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31.『人外』は武力だけに留めてほしい

「そろそろ戻ります」


「殿下に伝えた?」


「まだです」


「早く伝えないと拗ねるっすよ」


「では、今から」


「王族相手に報せすっ飛ばして会いに行くの、ヤマトさんだけっすね」


「許してくれますから」


「そーゆー自信満々なとこ、めっちゃ好き」


「ありがとうございます」


褒められた。と上機嫌なヤマトは、向かいで眉を寄せるヴォルフに小首を傾げてみせる。言いたい事があるなら聞きますよ、と。


当然その意図に気付いたヴォルフは小さく息を吐き、それでも眉を寄せた儘。


「昨日の」


「私が頼みました」


「へえ」


「“おつかい”ですよ」


「で」


「確証は無くとも、穏やかな暮らしを望んで」


「……それ」


「魔力の発散になって楽です」


「なら良い」


やっぱり非情ではなかった。そして怒られなくて良かった。


こっそりと全力で安堵するヤマトは、貴族相手でも最低限の道徳心を持つヴォルフに目元が緩む。この人を選んで良かった、と。


どゆこと? 不思議そうに訊いて来るロイドの頭を撫でるのは、話す事は出来ない。その言葉の代わり。


相手が公爵。レオンハルトの政敵で在る第一王子の後援。


そんな彼にドラゴン素材を売ったと口に出してしまえば……必ずどこかで話が漏れ、貴族派の結束力に歪みが生じる。であれば、“ヤマト”と云う存在が継承権争いに介入した事となる。


たとえヤマトにその意志が無かったとしても結果論は覆らない。それは、誰も望まない。


“話せない”のだと理解したロイドはそれ以上は口を閉ざした。弁えているのだろう。




一応、レオには話していた方が良いかな。


人伝……それこそ公爵本人が、精神的な揺さぶりに話す可能性も捨て切れないし。その時こそ物凄く拗ねそうだし。


うん。話しとこう。




思い立ったが吉日。己の落ち度を作らない為にと、早速腰を上げた。











広く長い廊下。完璧な所作の使用人達。流石は王城だと素直に感心。


使用人達の情緒は嵐のようにぐちゃぐちゃなのだが。完璧な表情を貼り付けているので、ヤマトが気付く事は無い。


「殿下。お客様です」


「追い返せ」


間髪入れずの拒否。報せも無しに来る者に王族が礼儀を尽くす義理は無い。正論。


顔を真っ青にさせる使用人。ドアの左右に待機する顔見知りの護衛騎士達は、呆れるだけ。


咄嗟に口元を隠すヤマトは、“王族”としての自覚があってなにより。そう感心しながら使用人の肩を引き、数歩下がらせる。


「レオ」


囁くように。柔らかい声で。


それでもその音は届いたらしく、何やら室内から慌てたような大きな物音が聞こえ……


ばんっ――!


勢い良く開いたドア。使用人の鼻先をドア板が掠っていった。


「ヤマト! さあ入ってくれ!」


「追い返さなくても?」


「貴方ならいつでも歓迎するさ!」


笑顔でヤマトの肩を抱き寄せ、硬直する使用人に労いの言葉を告げドアを閉めたレオンハルト。正真正銘の嵐だった。


可笑しそうにくすくすと笑いながら、促される儘にソファーに腰を下ろす。姿を見せない護衛は2人にお茶を出してから、向かいに座るレオンハルトの後ろに。


「先程、少し見えてしまいました」


「不快だったか?」


「いえ。彼が治したいのなら力を貸しますよ」


「だ、そうだ。どうする?」


振り返る事もせずの問い掛けに、耳元での応答。


「不要らしい」


「名誉の勲章。ですか」


「私が最も信頼する側近だからな」


「素晴らしい」


目元を緩めての称賛。本当に見えているかは分からないが、胸に手を置き一礼する護衛。


口元も緩めたから見えているのだろう。顔に斜めに走る、大きな傷痕も。


「突然すみません。そろそろ、戻ろうと思って」


「あと50年居ると良い」


「欲が強いですね。オークションもありますから、戻らないと冒険者ギルドが困ってしまいます」


「ヴィンスではないのか」


「彼は嬉々としてレオに抗議を送るだけですよ」


「抜け目のない。開催地は……確か平野だったな。王都に変更すれば良いものを」


「あの地のギルドが主体です。近場でないと」


「本部と連携を取った方が楽だと教えてやるか」


「レオ」


「、」


「素直に」


「……寂しい。まだ居てくれ」


「また、直ぐに遊びに来ます。転移魔法で」


「ロストマジックだろうに」


ハァ……。溜め息を吐いたレオンハルトは、僅かに赤くなった耳を隠そうともしない。


転移魔法が使えるなら態々本音を引き出すな。……その文句も口にしない。寂しいと思ったことは、事実。


ヤマトが嬉しそうに微笑んだから。それが最大の理由。


降参。と軽く両手を上げたレオンハルトは、


「防音」


他にも話があると確信し護衛へ命令。直ぐに魔力が揺らぎ、防音魔法が彼等を包み込んだ。


褒めるように。ゆるりと緩められた目元。相変わらず、王族相手に上から目線。不敬そのもの。


しかし張本人のレオンハルトが“それ”を求めている。褒められて嬉しいと、満足そうな笑み。


「昨日、グリフィス公爵と会った事は?」


「聞いている。先に言っておくが、彼は貴族の務めを果たしただけ。気にしていない」


「分かっています。伝えておきたい事は、それではなくて」


「他に?」


「公爵にドラゴン素材を売りました」


「!――それは……良くないな。貴方のことだ。誰にも言ってはいないのだろう」


「勿論。ヴォルフさんは、察していると思いますが」


「彼なら問題無い。自ら貴族に関わる愚行は犯さない筈だ。……公爵の意図は」


「奥様の体調の為、と」


「ならば仕方ないな」


「君が言う程ですか」


「有名な話だ。夫人は既に、公爵の事を夫と認識出来ていない。公爵はオークションへの不参加も表明している。だが……本心では縋れるものには縋りたいのだろう」


「そのようです。公爵から聞くより、先に伝えていた方が良いかと思って」


「危うく不様を晒すところだった。感謝する」


「いえ。今回は私が軽率でしたから」


「それは仕方がない。ヤマトは気持ちの良い男だからな」


「揶揄っていますよね」


「彼女達の誰が、その心を射止めるのか。賭けるか?」


凭れるように振り返るレオンハルトは「詰まらん」と、愉快そうに一言。護衛が断ったので賭けは成立しなかった。


まだ少しだけ笑いながら姿勢を戻し、防音魔法を解かせる。


「時間が有るのなら魔力操作を見てくれ」


「私で良いんです?」


「城の魔法士にも完全な無詠唱を使える者は居ない。――そうだ。ヤマトさえ良ければ、無詠唱を彼等に見せてやってほしい。勿論礼はする」


「お金や宝石は不要ですよ」


「一度限りだが、汎ゆる海産物を好きなだけ融通しよう」


「どこで見せましょうか」


「今迄で一番の笑顔だな」


満面の笑み。こんな良い笑顔はヴィンセントも見た事は無い。


因みに。ヴォルフは仲直りの時に見せられた。ヤマトが女だったなら、確実にその場で手を出されていた。


それ程に目を引かれる、子どものような笑み。無邪気に。庇護欲を掻き立てる愛らしさ。




本当に不気味な程に整っている。この“顔”ならば、この世の全てを手に出来るだろうに。


いや、ヤマトからするとその富や名声も煩わしく不要なものか。欲がないのか、強欲なのか。


冒険者よりも自由に生きて居るから強欲か。




改めて確信してから腰を上げ、ヤマトと共に部屋から出る。魔法士達への言伝を騎士に命じ、残った騎士には部屋の警備を命じる。


ちゃんと王族なんだなとズレた事を考えるヤマトは、歩き出したレオンハルトの横へ。


「あぁ、そうだ。写真を撮らせてくれないか」


「んー」


「私の婚約者が貴方の熱烈なファンになったようで。その……少し、黙らせたい」


「直球で来ましたね」


「同情を引いている」


「潔くて好きですよ。どのような写真を?」


「『出来るだけ肌が見える写真を』と」


「君の婚約者、大丈夫です?」


「手遅れだ。しかも妃教育も社交も完璧なのだから、文句も言えない」


「愛しているのですね」


「心から」


「素敵です。嫉妬は」


「するものか。彼女はヤマトを美術品と見ている。そもそも、私は愛されている」


「惚気られました」


「礼ならする。そうだな……エルフ国の資料。どうだ?」


「一肌脱いであげます」


「助かる。だが脱がずとも良い」


「抗議されるのでは?」


「今、女性達の間で流行っている小説があってな。簡単に言うと……『血を糧に生きる絶世の美形と愛を育む愛憎物語』――偶然にも“黒髪黒目”がモデルだ」


「……もしかして私、創作意欲に火をつけました?」


「画家は筆を折ったがな」


「“黒髪黒目”をモデルにしても、侮辱にはならないんですね」


「只の創作物。危険思想を植え付ける作品は回収されるが、恋愛ものはそうそう規制されない。……これからは別だが」


「はい?」


「いや」


これ迄“黒髪黒目”をモデルにした作品は許されていた。憧れや理想として。存在しないからこそ、純粋に楽しんで。


しかし、今……“黒髪黒目”――ヤマト――が存在して居る。存命中の人物をモデルにした作品は数多あるが、それが“黒髪黒目”なら話は変わってくる。


何よりも尊い存在。憧れるべき理想の王。汚してはいけない聖域。


作家達は、近い内に規制が掛かる事を確信。


ならば規制される前に、と。その目で見た“黒髪黒目”に湧き上がる創作意欲を、ここぞとばかりに放出している。既に、2冊目を出した小説家も。


規制されてしまえば全て回収されるのに。




……ヤマトが“許す”なら。


その時は緩い規制に落ち着き、女性達の楽しみも守られるのだろうが。


しかし、流石に恋愛小説を読んでくれとは言えないな。




「その吸血鬼の本、持ってます?」


「直ぐに準備させる」


「? お願いします」


若干食い気味の言葉に不思議に思うが、読んでみたいと思ったのは事実なので素直に享受した。


「『キューケツキ』と言うのか。血を糧に生きる者は」


「祖国では。他に、ヴァンパイアとも言います。こちらの方が発音し易いのでは?」


「『ヴァンパイア』……確かにな。良い事を聞いた」


なにがだろう。再び不思議に思うも、レオンハルトは視界に入ったメイドに本の準備を命じて上機嫌。よく分からないが、機嫌が良いならいいかと思考を投げる。


視界の奥に確認できた、既に魔法士達が集まる鍛錬場。微かに聴覚に届くざわめきの中には、無詠唱を疑い嘲笑う声も幾つか。


そういった高慢ちきの鼻っ柱をへし折るのは中々に愉しいと知っているヤマトは、この後“黒髪黒目”をその目に映した魔法士達が硬直する未来を知らない。


どうやら……『どうせなら自分達のように心置きなく“黒髪黒目”に驚けば良い』と、普段見下されている騎士からの仕返しらしい。確かに魔法を使える事はアドバンテージとなるが、それが見下される事を享受する理由にはならない。


つまり、個人的な仕返しに利用された。その程度ならヤマトは気にしない事を確信して。


事実。硬直される事が日常と化したヤマトは、騎士の確信通り気にしなかった。











「――と、いうわけで。お裾分けです」


「なにが」


渡された写真。


愉悦に歪む口元をべっとりと塗らす血。それを舐め取る舌。恍惚そうに緩む目元。


――人を誑かし理性を失わせ搾取する、酷く扇情的な『蠱惑』を擬人化したような生物。


正に“人外”――


そして無駄に大きい。新聞の一面程はあるだろうか。豪華な額縁で飾られているのは、レオンハルトの遊び心だと確信。


「血は」


「トマトとイチゴと蜂蜜。何とも言えない味でした」


「……お前、こんな顔も出来んのか」


「納豆卵かけご飯、肝臓の刺し身付き。を想像してみまして」


「お前がアホで安心した」


「どうです?」


「あー……女達、ぶっ倒れんじゃねえの」


「ですよね」


淑女は勿論、逞しい庶民にも刺激が強過ぎる。崇拝すらされる“黒髪黒目”が、今最も人気な小説の一節を再現するだなんて……何のご褒美だろうか。いっそ拷問でもあるが。


あと単純に顔が良い。


「それと、個人的にお願いした構図があって」


ぱっ。とヤマトの手元に出た一般的な大きさの写真。


渡されたそれを見た瞬間、ガチリと硬直した。


「流石に女性相手は気が引けたので、レオに付き合って頂きました」


レオンハルトの背後から、全てを奪い去るように。目元を覆う手と、心臓の辺りで服を鷲掴む手。今にも首筋に歯を突き立てんとする、世界の全てが平伏しそうな美貌の“黒髪黒目”。


愉悦に歪んだ顔で。ご丁寧にカメラ目線で。


…………無理だった。


何がどう無理なのかは言語化出来ないが、なんか……兎に角無理だった。むり。


「創作物ならこのくらい振り切った方が面白いですよね。私も楽しかったですし、カメラマンも大興奮で。レオも腹筋を攣らせていました。――あ、そうそう。ロイドさんから記者に写真撮らせてあげてと言われていたので、カメラは記者にお願いしまして。レオから販売しても良いかと訊かれたので数量限定で抽選、」


「おい」


「はい」


「お前は二度と写真撮らせるな」


「流石に過保護が過ぎて束縛ですよ。それ」


ヴォルフの心情やいさ知らず。


可笑しそうに笑うヤマトは、『お家騒動回避に男性同士が許容されているなら、こっちでもBL文化が根付くと面白いなー』……と。こっそりと愉しみにしている。


とどのつまり、愉快犯的娯楽。全く犯罪ではないが、確実に世間は騒ぐしヤマトは愉快に思う。


心底から性格が悪い。全然紳士ではない。


個人的に撮って貰った写真を気に入っているらしく上機嫌なヤマトは、今――




胸の辺りを押さえ様々な感情を必死に抑え付けようと荒い呼吸を繰り返す、レオンハルトの婚約者。


と、そんな婚約者の奇行に腹筋を攣らせ苦しむレオンハルト。




――そんなふたりの現状は当然知る事はなく。分けて貰った写真をロイドにもプレゼントしようと、ヴォルフの部屋を後に。


手元に残された、数枚の写真。……




只座ってんのが一番“らしい”な。




深い溜め息を吐き、冒険者引退して金に困ったら売ろう。あっさりとその活用方法を決め、額入り写真共々マジックバッグに突っ込んだ。


なんとなく……微かに聞こえたロイドの悲鳴のような声は、無視した。





閲覧ありがとうございます。

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BLではないと信じて貰えるか不安になってきた作者です。どうも。


ひとりの『オタク』として創作物の再現には真剣になりますし、多少度が過ぎた方が印象に残る高クオリティなものが作れる。っとの、持論による暴挙。

実際、過激と思われる『血』を絡めた愛憎物語が流行ってますからね。

流行ったのは“黒髪黒目”の影響もありますが。


恐らくノリとしては男子高校生の悪ノリに近いかと。

創作欲に火がついたとも言う。

記者からの称賛にノせられて気持ち良くなってたのもありますね。


BLじゃないんです……信じて……。


グリフィスが何故ドラゴンの肝臓ではなく心臓を求めたのかですが、既に肝臓は試したからです。

ドラゴン素材の購入者は有名になるので、夫人の件は王族も貴族も知っています。

ドラゴンの肝臓でも症状は進行は止まらなかったので、ならば次は心臓を――と。

それでも進行する場合、次はドラゴンの脳を求めるのでしょうね。

お金に糸目を付けず。“奇跡”に縋って。

本当に夫人を愛しているからこそ。


まあ。症状の進行が和らいだところで主人公へこっそりと感謝の品を贈るだけで、表面上は不干渉を貫くのですが。

あくまでも主人公は、グリフィスが支持する第一王子の政敵の“友人”ですからね。

感謝すれど深い交流を持つつもりは無いのです。

“ヤマト”は『王』と成ってくれないので。


レオンハルトはちゃんと“王族”として在るのだと改めて認識した主人公。

これからは“ちゃんと”しようかと思いましたが、そうしてしまえばレオンハルトは確実に気分を害するのでその考えは一瞬で思考の外へ捨てました。


そもそも。ナチュラル傲慢で報せをすっ飛ばして会いに行くので、“ちゃんと”したところで逆に心配される可能性もありますね。


次回、サービス精神。

冒険者から見た『ヤマト』。

“やっておきたい”事。

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[一言] 31話待ってました!(((o(*゜▽゜*)o))) ヴァンパイヤ供給ありがとうございます!いただきます!ご馳走様です! 鼻血漏れそうで死にそうですが気分は最高です。 これからも楽しみにしてま…
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