4.ゆる〜い冒険者には裏がある
悠々自適なスローライフを満喫している、ヤマト。
朝は宿で朝食を取り、昼は屋台巡り。夕方に宿に戻り夕食。街を散策して見付けた図書館で、本を読み漁る事が毎日の楽しみ。
この国の歴史書を読んだ感想は、どの世界も似たりよったりな歴史なんだな。程度。
今は、過去の偉人の伝記や手記を読む事がマイブームに落ち着いた。当然大賢者の本と比べたら内容の質は落ちるのだが、知識を増やす事は純粋に楽しい。
因みに。
宿にテイマーの素質を持つ者が居たので、森でスライムを捕獲して来た。テイムされたスライムは、生ゴミや清掃で初日から大活躍。
頭を下げての感謝をされ、その日の夕食が少し豪華になったので有り難く完食した。
先日の卵料理レストランで昼食を済ませ、今日も図書館に行くか。と大通りを歩いていると、
「ヤマトさーん!」
後ろから掛かる声。振り向くと、冒険者達。話した事も目を合わせた事も無いが、無視する理由も無い。
っというか、単純に仲良くなりたい。ダンジョンへ潜る事前準備として、冒険者が知るダンジョン知識を知りたい。
「こんちゃー。魔物討伐、行かないんすか?」
「こんにちは。気が向いたら行きますよ」
「もったいねー。ヤマトさんの討伐見たいんすけど、今から行きません?」
「依頼を押し付ける為に?」
「うはは! 純粋に気になるだけっすよ」
「んー。今日も図書館に行く予定なので」
「夜、酒奢るんで」
「“森”で良いですか?」
「即答!」
依頼を押し付ける。そのヤマトの言葉は、冗談だと分かったらしい。
他の冒険者なら瞬間的に喧嘩になっただろうが、揶揄ってます。と、態とらしく首を傾げていたので怒りも嫌悪感も無い。
酒にあっさりと釣られた事で笑い出した、冒険者5人。パーティーなのだろう。リーダーらしき人物が隣を歩き、あとの4人は後ろを付いて来る。
「依頼、終わらせた後ですよね。どんな依頼か訊いても良いですか?」
「あー。街道から少し逸れたとこのダンジョンで、蜂蜜採取」
「……あぁ。ハニービー。確か中型で、火魔法を使いましたよね」
「それっす。倒すのは簡単なんすけど、数多いんで大変なんすよ。倒す間に素材消えるし」
「素材は、確か……眼でしたか」
「何かの高い薬に使われるらしいっす」
「勿体無いですね」
「だから高いんすよ。俺等でも最後の5〜6匹分しか取れねえし。ヤマトさんの空間魔法、めちゃくちゃ羨ましいっす」
「とても便利ですよ。魔物、ダンジョンから出せば消えないんですね。スタンピードの時は処理が大変では?」
「あー。よく分かんねーけど、外で倒したら素材だけ残って消えるんすよね。ダンジョン七不思議」
「なるほど。そういえば、皆さんのランクは?」
「俺とこいつがB。あとはCで、パーティーランクがC」
「頑張ったんですね。偉いです」
「ぅ……す」
「頑張ってまーすっ。でもヤマトさんには敵わねっすよ。何歳っすか?」
「22です」
22なんだ。自分で言って内心驚くヤマトは、この身体の年齢を知らなかった。元の世界ではとっくにアラサーを越え、アラフォーに片足を突っ込んでいた。
この身体の軽やかさで若返っている事は察していたが、まさか一回りも若返っていたなんて。若いって素晴らしい。
「にじゅ……まじすか」
「妥当でしょう?」
「10代だと思ってたんで。肌綺麗だし」
「だとしたら、なぜ敬語なんですか?」
「や。なんか……恐れ多いっつか……反射的っつーか」
「ほんとに貴族じゃないんすか?」
「貴族じゃないですよ」
「なんで」
「え」
「え?」
「……なんで、と言われましても。身分証も無い流れ者としか」
「家名持ちの?」
「家名持ちの」
「ぜってー貴族」
「その顔で貴族じゃないって、いっそ詐欺っすよ。服も超高級品だし。剣もなんかヤバそう」
「“せんせい”から勝手に拝借しただけですよ」
「あ。その先生ってどんな人なんすか?」
「さあ」
「うん?」
「遺骨しか知らないので」
「……アンデッド?」
「いえ。静かに眠られている遺骨です。その方の本を切っ掛けに魔法を知り習得したので、私が勝手に“せんせい”と呼んでいます」
「あ、そゆこと。びびった」
「ふふっ。すみません」
また揶揄ったらしい。意外とノリが良い。
整った顔や先日の女性冒険者の件で話し難いのかと思えばそんな事はなく、普段は街の者達との会話を楽しんでいる。この数日で慣れた者もいるが、まだ萎縮する者の方が多い。なので、ヤマトが一方的に楽しんでいるだけ。
テンパる相手を見るのが愉快、と。
周囲を振り回す事を存分に愉しんでいる。
「慣れたら楽に話して下さいね」
「ヤマトさんも」
「私はこれが楽なので」
「あー、ぽい。言葉だけで人動かしてそう」
「光栄です」
それは貴族っぽいと言ってるのでは……。
とは言わず、軽く受け流す。悪気はなく純粋にそう思っての言葉だと分かったから、敢えて指摘する事はしない。貴族疑惑はいつ晴れるのだろうか。
人を動かしてそうと言った彼等は、この後……。自ら魔物を一撃で討伐するヤマトに、前言撤回する事になる。
序でに、テイムでなくスライムをペットとしていると聞き盛大に混乱した。意味が分からなかった。
ヤマトから頼まれ血抜きをする、プル。テイムされていないのに“血”のみを的確に食べる事実にも混乱し、テイムの常識を崩されたくないからと見ないフリをした。
貴族疑惑を払拭出来るかも。と誘いに乗ったが、それでも貴族疑惑は晴れる事はなく……寧ろ確信された、規格外の非常識認定。
楽しかったので良しとした。
やっぱりお酒は人と飲む方が美味しい。
沁み沁みと実感するヤマトは、約束通り昼間の冒険者達と酒場で酒を楽しんでいる真っ最中。高級な酒はやめて下さいと言われたので、彼等がヤマトをどう思って居るかは明白。
最初の乾杯からイッキ飲みを披露した者にさり気なく水を飲ませたり、ツマミが無くなる前に注文したり。空いた皿を重ねてテーブルの端へ置いたり、通りがかった店員へその皿を差し出したり。
膝の上でご機嫌なプルを撫でながら、柔らかく目元を緩めたり。
「まじそーゆーのやめてください。これ以上好きにさせないで」
「告白なら素面の時にお願いします」
「ヤマトさんならいっそ清々しい程に振ってくれっから、安心して告れ」
「んな趣味ねえよっ!」
「奇遇ですね。私にも有りません」
「やーい、振られたー」
「告ってねえけど!?」
酒の席。全力で巫山戯て全力で茶化す。男同士なので気を使う事も無く、ヤマトもノリとしては転移前からこちらの方が楽。
なので酒も進み、っともなれば話題は必然的に絞られる。
「ヤマトさーん。強い女が好きなんすよねー。溜まんねーんすかー?」
どうやら酒も手伝い、その顔に慣れたらしい。それでも貴族疑惑は健在なので、“なんちゃって敬語”は崩さない。
一口。酒を飲んだヤマトは考えるように斜め上へ視線を向け、アルコールによりいつもより緩んだ表情で苦笑。
「この顔なので」
「あー。その辺の女はヤバそ」
「娼館ならだいじょぶっすよ。王族や貴族も世話になってるっぽいし」
「高級なお店は、でしょうに。そこにお金は掛けませんよ」
「そうだった。ヤマトさん、貴族じゃなかった。なんで」
「早く信じて下さいね」
「むりっすね!」
「あ。貴族に連れてって貰えばいーんすよ」
「お知り合いになるところからですか。面倒です」
「貴族顔なのに」
「王族顔なのに」
「初代国王と同じ“黒髪黒目”なのに」
「え。まじ?」
「まじまじ」
「王族から目付けられてそー」
「最悪ですね。早めに他国に行きたいですが、生卵を食べられなくなるのは……とても心にキます」
「あー。あの店。ヤマトさんが行ってから、めちゃくちゃ繁盛したよなー」
「美味しいですもんね。卵かけご飯」
「貴族の真似したい庶民の心理っすけどね」
「うはははっ! めっちゃ貴族って思われてる!」
「傷付きます。あ。すみません、おかわり」
「全然傷付いてねえ!」
愉しそうでなにより。
満足そうに笑むヤマトは同じ酒を持って来る店員に礼を告げ、愉快だと笑う彼等にもっと愉しんで貰おうと口を開いた。
男同士の悪ノリとして。
「折角ですし、ナンパにでも行きます?」
全員真顔になった。他の客も店員も、一斉に目を向けて来た。
はて……。
こういう冗談はお気に召さないのかと首を傾げるが、違う。全力で違う。そうじゃない。
「いや、それは……やめた方が良い」
「絶対普段も誘われるようになるから、やめた方が良いです。ぜったい」
「他の野郎の種仕込んで結婚迫る女出て来るから、まじやめて下さい」
「ヤマトさんの醜聞になるからほんとやめて。耐えられない」
「その顔でナンパはまじでダメです。女達が狂って破滅する」
「言いたい放題ですね、君達。ちゃんと冗談ですよ」
「言って良い冗談と悪い冗談あんだろ!! あんた顔の良さ自覚してんだから線引きしろ!!」
全力で叱られた。正論なので素直に反省した。
確かにその顔でナンパしてしまえば、女性達は勘違いして舞い上がる。その後、確実に修羅場が起こる事は想像に容易い。
意外と不便なんだよねえ、この顔。
気に入ってるから別にいいけど。
そんな事を考えながら酒を飲むヤマトは、膝の上で小刻みに震えるプルに小さく肩を竦める。笑わないでほしい、と。
「すみません。楽しくて、気が緩みました」
「ほらもうまたそーゆー事言う! これ以上好きにさせんなっての!」
「男役は譲りませんよ」
「それこそ言っちゃいけねえやつ」
「気を付けます」
この人達は私をなんだと思ってるのか。
そう考えるが、確実に貴族だと思われている事を察し口を噤む。どうやら貴族の男性が男を囲う事は、余計なお家騒動を回避する為にありふれた事らしい。
魔物の討伐隊や戦争の野営でも、騎士の“嗜み”として許されている。戦いの場へ女性を連れて行く事は愚直であり、昂ぶった熱を冷ます為の手っ取り早い手段。
……っと。ヤマトから訊いてもいないのに、貴族と騎士の男色事情を小声で話して来る冒険者達。パートナーの女性達も、お家騒動よりはマシだと許容しているそうな。
ちょっと待って。私、男相手でも問題無いと思われてるの?
確かに元は女だけど、今は男だし貴族じゃないって何度も言ってるのに。いや元の世界でも同性愛に偏見は無かったし、寧ろ友人の応援をしてたから忌避感も無いけど。
それに毎日自分の身体を見てるから、セクシャリティを変える事に抵抗は無かった。だから“今”の私は、恋愛対象はちゃんと女性なんだけど。
“この顔”でそんな誤解向けられるの? うそだろまじか。
いや、まあ。男性を好きになったらその時はその時だけど。
話を聞きながら内心困惑しつつ、結果的には“その時はその時”。相変わらず計画性の無さが窺える。
早く貴族疑惑が払拭されてほしいが、まだまだ道のりは遠いらしい。
ぷるぷるっ。また膝の上で揺れるプルを撫で、話題を変える事に。
「そういえば。Sランクはどんな方々なんです?」
「Sぅ? あー。この大陸に今居るのは5組っすね。特に有名なのは2組。っつか、1組と1人」
「ソロでS? 凄い方なのですね」
「もー最強っすよ。ノリ良いし面倒見良いし、男として憧れる」
「憧れ……ですか。では先ず、重心の癖を直しましょうね」
「うぇ!? んなのあんすか俺!」
「僅かに右に傾いてますよ」
「直そ……。あざっす」
「応援しています。もう1組は?」
「女の5人パーティー。こっちも野郎共の憧れっすよ。美女ばっかなんで」
「女性5人でSランクですか。とても努力したのですね」
「個人ランクは全員Aっすけどね。パーティーの連携があってこその、S」
「パーティーランクは、メンバーの平均なのでは?」
「個人でSなんて世界中でも十数人っすよ。Sランクパーティーだけ、連携重視で平均じゃなくなるんす」
「なるほど」
「ヤマトさん、強い女がタイプなんすよね。野郎達から妬まれそう」
「なぜか私が悪者になりましたね。強いだけでは判断しませんよ」
「性格? 正義感の塊って感じっすね」
「お会いした事が?」
「いや、遠目に。なんか、女の新人冒険者に絡んでる奴叩き潰してました」
「ヤマトさん目付けられそ」
「私が?」
「ほら。こん前の、3人組。人の噂には尾鰭付きますし」
「だとしても、そこ迄愚かではないでしょう」
あ。フラグだな、今の。
自分で言って自分で後悔したヤマトは、身体を伝い登って来るプルの好きにさせる。特等席、とばかりに頭に落ち着いたから適当に撫でておいた。
「おろか?」
「正義は人によりますから」
それだけで深い説明はせずに酒を飲むのは、その者達が何もして来ないのなら説明する必要はない。そう思っての、沈黙。
よく分からんと不思議そうな冒険者達は、それでも目の前の酒とツマミに手を伸ばす。折角の酒、飲まなければ酒にも店にも失礼。冒険者らしく、豪快に。
楽しそうに。幸せそうに。騒ぐ彼等に目元を緩めたヤマトは、頭の上でぷるぷると揺れるプルへ枝豆の皮や残された野菜を食べさせ始めた。
トラブル回避に店員から許可は貰ったので、問題は起こらなかった。
閲覧ありがとうございます。
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このゆるーい冒険者がお気に入りな作者です。どうも。
主人公は冒険者達と絡めて上機嫌ですが、貴族疑惑は健在です。
本人は存分に楽しんでるので問題は無いかと。
“森”での事も書こうと思いましたが、お酒の席も書きたかったので割愛。
いつかちゃんと戦闘してる主人公を書けたら良いな、程度。
貴族の男色事情ですが、読んでの通りBLではないです。
実際には衆道もあったのでしょうが言い触らす事でもないので当人達のみぞ知る。ですね。
何度も言いますがBL話ではない。
次回、初めての依頼。
主人公の無自覚貴族らしさが書けると良いな。
普通にしてるのに傲慢な主人公を書きたいです。