32.単純に自分勝手なだけ
ダンジョンの下層。絶え間なく襲って来るミノタウルスの首を斬り飛ばしながら、胴体をアイテムボックスで回収。飛ばされた頭部を取り込み消化するプルは、高ランクなランチで上機嫌。
全て回収した事を確認し、コートに付着した血を的確に食べていくプルをその儘に歩き出した。
まさかミノタウルスのスポットに遭遇するとは思わなかった。ダンジョンの殺意が高い。
早く成長しようと、高ランクのスポットを発生させたのか。単純に、若いダンジョンだから加減を間違えた可能性もあるが。
いずれにせよヤマトの中で『ダンジョン魔物説』が濃厚となった。
ボスは大型のリザード種だったので、まあいいかと王都へ戻ることに。ミノタウルスの解体に時間も掛かるだろうから、と。
ダンジョン内の転移魔法陣で入口へ戻り、昼食のサンドイッチを食べながら徒歩で王都へ戻る。門での検問で憲兵達から恐縮されつつ、税金を払い王都の中へ。
……?
いつもより視線の量……というか、熱?……が強いな。
そんな事を考えながらも気にした素振りもなく冒険者ギルドへ歩き続け、て居た時。
「ぁ、のっ!」
「はい」
まるで当たり屋。勢いよく飛び出して来た、女性。驚く様子もなく応答したヤマトに顔を上げた女性は、宝物のように胸に抱き締めた何かの本。と、その指が持つ紙のような……
あ。
なんとなく。その本と紙に察しが付いた。
紙は恐らく……どのショットかは分からないが、先日撮った写真。ブロマイド。本は、今――女性達の間で爆発的な人気を誇る愛憎物語。
『愛で飲み干して』
……題名のセンスはどうかと思った。想像以上に面白かったので読破したが。
あれ程の語彙で綴られた物語なのに、なぜそんな全身が痒くなりそうな題名にしたのか。そうも思ったが、分かり易い単語で女性の欲を刺激する販売戦略だと納得している。商魂逞しい。
実際に見事に流行っているので、商才もあるのだと素直に感心。
目前の“黒髪黒目”。嫌がりも迷惑がる表情も見せず、その絶対的造形美の“顔”を紳士的に緩めて。
見上げる女性は勇気を出したは良いものの、「ぁ……」やら「ぅ……」やら。作中で『人外の美貌』と称された以上のその造形美に圧倒され、二の句を紡げず真っ赤な顔で何やら呻くだけ。
今更ながら、周囲から集まる視線にも羞恥が湧き上がってきたのか泣きそうになっている。
んー……
女性だし、奇異な目に晒され続けるのも可哀想か。
所謂『推し』を前にしたらこうなるのも理解出来るし。
元が女なので、基本的に女性や子供には紳士。しかし、愉しむべきところは愉しむ。遊び心は大事。
純粋に性格が悪い。
すっ――と腰を屈めたヤマトは自らの胸に手を添え、恍惚の色を瞳に乗せ口元を愉悦に歪める。脳内に『納豆卵かけご飯レバ刺し付き』を描きながら。食欲旺盛で、なにより。
ビャッと身体を跳ねさせた女性へ、一言。
「『私を選ぶとは趣味が悪い』」
「っ――!!」
「ご満足頂けました?」
物語の一文。血を糧に生きる者が、ヒロインに興味を向けた瞬間のセリフ。つまりは“おもしれー女”認定。王道だなと、少しだけ笑った事は秘密。
本で口元を隠し何度も頷く女性は、完全に茹でダコ状態。惨い仕打ちである。
僅かに微笑んだヤマトは、極限迄目を見開き呆然と固まる女性に満足したらしい。腰を戻し会釈をしてから、本来の目的地――冒険者ギルドへ歩き出した。
「あの人まじなんなの。通り魔?」
「考えんな」
先日再会し一緒に飲んだ冒険者達。ヤマトは気付かなかったが、彼等はバッチリ気付いた。寧ろ気付かない理由が無い。
未だ呆然と立ち尽くす女性と、先程の出来事は夢だったのでは……。まるで白昼夢のような、ふわふわとした感覚に動けない周囲の者達。
歩き出した彼等はそんな民衆には一切の配慮もせず、
「確かに王都で娼館行けねえわな。これだし」
思いっきり下世話な話題をぶっ込んだ。
「行ってもまた出禁なんじゃね」
「あー。ドS」
「おい。それじゃヤマトさんが暴力野郎に聞こえんだろ。やめろ」
「じゃあなに」
「なにって……奉仕好き?」
「やめて。なんか違ぇ。解釈違い」
「じゃあ何だよ」
「えー……あー……、あ。快楽与えんの好きな、紳士の皮を被ったケダモノ」
「微妙にしっくりくんの解せねえ」
「もうサービス精神旺盛ってので良いんじゃね。さっきのも“そう”だし」
「基本紳士だからタチ悪ぃんよ」
「タチ悪いのがデフォの紳士なんだろ」
「んでヴォルフには甘えんだろ? あの“顔”で。やっぱヴォルフ凄ぇわ」
「ランツィロットにも甘えそ」
「あー、あの人甘やかすの上手ぇからなー。ヴォルフの立場揺らいだり?」
「ねえだろ。ヤマトさん、ヴォルフ大好きじゃん」
「あー。こん前惚気けてたもんな。あと、ほら。あっちのギルドでも――」
なにがあった。あっちのギルドで、何があった。
待って行かないで。もっと聞かせて。
……と、一斉に視線を向け目で訴える住民。当然ながら届くことは無い。
ダンジョンが目的らしく門から出て行った冒険者達に後ろ髪を引かれながらも、周囲は漸く日常へ戻り始める。
先日の馬車の一件から、あからさまに囲む事は無くなった。それでも道の端で付いて行く者達は居るが。
呆然としていた女性もふらふらと歩き出し、気を付けろよー。っとの一応の注意の声が、ちらほら。
その注意は耳に入らず。未だ夢見心地な彼女は、友人の集まりで先程の出来事を報告するのだろう。
――「小説の描写よりも美しくて、麗しくて。生々しいというか……艶かしかった」――と。
再び茹でダコと化して。
ブロマイドの抽選に当たっただけでも羨ましいのに、物語の主人公……発信源は謎だが、『ヴァンパイア』のモデルにセリフを言って貰えるなんて。心底妬ましい。
しかしそのブロマイドをこれからも見せて貰いたいので、強い非難はせずに真正面から正直に羨ましいと嘆くだけ。
『“黒混ざり”を奪い去ろうとする“黒髪黒目”――人外の美貌を持つ、魅惑のヴァンパイア』――のブロマイド。
なんかもう……無理だった。
張り出されたサンプルを見た瞬間、心臓が物凄い音を立て呼吸が止まった。色々と抑えなければ社会的に死んでいた。
そのショットの倍率がとんでもない事になっていたので、男性も抽選に参加していたことは明白。限定50枚は少な過ぎるとの抗議は却下されたし、それはレオンハルトが決めた数だと知り全員それ以上は口を噤んだ。王族の言葉は“絶対”。
ヤマトの目論見通り、腐女子は勿論。腐男子すらも一気に浸透する勢い。元から忌避感が薄かった貴族は、尚更に。
それでも、絶対的造形美の“黒髪黒目”に限定されそうだが。これから各々の好みを開拓できる事を願うばかりである。
そのブロマイドの裏にはシリアルナンバーが手書きで入っており、盗難防止として新聞社が身元と共に登録。もし困窮し売るのなら、本人が届を出す事が必須。
更に。例え本人でも、少しでも事件性のある売却。最悪本人が失踪した場合は、肖像権を優先し汎ゆる手段を用いてもヤマトの手に渡る事となっている。
それもレオンハルトの指示だろうか。何やら強い意志を感じる。
……因みに。
無事に日常へと戻った彼等は、この――2時間後。
再び突如開催された肉の叩き売りに、考える事なく財布片手に全力疾走することとなる。
ミノタウルスの調理法なんて当然ながら知らないので、シンプルに塩で焼いてみた。あまりの美味しさに胃が引っ繰り返った。
「漸く連絡が来ました。ギルドから」
「戻るって言ったからな」
「腹括った訳ね。おっちゃん酒追加ー」
夜。宿で夕食を済ませてから酒場に来たヤマト達。2人のパーティーメンバーは、居たり居なかったり。別のテーブルで顔見知りと飲んでいたり。
自由なのは良いことだ。
ほのぼのと酒を飲み干したヤマトは店員へオススメを頼み、震えながら出されたのは高級な酒。完全に貴族か王家の血筋だと思われている。
疑惑は問われたら否定するだけなので構わないが、震えられることは普通にちょっと傷付く。
「挨拶と確認だけならそう時間は掛かりませんが、“森”の生態系を聞かれたら1日で足りるかどうか」
「ヴォルフさん付いてくんだし大丈夫っすよ」
「付いて来るんです?」
「要らねえなら、」
「来て下さい」
「おっ。珍しく食い気味。気が乗らないなら行かなきゃ良いのに」
「いえ。気が乗らないとかでなく。滞在も残り少ないので、少しやっておきたい事があって」
「ヤマトさんが?」
意外だと目を丸くするロイドは、ヤマトは自分や“友人”に危害が無いのなら基本的に放置し不可侵を貫くと確信している。他者が泣こうが喚こうが興味を向けない。早い話が、無関心。
だからこそ驚いた。この王都でヤマトの興味を引くものは、名物のゴボウ以外に無かった筈。ダンジョンにもいつの間にか何度か潜り、充分楽しんだ様子。
ならば他に、何が彼の興味を引いたのか。
視線だけでヴォルフを見ると僅かに眉を寄せヤマトを見ている。どうやら、ヴォルフにも見当は付かないらしい。
改めて視線をヤマトへ戻すと、んー……。数秒思案する素振りを見せてからテーブルに肘を置き、内緒話のように口元に手を添えたので同席者全員が身を乗り出した。
「下水道。ゴブリンが大規模な村を作ってます」
「……は」
「狂信者達が招き入れたかと。王都を混乱させ、“黒髪黒目”が力を示す場を作ろうとしたのでしょうね」
「……情報源は」
「ここふた月のゴブリン目撃情報が極端に多いので、もしやと広範囲の探査魔法で確認してみまして。その後は勘です」
「勘……って。根拠ねえんすよね」
「はい。なので、こっそり片付けておこうかと」
「お前が出張る事じゃねえだろ。ギルドに情報渡しとけ。魔物討伐は俺達の仕事だ」
「そうなんですけど。でも、ほら。本当に狂信者の計画で何かしら証拠が出たら、レオにとって都合が悪いでしょう?」
「……あー」
「え、なに。ロイド」
「『第二王子が“黒髪黒目”を連れて来たから王都が襲われた』って、責任転嫁」
成る程と頷いたロイドのパーティーメンバーは、同時に魔物の襲撃の恨みが“黒髪黒目”へは向かずレオンハルトへ向かう事も察する。
今迄畏れられていた“黒混ざり”だが、それよりも絶対的な存在で在る“黒髪黒目”を目にしてしまえば……民衆が抱く『畏れ』の対象が変わる事は必然。
しかし。例え元凶だとしても“黒髪黒目”を恨むなんて、畏れ多過ぎて出来ない。己の精神がそれを拒絶する。
元凶を恨めないのなら、その存在を王都へ招き入れた“黒混ざり”を恨むしかない。既に『狂信者』達は処刑され、責任を問えないから。
例え不敬でも。それが集団心理となって。
「恐らく私の噂を聞き付けた時から計画していたのでしょう。発端は“黒髪黒目”ですし、だったら私が人知れず対処することが筋かと」
「尻拭いじゃん。こっそり殿下に伝えて任せりゃ良いのに」
「大規模ですよ。軍が必要になります」
「……でもさあ」
「心配してくれてありがとうございます。大丈夫ですよ。プルも居ますから」
「あー……『森の掃除屋』だっけ」
「恐らくプルだけで事足りますが、飼い主ですし」
「……」
「睨まないで下さい」
不快。だと睨み付けて来るヴォルフに苦笑するが、今回は引く訳にはいかない。
自分の存在が発端なのは間違いないし、レオンハルトの評価が落ちる事は望まない。魔力の封印を解き、養殖や運送について提案やアドバイスもした。
それなのに。今、折角順調に上がっている評価が落ちるなんて……なんか嫌だ。
つまり。なんとなく自分が嫌だから。
どこ迄も自分本位。王族に任せるより自分が対処した方が早く済むし確実、との傲慢。……確かに事実ではあるが。
無言で睨み続けるヴォルフに軽く両手を上げたロイドは腰を戻し、続くように他の者達も同様に。ヤマトとヴォルフが顔を突き合わせている状態。
ヤマトさんの“顔”を見続けるヴォルフさんもすげーな。
そんなズレた事を考えるロイドは、酒を飲み干しまた注文を飛ばした。
「プル」
漸く口を開いたヴォルフは何故かプルを呼び、皿に残った枝豆の皮を食べていたプルはヴォルフの方へ。
「必要か?」
ヤマトを指差しての言葉。
ぷるぷると揺れヴォルフの頭に飛び乗ったので、ヤマトは眉を下げる。序でに肩も落とした。
「狡いです」
「静かに全滅させんなら妥当だろ」
「プルを心配する私の気持ちは無視ですか」
「要らねえよ。なあ?」
ぽむぽむっ。頭の上で数回軽く跳ねたプルに、口角を上げるヴォルフ。
「『心外』だとよ」
ヤマトこそ。プルの恐ろしさを正しく理解している。
ドラゴンや高ランクの魔石を与えた張本人。理解していない筈がない。
『だったら過度に不安にならず、偶には手放しで信じて欲しい』
――と。そう言っているのだろう。
数秒間の沈黙が流れたが、姿勢を戻したヤマトは緩く両手を上げ苦笑。プルがそう言うのなら、と。
テイマーでもないのに。一体どうやって感情を共有し、コミュニケーションを取っているのか。これも“勘”なのだろうか。
今更だなと思考を止めたヴォルフも腰を戻し、酒を呷り注文を飛ばした。
「それで。何がダメだったんです?」
「ヴォルフさん」
「は」
今回の件はヤマトの正論だった。確かに“黒髪黒目”が元凶で発端。例え知らない内に巻き込まれていたのだとしても、その後始末は“友人”のレオンハルトの評価を守る事となり筋は通っている。
冒険者ギルドに持ち込まれた依頼でもなく、そもそもこの王都民の誰一人として気付いてすらいなかった。真っ先に気付いたヤマトに討伐の優先権が有り、矢面に立ってもいない。冒険者を動かそうともしていない。
ではなぜ、ヴォルフ達は止めたのか。何が気に食わなかったのか。
解答権を投げられたヴォルフはロイドを睨むが、ニヤついているだけ。……ちっ。
小さな舌打ちの後にヤマトへ視線を向け、促すように小首を傾げられたので思わず顔を逸らす。
「場所。似合わねえだろ」
「なら仕方ないですね」
どこか満足気な声色。
また誘導されたのだと察し、次は盛大に舌を打った。
閲覧ありがとうございます。
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主人公が楽しそうでなによりな作者です。どうも。
“友人”として心配される事が嬉しい主人公、恐らく言おうか迷っていた時に誘導しようと決めたのでしょう。
ですが自分も行く気満々なので一応食い下がってはみました。
最終的に“そうなったら面白いな”と思っていただけで、プルが『信じろ』と伝えて来たから信じて任せる事に。
なのでそこからはヴォルフの本音を引き出そうと舵切りし、下地は作ったのであっさりと引き出せて満足したようです。
純粋に性格が悪いですね。
因みに広範囲の探査魔法では勿論吐きました。
吐くと確信していたので、トイレで探査魔法を展開した辺り潔いですね。
ブロマイドの当選者の内訳は、使用人含む貴族関係者から20人。庶民から30人。
貴族へ忖度していないと証明する為の采配で、これも抽選の応募時に張り出されていました。
王族で在るレオンハルトが写ったものなのでこのショットだけが抽選で、主人公のみが写った他のショットは希望者全員に後日配布されるようです。
私も欲しい。どこで買えますか???
サービス精神旺盛と結論付けられていましたが、主人公は単純に『面白そう』だったり『興味深いか』で動いています。
“黒髪黒目”・造形美・紳士な言動により、偶発的にサービス精神旺盛に見えているだけですね。
つまり誤解です。
何をやっても誤解を受けるの、ウケる。
受け取り手がサービスだと思っているだけなので、今のところは問題は無いかと。
次回、ギルド本部。
襲撃者。
ヴォルフの“逆鱗”。