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25.“綺麗”な儘で

「――そういえば。私はいつ、レオに喚ばれるのでしょうか」


指名依頼が取り下げられた。


ギルドからのその吉報を受け安堵したヴォルフは、「連日動き回ったから今日は部屋で自堕落する」と宣言したヤマトの部屋へ。協力して貰ったので結果の報告。


良かったですね。その一言だけで特に感慨も無くこの件を終わらせたヤマトは、先の疑問を口にし首を傾げた。


「先に宝石売ってろってことだろ」


「それは済ませました」


「いつ」


「昨日の夜に。私が新聞に載ったので『到着したので伺います』と、ちゃんと伝わっていたようで。日中ではお店にご迷惑かと思って。歓待して頂けました」


「……」


「“お客さん”はプルに任せましたよ」


「誰」


「さあ。公爵でない事は確かです」


「あんだけ脅されりゃあな」


「様になってました?」


「傅いてやろうか」


「不愉快です」


「だろうな」


むっ。口を尖らせるヤマトに口角を上げるヴォルフは、揶揄った訳でも試した訳でもない。単純に“友人”として巫山戯ただけ。


それが分かったらしく困った笑みを見せたヤマトは、腰掛けていたベッドに背中から倒れ込む。宿側が気を使いまくったのか、ヴォルフ達の寝具よりも高品質なもの。


態々購入したらしい。ヤマト……っというよりも“黒髪黒目”の為だけに。


相変わらずその厚意を一切の疑問無く受け入れるのだから、一向に様々な疑惑が後を絶たない。


「“黒髪黒目”の狂信者……ですかね」


「なら問題ねえな」


「数は恐ろしいんですよ」


「有象無象だろ」


「レオからも言われていますし」


「あ?」


「簡単に言うと、手加減して欲しい。と」


「守んのか」


「そう見えます?」


「いいや。大方、立場上言っただけだろ。気にせず排除してろ」


「それが難しいんです、ってば」


「あ?」


「君達が望んだのでしょう? 私に、私の“価値”を落とすな――と」


「、」


「有象無象は殺すよりも生かす方が難しい。ご存知の筈です」


「……」


「今はプルのおやつになっていますが、分かり易い“返事”が無い内は続くでしょうね」


「……怒んなよ」


「鬱陶しいだけです」


「怒ってんじゃねえか」


「言葉を理解出来ませんか?」


「わかった。お前は怒ってない」


思わず頭を抱えるヴォルフは、漸く理解。


自分達が『人の不殺』をヤマトに望んだから、分かり易い“返事”――凄惨な見せしめを実行できない。だからこそ相手側は“お客さん”――襲撃者や拉致犯が逃亡したのだと楽観視し、再度刺客を送り込んで来ている。


つまり。連日続く不毛な時間に既に飽きている。


こうやって、


「祖国のルーツには虫の音を雑音ではなく『声』と認識し、季節の風物詩として楽しむ特殊な遺伝子が組み込まれています。ですが、重なれば雑音。不協和音にしかなりません。鳥の大群の囀り、と言えば伝わりますよね。……それが“ヒト”だけに当て嵌まらないとでも?」




『“望み”叶えてやってんだからお前等が対処して俺を寝かせろ。毎晩煩ぇんだよ』




……との遠回しの嫌味と不満を伝えて来る程に。


改めて起き上がったヤマトは脚を組み、組んだ両手を膝の上に。


「確かにこれ迄の人生で人の命を奪った事はありません。それ程に平和な国で過ごしたので、有り難く君達の“望み”に甘えました。それは認めます。その上で――“私”にも許容量がある事をお忘れなく」


口元どころか、一切笑っていない“黒”。寧ろ瞳孔が開いており、心臓が嫌な音を立て始める。恐らく……


相当のストレスを受けており、いつ爆発してもおかしくない。


裏の人間もプルだけで事足り、“黒髪黒目”の狂信者に至っては一般人。不完全燃焼もいい所。


極論……襲撃者が化け物だったなら鬱憤も晴らせたのだろう。それこそファントムウルフや、天災と恐れられるドラゴンなら。


つまりは取り急ぎ、襲撃者と狂信者の無力化を行わなくてはいけない。勿論それだけではなく、ヤマトのストレス解消の場の用意も。


これは……流石に……




第二王子に連絡しねえと。


つうかあの王子サマは何やってやがんだ。手前ぇの継承権争いでこいつが襲撃されてんだから対処しろよ。いや……してんだろうが、全然足りねえんだよ。


手前ぇだってヤマトに“そう”望んでんだろうが。だったら筋は通せ。


王に成りてぇんならもっと非情になりやがれ。クソガキが。




心の中で思いっきり悪態をつきながら苦い思いを覚えるヴォルフは、


――こてりっ。


態とらしく小首を傾げたヤマトに頬を引き攣らせる。無意識なのか、一歩引いた足。


一体これから何を言われるのか。何を言われたとしても甘んじて受け入れなければ。


そう覚悟を決め、




「望むのなら。それ相応に」




“期待”を込めるように緩んだ目元。


……いや、おい。


「責めろよ」


「こちらの方が効果的でしょう?」


「……なんで貴族じゃねえの、お前」


「貴族に成って差し上げましょうか」


「そん時は二度と話し掛けんな」


「今回の、貸しにしても良いんですよ」


「……待ってろ」


「レオに宜しくお伝え下さい」




嗚呼くそ、また誘導された。“裏”だけで良かったのに、あの王子に連絡……あー。


だから『いつレオに喚ばれるのか』か。最初から、こっちから連絡させる為に。


まじぶん殴る。いつか。




それでも。自分達の“望み”により、ヤマトへ強いストレスを与えたのは事実。


なので部屋から出たヴォルフはもう一度溜め息を吐き、それは自分に対しての呆れ。と……怒り。


理想を押し付けるだけで尻拭いを失念していた。と。


これは確実にヴォルフの失態。甘え合いという初めての関係性で“甘えきって”しまった故の、いっそ……痴態でもあるのだろう。


その痴態による羞恥を紛らわす為、


「おい」


「うおっ!?」


ノックも無しにロイドの部屋を乱暴に開け放った。


シャツ片手に飛び退くロイドは、今から遊びに行くつもりらしい。


「あービビった。なんすか、ノックくらいして下さいよ」


「油断してんじゃねえ。常に警戒してろ」


「あんた居んだから要らねっしょ」


「……」


「すんません。――で?」


「第二王子に伝言。『ヤマトが“客”にブチ切れ寸前。徹底的にやれ』」


「ひえっ……ヴォルフさんは?」


「“裏”」


「潰すの」


「アホ。潰したら均衡崩れんだろ」


「あー……お灸。ごしゅーしょーさま」


「近くに新しいダンジョン発生してたよな。序でにその情報集めて、ヤマトに渡しとけ」


「ストレス解消ね。ひとりで行かせんの?」


「最強のスライム居んだろ」


「りょーかいっす」


遊びに行く予定はキャンセル。だがヤマト関連ならと、あっさり装備に着替え始める。


当然ながら名残り惜しい気持ちはあるが、ブチ切れたヤマトなんて見たくない。怖い。果てしなく怖い。想像しただけで背筋が凍る。あの絶対的造形美が怒りに歪むなんて……




いや、やっぱそれでも美術品か。




などと一瞬現実逃避をしたが、ドアを閉めたヴォルフに苦笑。早速、“裏”へ灸を据えに行ったらしい。


「許してくれっかなー」


ロイドは盗賊の拠点の件は知らないが、確かにヤマトが襲撃者を殺していない事で安堵した。例えば盗賊の件を知っても、ヴォルフ同様に安堵するだけ。


身勝手なレッテルを押し付けた。しかも、アフターケアもせずに。怒られても文句は言えない。


それでもあのお人好しは怒らないんだろう。……そう確信しながら装備を確認し、ヤマトの部屋へ。


ノックをしても返事はなく、一向にドアも開かない。ので、不機嫌を確信しつつも部屋の中へ。


「どうされました?」


「んー。新しいダンジョン、近くに発生してたの思い出して。興味有るなら軽く情報集めて来ますよ」


「君達は行かないんですね」


「ヤマトさんのペースに付いてけねーって。俺等はゆっくり探索すんのが好きなんで」


「……」


「要らない?」


「……いえ。いい子ですね」


「でっしょー! んじゃ行ってきます! ちゃんと鍵掛けといて下さいねーっ」


「はい。いってらっしゃい」


柔らかく緩んだ目元に、許してくれた。その事実を察し、一安心。


お人好し過ぎて心配になるのは事実だが、その対象が自分なら文句は無い。早い段階で気に入られて良かった、との優越感。


それでも少しは人を“許さない”ことを覚えて欲しい。




戻ったらヴィンス様に相談かなー。


プルちゃん居るから物理的な防御は問題無いけど、イコール精神面の防衛にはなんねえし。ヤマトさんが心痛めるとかヤだし。


うっはー、俺めっちゃ懐いてんじゃん。やっばーウケる。




改めて自覚するロイドは宿を出て、真っ先に向かう先は王城。ヴォルフからの言葉を書いたメモを、旅の間で仲良くなった近衛騎士に任せる為に。


当然門前払いを受けるだろうが、既に王都中に知れ渡った“黒髪黒目”……第二王子の“友人”。


その存在に関する事なら近衛騎士くらいは呼んで貰えるだろう。


明らかに短絡的なその予想は、それでも見事に現実となった。


「お……まえ、な……っヤマト殿を利用するな!」


「しゃーねーじゃん。レオンハルト殿下の矜持にも関わんだし」


「不敬だぞ!」


「はい、これ。ヴォルフさんの抗議。殿下に」


「このっ……ハァ。ダメだ。検閲されるから手紙は受け取れない」


「あー。じゃあ伝言で。これそん儘伝えて」


「ったく……、おい! これっ」


「もう灸据えに行ってっから。俺も今からヤマトさんのご機嫌取り」


「……ヤマト殿は、殿下の事を何か……」


「なーんも。だから怖ぇの」


「それは……」


「殿下も俺等と一緒なんでしょ。あの人には人を殺してほしくない、って。あんたもだろ。理想押し付けてんだから筋通さねえと」


「……わかった。直ぐに伝える」


「よろしくーっ」


「あぁ。あと、ロイド。人目のある場では敬語を使え」


「オギョーギ良くねーもーん。殿下にもよろしくなー!」


「あ、おい!」


退散。と駆けて行くロイドに盛大に頭を抱える騎士は、門番から受ける何とも言えない視線を無視。あの不躾さも『冒険者だから』で全て納得するので、説明は不要だろう。


それでも不敬には変わりないのだが。


だが今はそれよりも、早くレオンハルトへ伝言を伝えることが先決。あの穏やかなヤマトが、ブチ切れ寸前。




だとしたら本当に殿下の矜持に関わる。


それは望むところではない。殿下が自ら望んだ“友人”。その存在を失望させるなど、許されない。


これは……今夜は寝る暇が無さそうだ。




僅かに肩を落とすも踵を返す騎士は、レオンハルトの執務室へ。護衛騎士で在る彼だからこそ、報せも無く直接顔を合わせる事が可能。


一度だけ視線を向けて来るも直ぐに手を動かすレオンハルトの仕事を増やさないため、真っ先に口にする言葉は……ひとつ。


「殿下。急ぎの伝言が。その儘では書き直しとなるので、ペンを置いて下さい」


「構わん。申せ」


「私に八つ当たりしないと約束して下さるのなら」


「……ハァ。なんだ」


仕方無しにペンを置いたレオンハルトは背もたれに沈み、鋭い目を騎士へ向ける。“黒混ざり”からの睨み。


今迄は恐怖そのものだったが、“黒髪黒目”を知ってしまったからか心に余裕がある。……これも不敬だな。


顔に出さず内心苦笑した騎士は口を開き、


「『ヤマトが“客”にブチ切れ寸前。徹底的にやれ』」


「っ――!」


がたっ。立ち上がった衝撃で椅子が倒れ、襲って来る眩暈。世界が揺れるような感覚を必死に耐え、デスクに置いた両手で身体を支える。


それは……つまり……


「以上はヴォルフからです。それと、ロイドが『よろしく』と」


「……現時点で判明している刺客は」


「我々が把握していたのは、ヤマト殿がグリフィス公爵と話した前日迄です」


「ならば昨夜は“黒髪黒目”の崇拝者……いや、狂信者の方だろう。処理しろ」


「宜しいのですか?」


「狂信者を一掃したとて、あの異常者共に同情する者は稀だ。“黒混ざり”が“黒髪黒目”に嫉妬したと、事実の噂が回るだけで問題は無い」


「それは……殿下の騎士として承服できません」


「番犬に噛み付かれたくはないだろう。それ以上に、ヤマトを怒らせる方が恐ろしい。あの人には崇拝者と狂信者の見極めはできない。大虐殺が起きるより遥かにマシだ」


「や、まと殿が……大虐殺など……」


「ない。と言えるか?」


いつの間にか立てられた椅子。漸く腰を落ち着けたレオンハルトは、数秒――


思案する素振りを見せてから言葉を続けた。


「我々は笑みで腹を隠すが、ヤマトは違う。あれは貴族の微笑みではない。圧倒的な力を持つ“支配者の慈悲”だ。見誤るな。我々と彼では、生物としての格……根本的な法則が違い過ぎる。肝に銘じろ」


「……はい」


「まあ。私の噂など数日で消えるさ」


「、はい?」


「ヤマトが私の汚名を放置する筈がない。あの人は、私を好いてくれているからな」


優越感。自慢げな声色は確信を持ち、表情もそれに倣った笑み。


自意識過剰という訳ではなく、確かにヤマトはレオンハルトを好いている。でなければ、盗賊やワイバーンから守る筈がない。


「一応、お訊きしますが。その根拠は?」


「ヴォルフが独断で私に連絡すると思うか?」


「……あ」


「『寂しいから早く連絡して下さいね』――と、いうところだ。可愛らしい事をする」


漸く肩から力が抜けた騎士は、代わりに湧き上がる呆れにより脱力。なんだか惚気られた気がするが、何も言わずに姿勢を正した。


あからさまに嬉しそうなレオンハルトは表情を緩めた儘、


「狂信者の情報は揃っている。良い機会だ。一掃しろ」


統治者としての非情な命令。


次代の王と成る為。国の害虫を駆除する覚悟。この国を、未来へ繋ぐ為の命の取捨選択。


これもまた、継承権争いで有利に働くのだろう。――『優しさだけでは国は立ち行かない』から。


王都に巣食う害虫を掃討するため目を鋭くさせた騎士は、


「あぁ、そうだ。デートはどこが喜ばれると思う?」


先程迄の威厳など一切無く巫山戯るレオンハルトに、思わず真顔に。




殿下が……ヤマト殿に影響されている。




どこか遠い目をしながらも礼を示し、その問い掛けに無言を返し部屋から出て行った。





閲覧ありがとうございます。

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プルは!?な作者です。どうも。


プルは我関せず焉。

枕の上ですぴすぴしてました。

我関せずというか、主人公の意を組んでいたのでしょう。

怒っている事を察して「わー。これ、かかわったらダメだー」的な。

意志を持つスライムですから。


静かにキレている主人公、感情を抑える事が常の社会人だったので未だにその癖が抜けていません。

いつ爆発するか、中々に恐怖ですね。

今回は皆の尽力により未然に防げました。

いつかブチ切れさせたいですが、その前に周りがブチ切れそうなので……書く機会は無さそうです。

残念。


因みにヴォルフとロイドは純粋な恐怖を感じていました。

“黒髪黒目”に対してではなく、『“ヤマト”が人を殺す未来』を想像して。

理想の押し付けが酷いですね。


レオンハルトですが、この後デートの定番スポット情報を集め始めます。

『お姫様扱い』が楽しいようです。

“友人”として巫山戯る序でに、“ヤマト”で遊んでいるだけです。

色々とやる事が出てきたので、デートはもっと先になりそうですが。


何度も言うが決してBLではない。


全員が全員、主人公に“人の不殺”を望んでいますね。

死が身近に在る世界だとというのに、不条理にも程があります。

それでも甘んじてその“望み”を受け入れるのは、人を殺して精神が崩れる可能性を否定できないからなのでしょう。

最強のスライムが側にいる事が幸いですね。


次回、お茶会。

『貴族の施し』、再び。

ちょっと詰め込むかも……?

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