28.冒険者として、“友人”として
レオンハルトのご機嫌取り。謝罪の手紙を送ると直ぐに返事が届き、掻い摘むと『孤児院への寄付の借りが無くなって良かった』と。良い事はしておくべきだと改めて実感。
因みに手紙を届けたのはプルで、容易く侵入された筈のレオンハルトは笑いながら返事を書いていた。王宮の者達には一切見付からなかったので、やはり意思を持つスライムは恐ろしい。
ロイドのご機嫌取りは存外簡単で、手料理を振る舞っただけで済んだ。
「料理も出来るとか、あんた逆に何が出来ないんすか」
別の方向から文句を言われたが。美味しそうに食べていたので、ヤマトの方がよりご機嫌になった。
差し当たって出来ない事は『ヴォルフのご機嫌取り』である。手料理も、当然ながら高級な酒も通用しない。お手上げ状態。
「ヴォルフに睨まれたくないから無理」
……と、ヴォルフのパーティーメンバーからの協力も望めない。希望は断たれた。そして明らかに愉しんだ笑みだったので、少しだけ恨んでおいた。
そんな、現在ヤマトが頭を悩ます相手で在るヴォルフは……
「鬱陶しい」
「許してくれます?」
「は?」
3日目にしても許す気配を見せない。
女々しい。その言葉を咄嗟に飲み込む程の頑固さ。道程は遠い。
そんなに怒らなくても……とも思うが、それ程に心配を向けてくれているのだと理解しているので文句も言えない。只管に許しを乞うのみ。
“なぜ怒っているのか”。それを分かっていないから許されない。
それも、ちゃんと理解している。
「どこに行くんです?」
「来んな」
「行きません。これ以上怒られたくないので。それで、どこに?」
「ダンジョン」
「あ。私も、」
「あ?」
「……いってらっしゃい」
返事も無く出て行くヴォルフを見送り、テーブルに突っ伏すヤマト。拒絶された事へのショックが大きい。デザートも貰えなかった。自業自得なので文句も言えない。
緩く背中を撫でてくれるロイドの優しさが沁みるが、笑いを堪えている事も気配で察したので同時に複雑な思いも抱く。慰めているのか、それとも面白がっているのか。
恐らく、どちらも。器用なことをする。
「何を求められているのか……わかりません」
文句は言わないから弱音は許されたい。
「ちゃんと『ごめんなさい』したんです。絶対好きだと思って、祖国の料理も振る舞いましたし」
「俺に食わせてくれたショーガヤキ?」
「いえ。ブル肉で、スキヤキを」
「格差」
「合うお酒も出したんですよ。『神の雫』ってお酒。――あ。ありきたりなお酒だったので、もしかして偽物だったんですかね。祖国の国産酒に似てましたし」
「“黒髪黒目”に偽物売ったら自殺行為じゃん。つーかまじあんたの祖国なんなの。それ、めちゃくちゃ上の権力者しか飲めねえんだけど。いくらした?」
「さあ?」
「金銭感覚やっば」
「怒り続けるのも身体に悪いですから。可能性があるならお金は惜しみません」
「その酒で許して貰えないって、もう無理じゃん」
「だから。こうして落ち込んでます」
テーブルに伏せた儘に視線を向けて来るヤマトは、言葉の通り落ち込んだ表情。なんとなく胸の辺りがざわざわしたロイドは、やっぱこの“顔”綺麗だなと心底から感心。
ヤマトの頭に乗ってぽよぽよと小さく跳ねるプルも、どうやら慰めているらしい。その健気な行動に少しだけ気を持ち直し背筋を戻した。
「確かに少しやり過ぎたとは思ってます。それでも、この手で殺す気は無かったんですよ。ヴォルフさんもそれは分かってた筈です」
「まあ、そりゃあ。俺も殿下も分かってたし」
「『ヒトの不殺』――私はその望みを叶えています。だからこそ、ヴォルフさんが許してくれない事が理解出来ません」
「俺等が“なんで怒ったか”。も、でしょ」
「どうしてですか?」
「自分で気付く事に意味があんじゃん」
「3日も気付けないのなら、自覚の無い愚行と云う事でしょう?」
「その自己分析は出来んだ。頭の良さ偏りまくってんね」
「“なに”が、君達の癪に障ったのですか?」
眉を下げるヤマトからは威圧感は無く、ひとりの人間として訊ねている。只管に下手に出て。
いつも通りの強者として聞き出せば良いのに。“黒髪黒目”として、傲慢に。俺相手ならそうした方が手っ取り早いって分かってんのにさ。自分でも引くくらい懐いてんだし。
“そう”しないってのが、また……好きなんだよなあ。優しくて、お人好しで。俺達の理不尽な望みと怒りを受け入れてくれてる。ずっりー。
反省してるっぽいし、もういいか。教えても。
これ以上は俺等が悪者になるし。
テーブルに頬杖を突いたロイドは態とらしく視線を斜め上に向けてから、数秒もせずにその視線をヤマトへ。
「『最悪、自分が矢面に立てば場が収まる』」
「!」
「思ってたっしょ。“自己犠牲”っつーの? まじでムカつく。自分を軽く見てんのも、全部責任負おうとしてんのも。自由に生きる冒険者を私物化すんな。あんたの部下に成り下がった覚えはねえんだよ。あんたが面白くて、めちゃくちゃ好きだから付き纏ってんの」
「……はい。すみません。無意識でした」
「ん。ゆーるすっス!」
「まだ許されてなかったんですね」
「ちゃんと理解したんしょ? だから俺も、“ちゃんと”許す」
「ありがとうございます。――ひとつ。いいですか?」
「んー」
「冒険者ではないレオが怒ったのは?」
「殿下は怒ってねーっすよ」
「え」
「生粋の王族っすから。殿下にとっては他者が自分の為に動くのは日常だし、多分面白がってんじゃねえかな。寧ろ、寄付の借り帳消しにできてラッキー! っとか思ってそう」
「レオらしいです」
「ヤマトさんも」
「はい?」
「あーなんだっけ、ほら。『“私”は狂信者を認めない』?」
「あー」
「ああなる事、予想してたんでしょ。“らしかった”っすよ」
「……ヴォルフさんが怒っている理由って」
「勿論さっきのもあるけど。パフォーマンスだとしても『価値』を落としたんだから、そりゃ気に食わねーよ」
「? でも民衆は、」
「“ヤマト”の『価値』」
瞬間。目を瞠ったヤマトは顎に手を置き、目を伏せてから考えを纏めていく。
長いまつ毛、綺麗な鼻筋。形も、色も艶も良い唇。一切の無駄のない整い過ぎた横顔。
まるで、世界から切り取られた絵画。――としか思えないが、頭にスライムが乗っているので全て台無しである。
不意に顔を向けて来たヤマトは……
「ヴォルフさん、私の事好き過ぎません?」
「いや今更」
誰がどう見てもあからさま過ぎた、その事実。あれだけ世話を焼かせておいて、今気付いたと言わんばかりに上機嫌になるのだから……呆れるしかない。
そもそも。幾ら友人だとしても、冒険者が一般人……それも流れ者の世話を焼くなんて有り得ない。いつ死ぬか分からない冒険者は、一般的な“友人”の距離感よりもその関係性は希薄になる。過度な喪失感を与えないように付かず離れずを保つことが、彼等冒険者の流儀。
なのに。
その希薄な関係性よりも更に内側へ“ヤマト”と云う存在を置いている。実質Sランクと噂され、冒険者ギルドが無下に扱えない……
貴族どころか王族にも決して媚びない男が。
「俺等も理想押し付けてる自覚あるけど。ヴォルフさんは“あれ”だから。免疫ゼロなんすよ」
「……あぁ。“貴族嫌い”」
「故郷潰されてなかったら、軽く騎士団長に成れたんじゃねーかなー。もったいね」
「近衛騎士ですよ」
「うん?」
「ヴォルフさんは国ではなく、“唯一”へ剣を捧げる姿が似合います」
「……あんた、ほんと……なんで貴族じゃないんすか」
「流れ者だから。としか」
「……まあいいや。今日中に仲直りして下さいよ。皆でダンジョン行きましょ」
「ゆっくり探索するのが好きなのでは?」
「それはそれ。これはこれ」
「努力します」
「期待してまーすっ」
「はい。――あぁ。そう云えば。ロイドさんも“友人”になってくれます?」
「むり」
「傷付きます」
「ヤマトさんと対等なんて畏れ多いんで」
「血筋で?」
「知ってたんだ。――貴方様に傅きたくなるので、そのお心だけ頂戴致します」
「“正に”ですね。良いものを見れました」
「んははっ、行って来まーす!」
「お気を付けて」
笑顔で腰を上げたロイドは軽く手を振りながら宿を出て、……“唯一”。
それ、自分の事だって気付いてんのかな。あの人。
気付いてないか。ヤマトさんだし。
ヴォルフさん、まじでどーすんだろ。まだ盗賊の残党居るだろうから一緒に帰るんだろうけど、拠点移す時期っつってたし……その後バイバイ?
いやいやまじで。俺等じゃヤマトさんのお世話無理なんだけど。
ヴィンス様はもっとダメ。あの人もヤマトさんに傅きたいから、任せたら担ぎ上げられる。貴族の生き方が魂に染み付いてる。だめ。ぜったい。
頼むから早く来てください、ランツィロットさん。
ヴォルフと馬が合う、ランツィロット。人は選ぶが世話好きなその存在に丸投げしたい、と祈るロイド。……は、冒険者ギルドの前で待つ自分のパーティーへと駆け寄った。
「おっせー」
「ヤマトさんに説教してたから」
「もう大丈夫なんか」
「地頭良いんよ、あの人」
言いながらギルド内へ入り、真っ先に依頼書が並ぶ掲示板へ。遠慮の欠片も無い周りの視線。
その視線に煩わしさは無い。“黒髪黒目”と行動を共にしているから、仕方のない事。
寧ろ優越感すらある。
「なにが悪かったか理解してたし、後はヴォルフさん次第。――おっ、ロックバードあんじゃん」
「サーペントのが良くね? ヴォルフさん、ピリピリすんのやめてほしいわ」
「ヤマトさん大好きだからしゃーねーよ。防具の修繕したいからサーペント」
「俺もサーペント。カーチャンなんよ、あの過保護さ」
「あんだけ怒っといて忠誠誓ってないのまじ謎。受けて来るー」
「おー」
過半数がサーペントに寄ったので、パーティールールの多数決に則りサーペント討伐を受けることに。渡された依頼書片手に受付へ向かうロイドと、軽い返事をしながらテーブルスペースへ移動するパーティーメンバー。
サーペント討伐と簡単に話していたが、本来はCランクパーティーでは相討ちとなっても不思議ではない。
それでも余裕があるのは、実力があるのは勿論。高い連携力による正確な自信。それと、
「あ。お前、そろそろBに上げろって言われてたろ」
「そだっけ。この依頼終わったら上げるわ」
「遂に俺等もBランクパーティーか」
「ロイドから調整されてなきゃとっくに死んでたよな」
「流石、元貴族。頭良い」
たった数年間でも物事の先読みや、人を使う際の采配を義務として叩き込まれた。元から他者の成長を促す才能を有していたのか、それも手伝いロイドが加入してからは個人としてもパーティーとしても成長した。
序でに元貴族だと知った瞬間にリーダーを押し付けた。英断だったと全員が自負している。
偶に受ける指名依頼。護衛等の貴族と直接顔を合わせると懐にするりと入り込み、自分達が蔑ろにされないように取り計らう。穏便に報酬を割増しさせた事も、何度も。
普段はおちゃらけているが意外に計算高く、言葉の裏や会話の先を読む能力もある。それを気取られないように軟派に振る舞い、『冒険者の割には話が通じる』と貴族達からの好印象と信頼を勝ち取って来た。
その貴族達の中でヴィンセントを選んだのは、『貴族の割には話が通じる』から。
“あの森”に接する領地を治め、王都並みに発展させた手腕。それは広い器を持ち冒険者の特性を理解し、柔軟な発想をし続けなければ不可能な事。
粗暴でアクの強い冒険者が引っ切り無しに入れ替わるのだから、常に新鮮な心持ちで居なければ“あの森”に接した領地なんて管理できない。いくつもの隣接した領の中で、ヴィンセントが最も柔軟な対応を見せた。
だからあの地を拠点に決めただけのこと。他の冒険者から“手駒”と揶揄われる程に。
冒険者にとってその揶揄いは『実力を認められている』と同義なので、特に不快には思わない。寧ろ褒め言葉。その場のノリで軽く言い返すだけ。
『貴族のお気に入り』と周知されているだけで、実際には誰一人として本来の意味で“手駒”だとは思っていない。そればかりか、便宜を図って貰える事を羨んでいる。
因みに。
侮蔑の場合は『貴族の犬』――尻尾を振って媚びた時点で冒険者失格。虎の威を借り早々に周りから潰されるか、己を過信し勝手に命を落とす。
現在ロイドはヤマトへ尻尾を振っているが、ヤマトは『貴族じゃない』と公言しているのでセーフである。
「おかえりー」
「んー。サーペントの血も欲しいっつわれた。毒消しポーションの材料」
「肉は?」
「出来れば。だと」
「担いで来んのダル」
「そろそろマジックバッグ買おうぜ」
「あー……ヴィンス様におねだりする」
「お前がリーダーでまじ良かった」
「使われてやるよ」
けらけらと笑うロイドは、“おねだり”の成功率を上げる為の算段を脳内で組み上げていく。恐らくヤマトを利用するのだろう。
っと云うか……利用するよりも正直に伝えた方が、貸しを作る事にはなるが面白がって協力する筈。その貸しも、無理難題を押し付けられる事もないと確信。
確かに傲慢だが、貴族ではない。相手を慮る心を持っている。だから、不安になる必要はない。
「あ。ヤマトさんだ」
「ほんとだ。どこ行くんだろ」
「ゴボウ食いに行ってんだろ。まじなんでアレ食うの、あの人」
「大丈夫なんかな。レストラン、貴族が押し寄せてんのに」
「大丈夫だろ。ヤマトさんだし」
「第二王子と仲良しだし」
「ウケる」
ロイド達に気付かず十字路を横切って行った、ヤマト。その後に続く民衆達。
処刑の後からその人数が増えた気がするのは気の所為ではない。確実に、増えた。序でにカメラを装備する記者も増えた。
あの日以降写真は許可していないが、あわよくば……と僅かな希望を抱いているらしい。相変わらず無断で撮らないのは、心象を悪くしてしまえば二度と王都に来てくれないと確信しているから。
もっとブロマイド欲しいしヤマトさんに頼んでみよー!
内心楽しみに思いながら、ロイド達は依頼へと向かった。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
慰めるプルが可愛くて悶えている作者です。どうも。
無自覚に冒険者を所有していた主人公。
所有と云うより、“庇護”なんですがね。
気に入っているから「守らないと」っと思っています。
ナチュラルに上に立っていますね。
いやこれ、やっぱり“所有”かも。
ヴォルフは心底から主人公を気に入っていますし、清廉で在れと『理想』を押し付けています。
ここ迄書けば読者の皆さんは察したでしょうから明言しときますね。
『理想の主』を押し付けています。
“貴族嫌い”なので自覚は無いです。し、この先も自分で自覚する事はありません。
鈍感ではなく“貴族”と云う存在を心底嫌悪しているので『貴族のような存在』に仕える“騎士”だと、己を認識する事を脳が拒否しているのでしょう。
周りはとっくに察して居るのですがね。
笑いのネタとしてでも指摘しないのは、ヴォルフの精神面を考慮しての沈黙です。
今迄もこの先も、彼が“騎士”に成る事は有り得ません。
生涯、自由を愛する冒険者の儘です。
今回はロイドの活躍回でした。
元貴族で現冒険者だからこそ、多角的に分析して柔軟な発想が出来ている子……に書けてたら良いな。
“黒髪黒目”に説教していた時は心臓バクバクでしたが。
一応にもこの国で生まれ、数年間でも貴族の徹底的な教育を受けたから仕方無いですね。
素直に聞いてくれる主人公に心底安堵していました。
“友人”を断ったのは、これ以上近い関係となってしまえば本当に傅きたくなるからです。
ロイドにとっては、この関係性が自分が一番安心できるのだと思います。
次回、“義理”。
冒険者ギルドで再会。
ダンジョン。