はなく、寧ろ宿の提供で村に金が入るので歓迎される場合が多い。


行き掛けに村に泊まらなかったのは、宿ではなく布陣を張れる夜営の方が護衛の連携が良い。そう、レオンハルトが判断したから。


貴族嫌いのヴォルフが王族や貴族と行動を共にしている。――その事実を、可能な限り隠す為でもあったのだろう。ヤマトの“友人”として、同じ“友人”へ敬意を表して。


しかし今回は王族も貴族もおらず、ヴォルフの事情を汲まずとも構わない。堂々と村に泊まれる。


日が落ちる時間に丁度村の近くに来たし、どうせなら泊まるかー。……との理由が大きいのだが。ノリと勢いである。


「人数は大丈夫でしょうか」


「ここ集会所あるから大丈夫っすよ。誰か居て定員オーバーなら追い出すし」


「追い出すのは、ちょっと」


「つーか出てくし?」


「それな。“黒髪黒目”に外で寝ろとか言う奴居ねっす」


「他国から来た冒険者の場合もありますよね」


「この国が“黒髪黒目”崇拝してんのは有名なんで。“黒”をぞんざいに扱ったら、活動出来なくなんの」


「そーそー。一昨年くらいにも“黒髪黒目”をバカにした冒険者パーティー、この国の全ギルドから出禁されてまじウケた」


「それは……国境のないギルドとしては問題があるのでは?」


「ぜーんぜん。逆に国の象徴笑われて黙ってる方が面子潰れるし。放置したら侮られっから、どこもそうっすよ」


「なるほど」


冒険者ではないからこその疑問の答えを知れて満足したヤマトは、勝手知ったる村のよう歩く彼等に付いて行く。何度か利用したのだろう。


硬直する村人達からの驚愕の視線。とっくに慣れた反応なので、特に気にするものでもない。


「おうさまだ!」


「おうさまっかんげーします!」


ぱたぱたと駆け寄って来た子供達にはちょっと驚いた。まだ王都に近い村だが、“村”だからこそ礼儀に疎いのだろう。


一気に顔を青くさせた大人達の心情などいさ知らず。無垢な笑顔で花を差し出す子供達。その辺りに咲いている野花。それでも綺麗なものを選んで摘んでくれたらしい。


周りで必死に笑いを堪えるヴォルフ達に、まあ……愉しそうだから良いか。――と、腰を屈め花を受け取った。


「お花、ありがとうございます。でも王様じゃないですよ」


「なんで?」


「え」


「“くろかみくろめ”はおうさまって、みんないってるよ」


「初代国王の事ですね。私は“彼”の血筋ではありませんよ」


「ち?」


「んー……。他国の生まれなので、王様に成らなくても良いんです。ガッカリさせちゃいましたね」


「おうさまごっこする?」


「なぜ」


子供の発想は面白いな。


純粋に感心するヤマトは視線だけで辺りを確認。少しだけほっとするも、納得できないと困惑する大人達。いつもの事である。


ふと――視界に捉えた村長らしき老人。話し掛けようか迷っているのか、どこか落ち着かない様子。


……うん。


「そうですね。丁度、今日の夕食に悩んでいまして。代わりに作って下さる方を探していたところなんです」


ぱっと顔色を明るくさせた大人達。それは言外に、『“黒髪黒目”として歓待を受け入れる』――と言っているようなもの。


しかし子供達は、なんのこっちゃ。と首を傾げているので、目元を緩めてから言葉を続けた。


「お肉と野菜はお渡しするので、豪華な夕食を作って下さると嬉しいです。王様役、楽しみです」


「おにく!」


「おはな、いっぱいかざるね!」


「お願いします。また後で」


「はーい!」


「またねっおうさま!」


「王様じゃないです、ってば」


ぶんぶんと手を振りながら駆けて行く子供達に緩く手を振り、腰を戻して村長らしき老人へ視線を向ける。


びくりっ。肩を鳴らし目を泳がせたが、意を決したように近付いて来た。村長で間違いないらしい。


「子供達がすみません。その、悪気は無く……」


「分かっているので安心して下さい。夕食がまだなのは事実ですから。食材は、どこに出せば?」


「寛大なお心感謝致します。どうぞ、こちらへ」


漸く安堵に肩を下ろす村長の案内で歩く出すヤマト。その後に続くヴォルフ達。


「子供。好きなんすか」


「子供は“未来”ですよね」


『好き』との明言を避けたのは、どちらでもないのか。それとも……子供を使っての何らかの交渉を危惧したのか。


どちらにせよ。無垢な憧れ故の無邪気だと、特に気にしていないことは間違いない。





閲覧ありがとうございます。

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主人公が規格外過ぎて逆に不安になってきた作者です。どうも。


規格外設定は大好物なんですけど、戦闘描写も少ないし展開がワンパターンばかりになりそうで読者さんには物足りないかも……と。

作者的には心理描写と会話を書くのが好きなので楽しんでます!

私が楽しければ良い。

(書きたいものしか書けない病)


先天性疾患や奇病を治癒出来るなんて、果たして“規格外”で済ませても良いのか。

それはもう普通に神の領域なのでは。

え、神族じゃん。こわっ。


この世界の人間ではないので『その存在』を構築する摂理が違い、更に元がまっさらな魔法知識なので『イメージで補完』の影響力が強力過ぎたのです。

まっさらとは言え自意識の更に深いところで『魔法はイメージ』とのオタク知識があった事も、恐らく大きく影響しているのかもしれません。


しかしフレデリコの言葉には甘えます。

直接の深い関わりが無い、若しくは自分に有益な存在以外はどうでも良い無関心ですからね。

例えばこの件を嗅ぎ付けられ治癒して欲しいと頼まれても「乞食ですか?」で一蹴するでしょう。

主人公としては、自分に有益な何かしらの代価を払うのなら治癒することは吝かではないかもですが。


……っと云うか。

この国で“黒髪黒目”に乞食行為をするなんて国民が不快に思い、村八分でもうこの国には居られなくなるんですけどね。


『悍ましい奇病』を治癒してもらったフレデリコ、主人公の推測通りの勘違いによる恋心です。

正気に戻ったら「あああぁぁ……っ」と羞恥に悶えた後、こちらもヴォルフ達の推測通り“栄誉”と思い直し上機嫌になります。

可愛いし“この国の貴族”らしいですね。

この件での謝罪はしませんが、一応“謝罪の体”で食事をご馳走するだけで終わるのでしょう。

無許可ですかキス出来たも栄誉だと思うでしょうし、そもそも貴族は簡単に頭を下げませんし。


信じてもらえないかもですが決してBL

話ではない。


因みに周囲で様子を窺っていた周囲の者達は、当然びっくらこいて硬直していました。

我に返ったら「あぁ、夢か」と各々自己完結して日常に戻っていきましたね。

彼等にとってはそれ程に有り得ない事態だったのでしょう。

憧憬の中にしか存在し得なかった筈の“黒髪黒目”へ無許可キスなんて、そら当然その結論になる。


納豆屋と串焼き屋には、これかもちょくちょく買いに行きます。

主人公にとっては納豆は生命線で必須ですし、やわらかディア串も気に入ったようです。

ディア串、納豆ペーストを使っているところが高ポイント。

この納豆屋と串焼き屋が今後本編に出るかは分かりません。

多分出ない。たぶん。


次回、もんじゃ再び。

冒険者の報酬分配。

珍しい戯れ。

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[一言] 治してないのね、激痛をなくしただけか
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