27.悍ましい程に清廉潔白
「何も訊かないんですね」
「聞いてる」
「そうですか」
レオンハルトのお茶会。話題は養殖産業と、その物流。レオンハルトの魔力を封じた貴族の末路。その感謝。
物流に氷魔法使いの雇用を提案してみたところ、目から鱗と驚いていた。どうやら氷魔法使いは王家直属と成る事が常識なので盲点だったらしい。王族が、夏に快適に暮らす為だけに。
ヴォルフが付けた“裏”の者は魔法で姿を隠し、あの場で見聞きした全てを既にヴォルフへ報告済み。
レオの護衛は気付いてただろうけど。ってことは、レオも知ってた筈。
ヴォルフさんが私に護衛を付ける事を予め確信して、今回のみ城への侵入を見逃した。私の側に居る限り、で。
あの子も過保護だ。
呆れるも胸の辺りが暖かくなった感覚に頬を緩め、その後の豪勢な夕食を思い出しながら朝食を食べ始める。夕食はレストランへ移動したので、他の王族とは遭遇していない。
他に面白かった事といえば、門番や使用人達が顔面蒼白で硬直していた事くらいか。
「3時間後だったな。処刑。本当に見に行くのか」
「一応、原因みたいですし。『“私”は狂信者の存在を認めない』――そう示した方が良いかな、と」
「狂信者っつうより反逆者だろ」
この国を建国した“黒髪黒目”。それに酷似した存在のヤマトを洗脳し、御旗として国を乗っ取ろうとしていた。
初代国王が獣人・亜人を仲間や家族とし共に建国した。なのになぜ、今では王家に獣人や亜人が居ないのか。なぜ王家は獣人や亜人を迎えないのか。
それは単純に……獣人は只人より力や魔力が強く、亜人に至っては寿命も長い。それ故生態系の自浄作用が働き、獣人や亜人はその特徴に反比例して繁殖力が低い。
王家は血を紡ぐ事を何よりも重視している。なので繁殖力が低い種族を積極的に迎える事は、国の存続の観点から控えるようになった。
只人は最も数が多く寿命も百を越える者は稀。だからこそ繁栄に貪欲で、故に世界は発展し続ける事が出来る。
寿命が長い亜人にとって、その目まぐるしい変化は瞬きの間。だが只人よりたった数十年長く生きる獣人からすると、その発展による影響や感性は只人と大差ない。
獣人側の言い分は誰もが理解している。しかし国や世界を天秤に掛ければ、世論としても獣人の繁殖力は足枷となってしまう。
恐らく、大半の獣人は理解し納得している。国や世界の発展の為ならば、と。
事実――獣人が治める国。それはこの大陸にも、他の大陸の国にも島だって在る。
なのになぜ、こんなにもこの国に拘るのか。
……嗚呼、なるほど。だからこその……『狂信者』。
かつて獣人へ権力を与えてくれた“黒髪黒目”。その存在に懸想し縛られている、過去の栄光に縋り付き理想だけで生きる者達。
つまりは、
「ロマンティストですね」
「何をどう考えてそうなった」
訳分からんと盛大に引いた顔をするヴォルフと、そのパーティー。ロイド達はそろそろ起きて来る頃か。彼等がこの場に居たら、間違いなく頭上にハテナマークを飛ばしていた。
食事を済ませたヤマトは頭へ登って来たプルを撫で、3時間後なら食べ物は消化されてるから大丈夫だろう。……と、ズレた事を考えつつも一応の心構えを。
“森”での生活により生物の断面や血飛沫には慣れている。それでも平和な日本に生まれ育ったため“人”の死体には慣れていない。盗賊の死体も、馬車の中からはあまりよく見えなかった。
まあ、吐く瞬間にプルが顔を覆ってくれるだろう。胃液のニオイ毎飲み込んでくれる筈。
プルはいい子だからきっと大丈夫。うん。
ひとり納得するヤマトが、何を考えているのか。これ迄の人生経験と観察で分かったらしく、だったら行くなよ。と呆れるヴォルフ。
既に行くと決めたなら言っても無駄だと、残していたデザートを一口食べてからヤマトの前に置いた。
大通りが交差する広場。つい先日に肉の叩き売りを開催したこの場で行われる、罪人の処刑。処刑自体稀な事だが、この広場はあらゆる催事が行われる場。
故に住民達は特に違和感もなく、狂信者と云う『反逆者』……その処刑を見物しに集う。
これもまた、死が身近に在るこの世界では“娯楽”のひとつ。
処刑と云う刺激を欲している者。本当に“黒混ざり”の嫉妬なのか知りたい者。単純に、反逆と云う不安要素から開放され安心したい者。
最たる理由は『“黒髪黒目”の狂信者』――その処刑に、“黒髪黒目”がどう反応しどんな言葉を発するか興味がある。から。
そんな興味を向けられたヤマトは、3M程の土台が組まれた処刑台の真正面に。その両側にはヴォルフとロイド。他のメンバー達は、興味ないと自由行動。
「まじで見んの? なんかヤマトさんが汚れるようで嫌なんすけど」
「レオの晴れ舞台ですし」
「処刑だって」
「私の為に動いてくれたのです。私も、その誠意に応えないと」
「律儀過ぎんだもんなー。好きでやってんだから甘えときゃ良いのに」
「ご機嫌斜めですね」
「あんたが見せモンみたいでムカつく」
「いつもと変わりませんけど」
「そーゆー偶に鈍感になるとこ、好きっすよ」
「?……ありがとうございます。心配してくれているんですよね。嬉しいです」
よく分かってはいないが、心配されている事は分かったのでロイドの頭を撫でておく。公衆の面前で照れもなく大人しく撫でられるのだから、ロイドのヤマト大好き度は相当なもの。
苛立ちが薄れたロイドは、淡々と準備が進む処刑台を見上げた。
「俺、ギロチン使われるの初めて見る」
「私もです。この国では10年以上振りらしいですよ」
「なんで知ってんすか」
「新聞に書いていました。優秀な新聞社です」
「近い内に謝礼届きそー」
「はい?」
「なんでもねーっす」
“黒髪黒目”が褒めた新聞社。それだけで人々はその新聞社から新聞を買ってしまう。その、たった一言で。
自分の言葉が影響力を有していることは理解したが、その影響がどれ程に強大なものかは未だに把握していない。この世界に来て初めて“黒髪黒目”と畏れられたのだから、把握しろと言う方が土台無理な話である。
「来たぞ」
無言で処刑台を見上げていたヴォルフ。彼の声に視線を向けると、格式高い馬車から降りて来るレオンハルト。
直ぐにヤマトに気付いた彼は目元を緩めるだけで、準備を指示する騎士と話し始めた。
「賢い子ですね」
「どこが」
「え」
「こっちに来たい、だと」
「賢く在ってほしかったです」
「今更」
「不敬ですよ」
くすくすと笑うヤマトと笑いを堪えるロイドに、溜め息をひとつ。漠然とだが、この不敬を知られたとしても許される事も確信。
まさか貴族嫌いの自分が王族……しかも“黒混ざり”と不敬が許される関係性になるとは、夢にも思わなかった。思いたくもなかった。
更に言うと、今直ぐにでもこの忌々しい関係性を清算したい。心底から。
こいつが居る限りは無理だろうな。
視線だけでヤマトを見るヴォルフの脳内には、レオンハルトと縁を切る為にヤマトと離れる。……その選択肢は浮かんですらいない。
ヤマトの貴族のような言動に腹が立つのは事実だが、ヤマトは貴族でない事もまた事実。たとえ王族と“友人”だとしても、それだけでは離れる理由には到底足りない。
唯一、ヤマトから強く望まれた“友人”としての――優越感により。
組まれた処刑台の最終確認の最中。縄に繋がれ連れて来られた、麻袋を被せられた20人近い罪人達。これで全員なのか、運良く逃走したのか。
恐らくトカゲの尻尾切りだろう。と見当を付けたヤマトがヴォルフを見上げてみると、気付いたらしく小さく首を振る。
正解、らしい。
至る所から不安と侮蔑の言葉が聞こえるが、平穏を脅かす反逆者に対してはその声は小さい。ヤマトが居るから……だろうか。
処刑台の下に座らせられた罪人達。処刑台の斜め向かいに組まれた物見席にレオンハルトが腰を下ろし、騎士が罪状を読み上げる。
狂信者ともあり誘拐や洗脳、薬物や違法取引のオンパレード。これは完全に“裏”と繋がって……というより、彼等が“裏”の一端なのだろう。
確信の予想を立てたヤマトは目の前で震える彼等を、それでも無感動で見下ろすだけ。
やがてひとり目がギロチンへ連れて行かれ……
レオンハルトの合図により、刑が執行された。麻袋は被せたまま。
鋭い刃に切断され籠に落ちる首。処刑台を染めていく鮮血。
「だいじょぶ?」
「思ったより平気です」
「ならいーや」
小声で確認して来るロイド。視線だけで確認して来る、ヴォルフとレオンハルト。
全員過保護である。
弱肉強食で成り立つ“森”での暮らしは、これ程迄に精神を守るものだったのか。――そう素直に受け入れながら、次々と執行される処刑を見続ける。
確かに、自分に関係のない存在が目の前で死んでも心は動かない。キアラに言った言葉通り。
これなら昼の軽食も食べられそうだ。
そう、安心していたのだが……
「我等は必ず本懐を遂げる! 我等の王は“黒髪黒目”だけだ! “黒混ざり”如きが王に成れるものかっ!!」
最後のひとり。
首を固定され、麻袋を被った儘に叫んだその言葉。反射的に民衆は顔を青くさせ、物見席のレオンハルトへ窺うように視線を向ける。……が、眉ひとつ動かさず気にも止めていない様子。
実際の腹の内は分からないが、王族が不快さを表に出していない事だけで民衆は安堵する。
後でヤマトから慰めて貰おう。
そうだ。必死に怒りを堪えたのだと殊勝に振る舞えば、きっと褒めてくれる。
楽しみだ。
……その腹の内は、民衆は知らなくて良いのだろう。王族の矜持を守る為にも。
先ずはこの催事を片付ける事を最優先に合図を出そうとして、
「待てっつってんだろ!」
ヴォルフの叱責に似た声。
咄嗟にそちらを向けば、ヴォルフの手を払い処刑台に飛び乗った……
「――ヤマト?」
殆ど呼吸と変わらない音に視線を向けて来たヤマトは、それでも。直ぐに首を固定された罪人へ視線を下ろし、軽く動かした手は……魔法を使ったのか。
麻袋が取れ、見えた獣耳。恐らく、狼の獣人。
彼の視界には見上げて来る民衆達。その視界の端に黒い布が見え、固定された首を必死に動かせば視界に映った――
“黒髪黒目”
「嗚呼――王よ! どうか我等をお導き下さいっ! あの穢れた“黒混ざり”を、」
「黙って」
「、ぉ……ぅ?」
「黙って。と、言いました」
咄嗟に息を潜めたのはその獣人だけでなく、注目している者達も同様に。静寂がこの場を支配し、それは指の先すら動かす事を許されない威圧感。
とんっ……
ギロチンの柱に寄り掛かったヤマトはゆったりとした動きで腕を組み、緩く上がる両の口角。されど目元は緩めずに。
「“彼”へ懸想するのは個人の自由です。獣人の待遇を良くしたい。立派な考えです。ですが――懸想を理由に犯罪に手を染めて、その先に未来が在るとよく思えましたね」
「……」
「ところで貴方、どちら様です? 私に獣人の知人はまだ居ないのですが、なぜ私は『王』と呼ばれたのでしょうか。どなたかとお間違えでは?」
「……ぁ、なたこそ……“黒”で在る貴方様こそこの国の王に相応しいのです!」
「確かに『狂信者』ですね。“私”について何も知らない」
グリフィス公爵の件。その件で“裏”の者はヤマトへの認識を大きく変えた。雇われあの場に集められた者達から齎された、情報。
ぞわりっ――
唐突に背中に走った悪寒に一歩引いたのは、ヤマトの側で硬直していた執行官。彼の視界には組んでいた腕を動かすヤマトが、
「情報は回っていた筈です。『私の逆鱗は“友人”への侮辱』――不愉快極まりない」
くんっ。軽く動かした指。それに倣うように首を固定する板が一瞬上がったと思えば、うつ伏せだった罪人は仰向けに。
これは……まさか……
「ほら、貴方が望む“王”の導きです。嬉しいでしょう?」
「ひっ――」
ゆるりと緩められた目元。慈悲深い聖女のような。慈愛の聖母のような。無償の愛で見守る、女神のように。
されど。酷く柔らかな表情に反し、今からその首を斬り落とす刃が見える体勢を強制する。
澄み渡る青空を背に立つその存在は、正に――
荘厳な程の悍ましさ。
首に迫る刃。死への過程をその目に映させるなんて、理性のある人間が強制して良い筈がない。善悪を判断できる人間が……選択出来る筈が……
なのに現状、ヤマトは“それ”を選択している。悪としか言えない選択を、望まれたから“善”として。
恐ろしく清廉潔白な佇まいで。
「……おい。その辺でやめろ」
水を打ったように静まり返っていたからか、ヴォルフのその言葉がやけに響いた。
柱に寄り掛かった儘にそちらへ視線だけを流せば、くいっ――顎でとある方向を指す。流れるようにまた視線を移すと、
「私の国民を取らないでくれ」
盛大に呆れた顔のレオンハルト。……いや、いやいや。
“黒髪黒目”だからってこんな暴君ムーヴ見ても王にしたいと思うの?
相当ヤバくないか、この国。
それは“黒髪黒目”が『絶対的な王』として振る舞ってしまったが故の結果なのだが、ヤマト本人はその事実に気付く事はない。
しかし、レオンハルトが傷付いていない事には気付いた。
数秒――目を閉じたヤマトは手を動かし、気付けば罪人はうつ伏せの体勢に。
「レオに感謝して下さいね」
呆然とする罪人へその言葉を残し、処刑台から降りて元の場所へ。
服や靴に付いた血は、後でプルが綺麗にするのだろう。
「すみません」
「……」
「後でレオにも謝ります」
「……」
「機嫌、直してください」
「……」
「あーあっ。おっこらした〜」
「どうしましょう。困りました」
「あと俺も怒ってっから」
「え。……頑張ります」
眉を下げるヤマトがもう一度手を動かすと、地面に落ち血に染まった麻袋が浮かび罪人の頭を覆い隠す。
レオンハルトへ視線を向けると、態とらしく大きく肩を竦める姿。その胸中には、ヤマトが“友人”として感情を大きく動かしてくれた。その事実に対する喜びが溢れているのだろう。
それでも今は執行官へ声を掛け、この催事を終わらせる為に執行の合図を下すのだった。
閲覧ありがとうございます。
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眠気限界な作者です。どうも。
後書き書く気力尽きました。
取り敢えず、ヴォルフが“友人”として主人公に怒っていると理解して頂ければ……!
暴君ムーヴをちょっと愉しんでた事は秘密。
こっちも更新出来て一安心です。
おやすみなさい_:(´ཀ`」 ∠):_
次回、ご機嫌取り。
説教。
ロイドが活躍するよ。




