3.大抵の主人公はその勢いに流される
翌日。今日の昼は教えて貰った卵料理のレストランに行こう。と決め、その前に冒険者ギルドへ。
解体は終わっており、肉と毛皮や皮。全ての魔石と、諸費用を差し引いた買い取り金を受け取り満足。してから、バジリスクの解体を頼む。
昼過ぎに来い。との事なので、早速レストランへ行こうと足を動かし、
「ヤマト様!」
“森”で助けた、3人の女性。頬を染め熱っぽい視線で見上げて来る彼女達に、頭を抱えそうになる衝動をどうにか耐える。
これは、恐らく。あれ、だな。
嫌な予感を確信しながら言葉を待てば……案の定。
「先日はありがとうございました! 是非お礼にご馳走させて下さいっ」
「お構いなく。女性に奢らせる趣味は無いので」
「お優しいのですね!」
「命の恩人にお礼をしたいんです!」
断り文句だよ。
周りから受けるそんな視線に気付かず、都合の良いように解釈し誘い続ける女性達。命の恩人が相手なら、もっと下手に出るべきだろうに。
恋は盲目、ってこれかー。貴族……じゃなかった。
ヤマトさん、角が立たないように遠回しに断ってくれてんのに。めちゃくちゃ迷惑そうにしてんのに、なあ。
“普通”、なら。複数の女性から誘われる男が居たら嫉妬し敵意を剥き出しに睨み付けるのだが、如何せん。ヤマトの物腰の柔らかさと絶対的な美貌の前では、嫉妬する事すらも烏滸がましく思えてしまう。
未だに貴族疑惑が拭えないから、尚更に。
っともなれば、冷静に分析も出来る訳で。つまりこの3人は、
「あ、あのっお話しを……! あの時失った仲間が魔法使いで、是非ヤマト様にパーティーに入って欲しいんです!」
あー……やっぱりかあ。
ヤマトがそう考えると同時に、周りも似たような事を考える。この状況になった背景も、なんとなく想像が付いた。
どうやって断るんだろうな、ヤマトさん。っと、あからさまに愉しみ始める周り。
物腰柔らかな貴族疑惑の有る男は、女の誘いも貴族らしく断るのか。だったら貴族確定だな。と。
つまり、完全に娯楽認定された。冒険者とは本当にいい性格をしている。
「冒険者じゃありませんよ」
「登録しましょう!」
「フリーが性に合ってるので」
「冒険者になれば税金も免除されますよっ」
「冒険者は、私には合いませんから」
「私達が冒険者の心得をお教えします!」
顔が良いのも考えものだな。ヤマトさん、カワイソ。……そろそろ助けてやるか。
呆れ返った周りはアイコンタクトを取り、一歩。足を動かしたところで、
「黙って」
しんっ――
辺りが水を打ったように静まり返った。その言葉を口にしたのは、当然。彼。
口元に笑みを浮かべ、なのに目は笑ってないヤマト。
「ぇ……あの」
「黙って。と、言いました」
「っ、」
「冒険者の心得、ですか。バジリスク程度に仲間を殺され瀕死に陥った貴女方が、よくもまあ口に出来ましたね。実力不足で“あの森”に入った貴女方から、何を教われと? 私の“せんせい”は、本だけで私に魔法を習得させてくれたのに」
「な……なに…」
「失った魔法使いを補充したい。違うでしょう? “自分達を守らせ性欲も満たせる美形を側に置き、周りの女性に自慢し自尊心を満たしたい”の間違いでは?」
「そんな言い方…!」
「そもそも。なぜ私が弱いパーティーに入ると思うのです。自己責任の冒険者の中で、強者にすり寄る弱者が周りからどう見えるか。どうやらその花畑な脳内では、思い至らないようですね」
「っ――な…に、よ! ちょっと顔が良いからって偉そうに! 中身がそんなんじゃ顔だけ男じゃないっ!」
「傲慢ですね」
「なっ」
「この顔が、“ちょっと”? 人の好みはそれぞれなので、別にそれを肯定しても構いません。ですが、だとしたら。では貴女は?」
「――っ!!」
「一応言っておきますが、私は女性を貶したくはありません。只、ひとつ言うと」
そこで言葉を切ったヤマトは片手を動かし、横髪を耳に掛ける。
その仕草すら様になって居て……
「浅はかな欲に塗れた顔は、醜い事この上ない」
思いっきり貶した……!!
誰だ、あの人を物腰柔らかいと言った奴は。全然柔らかくない。絶対的な傲慢貴族じゃねえか。……あ、俺達か。
出した筈の一歩はいつの間にか引いていて、序でに心底からのドン引き。顔を真っ赤にし怒りよりも羞恥に震える3人に、つい同情してしまう。
どうやらヤマトは、これで大勢の女性達から嫌われようと構わないらしい。その理由は、単純明快。
「自分を守らせるような脆弱な女性には興味有りません。私を篭絡したいのなら、バジリスク程度一撃で討伐出来るようになってからどうぞ。その時は、真剣に考えて差し上げますよ」
ふっ。頤を上げての笑みは、傲慢な貴族そのもの。己の顔とチート能力への絶対的な自信による、完全に心を折る上から目線の嘲笑。
……念の為だが、ヤマトは自分の言葉に責任を持って発言している。彼女達が強くなり再度誘いを掛けるのなら、その時は宣言通り真剣に考える事に抵抗は無い。
バジリスクを一撃で討伐だなんて、Aランクのソロですら難しいのに。チート故にその事実を知らないからこその、暴論。
だがその暴論も、貴族疑惑により違和感が無くなってしまう。……決して貴族ではないのだが。
感情を抑える事が常となった現代日本人が、煩わしさから歪みそうになる顔を笑みで抑えつつ相手の心を折りハーレムを回避しただけ。圧倒的な貴族顔の所為で、偶発的に貴族疑惑を濃厚にさせただけ。
これが事実であり、真実。
ヤマトは自分の平穏な日常を守っただけで何も悪くない。実力不足を棚に上げたお門違いに正論を言ったら侮辱されたから、侮辱した。
日本の法律が通用しないこの世界で、分かり易く手っ取り早いハンムラビ法典に則ったに過ぎない。
つまりこれが敵意を乗せた物理攻撃だったら、同じく敵意を乗せ物理で叩き潰す。老若男女関係なく、平等に。
「ですので。男に媚びるより先に、研鑽を積む事をオススメします。一般的に共通認識されている“冒険者”、らしく」
「……っ」
「お話は終わりのようですね。では」
あっさり。何事も無かったように歩き出すヤマトは彼女達の横を通り過ぎ、何とも言えない静寂が流れるこの場を後にする。
今後は一切助けない。
そう、心に決めながら。
善意の行動により面倒事が舞い込むのなら、助けない方がマシ。そもそも、冒険者は自己責任。本来は助けずとも何ら問題は無い。只、甘さを捨てられなかっただけ。
だったら、自分の平穏な生活を守るために甘さは捨てる。と。
元が女なので、“捨てる”と云う結論に抵抗は無い。命の危機に瀕した時は、男性より女性の方が取捨選択が上手い……らしい。なのでこの思想は、“死”が身近に在るこの世界では正しい思想。
漸く、この世界の常識に馴染み始めるきっかけを得たという事。今まで培った常識を変えなければならないという、ヤマトにとっては不幸そのものの結果ではあるが。
その……ヤマトに甘さを捨てさせてしまった3人は涙を流していて、公共の場での失恋と共に侮辱された事へ羞恥を覚えている真っ最中。自分達がこの場を選んだので、これすらも自己責任。
やがて歩き出しギルドを出て行った3人は、今から……荷造りをして別の街へ向かうのだろう。正論で盛大に振られ、フリーで活動する者から冒険者として諭された。
恥ずかし過ぎて、暫くこの街で活動出来ない。と。
「……こっわ」
「あれで貴族じゃねえってのが更に怖い。いっそ貴族であってくれよ」
「は。あの人貴族じゃねえの?」
「あー。お前、昨日居なかったのか。貴族じゃないって本人が言ってるぜ」
「なんで」
「知らね」
「意味分からん。誰か貴族と会った事有る奴ー」
「はーい」
「どうなんよ」
「貴族じゃねえな。なんつーの、特有?…の雰囲気ねえし。貴族じゃねえ。たぶん」
「多分かい」
「あれ見た後は自信持って言えねー。でも多分違うだろ。貴族がソロで“あの森”入ったり、ソロでバジリスクなんて倒せねえだろうし」
「しかも一撃」
「Aランクなら隙突けばギリ出来んじゃね。アダマンタイトの剣で」
「って事はあの人、実質A?」
「Sじゃねーの」
「かっこよ」
「弱い女に興味ねえってのがまたカッケェ」
「自分の顔の良さ自覚してるとこ、一周回って尊敬する」
「ヤマトさんだからだろ。他の男ならムカつく」
「鼻に掛けてねえし嫌味もねえ。事実しか言ってねーのよ」
「あー……。“冒険者らしく”」
「んじゃ、冒険者らしく依頼受けっか」
わらわらと依頼ボードに集まる冒険者達は、既に早朝に一件依頼を終わらせた者達。なのにボードに残る依頼を手に取り、受付へ並び始める。
数日前に張り出された割の悪い依頼すら残らず、まっさらになったボード。……感謝します、ヤマトさん。そう心の声を揃える職員達は、この時間では珍しい忙しさに手と口を動かし始めた。
簡単に女の誘いに乗らない。誘われた事を周囲へ自慢しない。女の好みを明確に持っており、いっそ清々しい程の正論で叩き潰す。それが許される……っというより、
“そう”すべきだと思ってしまう造形の顔。
それは勝手に押し付けているレッテルだとは全員自覚して居るが、この場の大半がヤマトへの好感度を上げてしまった。嫌味のない美形とは本当に狡い存在である。
そんな彼等からの好感度やレッテルなんて露知らず。
「いらっしゃ……ぃ、ませ……?」
「貴族じゃないですよ」
最早常套句と化したその言葉を口にしたヤマトは、萎縮する女性の店員から席に案内され渡されたメニューへ目を通す。料理名はほぼ地球と同じだと知り、こっそりと安堵。
おすすめを訊ねれば、卵かけご飯。との、1年以上米を食べていない日本人からするとご褒美そのものの返答。
無意識に目元が緩んだらしく、ひえっ……。顔を真っ赤にたじろぐ店員。
常連になる予定だからさっさと慣れてね。
例によりこちらも丸投げし、念の為。と、口を開いた。
「卵かけご飯には何をかけます?」
「なに、とは?」
「調味料の事ですよ」
「……?」
よく分からない。困惑した様子で厨房の方へ視線を移す店員に気付いたのは、貴族なのに貴族じゃない人が来た。そう他の店員から報告を受けたコック。
意味分からん。と盗み見たら完全な貴族顔だったので、一気に顔を青くさせた。貴族じゃないらしいです、と再度店員が言わなかったら未だに硬直していただろう。
数回深呼吸をしてから、意を決したようにヤマトへ近寄って来た。
「お伺い致します」
「卵かけご飯に調味料を掛けたいのですが」
「……?」
「私の故郷ではそうやって食べるので」
「……なる、ほど…?」
どうやら混乱させたらしい。
生卵を食べるなんて暴挙、この街くらいだと思っていたのに。他にも生卵を食べる奇特な地が存在するのか。
……辺りだろうか。僅かなカルチャーショックでもあるのだろうが。
「どの調味料をお求めでしょうか」
「醤油。有りますか?」
「ショーユですね。他にご注文は?」
「ベーコンと、サラダを」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
ありがとうございます信長様。この世界で醤油を普及して下さっておられただなんて、心より感謝致します。流石、日本人が好きな武将ランキング上位者。
他の転生や転移者の可能性も有るだろうけど。
これは大豆食品網羅してるんじゃないだろうか。探そう。いや、コックに訊けば良いか。
大きな期待はせず。それでも、醤油が存在している事実に上機嫌に。頬を緩めるヤマトは、窓際の席に座らせる事で店の宣伝にされている。
その現状に少しも気付く事無く、暫くして運ばれて来た卵かけご飯と醤油。ベーコンとサラダに目を輝かせ、大満足で完食。
“美形の緩みきった幸せそうな顔”は心臓に悪い……。
上機嫌のヤマトが店から出た、後。店内で注目していた者達と外から見て居た者達は顔を真っ赤にし、胸の辺りを押さえながらそう口を揃える事になるのだった。
大豆食品が網羅されていた為に破顔したから、尚更に。
閲覧ありがとうございます。
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こんな風にハーレム回避する展開がもっと増えてほしい作者です。どうも。
あっさりと流されて受け入れる巷の主人公、あまりにも軽率過ぎんか?男性って女性からぐいぐい来られるの好きなん?生きるか死ぬかの冒険者なのに庇護目的や性欲直結の恋愛目的でも構わないの?特に、“庇護目的”でも構わんのか?お?
っと、色んな作品を読んだ故にこの主人公が誕生しました。
こういう「嫌なものは嫌」だと、自分の考えを変えない主人公の方が好感を持てます。
でも侮辱は酷いと思います。
いや、ひっど。酷いなこいつ。
3話目は来週の予定でしたが、どうにか書き上がりました。
突貫工事なので後程修正入るかもなので予めご了承を。
これでどんな話かはなんとなく把握して頂けるかと。
こんな話です。
近寄って来る全ての女性を侮辱する訳じゃないですよ。
庇護目的や敵意を向けて来る女性に対してだけです。
普段は街の老若男女関係なく紳士なので、こっそりと好意を抱いてる女性も居そう。
それでも顔が良すぎるので、恋愛感情ではなく遠くから眺める憧れのようなものでしょうが。
卵かけご飯食べたい。と思いながら書いてました。
卵かけご飯食べたい。
作者はめんつゆ掛けるのが好きです。
美味しいですよ。
次回、冒険者達との交流。
一緒にお酒も飲むよ。