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26.“妹”を呼ばれかけた

澄み渡る青空、心地好い風。過ごし易い気候は当たり前の変わらない日常。


……だったのは数日前迄の話。数日前からは“黒髪黒目”が街を闊歩するという、非日常。


しかも頭にスライムを乗せて。なぜスライム……との疑問は誰しもが抱いている。


「ヤマト・リューガ様。お嬢様が是非とも屋敷へお招きしたいと」


そして現在、その存在が貴族の招待を受けている。態々大通りで馬車を用意しての招待。周りの目により断り難くさせる為か。


ヤマトには一切通用しないのだが。


「光栄ですが、生憎と都合が付きません」


「お嬢様は第二王子殿下と交友があります。どうか賢明な判断を」


「では、レオが主催のお茶会にのみ参加します。お話しはその時に」


「お待ちをっ」


差し出される招待状を見る事もせずに足を動かす。その腕を掴もうとするが、触れる前に振り返った事で手が宙を切った。


使者の視界に映るのは、貴族……のような微笑みを浮かべた“黒髪黒目”。


ぞわりっ――


全身が粟立つような感覚。それは正しく恐怖なのか、それとも高揚による鳥肌だったのか。


『畏れ』が大半なのは間違いない。


「レオは賢い子です。本当にあの子と交友関係に在るのなら、それこそ“賢明な判断”を」


「、」


「では」


会釈も無しに再び歩き出したヤマトを呆然と見送る使者は、数秒してから我に返り頭を下げる。ヤマトが振り返る事はなかったが、“そう”しなければならない……との衝動。


それもまた“黒髪黒目”へ対する正しい行動なのだろう。自らの首を絞めない為の。


『貴族じゃない』


その宣言を街の者達は覚えているが、改めて“貴族疑惑”を深めてしまうのも正しい判断である。貴族に似た笑みを目にしてしまったのだから。


そんな周りの心情等露知らず。


「こんにちは。ひとつ、ください」


「ひっ」


初日に立ち寄ったフルーツ盛りの店へ。再び硬直する店員はいっそ泣きそうな顔で手早く盛り付け、銀貨と交換にフルーツ盛りを差し出した。


ヴォルフ達冒険者が共に居ないだけで、これ程に清廉な印象を受けるとは……想像以上に心臓に悪い。


「お訊きしたいのですが」


「は、ぃ」


「王都でのお肉の需要は?」


「へ……、ぁ。えっと、とても高いです。王都は冒険者が多いので、魔物も周辺に……巣? を作らないそうで。代わりに王都周辺はダンジョンが多いんで、肉の調達はダンジョンに頼ってます」


「なるほど。因みに、オーク肉は?」


「王都では高級品ですよ。冒険者ギルドに持ち込まれたら、真っ先に王族や貴族の買付師に連絡が行きますから。他の領は普通に食べてるらしいですけど」


「……あぁ。貴族が多い王都ならでは、ですか。どの領よりも安全に暮らせる代償に。ありがとうございます」


「あ……ぃ、ぇ」


目元を緩めるヤマトにハッとし恐縮するのは、なぜか普通に受け答えをしていた自分自身にたった今気付いたから。今直ぐ卒倒したい程に畏れて居る筈なのに、肉に関しての質問だったから……欲が勝ったのだろう。


頬を緩めながらフルーツを食べ終わったヤマトは器を返し、


「今日は贅沢をして下さいね」


「?……はい?」


よく分からない言葉を残してあっさりと歩いて行った。


その言葉の真意を知るのは、――約2時間後。


大通りが交差する王都最大の広場。催事に中心として使われるその広場で突如始まった、肉の叩き売り。


屑肉ではない事に良からぬ噂が発生しかけたそれは、冒険者ギルドの解体班が何故か泣きそうな顔で必死にオークを解体している光景に加え……


偶然通りがかったロイドの、


「うははっ! ヤマトさんこっちでも『貴族の施し』やってんの!」


との爆笑により掌返し。


確かに彼等は今日、贅沢をする事となった。







冒険者ギルドへオークを大量に売り付けたヤマトは、宿に戻って直ぐシャワーを浴びてサッパリ。鬱憤もすっかり晴れたらしい。


ヤマトの来訪により大混乱と恐縮で恐慌状態に陥る寸前だったギルド職員達。彼等のその様子も、鬱憤晴らしに少しだけ貢献した事は彼だけの秘密である。


ギルド長からの接触が未だに無いのは、ヴォルフの忠告で時期を見極めているのだろうか。


「ん」


髪を拭きながらシャワールームから出ると、我が物顔でソファーに座るヴォルフ。渡された手紙の封蝋は、恐らく王家――レオだけが使う封蝋かな。


そう予想を付け中を確認すると、予想通り。


「礼服はどこで買うのが良いですかね」


「……」


「お茶会に招待されました。流石、情報が早いです」


「……仕立てろ。店側が泣くぞ」


「え」


「“黒髪黒目”に既製品なんて売れるか」


「不便」


「今更」


「明日なので間に合いませんよ」


「また急な。ならそん儘で良いって事だろ」


「TPOは弁えないと」


「てぃ……?」


「時と場所、場合に合った服装や言動。王族のお茶会なら、それ相応に」


「……ロイドが知ってんだろ、服屋」


「ロイドさん、帰って来るのは夜中でしょう? どちらにせよ仕立てる時間が無いので、明日の道中に買います」


「……待ってろ」


何やら数秒思案したヴォルフは腰を上げあっさりと出て行く。待ってろ、と言われたので待ってみるが……一向に戻って来ない。


まあする事も無いから良いけど。と、アイテムボックスから取り出した本で暇を潰す事に。


それでも夕方を過ぎても戻って来ない。何故かヴォルフのパーティーもロイドのパーティーも、誰ひとり。プルが居たので独り淋しい夕食は回避できた。


夕食どころか寝支度すら済ませ、寝ても良いのかな? と考えながらもベッドに入るのだから、相変わらず神経が図太い。


とうとう睡魔に負け意識を沈め……











「連絡くらい下さいよ」


「しっかり寝たんだろ」


「礼儀ですよ」


「考えとく」


素直に分かったと言えば良いのに。


少しの呆れに肩を竦めたヤマトは給仕された朝食を食べ始める。私より遅く寝てるのに、私より早く起きてるの凄いな。とは毎日感心している事。


デザート迄しっかりと食べ終わり、一息。


「それで。私は何を待たされたのですか」


「茶会前にロイドの部屋」


「……あ。礼服を探してくれたんですね。ありがとうございます」


「ん」


「今日は何を?」


「行かねえぞ」


「残念です」


全く残念そうな顔をしていないのは、そもそも連れて行く気が無かったから。単なる、揶揄い。ヴォルフもそれを分かっているので何も言わず、苛立つこともない。


正直、今日は暇を持て余すが……貴族が集まる場に行くなんて天地がひっくり返っても有り得ない。「明日この世が滅ぶ」と言われた方がまだ現実味がある。


それでも。“貴族が集まる場”にヤマトをひとりで行かせるつもりも、更々無い。


例えレオンハルトが全面的にヤマトの味方だとしても。それ程の信頼はしていないのだから。


「ロイドさん」


「縁切ってる」


「では、どなたが?」


「知らなくて良い」


「過保護ですね」


「さあな」


知らなくて良いと言うのなら“裏”の人間だろう。


確信に近い予想を付けるヤマトは、それ以上聞き出す事はせずに渡された新聞に目を通す。依頼され刺客を送って来ていた者達か、それとも金に釣られず賢明な判断をした者達か。




“裏”を動かすには大金が必要だから、だったら刺客を送って来ていた人達かな。大金を払って護衛を付けるくらいなら、パーティーメンバーに頼んでただろうし。


大方……『言う通りにすれば刺客の件は水に流す』っとでも言ったんだろう。脅した、と言った方が正しいかも。


だとしたらこれ以降、刺客は警戒しなくても良いかな。


来たら来たでプルの夜食になるだけだけど。




新聞を流し読みしながらそう考えるが、なんにせよ。ヴォルフがヤマトに教えないのなら、それは『清廉で在って欲しい』との望みによる判断という事。


だったら大人しく甘えておくのが得策。正直興味はあるが……


態々好き好んで深淵を覗き込む趣味は無い。


「新しいダンジョン。楽しかったですよ」


「良かったな」


「はい」


目元を緩めて席を立ったヤマトは、これでヴォルフの暇が潰れる事を確信。


「夕食前には戻ります」


「無理だろ」


鼻で笑うヴォルフに次は頬を緩め、綺麗に折り畳んだ新聞を残し部屋へ戻った。







「ヤマトっよく来た!」


「お招き感謝致します。レオンハルト殿下」


「やめてくれ。鳥肌が立つ」


「数日会わないだけで失礼になりましたね。レオ」


「私も改めてやろうか?」


「やめて下さい。寒気がします」


「良い事だ」


よしと満足そうに笑うレオンハルトはエスコートのように手を差し出し、数秒思案したヤマトは目元を緩めその手を取る。


――『お姫様のように抱えてどうぞ』


以前、ヤマトが口にしたその言葉。まさかここで“お姫様扱い”をされるとは……予想外。明らかに揶揄っている事がよく分かる。


既に着席して居る貴族達。全員が目を丸くした姿が面白いので、許した。


完璧に手入れが行き届いた庭園の四阿。薔薇が多いのは、王妃の好みだろうか。


「帰りに包ませよう」


「いえ。折角、綺麗に咲いているので。勿体ないです」


「花にも栄誉はあるさ」


「プルの栄養になるだけですよ」


「不敬そのものだな」


言いながらも可笑しそうに笑うのだから、確かに全面的にヤマトの味方なのだろう。


「皆、待たせた。こちらはヤマト・リュウガ。私の“友人”だ」


レオンハルトの横。促される儘腰を下ろしたヤマトは、集まって来る複数の視線に目元を緩める。


途端に身体を強張らせる彼等に脚を組み、組んだ両手を膝へ。態とらしく傾げて見せた、小首。


「彼等は私の味方だ。そう警戒せずとも良い」


「すみません。つい先日、少々ハプニングがあったもので」


「お陰であの狸の愉快な顔を見れた。――それより。今日は素敵な装いだな」


白地に金の装飾。如何にも“貴族”な服。


ロイドのセンスだろうか。元貴族ともあり、その“黒髪黒目”と造形美を絶妙に際立たせている。


サイズをどうやって測ったのかだけが謎である。


「いつもの服では様式美を崩してしまいますから。とは言っても、揃えて貰ったのですが」


「よく似合っている」


「“らしい”でしょう?」


「そう云えば、私には妹が居てね。身内の目から見ても美しく聡明な王女だ」


「生卵を食べられなくなると泣いてしまいます」


「是非とも見たいな」


くつくつと喉を鳴らすレオンハルトに取り敢えず眉を下げて見せ、改めて側近達へ視線を送る。所謂、流し目。


びくりっ――


一斉に肩を鳴らした彼等は生きた心地がしない。既に耳に入っていた“黒髪黒目”……今、この王都で最も有名な存在。


庶民に限らず令嬢達がお忍びや使いを出し、売り切れ続出のブロマイドを躍起になって手に入れたがっている。その存在が認識されてから社交界の話題の中心で在る、張本人。




せめて事前に伝えてくれ。




唐突なお茶会の開催は、継承権争いの対策会議として以前から行われてきた。なので慣れている。しかし、だからと言って……


「そう睨むな。普通に接していれば噛み付かれる事はない。周囲に自慢出来るだけだ」


「……本心は?」


「その愉快な顔を見たかった」


「貴方と云う人は! これだから!」


「緊張は解れたな」


普段から冗談を言うのか。だとしたら王族としては精神的な距離感が近く、珍しいことなんだろう。


そう考えるヤマトは、メイド達により配膳されていく紅茶や菓子に興味津々。微かにメイドの手が震えている事に気付くが、彼女達の矜持を守る為に指摘する事はしない。


「この紅茶は、どのような飲み方が推奨されていますか?」


「!――ぉ、砂糖を一匙。お入れ頂くことが好まれております」


「お任せしても?」


「畏まりました」


一匙も人により違う。素人の適当より、プロの匙加減に任せる方が確実。用意された菓子との甘さ調整もしてくれる筈、と。


案の定。視線だけで菓子の種類を確認したそのメイドは、ティースプーンの半分の砂糖を紅茶へ入れた。


「ありがとうございます」


「ひっ」




悲鳴はやめてほしかったな。




――っと思ったのは一瞬。次の瞬間には顔を真っ赤にさせたメイドに、理解。


近い距離での感謝の言葉。“黒髪黒目”が、その絶対的な造形美を柔らかく緩めて。着席しているため、不可避の上目遣いで。


淑女にとっては刺激が強過ぎて即落ちである。


赤い顔のまま。まるで逃げるように素早く礼を示し足早に下がるメイドに、取り敢えず苦笑しておいた。


「彼女でも無理か」


「はい?」


「私付きの筆頭メイド。鉄面皮と敬遠されているから、ヤマトの給仕に丁度いいと思ったのだが」


「……レオ。君の意を汲んで矜持を持ち仕えている女性に、失礼な単語を使ってはいけません」


「、……あぁ。そうか。そうだな。彼女は素晴らしい淑女だ」


「いい子ですね」


無駄な諍いを回避する為に女性関係は自制している。レオンハルトのその信念に共感し、誰よりも厳しく己を律して仕えているメイドの鑑。


彼女が目を光らせて居るから、メイド達は短絡的な言動を取れない。


その事実を理解したレオンハルトは腑に落ちたと満足げに頬を緩め、それでも。そんな彼女でさえああも表情を崩してしまう、その原因の隣に座る男に笑いが込み上げて来る。


相変わらずヤマトに関する笑いのツボが浅い。


「っ……ヤマト、彼が宰相……ふっ」


「どうやらレオは忙しいようなので放っておきましょうか。改めて、ヤマト・リュウガです。発音が難しいのならリューガで構いません」


「っ、ん……ふ…くふっ」


宰相や有力貴族の前でもあっさりと家名を口にする。


その事実に腹を抱え本格的に笑いを堪え始めたレオンハルトを宣言通り放置し、『宰相』と紹介された男へ目元を緩めてみせる。レオンハルトが驚く顔を見たいと言っていた、“狸”。


その比喩とは真逆の細身の体型で、綺麗に歳を重ねた魅力的な中年男性。知的な印象。女性の間で人気だと確信出来る。


腹を抱え肩を震わせるレオンハルトからヤマトへ視線を移した宰相は、


「いっそ貴方が王族に生まれてくれていたのなら。国の行く末は安泰だったでしょうな」


誰もが秘めたその本音を呆れた顔で堂々と。


流石に長年国に仕える傑物だ。と、素直に感心した。





閲覧ありがとうございます。

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レオンハルトが懐き過ぎていて微笑ましい作者です。どうも。


この直後、レオンハルトは大爆笑しました。

ハッキリと言葉にされたことが余程愉快だったようです。

主人公と交流する内に“黒髪黒目”へのコンプレックスが薄れたのでしょうが、“ヤマト”に関する笑いの沸点が低くなってしまった事が最大の敗因。

勿論、腹筋は攣って苦しみました。


プルもお茶会に同行していましたよ。

コートの中で彼等を見極めていたので、当然ながら彼等はプルに気付かなかったのですが。

ロイドの遊び心でプルもクラバットを着けていたり。

クラバットを気に入ったのか、取り込んで溶かさずに主人公に預かってもらっています。

可愛いですね。


ロイドが用意した礼服。

主人公はいつも黒のコートなので賭けでしたが、“顔”が良過ぎて似合いまくってしまったので賭けは圧勝です。

寧ろ服が負けてしまいアクセサリーを大量追加する勢いだったので、主人公が止めなければ“貴族”すっ飛ばして“王族らしく”なるところだったようです。

「これとこれ! そんでこれ! これだけは着けて!」と言われたので、クラバットピンとカフスボタン。宝石の付いたイヤーカフを装備。

流れるように髪もセットされたので、どう見ても貴族でした。

ヴォルフが見たら確実に眉を顰めたでしょうね。


因みに代金は主人公が払ってます。

自分の礼服ですし、そもそも行き掛けに買うつもりでしたし。

「値段大丈夫?」と不安そうに請求書を渡して来たロイドに、首を傾げながら金貨ずっしりの袋と特急も特急の迷惑料としてドラゴンの鱗をひとつ渡すとドン引きされました。

君達が調達したんでしょうに。


オーク肉叩き売りにより王都民からの好感度は爆上がり。


次回、狂信者。

また怒る〜。

“暴君”。

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