表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/97

39.祭壇目的で宿泊客急増

「あ〜……極楽、極楽」


「おっさん」


「礼儀かな、と」


「なんのだよ」


「温泉への」


意味分からん。


呆れるヴォルフの視界には、ぷかぷかと温泉に浮かぶプル。人が動く度にゆらゆらと漂っているのは、小さな波で遊んでいるのだろう。


プルの更に向こう側でぷるぷると怯える、複数の人影。猫の獣人と獅子の獣人。


……複雑な感情を思い起こされ、思わず眉が寄る。八つ当たりに近い。


「なにかされました?」


「いや」


「『孤高の獅子』を思い出したんすよ」


「……」


「格好良いのに」


「お前センスやべえな」


「え」


「んははっ。でも俺、ヤマトさんのコート好きっすよ。なんの生き物か分かんねーけど。サーペント?」


「龍です」


「りゅー?」


「リュウ。ドラゴンの……仲間?」


「訊かんで」


「説明が難しくて。祖国での認識だと、龍はドラゴンよりも神に近いイメージですね。コートは“せんせい”から勝手に貰いました」


「あー。じゃあ、別の大陸か島の……信仰の対象かもっすね。リュウ。――あれ? 確かヤマトさんの家名……」


「リュウガ、ですね」


「神族じゃん」


「まさかの神疑惑。人間ですよ」


「コックローチ無理ってので人間て認識しました」


「それ迄、私を何だと思ってたんですか」


「新種の人型魔物」


「討伐されなくて良かったです」


「あははっ!」


“黒髪黒目”への不敬の連続……と恐怖を覚える、獣人達。


『初代国王により獣人達の立場が良くなった』――その史実があるので、只人よりも獣人の方が“黒髪黒目”への懸想は強い。


それこそ『狂信者』が生まれる程に。


「――もしかして。処刑の時に居ました?」


不意に。怯えられている理由を察したヤマトは、その“黒”を向けての問い掛け。不意打ちに飛び上がる獣人達。


流石、猫科。……と素直に感心したが、恐らく関係は無い。普通に怯えているだけ。


しかし“黒髪黒目”からの問い掛け。であれば答えなければならない。その使命感により、獅子の獣人が恐る恐る口を開いた。


「み、てました。俺達は狂信者じゃねーです冒険者です“黒髪黒目”を見たからここ泊まってみたかっただけですごめんなさい殺さないで……!」


心底怯えられている。普通に傷付いた。


しょんぼりと落ち込むヤマトから顔を背け、必死に笑いを堪えるヴォルフとロイド。ヤマト達より後に来て頭や身体を洗っている、ふたりのパーティーメンバーも同様に。


ぷかぷかと寄って来たプルが頭を撫でてくれたので、一応気を持ち直す。いつも思うが、この伸びたものは“手”なのだろうか。スライムボディーは不思議がいっぱい。


……などと数秒程の現実逃避をしてから、落ちて来た髪を掻き上げ口を開いた。


「疑っていませんし、殺しませんよ。獣人の全てがあのような痴れ者とは思っていません。安心して下さい」


「まじすか! 握手良いですかサイン欲しいですっ“森”の事とかドラゴン討伐の話も、」


「弁えて」


「うっす。すんません」


猫科なのに犬っぽいな。


姿勢を正す獅子の獣人に釣られ、こちらも姿勢を正す猫の獣人達。しかしヤマトの言葉を信じたらしく、彼等の表情から怯えの色は薄れた。


それでも近付いては来ず、物理的な距離は変わらず保っている。『弁えて』の言葉が効いたらしい。


「ヴォルフさん」


「あぁ」


「良かった」


王都に潜伏していた狂信者の存在により、王都では獣人との交流は叶わなかった。処刑の後も、交流しようと思ったが思いっきり怯えられたので諦めるしかなかった。


冒険者よりも自由にとは言っても、恐怖に震える相手には流石に気を遣う。処刑される程の罪を犯した“獣人”と同じ人種――狂信者ではない獣人達は、




“黒髪黒目”を不快にさせた存在と同じ人種で在る自分達が、その“黒”に映る事を赦されるのだろうか。




そう思っての怯えと恐怖。被害妄想ではあるが、只人以上に“黒髪黒目”に憧憬を抱く獣人としては正しい自己防衛。


そんな獣人達の心を慮り王都での交流は控えていたが、漸く“許可”を得た。


彼等は『狂信者の残党』ではない。“黒髪黒目”に憧れてるだけだから交流しても良い。と。


ヴォルフの判断なので信頼できる。


「冒険者ですか。貴方がリーダーで、猫の獣人達を率いているようですね」


「うす。種が近いもんを上が率いるのが、獣人の性質みてーなもんなんで」


「仲間意識が強い、と。素晴らしい」


「あ……ざっす! でも稀に単独行動好む奴もいるっすよ」


「ふっ……『孤高の獅子』」


ばしゃあっ――!


笑いを堪えるロイドの、呼吸と変わらない大きさの呟き。しかししっかりと聴覚で捉えたヴォルフは水面を思いっきり薙ぎ払い、ロイドへ大量の湯をぶっ掛けた。


当然……と云うべきか。このふたりは常にヤマトを挟むことが定位置となっているので、ヤマトにもばっちり湯は掛かっている。


脊髄反射で顔を真っ青にする獣人達は、視界の奥の方で全身で笑いを堪える冒険者達を確認。いっそ気絶してしまいたい思いに身体を引き、いつでも逃げ出せるように体勢を整え……たのだが。


「ごほっ、ぅ……えほっ! ちょ、っと! ヤマトさん居んだから加減しろよ!」


「手前ぇが悪い」


「げほっ……鼻、入った……鼻水出――あ。プルちゃん処理してくれたん。ごめんね。ありがと。ヤマトさん、だいじょぶ?」


「鼻水出ました」


「超似合わねー!」


「お湯と混ざる前に処理してくれた、プルに感謝です」


「お前……なんで障壁張んねえんだよ」


「温泉って気が抜けちゃいますよね。ヴォルフさんも居ますし」


「いやそのヴォルフさんから攻撃されたんだけど。今のは怒って良いんすよ」


「友人同士の戯れですから」


「気にしてねえならいいけどさー」


両手で髪を掻き上げたヤマトは本当に気にしていないらしく、身体を強張らせる獣人達に首を傾げる。数秒程思案し、……あぁ。


納得。しかしその点には言及せずに、中断された会話へ戻った。


「単独行動を好む者は、種としてですか? 個人の性格?」


「ぇ……あ、えっと……個人っすね。種なら熊の獣人が単独好きっすけど、冒険者やってたら色んな種率いんのが定石っす」


「へえ……庇護?」


「じゃねーっすよ。弱者率いて冒険者やれねーですし、弱い獣人はそもそも冒険者やらねっす。個々の能力活かした仕事する方が稼げるんで」


「正論ですね。そういえば。以前、猫の獣人から襲撃されまして」


「え――それは……」


「プルが“処理”しました。彼がそちらの方々の血縁なら、謝罪はしますよ」


「え。や、暗殺する方が悪いんで。弱ぇから死んだだけだし。つーか“黒髪黒目”に手ぇ出した時点で、血縁だとしても獣人達は見放しますよ。な?」


「え。ぁ、うす。この国の獣人なら、尚更そうだと思います」


「、あれ。この国の生まれでは?」


「獣人の国っす。つっても、もう何年もこの国居ますけど」


「そうなんですね。獣人の国、行ってみたいです」


「案内しましょーか?」


「タイミングが合えばお願いします。先に、エルフの国に行く予定なので」


「えっ……」


嘘だろこの人。


そんな顔をする獣人達に首を傾げてみせれば、慌てたように目を泳がせる獅子の獣人。


数秒してから怖ず怖ずと再び目を合わせ、言い難そうに口を開いた。


「先月……只人の国が戦争仕掛けて。戦況はエルフが優勢で、只人の入国めちゃくちゃ厳しいっすよ。今」


「大変ですね。――待って下さい。厳しいって事は、身分証無いと入国できない……とか?」


「多額の入国税払えば大丈夫っぽいっす」


「なら問題ありませんね」


入国税の代わりにスパイダー系の糸を大量に渡した方が、好印象を得られるかも。……と予想するヤマトは、ざぱりっと立ち上がったヴォルフを見上げる。


無言の儘。視線も交差せず。


温泉から上がり室内へ入って行った気配に、僅かに眉が下がった。拗ねないでほしい。


え? え?


ヴォルフの唐突な行動に狼狽える獣人達へ目元を緩め、


「逆上せる前に出ただけですよ」


落ち着かせる為の言葉。真実ではないが、嘘でもない。逆上せる前に出たのは、事実。


ほっと安堵の息を吐いた彼等も、当然ながらヴォルフの事は知っている。


貴族嫌い故に自らランクを下げた、元Sランクパーティー。個人ランクは実質Sと噂される、


『孤高の獅子』


普通に……どころか、めちゃくちゃ好き。只人では在るが、猫科の獣人の憧れ。獅子の獣人の彼ならその憧れは殊更に。


「ヴォルフさんにも握手を求めた方が良いのでは?」


「、な……んか、怒ってたから。俺等、なんかしました?」


「気にしなくて良いですよ。憧れていると正直に伝えてみて下さい。きっと、困った顔で受け入れてくれます」


「や、困らせんのは」


「大丈夫です。今だけですから」


「?……は、あ」


よくわからない。首を傾げる獣人達にもう一度目元を緩め、ヤマトも立ち上がり脱衣所の方へ。


「隠せ、って!」


毎度の如く。ロイドから下半身にタオルを巻かれながら。一歩間違えれば従者である。


脱衣所には浴衣を纏うヴォルフ。隣に立ちタオルで頭を拭きながら、


「娼館。行きます?」


「……」


「ゆっくり休んで良いですよ」


「……、アホ。食い散らかされんぞ」


「夜を生きる女性は強かですもんね」


「ヤマトさんが食い散らかす方っしょ」


「失礼な。好奇心旺盛と言って下さい」


「一緒じゃん」


けらけらと笑いながら適当に頭と身体を拭くロイドは、下着と浴衣を着て先に出て行く。帯を締めながら、「ロビーで待ってまーす」と言い残して。


ぽむぽむと上機嫌に跳ねながら脱衣所を通って行ったプルは、ヤマトの部屋に向かったのだろう。用意されている茶菓子は全部食べられるんだろうと確信するヤマトは、小さく笑ってから身体を拭き始めた。


「誘って欲しかったですか?」


「、……」


「君の自由は奪えません」


「……王族の旅程変えた奴の言葉かよ」


「“わかって”いますよね」


「あ?」


帯を締めたヴォルフが視線を向けると、湿った髪の間から見上げて来る“黒”。真っ直ぐと、見透かすように。


囚えるように。




どくりっ――




心臓の鼓動に干渉する、“なにか”。これ迄に経験したことのない……禍々しさに似た感覚。


ふつりふつりと腹の底から湧き上がる衝動に、


「私が――」


咄嗟に。その形の良い唇を手で覆っていた。




それ以上は言ってくれるな。




――そう、まるで神へ懇願するように。苦しそうに顔を歪めて。


その儘……数秒。の、後。


とんっ。口元を覆う荒々しい手を、指先で軽く叩いたヤマト。『言わない』ことを確信し手を下ろすヴォルフは、さっさと足を動かす。


「勇気要るのに。いじわる」


「お前がな」


拗ねたように言ってみたら、鼻で笑って返された。酷い男である。


……あーあっ。




勇気を出して、ヴォルフさんを特別な存在――『親友』と認識してるって伝えたかったのに。だから、冒険者で在るヴォルフさんの自由を奪いたくないって。


私がそう認識してる事、ヴォルフさんも気付いてるんだし止めなくても良いじゃん。ひどい。ばか。あほ。


それ程に“怖い”んだろうけどさ。


いつ死ぬか分からない冒険者。希薄な人間関係の中で、私達の関係性は異常なのは分かってる。


最強のスライムから守られてるドラゴン・スレイヤーなら簡単に死なないから、“友人”を受け入れた。それも、分かってる。


私が貴族と交流があっても離れて行かず、世話を焼いてくれて。怒ってくれて。だからこそ――


明確な『親友』に成ってしまえば。自分が……ヴォルフさんが死んだ時、ヤマト(わたし)が泣く。


――だから、こそ。『親友』と確定させたくない。“私”を傷付けない為に。……って、さあ。


だから。それ。過保護が過ぎて束縛だってば。私は自由に生きたいのーって、ことで。


いつか絶対に確定させてやる。そんで『親友』として大号泣してやる。


決めた。今決めた。変更は受け付けない。不受理届。


あー、たのしみ!




拗ねた顔を一転させての上機嫌。


ヴォルフが止めたからこそ。尚更にやる気を出す辺り、心底から性格が悪い。今に始まった事ではないが。


しかしそれも、ヤマトのヴォルフへ向ける友愛が重すぎる故の副産物。つまりは、必然。


ヤマトから唯一強く望まれた“友人”。その特別を受け入れた時点で、更にその先の関係性へ昇華することは決まっていた。


あとは、これからどうやってヴォルフの自意識に『親友』を植え付け確定させるかを愉しむだけ。


――『“黒髪黒目”相手に畏れ多いと辞退した』――その可能性を欠片も考えないのだから、ヤマトもヴォルフの性質を理解している。理解した上で引けない戦いがここにある。


「あ。見てーヤマトさーんっ祭壇! 納豆供えられてんのウケる!」


「こんな筈では」


「いや他にどんな筈で渡したん? ヴォルフさんも言ってたじゃん。祭壇、写真撮りてー」


「いつから聖地巡礼に」


「神族だしィ?」


「勝手に祀らないで下さい。人間です。ほら、行きますよ」


「はあーいっ」


ロビーに組まれた、盗難防止魔法が施された祭壇。この短時間でここまで大きなものを組み、魔法士を呼び寄せ盗難防止魔法を施して貰う行動力。


素晴らしい。


祭壇を組まれたというのに複雑な思いは抱かず。寧ろ変に感心しながら、夜の温泉街へと繰り出した。


「あ。納豆」


「今から女抱くのに納豆て」


「ダメですか?」


「ダメ」


「……どうしても?」


「んな可愛い顔してもダメなもんはダメ。ヤマトさんのイメージ落ちんの、耐えられねえ」


「なら仕方ないですね」


「どーも」


清廉で在ってくれ。――そのロイドの我が儘を叶えるヤマトは、それでも納豆に後ろ髪を引かれながらも通り過ぎる。


心地好い夜風が頬を撫で、湿っている為に緩く靡く髪の感覚。


「そろそろ、切りましょうかね。髪」


「え」


「え?」


「……切るならプルちゃんに処理してもらって。髪、絶対盗まれるから」


「まさか。そんなこと」


「……」


「……」


「ちょっと背筋が寒くなりました」


無言でじっと見て来るふたりに、本気の忠告なんだ。と、理解。


実際に盗む者が出て来るのだろう。


中々にホラーである。





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。


髪の毛すら求められる主人公が不憫でならない作者です。どうも。


これまでの宿で自然に抜けていた分はプルが掃除していたかと。

プルとしては盗まれる云々関係なく、『高ランクは美味しい』し『上質な魔力が宿っている』ので。

知らない内に“おやつ”にされていますね。

もしかしたらプルは、主人公の寿命が尽きた時にその亡骸を取り込む気でいるのかも。

それは『味』や『魔力』は関係なく“唯一”の相棒として。

死んでも一緒に居たいとの思いによる、“取り込む”事が可能な『スライムと云う魔物』としての特性に則って。

これは、主人公は知らない方が良いのかもしれませんね。

知ったところで面白いと笑うだけでしょうが。


ペットがペットなら飼い主も飼い主です。

ヴォルフへ向ける重い友愛の言語化による明確化は、ヴォルフ本人により叶いませんでした。

ヴォルフが止めた理由は主人公が考えていた通りです。

無意識下で“唯一”と認識し大切にしている相手を、高が自分の死で泣かせたくない。――との我が儘。

その我が儘は叶えて貰うことは無理そうですね。

“ヤマト”の方が圧倒的に我が儘なので。


この獅子の獣人パーティーはまたいつか出したいなと思ってはいます。

名前……また考えないと……意味とキャラを合わせたくなるので、また調べることて時間食っちゃう……でも楽しみ。

因みにこの獅子の獣人パーティーはちゃんと『獣』の外見で“毛皮”があります。

一見只人の一部がケモノ萌な個体も存在しますが、この彼等の見た目は『獣』です。

温泉や排水口の掃除が大変で魔道具を使うので、獣人は“毛皮”の面積で割増料金を取られます。

割増料金は明記されていて、獣人達はそれを理解しての利用です。

初代国王が愛した旅館の名誉を守る為、しっかりと明朗会計。

素晴らしい精神ですね。


エルフ国での“やらかし”は既に頭の中にあるので、早くエルフ国編を書きたいです。

その前のオークションを詳しく書くか、サラッと書くか悩み中。

気分で決めます。

どうせこいつ等、好き勝手動きますし。

(キャラ独り歩き系作者)


次回、滞在2日目。

商人にも色々いる。

相当の訳あり領主。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ