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37.カニに似た味がするらしい

「早く温泉に入りたいです」


「飛ぶなよ」


「チッ」


あからさまな舌打ちに眉すら動かさず、寧ろ無視して歩き続けるヴォルフ。


その雑な扱いは有り難いので文句は言わず、ひょこりと覗き込んで来たロイドに首を傾げてみせた。


「大衆浴場じゃ足りなかった?」


「いえ。温泉にしかない至福が待ち遠しくて」


「ヤマトさん風呂好きっすよね。いつもいい匂いするし」


「? お風呂に入ればいい匂いはしますから」


「え」


「え?」


「……あ。もしかして、毎日風呂入ってんの?」


「はい。勿論。その様子ですと、冒険者は毎日は入らないようですね」


「流石に王都では入ってたっすよ。高い宿だったし、宿に不快な思いさせたらヤマトさんの好感度下がりそうだったし」


「気を使ってくれていたのですね。ありがとうございます」


「褒めてー」


「いい子」


躊躇いなくロイドの頭を撫でるヤマトは、昨晩は野営だったので彼が頭を洗ってないことを知っている。なのに不快さを見せないのだから、潔癖症でないことは明白。


単純に風呂好きなだけ。そう結論付けたロイドは、……あれ?


「ヤマトさん、昨日そのまま寝てたのになんでいい匂いすんの。そういや王都行く時も臭くなんなかったし。香水?」


「いえ。『クリーン』と云う清潔化の魔法です。いい匂いは……野菜を多く食べているからかと」


「野菜で体臭変わんの?」


「みたいですよ。肌にも良いですし」


「あー。確かに綺麗。貴族の女みたい」


「貴族の方々は毎日お風呂に入るんですね」


「汗流す程度っすよ。石鹸使うのは3日に1回とか」


「髪、傷みません?」


「香油は毎日使うんで。日替わりで香り楽しめるし、贈り物としても重宝するんすよ。困ったら香油贈っとけーって」


「なるほど」


それが文化なら、シャンプーや石鹸の商売はあまり浸透しなさそうだ。と結論付けるヤマトは、同時に“黒髪黒目”が広告塔になれば一気に浸透する事も察する。


今のところは広告塔になるつもりはないが、レオンハルトが“広告塔それ”に気付き助力を願うのなら吝かではない。勿論対価は貰うが。


友人として甘やかしつつ、“黒髪黒目”を利用するのなら相応の誠意を要求する。それは、レオンハルトが抱く“黒”への憧憬の価値を落とさない為でもあるのだろう。


簡単に手にできてしまっては『精神的な価値』は大きく下がってしまう。曖昧だからこそ、その“価値”を明確にしておかなければならない。


流れ者の『ヤマト』の存在が原因で、この国の王族としての思想の根幹が揺らぐ事はあってはならない。それは許されることではない。


その理想や憧憬を決して崩させないように。“黒髪黒目”としての、気遣いにより。


「にしても。香水使ってないの、ちょっと意外」


「そうですか? 魔物を狩る者としては普通でしょう?」


「いや“顔”で」


「うーん。貴族疑惑が一向に消えない」


「疑惑無しに。香水してんの似合う顔」


「あぁ、そう云う。気に入った香りなら付けたいとは思いますが、こう……祖国と違って、こちらの香水はニオイが強くて」


「?……どこも一緒っすけど」


「鼻がいい種族なので、強さが気になるだけかもしれません。街の中でも自然の香りが多いですし、人工物の香りを強く感知しているのかも」


「ヤマトさんって難しい事ばっか考えてるっすよね。目敏いっつーか、執拗っつーか」


「面倒臭い?」


「うんにゃ。変で、面白い」


「なら良かったです」


「良いんだ!」


はっきりと『変』だと言われたのに不快もなく。面白いなら良かったと、可笑しそうなロイドに満足そうな笑み。色々とズレている。


先を歩きながらも会話は聞いていたヴォルフは、そう云えば……。と、思い出したように口を開いた。振り返らず、道の先を確認しながら。


「匂いっつったら。お前、数日前にくそ甘ぇ匂いさせてたな」


「あまい……、あぁ。今回のために糖分補給のフルーツとケーキを買いに行ったので、その時に付いたかと」


「買うだけでこびり付くかよ」


「“黒髪黒目”のお墨付きを得たいと、色々なケーキをサービスして頂いて。端的に言うと客寄せにされました」


「……」


「甘い物も好きなので問題無いです。美味しかったですし。お礼としてなのか、半額で買えましたから」


「なら良い」


「相変わらず過保護っすねー。ヤマトさん、何でも食べるけど嫌いなもんねえの?」


「嫌いなものは無いですね。なるべく避けたい苦手なものはありますが」


「あ。肝臓、焼いたら食えねんだっけ。いや内臓食おうと思う事自体イかれてるけど」


「お酒に合うのに。――あれ? でも、ソーセージやウインナーって腸詰めですよね」


「え」


「え?」


「……あ。ヤマトさんの祖国ではそうなんすか。普通に手で作ってるけど、気付いてなかった?」


「“森”から出てからは食べていなかったので」


「あー。確かに“名物”ばっか食べてたっけ。ヤマトさんが泊まった宿、ミンチ肉出さない価格帯ばっかだし」


「宿のランクもお肉の調理法に影響するんですね」


「品格ってのがあるんすよ」


「肉汁閉じ込めたハンバーグ、美食家には堪らないのに?」


「はんばあぐ?」


「そもそもですか。夕食に作りますね」


どうやらこの世界……少なくともこの大陸ではミンチ肉はソーセージ、もしくは野菜と共に炒めるだけらしい。文明的にとても歪だと疑問に思い少し思考を働かせてみると、その理由はあっさりと導き出される。




『つなぎに生卵を使うから料理人達が怖がり広まらなかった』――のか。


だとしたら当時の生活水準では、石鹸はまだ作られていなかったと。水のみで菌を完全に洗い流す事は不可能だから……ハンバーグが開発された当初は、短期間でも体調不良が続出してしまった筈。


ヴィンスが管理している卵なら心配はほぼゼロだし、戻ったらヴィンスにレシピ売ろうかな。あの領の料理人達なら生卵の扱いは心得ているだろうし。


新しい名物になって、私も美味しいハンバーグを食べれる。一石二鳥。win-win。


あ。付け合わせも教えとかないと。人参のグラッセなら人参嫌いの子も食べられるだろうから、家族向けの展開が良いかな。いや、砂糖が高価だからグラッセは無理そうか。いっそ、付け合わせを選べたら面白そうだ。コーンやブロッコリー、じゃがいもにインゲン。……うーん。


お腹空いてきた。




「やっぱりデミグラスソースですよね」


「なんの話?」


「そいつの独り言なんざ一々気にすんな」


「あ、ひどい」


そう言いつつも大して気にした素振りもなく、空いた小腹を満たす為にチョコレートを口の中へ。箱買いした上で個包装を了承してくれたチョコレート店を思い出した。


「ぁ」


ちょーだい。との言葉の代わりに、開けた口を指差すロイド。存分に甘えている。


包装から出し口へ入れてやると、満足そうに頬を緩め前を向いた。周りからの笑い声が少し面白いと思いながら、彼等にもチョコレートを渡しておく。


「ヴォルフさん」


「要らねえ」


「ビターもありますよ」


「……貰う」


「どうぞ」


拒否し続けるのは逆に面倒だと判断したらしい。正しい判断である。


“こう”と決めたら突き進む。本当に、自分の思い通りになって当然だと思っているような満足そうな表情。傲慢。


ヤマトとしては単純に、糖分補給をさせているだけなのだが。


コートから出て来たプルに包装されたままのチョコレートを置くと、直ぐに取り込み消化し始めた。


「なにか、近付いて来てます」


「距離は」


「1㎞。中型で、多いです。あ、速いですね」


「あー……嫌だな」


「うーっわ、俺あいつ等嫌い。すばしっこいし、しぶといし。数多い割に食えねえし稼げねえし」


「ふたりが言う程ですか。どんな魔物です?」


「コックローチっつうキショい虫型魔物」


「え」


「“森”に居なかったんすか。スライムと同じ『森の掃除屋』。街道に出て来たなら移動中っすかね。繁殖力強いからよく依頼出てるけど、報酬低いから割に合わなくて。素材無くて稼げないし。受ける奴も稀なんで、定期的に騎士団が狩ってるのが現状っすね。冒険者はこうやって出会したら狩る程度ですよ」


「……」


「ヤマトさん?」


「……あの」


「うん?」


「それ、平べったくて黒っぽかったり」


「知ってんじゃん。黒っつか茶色っぽいけど」


「逃げて良いですか?」


「……ん?」


「私、ゴキブリ嫌いなんです」


「ごき……?」


「祖国での呼称です。2㎝程度でも見るのもダメなので、たぶん……中型サイズが襲って来たらここら一帯吹き飛ばして地形変えちゃいます」


「今直ぐ上行け」


「ありがとうございます」


ヴォルフからの逃亡許可。食い気味に礼を口にするヤマトは、言うが早いか物凄い速さで空へ跳び上がった。


遥か下に僅かに視認できる街道とヴォルフ達。笑いを堪えようと必死に肩を震わせていたヴォルフを思い出し、眉が下がる。ヤマトが沈黙してしまった時には既に察していたらしい。


元、女。そうでなくとも大抵の人はゴキブリを嫌悪し忌避し、心底苦手な者は発狂しながら退治する。近寄れず退治出来ない者も、多数。


この世界にも存在しているとは思っていたが、まさか魔物で中型……体長2M越えだなんて夢にも思わなかった。無理。全身がぞわぞわする。生理的にも精神的にも無理。いっそ拷問と言っても過言ではない。むり。


僅かに視認できる街道。黒く蠢く群れ。始まった戦闘から目を逸らすことをしないのは、飛ばれた時に更に逃げるため。この黒光りの蠢く悪魔達が、ゴキブリ同様に地面から飛び立てない保証はない。魔物だから可能性はある。


恐らく、ヴォルフ達は笑いながら討伐しているのだろう。“あの”……ヤマト。


傲慢で不遜で。絶対的造形美と、他の追随を許さない実力。その事実による自信家。唯我独尊。


ドラゴンすら単独討伐するそんな存在が、数が多くしぶといだけの虫型魔物から逃げている。嫌いだから、と。あまりにも予想外。




ちゃんと“人間”なんだな。




……そう、彼等は初めて『ヤマト』を“人間”として認識した。今迄が今迄なので、今更だとは言えない。日頃の行いによる結果である。


粟立つ魔力を暴発させないよう必死に抑えるヤマトは、コートの下から出て来た癒やし――プルを抱き締め、討伐されたコックローチは燃やそう。と、強く心に決めた。







「あー、まじ意外。ヤマトさんにも嫌いな魔物あるんすね」


「本当に無理です。まだ全身がぞわぞわしてます。周囲、威圧して良いですか?」


「気の済む迄どーぞ」


「つーか、なんで今迄してなかったん?」


「なんでって。魔物が来なかったら、君達の稼ぎが減るでしょう?」


「ヤマトさんのそゆとこ、めっちゃ好き」


「ありがとうございます。でも暫くは許して下さい。心臓バクバクなので」


「まじで嫌いなんだ。可愛いとこあるんすね」


「普段も可愛いでしょう?」


「いや、“美”」


「ですよね」


揶揄いと巫山戯合い。ヤマトの気を紛らわせる為だろう。


心底面白いと思ったことは事実だが、だからと言ってヤマトを襲う不快感を持続させるつもりは無い。この“顔”には柔らかい笑みが似合う。


「スパイダー系も嫌いとか?」


「“森”で慣れました。最初は一帯を吹き飛ばしましたが」


「あははっ! 余裕あったら糸回収してやってください。布になるんで皆感謝しますよ」


「ギルド、通した方が?」


「イビルスパイダー以上ならそうした方が良いっすね。デーモンスパイダーは、絶対。貴族御用達の布になるから真っ先に領主に連絡行くし、庶民向けの服飾店じゃ払えないんで」


「分かりました。覚えておきます」


「ん。あ、でもエルフ国行くなら貯めとくのも良いかも。人族との貿易ほぼしないんで、金品より素材や調味料の方が喜ばれるっすよ」


「良い情報を聞きました。お礼は何が良いですか?」


「ヴィンス様にマジックバッグねだろうかなーって」


「便利ですもんね。任せてください」


「まじすか! お願いしまーす!」


エルフが素材や調味料を喜ぶなんて少し調べれば直ぐに分かる。なのにそのありふれた情報の対価が、貴族への“おねだり”の口添え。等価とは言えない。


ロイドも断られる前提で言ってみただけだったのだろう。あっさりと享受されたので、拍子抜けよりも喜びに満たされた様子。


甘やかしてんな。……とは、先を歩くヴォルフの心の声。ヤマトが面白そうだと思っているようなので止めはしないが。


「因みにスパイダー系も食えるけど?」


「生理的に無理です」


「あのヤマトさんが!?」


「私を何だと思ってるんですか」


「ゲテモノ食い」


「ゲテモノ……傷付きました」


「すみません。でもまじで納豆とゴボウは無理っす」


本当に傷付いた事を察し謝ったが、無理なものは無理。あれを食べる神経が理解出来ない。


ヤマトが無理に食べさせようとしない事実に、大袈裟だが救われた感覚。もしも“黒髪黒目”から強く勧められたら、どんなに嫌でも食べるしかない。


貴族時代に“黒髪黒目”への忠誠心を叩き込まれた故の、弊害。今は身も心も冒険者だが、叩き込まれた“それ”は一種の『洗脳』ですらある。


なので。ヤマトの人を慮る性格に、ロイドは心底安堵している。


「つってもお前も食ってんじゃん。もんじゃ」


「あれ美味いだろ!」


「見た目で無理」


「はあ!?」


ケラケラと笑うロイドのパーティーメンバーは、ヤマトへ更なる追い打ちを掛けた事には気付かなかったらしい。ロイドからの抗議を笑いながら聞き流している。


少しだけ振り返ったヴォルフは、しょんぼりするヤマトを視認。……




ゲテモノ食いの自覚、なかったのか。毎回ドン引きされてんのに。


あー……確か、食に対する執着が異常な変態国家。普通に食ってたんなら自覚なくて当然か。


まあ“黒髪黒目こいつ”が食ってんだから、これからは徐々に浸透してくんだろう。この国はそう云う国だ。


俺は食わねえが。




小さな衝撃を受けつつもこれ以上の追い打ちは酷だろうと判断し、同時に“食べない”ことを心に決め再び前を向く。進む度に魔物達が逃げて行く気配に少しだけ残念に思うが、今はヤマトの気が休まる事が最優先。


自覚があるのか、ないのか。ヴォルフも存分にヤマトを甘やかしている。





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。


黒光りの悪魔が天敵な作者です。どうも。


そして黒光りの悪魔を駆除するアシダカ軍曹も無理……大型のスパイダーが現れる“あの森”では作者は発狂します。

無生物ですが発狂はします。むり。


スパイダーに慣れた主人公、凄いですね。

アホみたいな大きさで逆に諦めが付き、そして慣れないと生きていけなかっただけなのでしょうが。

それでも食べる事は生理的に無理なので、この点は“元”でも女性の性質が強いかと。


――っと、云うか。

虫を食べる地域もある日本で蜘蛛が食べられていないから「なんかやばい」のだと判断し、スパイダーを食べることも生理的に受け付けないのでしょう。

ほら……例の昆虫食も……ね……(先人達が食文化として伝えてないならそりゃ現代人は食べない)


びっくらこかれましたが。

ゲテモノ食いと認識されている主人公、ふと「“こんにゃく”は食べないのか」と訊いて異常者を見る目を向けられました。

こんにゃく芋自体は毒ですからね。

これに関しては理解しましたが、製造している領が無いと知ったのでしょんぼり。

しょんぼりしたので『毒食い』も追加認識されました。解せない。


嗅覚が敏感な主人公、香水プンプンの舞踏会に行ったら鼻死ぬんじゃなかろうか……。

因みにレオンハルトとのお茶会で会った側近達も中々に香水が強かったので、不快感を隠そうと笑みを張り付けてましたね。

そして問題を回避する為の笑みだったのに、終始変わらないその笑みにより深まった王族疑惑。

こうしてまたひとつ悲しい誤解が生まれた。


次回、ヴォルフの黒歴史。

ヤマトの本音。

“我が儘”。

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