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38.オタクは『二つ名』が好き

順調な旅程。夕食を作るヤマトは、明日の昼には温泉に入れると上機嫌。


今日はロイドのリクエストで生姜焼き。いつ下拵えをしているのか不明の肉を焼き、サラダを作るだけ。


冒険者は携帯食で済ませることが普通。ヴォルフ達も例に漏れず携帯食で済ませようとしていたが、ヤマトが作ると言ったので好きにさせている。


つまりこれは、食事に比重を置いているヤマトの我が儘。なので手伝いは断り、皆にはのんびり過ごして貰っている。


“黒髪黒目”だけに料理をさせている現状。のんびりなんて出来ない彼等の心情には気付いていない。己の欲を優先する、自分勝手な男である。


上機嫌で野菜を切るヤマトを見ながら、焚き火を囲む冒険者達。ヤマトが正面に見えるように陣取ったロイドは膝に頬杖を突き、隣に座るヴォルフへ視線を向ける事無く口を開いた。


「ヴォルフさん、さァ。ヤマトさん限定でめちゃくちゃ態度違うっすよね」


「は?」


「最初は……なんつーか。気の良いおっちゃんだったのに、今はあんま笑わねえし。ヤマトさんの名前も呼ばないじゃん。俺達には今迄通りなのに」


「……は?」


「まさかの無自覚」


軽く引いた顔をするロイドは、それでも視線だけはヤマトに集中。人に手料理を振る舞うことが好きなんだな、との雑な感想。


野菜たっぷりの料理なんて、ヤマトが作るものでないなら残していた。食欲を唆るレモンドレッシングが美味しい。


レモンを素手で絞るのだけはイメージにそぐわないので、心底やめてほしいが。


「ちげーのよ、ロイドくん」


「誰。何キャラ」


「お前も俺達に遠慮無くなったよなー。別に良いけど。――ヴォルフ、そっちが素」


「ヤマトさんに対してのが?」


「そー。ランク上がる毎に高ランク“らしく”してた訳。頼れる兄貴、って。故郷では世話焼きだったからそれが出来たんだと」


「今は元々の世話焼きと、故郷潰されて得た冷静な見極めが混ざってんの。パーティー組んだ時は俺等にも笑わなかったんよ、こいつ。口数少なかったし」


「まじすか。思春期とかじゃなく?」


「なく。まじで、素。なんだっけ……あ。“孤高の獅子”」


「ぶふぉっ!」


「おい……嫌なもん思い出させんな」


「まじ? まじで呼ばれてたの? 孤高の獅子、まじ?」


「通称みたいなもんでさー。あの頃こいつ、警戒心凄かったからドンピシャ。直接言って来た奴等ボコってたよな、確か」


「……うぜえ」


「『獅子』を分かるんですね」


いつの間にか。両手に皿を持つヤマトはそれをヴォルフに渡そうとしたが、流石に配膳までさせる訳にはいかないと各々腰を上げ料理を取りに行く。


因みにおかわりは自由。美味しいので、毎食食べ過ぎてしまう。


改めて皆腰を下ろし、ヤマトへ礼を伝えてから食べ始めた。


「あ〜ショーガヤキんっま! やっぱヤマトさん天才っ嫁に欲しい!」


「ありがとうございます。褒めても男役は譲りませんよ」


「だから冗談でも言わないで。洒落にならない」


「あれ? ロイドさんが誘ったのに」


理不尽な抗議に苦笑もなく、生姜焼きを一口。今回も美味しくできて満足。


生姜は薬に用いられることが常識なので、料理に使うと聞き彼等は少し引いた。が、美味しいので爆速で掌を返した。男子が好きな味だから仕方ない。


「――あ。“獅子”っすよね。初代国王がネメオス系を『獅子』っつって。それが一気に広まったって訳」


「影響力が強いですね。『ネメオス』は、確か……あ。ライオンに似た魔獣」


「らいおん?」


「肉食獣です。因みに『レオ』は、ライオンを指す単語ですよ。『レオン』とも。ライオンは通称、百獣の王。“獣の王”です」


「王」


「レオには頑張ってほしいですね」


「ヤマトさんは何の王?」


「王になる予定は無いですよ」


「ふつーに黒の王とか」


「黒っつったら夜思い出すし、夜の王?」


「やめて。なんか如何わしい」


「間違っちゃねえだろ」


「ヴォルフさんが言う程とか。解釈違い」


「あの。私、あの娼館以来遊んでないんですけど」


「あれが強烈過ぎんだよ」


「無邪気な探究心が?」


「タチ悪ぃ」


「あん時だけって溜まんねーんすか? 言ってくれたら、王都の安全なトコ紹介したのに」


「定期的に自分で処理してますよ」


「、……なんだろ。なんか、めちゃくちゃ居た堪れない」


「なぜ」


食事中に話す内容ではない。……っと云う理由ではない。


粗暴で自由な冒険者。食事中の下世話な話は、彼等にとってはありふれたもの。飲みの席なら尚更。


単純に“黒髪黒目”が自己処理をしている事が信じられない。その事実を理解することを、脳が拒否してしまう。


あと、その“顔”で自分を自分で慰める状況が受け入れ難い。


節度があるのは良い事だし、美形を自覚しての自重なのは分かる。現にロイドもナンパは自重しろと言った。


しかし。それとこれとは話は別。なんか、ちがう。むり。


「あー……行く? 温泉街の娼館。滞在2日だし、出禁になるまでの事は無いっしょ」


「どちらでも構いませんよ。皆さんが行くなら付き合います」


「行く奴ー」


「俺パス。金欠だし引っ掛ける」


「高級なとこだろ。金ねえよ」


「落ち着かねえから無理」


「ラフな女が楽」


「じゃあヤマトさんと俺と、ヴォルフさんか」


「おい」


「ん?」


「何で俺もなんだよ」


「だって俺じゃヤマトさんのバック持てねえし。ヴォルフさん居れば、アホな事考える奴出て来ないじゃん」


「有名人ですからね。ヴォルフさん」


「孤高の獅子だしィ?」


「……」


「すんません」


本気の殺気を向けられたので素直に謝るロイドは、全身に立った鳥肌と一瞬で背筋が凍った感覚を一生覚えておこうと心に決める。めちゃくちゃ怖かった。死んだかと思った。


ヴォルフを揶揄うには命懸けだと、理解。


「良いと思いますよ。孤高の獅子」


理解したそばからヤマトが蒸し返したので、反射的に会話から離脱したロイドは生姜焼きに集中。巻き込まれるのは御免だ、と。


嫌そうに、不快そうに。思いっきり眉を寄せるヴォルフに、不思議そうに小首を傾げるヤマト。それは揶揄いの表情でないことは解るのだが、嫌なものは嫌。


それでも。ヤマトへ殺気を向ける事はしないのだから、“無意識”とは厄介なものである。


「ぶん殴るぞ」


殴りたいとは思ったようだが。それ程にその通称が気に入らないらしい。


しかしヤマトはきょとんとした顔でサラダを一口。シャキシャキと新鮮な野菜。時間停止のアイテムボックスに、感謝。


それを飲み込んでから、……あ。気付いたと言わんばかりに口を開いた。少しだけ可笑しそうな声色で。


「嫌なんですね」


「ダセェ」


「良いじゃないですか。ネメオス系は強いですし、それに。その時期があったからこそ、今の仲間と出逢えたんですから」


「痒い」


「まだ弱いようですね。んー……」


過去の通称だとしても。本人が嫌がっているのに、なぜそうも享受させようとしているのか。人の嫌がる事を享受させるだなんて、なんとなく“らしく”ない。


不思議に思いながらも食べ進める周りは、次は肉を食べてから口を開いたヤマトに集中。何を言うのか、とても気になる。娯楽として。


一瞬。ほんの僅かな時間だけ視線を逸らしたヤマトは、それでも直ぐに視線をヴォルフへ。


「ちょっと……恥ずかしいですけど。その時期があって今の仲間と出逢って、あの街を拠点のひとつに決めて。だからこそ、私はヴォルフさんに逢えました」


「、……」


「“ヤマト(わたし)”に出逢えて幸運でしょう?」


最後の言葉だけ揶揄うように、巫山戯るように小首を傾げて見せる。言葉の通り感じた恥ずかしさを誤魔化す為か。


だが、ヴォルフの“無意識”からするとそれは確かに幸運。


規格外で常識外れの存在。幾ら高ランクのイメージを保つ為に“らしく”していたと言っても、初対面の日の内に一般人――流れ者へ気を回す事は今迄に無かった。自由を愛する冒険者だからこそ有り得なかった。


特にヤマトは“貴族っぽい黒髪黒目”なので、警戒心はいつもよりも強かった。それでも高ランク冒険者として、後輩冒険者達の身の安全の為に見極める事を選択。粗暴な冒険者による貴族相手の不敬は、冒険者ギルドの信用にも関わるので仕方ないと。


『貴族じゃない』と確信した後は、付かず離れずの希薄な関係に落ち着けようとしていた。それこそ、今迄通りに。


なのに実際はキアラからの敵意から庇ったり、貴族のヴィンセントと知り合いと知った後にもヤマトへ嫌悪は抱かなかったり。果ては、誘導されたからだとしても……不快感もなく“友人”を受け入れたり。


確かに、




俺は幸運だ。


こいつから唯一、強く望まれて。隣に在る事を“許され”て。


こんなにも素で傲慢な面白いアホに出逢えて。




数秒――程の沈黙の中で様々な記憶と思考を巡らせての、その結論。


真っ直ぐと見て来る“黒”に、僅かに上がった口角。それは無意識ではなく、意識してのもの。


この国の全てから信仰さながらの憧れを抱かれる“黒髪黒目”。そんな存在から唯一向けられる、独占欲に似た重い友愛。自分はヤマトにとって特別な存在だとの、確信。


不可避の優越感。


「だから。お前は何を目指してんだ」


「何が良いです?」


「貴族以外なら好きにしろ」


「王にも成りませんってば。捨てられたくないですし」


「俺が嫌いなのは“貴族”だけだ」


「んー。ロイドさん達が居なかったら、ノっても良かったんですけど」


「残念だったな」


ヴィンセントに報告され担がれるから、ロイド達の前では冗談でもノれない。


当然のようにそれを汲み取るヴォルフはロイドへ視線を移し、僅かに頤を上げての勝ち誇った笑み。『貴族サマより冒険者の“俺”を優先している』――との自慢。




うっっっわぁ……騎士の執着、引くわー……




っとは流石に口に出来ないロイドは、返事の代わりにひらひらと片手を軽く振ってから生姜焼きを完食。直ぐに腰を上げおかわりを取りに行くのは、一時撤退の為か。単純に生姜焼きが好物となったからかもしれないが。


くすくすと可笑しそうに笑うヤマトは、するすると足から登って来るプルの好きにさせる。頭の上。いつもの定位置。


基本的に街の外では放任主義なので、ここ数日の夜にプルが何をしているのかは不明。周辺の毒虫の駆除か、単純に散歩か。


なんにせよ。プルが楽しんでいるのならそれで良い。


「でー? なんで、受け入れさせたん?」


我関せずに黙々と腹を満たしていた、ヴォルフのパーティーメンバーからの疑問。ヴォルフが“受け入れた”ことを察したらしく、少しだけニヤついている。


眉を寄せるヴォルフは文句を言わないから、確かに受け入れたのだろう。あれ程嫌がっていたのに。


只、ヤマトに逢う為の布石だった。ならば嫌な気もしない。と。


それは結果論にしかならないのに。これ迄の人生で確立させた思想や人間性を凌駕しての、忠誠と変わらない盲信。


“唯一”を得た騎士として。




……ヴォルフは、そこまで考えてないようだけど。


ウケるから良いや。




リーダーに対してはドライな考えだろうが、冒険者は他者に対しての情は希薄。確かに仲間への情はあるが、それもヴォルフがヤマトへ向ける“情”には及ばない。


その、冒険者としては異常な情。それを向けられているヤマトにはヴォルフを揶揄う様子はない。


ならば何を目的に、いっそ黒歴史ですらある『孤高の獅子』を享受させたのか。


「格好良いじゃないですか。二つ名」


「は……それだけ?」


「他に何が?」


「……いや」


信じられないと目を丸くする周りは、そんな理由で嫌がっていた通称を享受させられたヴォルフに同情してしまう。


そろりと被害者のヴォルフへ視線を向けると、当然気付いた彼は複雑そうに眉を寄せるも肩を落とした。


「我が儘なんだよ」


「え。私が?」


「お前以外に誰が」


「自覚がないので」


「だからだろ」


なぜだ。不思議そうに首を傾げるヤマトは、冒険者よりも自由に生きたい――それが我が儘だと云う事に気付いていない。それにより周りを振り回している事にも。


絶対的な階級制度で支配された世界。この世界で誰よりも自由に生きるのなら、我が儘でなければ実現できない。


無自覚な傲慢。


“黒髪黒目”、圧倒的な造形美。ドラゴンを単独で討伐する実力があるからこそ、この国では不可侵を貫かれているに過ぎない。


無論、ドラゴンを始め高ランクの魔石をいくつも取り込んだスライム。レオンハルトが『化け物』と称したプルの存在も、その不可侵の理由のひとつ。


そのプルはヤマトの頭の上でぽむぽむと跳ね、手元の生姜焼きを要求。皿を目線の高さに上げるとぷるぷると揺れ、皿へダイブ。


可愛いので許された。


「不快なら言って下さいね」


「だから。好きにしろ」


「怒るじゃないですか」


「手前ぇを軽視したらな」


「ぅ……反省はしているんです」


「活かせ。アホ」


「……努力します」


「半年以内にやらかすに金5枚」


「じゃあ俺3枚ー」


「同じく3」


「序でに2」


「やらかさない方にも賭けて下さいよ」


そもそも賭けるなとの抗議をしないのは、ヤマト本人もやらかすかもしれないと思ったから。大変遺憾だが抗議はしない。出来ない。


この点は自分が悪いとの自覚はある。賭けの対象にされる事自体にも、特に不快な思いは無いらしい。


結果的に全員が“やらかす”に賭けたので、賭けは成立しなかった。日頃の行いによる結果である。


「顔に似合わず無茶するっすよね」


「つい、“あの森”を基準にしてしまって。徐々に修正出来ていると思います」


「ミノタウルスのスポット楽しかった?」


「久し振りに剣を使えて満足しました」


「あーあ。ヴォルフさんが教育放棄したから、ヤマトさんの基準ぶっ壊れたまま」


「え」


「手遅れ」


「ヴォルフさんまで……なにがですか」


「ミノタウルスのスポットとかSでも死ぬ」


「……あぁ。じゃあやっぱり、ダンジョンが意志を持って私に合わせたのですね」


「は?」


「ほら。『ダンジョン魔物説』ですよ」


「ほら、の意味」


「え?」


メジャーではないのかとヴォルフを見ると、溜め息と共に首を横に振った。なにやら呆れられている。


解せない。





閲覧ありがとうございます。

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黒歴史ある方が人間味があると思う作者です。どうも。


ヴォルフのこのいっそ黒歴史の通称は、過去が過去故に仕方のない事だったのですが。

誰だって故郷潰されたら疑心暗鬼で警戒心MAXになりますし、ナイフみたいに尖っては触れるもの皆傷つけますよね。(世代じゃないです)


今は亡きリーダーから純粋に実力を気に入られて勧誘され、しつっっっこい勧誘に折れてパーティー入りしました。

因みにそのリーダーは、10上の頼れるお兄さん。

ヴォルフの『頼れる兄貴』は彼を参考にしているようです。

パーティーメンバーのふたりは5〜7くらい年上のイメージ。


主人公を我が儘と言っていますが、当然のように「それで良い」とも思っています。

だって面白いから。

貴族ではないのに“貴族”のように清廉で、自分に関係のない他者には“冒険者”のように酷く希薄で。

“王”のように圧倒的な支配性を見せ、なのに“友人”には存分に甘えて甘やかす。

こんなに面白い娯楽を逃しては人生の損失だ。――と。


つまり、めちゃくちゃ好き。

明確な二面性を持つ“ヤマト”の存在の全てにウケてます。

無意識下で“主”と認識はしていますが、普段は新種の動物を見ている感覚に近いのかも。

そして割と本気で殴りたいとも思ってる。


次回、温泉。

やっと獣人と交流。

恐怖と“懇願”。

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