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35.舞台より視線を集めた

「朝から爽やかだな」


「レオも輝きが増していますよ」


窓から差し込む朝日に輝く銀色。純粋に綺麗だと思い目元を緩めたヤマトは、定位置と化した席へ。目の前には我関せずに新聞を読むヴォルフ。隣に、レオンハルト。


宿の食堂。何故か居るレオンハルトに不思議がる事もないヤマトは、今迄と違いサービスワゴンで料理を運んで来たウェイターに苦笑もない。


王族が目の前に居るのだから、手元を狂わせたら不敬となってしまう。故にそれは必要な判断。


立場上、毒味が必要なレオンハルトへ料理を出す訳ではないが。


配膳された料理を食べ始めるヤマトは、横からの凝視を一切気にしない。食事は大事。


王族を待たせることに焦りもなく、いつも通りのんびりとした朝食。


続々と食堂に入って来る冒険者や、一般客。当然ながら肩を鳴らし、数十秒程硬直した後に何やら自己完結。納得した顔で朝食をとり始めた。


……のだが、


「んえっ!? なんで殿下居るんすか!」


「なぜでしょう」


ロイドの質問に、首を傾げるヤマトへ皆一斉に視線を向けた。どうやら全員が全員、ヤマトが呼んだと思っていたらしい。


王族を呼び付ける流れ者なんて存在しない。


その常識がすっぽりと思考から抜け落ちているのだから、周囲がヤマトをどう思っているのかがよく分かる。


「ちょ、ヴォルフさん。どゆこと」


「知るか」


「いやヤマトさん来る迄殿下と居たんすよね。用件とか」


「“世間話”」


「?……あー。なるほど」


――『第一王子の“やんちゃ”について話しただけ』――


その含みを察したロイドは、レオンハルトから向けられた褒めるような視線に僅かに目元を緩める。叩き込まれて染み付いた、貴族としての無意識の表情。


上位者からの称賛を素直に受け止め、しかし今は冒険者なので恐悦の言葉は口にせず。それでも貴族の表情が出てしまったので、更に無意識下で貴族らしい所作で席についた。


ヤマトの隣。定位置。


デザートを食べ終わったヤマトは、ヴォルフから流されたデザートを手元へ寄せる。くつくつと喉を鳴らすレオンハルト。甘いものを一口でも食べたヴォルフが面白いらしい。


“黒髪黒目”からの『偶にはフルーツも食べないと』――その言葉を素直に受け入れ従っている、生粋の貴族嫌い。相手が“ヤマト”だから有り得ている、最早奇跡のような現象。




毎日じゃなくて偶にはで良かったんだけどな。


まあ食べないよりは断然良いから、いっか。




そう考えながらのんびりと2皿目のデザートを食べ終わり、……さて。


「デートのお誘いでしょうか」


「知っていたのか」


「いえ。宿の前に知った気配が在るので、お出掛けかなと」


「よく気付いたな」


「索敵に似た探査魔法です」


「……貴方の脳はどうなっているのだ」


解析不可能。との、姿を現さない護衛からの耳元での囁き。内心ではドン引きしながらも呆れの表情を見せる姿は、正に王族。人の目がある間は本心を晒す事はしない。


それにしては表情が豊かだが。恐らく“友人との会話”だから気を抜いているのだろう。


「長くお待たせしたようですし、そろそろ行きましょうか」


焦りもなく食事を堪能しておいて。よく言う。


全員が心の声を一致させるが呆れはなく。“らしい”な……と納得する彼等をそのままに、レオンハルトと共に宿を出るヤマト。


知った気配――レオンハルトの騎士に挨拶をすれば礼を返される。律儀な人だと感心したが、レオンハルトが口元を隠し笑いを堪えたので眉を下げた。


どうやら“王族”に対する礼だったらしい。解せない。


当然のように歩き始めるレオンハルトに思うのは、テオドールの件で来た訳ではない。単純に、本当に遊びの誘いに来ただけ。その、確信。


因みに日常と化した付き纏いの者達は、全員が瞬きも忘れ硬直。“黒混じり”の王族と“黒髪黒目”が共に居るのだから、それは当然の反応である。


「馬車ではないのですね」


「お忍びだからな」


「全く忍んでいませんが」


「“黒”を隠しては冒涜にあたる。そう思うだろう?」


「個人の思想は自由ですよね」


「そうだな」


“黒”を崇める国民性。


その思想を“黒髪黒目”が肯定してくれるのなら僥倖だったが、その狙いはあっさりと見抜かれ失敗。だからと言って気を悪くする事は無い。


確かにヤマトは“黒髪黒目”だが、公言してきた通り流れ者。流れ者が一国の思想を確実なものとするなんて、本来は異常な事。


こうやって王族から“それ”を望まれたのなら、尚更に避けるべき。


面倒事は御免だ、と。自己防衛をしているだけに過ぎない。


「いじめないで下さい」


「まさか。世間話だ」


「……」


「……その顔はやめてくれ。良心が咎める」


「善悪の境界はあるようですね。許して差し上げます」


「それは有り難い」


まるで、無垢な少女が傷付いたような表情。その絶対的造形美を悲哀に染めて。


“顔”が狡い。その破壊力には抗えない。




“これ”を真正面から受けて流せる、ヴォルフの精神力……尊敬してしまいそうだ。


実際に受けていたかは分からないが、この人は使えるものは積極的に使う主義。確実にヴォルフにも使った筈。恐らく、処刑の時に怒らせた事への謝罪の時に。


3日程許して貰えなかったのなら、やはりそれは流されたのだろう。良心よりも怒りを優先出来る。と、云うことは……


やはりヤマトを“主”だと認識しているのか。あの、生粋の貴族嫌いは。




少ない情報で改めて確信するレオンハルトは、上機嫌。ヤマトを守る存在が確定される事は良いことだ、と。


「君も大変ですね。主だからこそ、あまり甘やかさないように」


「ヤマト殿がそれを言うのですか」


「私は友人ですから」


上機嫌にはなったが、ヤマトから話し掛けられている騎士には少し嫉妬してしまう。誘ったのは自分なのに。なぜ騎士と話すのか。


態々、一歩後ろに下がって。騎士と並んで。


その嫉妬は、王族だからこそ。自分が優先されないことに対する不満。育まれた傲慢。


「ヤマト」


「はい。今日は、エスコートはしてくれないんです?」


声に乗せた“不満”の色。それに気付いたらしい。


隣に並び顔を覗き込んで来る美術品の“顔”は、機嫌を窺う表情ではない。“友人”として『巫山戯ています』と言うような、普段より少しだけ気を抜いた笑み。


不満は消えた。それはもう、あっさりと。


「噂が立つぞ」


「レオの婚約者様に悪いので、今回はやめておきましょうか」


「ヤマトのお陰で新たな趣味を見付けたようだ」


「仲良くなれそうです」


「逢わせない」


「え」


「察してくれ」


「……あぁ。はい。大変ですね」


「“ヤマトのお陰”で、な」


「娯楽には目敏くないと」


つまり。


あの写真――自分の婚約者と絶対的造形美の“黒髪黒目”――の『仲の良さ』に心を鷲掴みにされ、それにより新たな趣味を見付けて“しまった”。と。


もし顔を合わせる事となれば……『仲の良い』写真を撮らせてほしいとの申し出を受ける。確実に。


ヤマトとしては特に嫌な気持ちは無いので構わない。レオンハルトも絶対に嫌だという訳ではない。勿論、それは相手が“ヤマト”に限るが。


只……自分の婚約者の奇行をヤマトに見せる事態は避けたい。それは恥とかではなく、単純に。


あれ程に輝いた目を他の男に見せたくない。から。


婚約者へ向ける愛は真実らしい。奇行すらも可愛く思う辺り、レオンハルトも『手遅れ』なのだろうが。


「そういえば。どこへ?」


「劇は好むだろうか」


「良いですね。興味があります。演目は――“黒髪黒目わたし”が題材でしょうか」


「今。王都の創作物は“黒”一色だ」


「恋愛ものの」


「男性達もな」


「やっぱり、サービスした方が良い気がしてきました」


「ヴォルフやロイドとやってやれ」


「各々で開拓出来たようで何よりです」


満足。笑みを見せるヤマトを僅かに見上げるレオンハルトは、新たな娯楽が確立した。それと同時に新たな商売が始まり、国の経済が回る事を確信しこちらも上機嫌。


サービスなどせずとも。見目麗しい男性が並んでいるだけで『仲が良い』と、各々の脳内では色々と捗る。


それが“この界隈”の宿命なのだから。


「『やおい』らしいですよ」


「貴方の知識は何なのだろうな」


「欲に塗れたものばかりです」


「経済が回るものは教えてくれ」


「代価を用意しておいて下さいね」


「悩みは付きないな」


これからオークションで更に荒稼ぎする、 ドラゴン・スレイヤー。そんな相手への代価なんて、手っ取り早い“金”は使えない。


恐らく――既に冒険者ギルドを通し売却したアースドラゴン素材と、オークションのレッドドラゴン素材分。それだけで国家予算1年分を軽く越える。


別に金を渡したところでヤマトは受け取るだけなのだが、なんとなく……




私だってヤマトを喜ばせてあげられる。


いや、“私”の方が。喜ばせてあげられる。




グリフィスから貰った指輪。政敵の後援から贈られたものを、レオンハルトの前でも身に着ける。その指輪を心底気に入っている。


それが分かったからこそ、対抗心を燃やし……と云うか。只の嫉妬である。


『“友人”の私の方が“ヤマト”を理解している』――との、子供っぽい独占欲。その自覚はあるが、一瞬でも抱いた対抗心を鎮火することは不可能。


……そう、だな。




食事を重要視しているから、見た事もない珍しい食材なら確実に喜んでくれる。冒険心を持った、非常識で規格外の自由人。


喜ばない筈がない。


ヤマトの祖国と同じ食材を見付けることが一番なのだが。海産物……毒を持つ種類も、大型の魔物も取り寄せてみるか。




その判断は吉と出る事となる。


毒を持つ、フグに似た魚の魔物。大型の、クジラに似た魔物。どちらもヤマトの好物。


ヤマトが嬉しさに破顔する未来が確定された。序でに、その眩しすぎる笑顔に目が潰れたかと思う未来も。


「ここだ」


「立派な劇場ですね。歴史が?」


「そう古くはない。せいぜい……80年程度か」


「中々に古いと思いますが」


「そうか? 私達が泊まった旅館と比べても若いだろう」


「そこと比べては、汎ゆる歴史的価値が破綻しますよ」


可笑しそうに言いながらレオンハルトに続き劇場へ入ると、支配人……だろうか。当然のように硬直されたので、ヤマトが同行する事は伏せられていた事が見て取れる。


内観は確かに旅館と比べると新しい。当然ながら建築技術も違う。


とは言っても、あの旅館も400年と少し。元の世界でギネスに載っていた旅館と比べると、まだまだ若い。これからの国の成長が楽しみだ。


――っと。何目線なのか分からない感想を抱きながら、支配人の案内に従い歩き続けた。


先に案内されている貴族達。ふと振り返った者は、二度見した後にガン見。それに気付き振り返った者達は息を呑み後退る。


自然と通路の端に寄る彼等には特に何も思う事もない。


「そういえば。“黒髪黒目”はどう再現するんです?」


「魔法。演目内容の届け出を出せば、一時的に“黒”へ変える許可がおりる」


「届け出?」


「この国の国境を跨いだ瞬間、髪と目を“黒”へ変える事は制約魔法により禁じられる。まさか、気付いていなかっ……たのも無理は無いか」


「……あぁ。なるほど」


国全土を対象とした大規模な制約魔法。それには当然、膨大な魔力が必要。故にその制約魔法は、何十人もの魔法士によって展開された合同魔法なのだと察した。


だとしても。魔法を行使した術士の魔力よりも更に多くの魔力を持つ者には、一方的な制約魔法は通用しない。


っと、云うことは。


「魔法士何十人分よりも……魔力が」


誰かの呟き。思わず、だったのだろう。


すっ――と向けられた“黒”。呟いただろう男性貴族は大袈裟な程に肩を鳴らし、反射的に後退ってしまう。背中に当たった壁が退路を断ったかのような、冷や汗が滲む感覚。


しかしヤマトは彼に言葉を掛ける事もなく。視線を正面に向け会話を続ける。


「私の害にならない魔法のようだったので、気にしていませんでした。頑張ったのですね」


「頑張りだけで展開出来るものか。構築式を完成させるだけで、少なくとも20年は要したらしい」


「“これ”に?」


「改良点は」


「お城の魔法士達には、是非とも頑張ってほしいですね」


「また20年は掛かりそうだ」


国に関わる気はない。当然ながらその含みに気付いたレオンハルトは、くつくつと喉を鳴らし愉しげな様子。


訊いてはみたが、そもそも協力を求めた訳ではない。流される事を前提とした単なる世間話。……の、ようなもの。


――そもそも。規格外の魔力を持ち、“人”の理の外に在るヤマト。そんな存在から提示される改良を、無防備に受け入れる気は無い。


確実に、現存する魔法士には理解出来ない構築式となる。その上で制約魔法にトラブルが起きてしまえば迅速な修復は不可能。国の信用問題となり、粗探しをする近隣諸国の好機に繋がる。


それは、望まない。


『改良点がある』――その情報を得ただけで“国”としては充分な収穫。後はヤマトの言葉通り、城の魔法士達が頑張る事。


流れ者の手を借りないように。ヤマトと、“友人”で居続ける為にも。


「あ。レオ」


「ん?」


「明日、発ちます」


「……時間は」


「朝食の後。8時頃に」


「8時……か。見送りは期待しないでくれ」


「王族は忙しいですもんね。なので、今日は夜迄付き合って下さい」


「そのつもりだ」


「よかった」


満足そうに目元を緩めるヤマトは、王族が一個人へ1日を与えることの意味を全て理解してはいない。


ヤマトと出掛ける為に政務の調整に無理を通した事も。常ならばその与えられた“特権”は、政治的に最も重要な相手――婚約者にのみ許されている事も。なにも知らず。


レオンハルトも何も明かさず、只管にひとりの“友人”としてヤマトと接している。


まあ……


婚約者から『ヤマトを優先する許可』を貰う際に、代価として“ヤマトの写真”を求められたのだが。抜け目がない。


ヤマトなら撮らせてくれるだろう。そう確信しながら、とっくに慣れた王族専用のボックス席へ。




「写真、ヴォルフさんから止められて」と渋るヤマトに、遊ばれている事を察しながらもノる未来は――約4時間後のこと。





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。


いっそ写真集出せば良いじゃんと思う作者です。どうも。


きっとその写真も売られるんだろなー。と確信するヤマト、特に気にしていません。

婚約者ちゃんが許してくれたのでこうやってデート出来ていますし、渋るフリでちょっと遊ぼうかな。って、遊んでます。

一応、婚約者ちゃんには令嬢達に人気のお菓子も贈っておきました。

祀らずに食べる事を願います。


制約魔法は“森”から出て直ぐに気付きましたが、それが『制約魔法』とは気付かずに「なんか一瞬もやっとしたけど何だったんだろう」程度。

本当に気にも留めず、レオンハルトから説明される迄完全に忘れてました。

言われて初めて制約魔法を解析して、もう少し簡略化出来そうだと思ったようです。

その簡略化もヤマトの『魔法はイメージ』に依存した構築式でしか発動しないので恐らく改良は叶わないかと。

建物の中から遥か上空に張られた制約魔法を解析するの、中々に異常ですね。


騎士と話すヤマト。そして嫉妬するレオンハルト。

その瞬間に新たな“開拓地”が生まれたので、“この界隈”の業は深い……おそろしい……。

同人イベントはいつでしょうか。私も参加したいです。


それにしても。

朝っぱらから王族が来訪した宿の従業員達のメンタルが心配ですね。

確実に心の中では大パニックだったでしょう。

大変ですね。(他人事)


次回、出立。

滞在最後のサービス。

お土産とゲテモノ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 次は魔王コス。肌色多目でも可。 だが民族衣装のファッションショーも捨てがたい…(。-ω-)ムゥ
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