33.俵担ぎで強制退場のち、宿で説教
「可能なら“森”の情報も」
「構いませんよ」
ホッと息を吐く、顔に古傷がある女性。ギルドマスター。
女性がギルドマスターと云う事実に、冒険者ギルドは完全実力主義なのだと改めて確信。他の国も同じかは知らないが。
記憶を辿りながら“森”で見た魔物を列挙するヤマトに、真剣にメモをとるギルドマスター。その魔物達の大半が未だアイテムボックスで眠っている事は……知らない方が良いのだろう。出せば確実に市場が大混乱に陥る。
「――あと、逃げられましたがケルベロスも。頂点はドラゴンでしたよ」
「ドラゴン……確か、2体討伐したと」
「美味しかったです」
「お、いし……?」
「はい」
困惑するギルドマスターは、ヤマトがドラゴンを“食べた”ことは知らなかったらしい。ヤマトのイメージを保とうと、報告を躊躇ったのか。
今本人が言ったのでその気遣いは無駄となった。
一度顔を背けたヴォルフは笑いを噛み殺し、しかし誤魔化すこともなく。改めてギルドマスターへ顔を向ける。
「他は」
「ぃ、え。オークションに関する確認も出来たので」
「行くぞ」
言うが早いか腰を上げたヴォルフの行動は、ヤマトとギルドの関係を必要最低限に留めたい。その考えによるもの。
ヤマト自ら冒険者登録をしない。ならばそれは、冒険者ギルドに“価値”を見出していないと云うこと。
しかし決して侮蔑ではなく、独自の基準による個人的な価値――『利益』と言った方が正しいのだろう。
冒険者登録をせずとも待っていれば身分証は手に入る。フリーは解体手数料が倍額だが、技術に対価を払う事は当然で特に惜しむ額ではない。後ろ盾なら既に王族で在る“黒混ざり”を得た。だとしたら、現状で登録する意味は無い。
組織に縛られる事無く。自由な冒険者よりも自由に。煩わされる事の無い平穏な日常を。
それが、ヤマトの望み。ヴォルフはその望みを汲み行動しているだけ。
ヤマトもそれを分かっているので腰を上げ、少しだけ名残惜しそうなギルドマスター……は、勧誘をしたかったらしい。
僅かに頤を上げるとバツが悪そうに目を逸らしたので、労いの言葉を口にしてから応接室を後にした。
「やっぱり、ヴォルフさんが居ると楽でした。ありがとうございます」
「居なかったら」
「そうですね……『私に勝てたら』とか」
「傲慢」
「手っ取り早いので」
ひらっ。適当に片手を払い、片眉を上げての小馬鹿にした笑み。
珍しいその笑い方は、ヴォルフしか居ないからこそ浮かべられるもの。皆が持つ“黒髪黒目”への絶対的なイメージを、この場で守ってやる必要は無い。と。
プルとヴォルフにのみ見せる、ひとりの“人間”としての表情。言動。貴族っぽさが薄れるので、ヴォルフとしてはこちらの姿の方が圧倒的に好ましい。
気を許されている。甘えて来ている。
“友人”と云う特別な枠組みの中で、最も特別な存在。そう認識されていることはヴォルフも理解している。更に優越感もあるので、彼も……無意識にヤマトを己の“上”へと置いているのだろう。
階段を下りホールに出てから、さて。と、ヴォルフを見上げた。
周りから物凄い数の視線を受けているが、どちらも気にすることはない。視線の中でその場に留まるのは、先に魔物の解体を頼んでいたから。ヴィンスの領へ戻る間の、野営用の肉。
因みに。「高ランクの魔物肉を出したら1週間無視する」とヴォルフから言われたので、オークとブルに留めた。無視は嫌だ。さみしい。
「後は解体を待つだけですし、自由行動で」
「肉受け取ったら行く気だろ。“下”」
「信用が無いですね」
「俺の目ぇ見て否定してみろ」
「……」
「お前、嘘吐くの苦手だよな」
「正直者のいい子なので」
「貴族っぽいくせに」
「偏見ですよ。正直な貴族も居ます」
「誰」
「ヴィンスとか、公爵様とか」
「お前にだけな。問題は」
「無いです。――あ。そういえば、レオの婚約者様からお茶会に招待されました。行動力のあるご令嬢です」
「……」
「レオが止めてくれましたよ」
「いつ連絡取ってんだ」
「どうやらとても優秀な子のようですね」
宿に侵入されている。
それを察し小さく舌を打ったヴォルフは、しかしレオンハルトがヤマトに害をなす事はない。それも理解しているので抗議はしない。
人の気配に敏感なヴォルフが気付けない程の実力者。それは武力ではなく、気配を消す能力に限定して。
「伝言が無い時もお茶を飲みに来るので、レオの友人として認めて頂けたようです」
確実に“黒髪黒目”に会いに来ている。純粋に、単純に。憧憬の中だけで存在していた筈のその尊き存在を、時間の許す限りその目に映しておきたい。と。
その“顔”を見に来ている可能性も捨て切れないが。
なんにせよ。ヤマトの手駒が増えるならそれで良い。と、底なし沼に足を踏み入れてしまったその連絡係をあっさりと見捨てた。他人なので気を使う理由は無い。
自業自得。
それでも言うなら、レオンハルトの采配なので責任はレオンハルトにある。それはレオンハルトも理解しているので、特に問題は無い。
真に国を想う王族で在る彼が、流れ者でしかないヤマトへ責任を押し付ける事は無いのだから。
「噂をすれば。ですね」
呼吸と変わらない僅かな呟き。視線だけを向けるヤマトに釣られ同じく視線だけを向けると、庶民服の男が入口の端に立っている。……なるほど。てぃーぴーおー。
漸く理解したヴォルフは、歩き出したヤマトに足を動かし隣へ並ぶ。ナチュラルな護衛。
しかし視線を合わせようとしないその男は、ヤマトと関わりがある事を他者の記憶に残さないためか。それとも、頻りに周囲を気にしている理由の所為か。
念の為に声は掛けない方が良いと判断し、その男の前を通り過ぎる。
「――――」
微かに。でも確かに鼓膜を揺らした音。
ヴォルフの耳もそれを捉え、反射的に眉を寄せての舌打ち。その表情を見てしまったヤマトは、物凄い迫力だと変に感心してしまった。
……さて。どうしようか。
解体はもう少し時間が掛かりそうだし。いや、待つのは全然構わないんだけど。
暇潰しにはなるかな。
数秒程の思案が終わると同時に腕を掴まれ、その手の先には先程よりも眉間の皺を深く刻んだヴォルフ。歩幅を広げるのは、今直ぐにこの場を離れる為の行動。
確かに暇潰しになるとは思ったが、ヴォルフが“そう”するのなら。従っておいた方が賢明だと苦笑し、同じだけ歩幅を広げる。
遅かったようだが。
「おい」
背後からの声。一寸遅れて、
ガキィンッ――!
金属の衝突音。背後からの一閃をヴォルフが剣で止めた……っと云う、現状。
近い場所で鼓膜を大きく揺らされ、少しだけ不快である。
「『ヤマト・リューガ』だな」
まだ僅かに残る金属音に混じり聞こえたその声は、挑発的で。傲慢で。不遜の色を剥き出しに。
あからさまな敵意。――強烈な違和感。
確かな敵意。しかし、嫌悪や拒絶が見当たらない。
キアラは敵意に嫌悪を混ぜ、レオンハルトは敵意に拒絶を混ぜてきた。だからこそこの混じり気のない純粋な敵意は、一際印象に残る。
不思議な感覚を持ちながらも、まあ……
敵意で来るなら敵意を返すしかないよね。
斬り掛かられたし。
どこ迄も自分本位。周囲の者達、冒険者すらも顔面蒼白で硬直する中。
斬り結んだ剣を力任せに押しやったヴォルフより、一歩。前へ。
肩を掴んで来るヴォルフへ反対の掌を見せるのは、大丈夫だと伝えるため。
「次からは、確認は先にするように」
全然大丈夫ではない。
ひらりと。虫でも払うように片手をひらつかせ、態とらしい笑みであからさまに挑発している。
――『売られた喧嘩は積極的に買っていく主義』
先日グリフィスへ言ったように、確かに誰が相手でも敵意には敵意を返している。有言実行とは素晴らしい。
例えその相手が――
「確認なんざ要らねえだろ。大人気の“黒髪黒目”サマ?」
「羨ましいです?」
「ダセェ」
「確かに銀は映えますからね」
「羨ましいか?」
「んー。ここは敢えて、『ダセェ』」
キィンッ……!
再び。次は、先程とは違う金属同士が衝突する音。
銀髪。剣を使う、口が悪い傲慢不遜な男。他を圧倒する高貴さ。
例え、その極めて限定的な特徴を持つ男が――“第一王子”だとしても。ヤマトは何も変わらない。
第一王子と“黒髪黒目”が斬り結んでいる、現状。鋭く研がれた剣と、日本刀に酷似した魔剣で。
いつの間にか下がっていたヴォルフは、顔面蒼白でオロオロする連絡係へ視線をひとつ。
ここは見とくからさっさと騎士連れて来い。……と。
問題無く伝わったらしい。逃げる体を装い走り去った連絡係を確認してから、ヤマトへ視線を戻した。
「私、貴方に何かしました?」
「さァな」
会話をする気は無いと剣を押し込む彼に、ヤマトは取り敢えず騎士が来るまで引き伸ばしてみようかと考える。……うーん。
継承権争いの真っ只中だから“ドラゴン・スレイヤー”と拮抗する光景を見せるのは、第一王子の株が上がりそう。
かと言ってこの儘叩き潰したら『初代国王の生まれ変わり』と称される剣の天才の株が落ち兼ねない。イコール、“私”の存在でレオの優位性に影響を与えてしまう。
それは嫌だ。確実に面倒になりそうだし。そもそも、レオは“それ”を望まない。
なら、流し続けるだけで良いかな。本当は叩き潰したいけど。
レオの為だ。
すっ……と刀を倒し、伝わって来る力を利用し剣を流す。当然直ぐに反応しての二撃目は、流した先から刃を返しての斬り上げ。
流石に反応が良い。
剣の天才とは事実なのだと素直に感心しながら、手を添えていた鞘を引き上げその刃を止めた。魔剣を納めるに相応しい頑丈さに、感謝。
「――!」
「騎士は、鞘は使わないでしょうね」
「……っ」
「貴方達の争いに関わる気はありません。困ります」
「ハッ! 嘘吐けっ!」
「嘘吐くの、苦手なんです。――ほら。懐がガラ空きですよ」
「、ぐっ!」
言うと同時に、片膝を第一王子の鳩尾へ。綺麗に膝を入れられ勢い良く後ろへ飛ばされた彼は、それでも剣を放すことはない。
込み上げる胃液が喉を焼きそうになり必死に飲み込むが、全てを飲み込むことは出来ず口から零れた。
「“剣の天才”……でしたっけ。剣を握って1年半の私にあしらわれているこの現状、直視なさっては如何です。――嗚呼、いえ。やはりお似合いですよ。おキレイな剣術」
「その……魔剣の力だろ」
「私の魔力による作用なので“私”の力ですよ。経験不足を認めてこそ成長に繋がるというのに。実戦経験、付き合って差し上げましょうか」
こてりっ。“慈悲”のような穏やかな表情で小首を傾げる、ヤマト。が続けた言葉に、
「お好きにどうぞ。レオのように這い蹲りたいのなら」
ぶちりっ――と、なにかが切れた音がしたような気がした。
吐き気なんて二の次に。地面を蹴った第一王子は先程よりも剣筋に迷いが無く、的確に人体の急所を狙っている。どうやら、一応の加減はしていたらしい。
その加減は今は見る影も無いが。
腕組みでその光景を静観するヴォルフは、王族の身体に躊躇いなく膝を叩き込んだヤマトに呆れもない。先に手を出した第一王子の有責だ、と止める事もしない。
そして未だに眉間の皺も取れていない。
「おい」
「プルが戻ったら褒めてあげて下さい」
「あぁ」
『時間稼ぎをします』――そのヤマトの意を正しく汲み取ったヴォルフは、第一王子を強く睨み付ける。
不愉快極まりないが、ヤマトが前に出たのなら……何かしら無碍に出来ない理由があるのだと理解している。故の、傍観。
ふ、と――
何かに気付いた素振りを見せたヤマトが、振り下ろされた剣を手で掴んだ。その儘、第一王子へ顔を近付け耳元で“なにか”を囁くこと……数秒。
大きく目を見開いた第一王子は奥歯を噛み締め、
「テメェに言われる筋合いはねえんだよっ!」
掴まれている剣を力一杯引き抜いた。……ぽとりっ。
小さな音を立て地面に落ちたのは、付け根から切り落とされた親指。周囲から息を呑む音が聞こえて、直ぐ。
どごっ――!
鈍い音。それと共に吹き飛んだのは……
「やり過ぎです」
「黙ってろ」
「この程度、治ると知っているでしょう?」
「黙ってろ。つったよな」
「殺さないように」
「知るか」
言うが早いか動いたヴォルフは、ヤマトの言葉が『命令』ではなく『お願い』と確信。ならば、それを聞き届ける必要は無い。
地面を蹴り、十数秒前に己が蹴り飛ばした――第一王子。次こそ地に伏し胃液ではなく血を吐き続ける彼へと剣を振り下ろし、
「そこまで」
……チッ。覚えのある声に不快の舌打ち。それでも剣は止めず、軌道を変えるだけで脇腹を斬り付けた。
深く、最大限に痛みを感じるように。
王族の身体を。一切の躊躇いなく。
「……『そこまで』と言っただろう」
「誰に言ってんだ」
言いながらも剣を納めるヴォルフは、声の主――レオンハルトを睨み付ける。当然ながら、警護の近衛騎士達は顔面蒼白で硬直。
いつもならレオンハルトも戯れとして軽く両手を上げるのだが、ここは目が有り過ぎる。王族が公衆の面前で両手を上げるなんて、戯れでも到底許される事ではない。
頭は抱えたが。
「……ヤマト」
「殺さないように頼みました」
「頼むな! 命令しろ!」
「部下ではないので」
それもそうか。……と一瞬納得したレオンハルトは、直ぐにその納得を思考から追いやる。だとしてもヴォルフは従った筈だ、と。
兎にも角にも。
今は、脇腹を斬られた政敵――兄で在る第一王子の身の安全が最優先。それは情ではなく、“王族”として。
しかし騎士達は硬直しており、思考の復旧には暫く時間も掛かるだろう。
そう確信してから改めてヤマトへ目を向けると、拾った“親指”を魔法で洗浄し自らの手に付け治癒魔法を施す光景。……なるほど。
これがヴォルフの“逆鱗”か。
酷く納得し、ならばこれ以上責める事は出来ない。あっさりと諦めヤマトへ口を開き――開いたのだが、その前に。
「ブラコンに巻き込まないでほしいです」
「……は」
言葉の意味が理解が出来なかったのは、無知な幼少期以来だった。
閲覧ありがとうございます。
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