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24.感心する程に“在るべき姿”

新聞を読みながらデザートを食べるヤマトの隣には、眠そうに朝食をとるロイド。向かいには、ヴォルフ。


デザートは2皿目。ヴォルフから渡されたもの。ヴォルフも一口は食べたので文句は無い。


新聞の一面を飾るカラー写真。王族が大衆新聞を読むかは不明だが、この件は確実にレオンハルトへ報告が入り……今頃腹筋を攣らせているだろう。


愉快、愉快。


僅かに頬を緩めたヤマトは畳んだ新聞をテーブルへ置き、その新聞を手にするヴォルフへ口を開いた。


「接触は」


「この2日で1回」


「意外と少ないですね。余裕の表れでしょうか」


「準備してんだろ」


「余裕ですね」


「お前が居るからな」


「、……ふふっ。頼られるのも、中々に気持ちが良いです。いつが良いです?」


「好きにしろ」


「では、今から」


「報せ」


「お貴族様の作法、よく分からなくて」


「よく言う」


がさっ。流し読みした新聞を折りテーブルに置いたヴォルフは、視線だけを向けて来るロイドに気付く。が、何も言わず椅子に凭れた。


思案しながら最後のコンポートを食べたヤマトが水を飲み、……うん。


結論が出たらしい。


「やっぱりお土産は必要ですよね」


「だから貴族っつわれんだよ」


「あっははははは!」


完全に目が覚めたらしく爆笑するロイド。周りのテーブルでも、ヴォルフとロイドのパーティーメンバーが笑っている。


厄介な貴族からの指名依頼。それを、冒険者ですらない流れ者が断る。


なのに手土産なんて持って行ったら「喧嘩を売りに来ました」と宣言するようなもの。確実に機嫌を損ねる。


損ねたところで“黒髪黒目”のドラゴン・スレイヤーには勝てない。なので、さしたる問題ではない。


しかしそれは、普通の貴族だったら……の話。


「グリフィス公爵、でしょ。指名したの」


「……」


「ビンゴ。ヴォルフさん抱き込んで、ヤマトさん……っつか“黒髪黒目”を取り込みたい。とか?」


「知らねえよ。半年間の護衛としか聞いてねえ」


「ビンゴです」


「やったー褒めて褒めて!」


「よくできました」


食事の席なので頭ではなく、緩く曲げた指でロイドの頬を撫でてやる。明らかな子供扱いだが、本人が喜んでいるから良し。


「なんでお前は知ってんだ」


「簡単な事です。継承権争いが本格的に始まるようなので、“黒髪黒目わたし”をレオから引き離したい。グリフィス公爵は、第一王子を傀儡にしたい貴族派の筆頭ですから」


「だから。なんでお前が“それ”を知ってんだ」


「新聞に書いていました」


「……」


「それと、昨夜の侵入者から」


「懲りねえな」


「そのようです」


「え……殺してないっすよね?」


「凄く眠かったので、プルに任せて寝ちゃいましたね。その後を知りたいならプルにどうぞ」


「ならいーっす」


ロイドもヴォルフと同じく、ヤマトが清廉で在る事を望んで居る。


それを察したヤマトはもう一度ロイドの頬を指で撫で、


「皆さん。今日はプルの側を離れないように」


と。身震いする程の綺麗な笑みを見せ、ヴォルフと共に腰を上げ出て行った。


「まじで公爵じゃん。ウケる」


冒険者達と予想していた、ヴォルフを指名した貴族。誰かが予想してた事を薄っすらと思い出したロイドは、




それでもヤマトさんの方が恐ろしい。




圧倒的な存在感。貴族の私生児でも、母が亡くなり父に引き取られ……それから成人迄の数年間は貴族だった過去。その、事実。


たった数年間でも貴族として過ごした中で、一応にも高位貴族との交流はあった。だからこそ心底から思う。


“黒髪黒目”と云う事実を省いても感じる、得体の知れない恐怖。畏れ……なのだとは確信しているが、王族と対面した時とはまた違った感覚。




そんなヤマトさんと対等な友人になれるヴォルフさん、まじ尊敬するわー。




背筋が凍りそうになった為、途中で思考を放棄し食事を再開した。











「すんなり入れてくれましたね」


「お前が居るからだろ」


「読まれただけかと」


常ならば先触れも無しの来訪者は門前払い。なのに“黒髪黒目”だからと門番が確認を取り、応接間へ通されたのが約20分前。


急な訪問なので、支度に時間が掛かるのは分かっている。恐らく……“準備”をしているのだろうが。


何かに気付いたように窓の外へ視線を向けるヴォルフは、その視線をヤマトへ。出された紅茶を飲む姿は普段と変わらない。……まあ大丈夫だろう。


あっさりとそう考え直して紅茶へ手を伸ばし、


「ヴォルフさんのお口には合わない味では?」


「……」


「もてなしだとしても、無理に飲まなくて良いと思いますよ」


「あぁ」


既に2杯飲んだ後なのに、今更。伸ばした手を引くヴォルフは、毒……ではない事は分かっている。“なにか”の、魔法式が付与された可能性が高い。


だとしても。何も気にせず飲み続けるヤマトには呆れるしかない。舌に触れた側から、魔法式を分解しているのだろうか。




バケモンだな。




沁み沁みと実感するヴォルフは、かちっ――置かれたカップ。その小さな音から少し遅れて開いたドアへ視線だけを向けた。


恰幅のいい老人。髭を蓄えていない事で実年齢より若く見えるが、纏う威厳は本物。


グリフィス公爵。


瞬時に眉を寄せ、しかし言葉は無く視線はヤマトのカップへ。半分以上は飲んだ筈なのに、何故か満たされた紅茶。自分のカップは半分以下。


いつの間にすり替えたのか。頼もしいにも程がある。


「急な訪問を受け入れて頂き感謝します」


綺麗な所作で立ち上がり、胸に手を添えての微笑み。様になっている。


一瞬。ほんの一瞬だけ身体を硬直させたグリフィスは緩く両手を広げ、歓迎を体現するようにこちらも微笑んだ。


「いや、こちらこそ待たせてしまった。噂の御仁に、だらしない姿を晒す訳にはいかなくてな。楽にしてくれ」


「お言葉に甘えます」


挨拶すらないヴォルフへ苦言を呈する事をしないのは、その性格を把握しているから。腰を下ろすヤマトの後に、グリフィスも向かいのソファーへ腰を落ち着ける。


紅茶の減り具合を確認しながら。




やっぱ何か仕込んでやがったか。




確信したヴォルフはそれでも顔には出さず。グリフィスに続いて入室し、紅茶を淹れ側に控える使用人を視界の端で観察。こちらも、紅茶の減り具合を確認している。


いっそ呆れてやろうかと思うが、後はヤマトへ任せソファーの背に凭れた。


「ふむ……。どうやら私にとっては良くない返事のようだ」


「公爵様ならば、他の素晴らしい人材を手に出来るかと」


「私は彼が欲しいのだが。どうやら相当嫌われているらしい」


「ヴォルフさんの気持ちを尊重して頂けると」


「“黒髪黒目きみ”を利用する者の肩を持つか」


「友人同士の助け合いですよ」


事実。ヴォルフはヤマトの手を借りようとはしなかった。ヤマトが誘導し“頼らせた”だけ。


その情報も既に得ているのに白々しい。


困ったように眉を下げながらも内心呆れるヤマトは更に口を開く。穏便……に、済ませる為に。


「雇い主に不満を持つ冒険者が得になる事はありません。特にヴォルフさんは、筋金入り。寝首を掻かれても文句は言えませんよ」


「まるで、貴族を手に掛けた冒険者が罪に問われない。とでも言いたげだな」


「遺体が出て始めて、“殺人”は成立しますから。どう手を回しても失踪事件が精一杯でしょうね」


「この会話を録音しているとしても?」


「私が何の対策も講じていないと思います?」


唐突に物騒な話になったな。


内心盛大に呆れながらも再び紅茶を飲むヤマトを見て居ると、


「高が冒険者風情。“黒髪黒目きみ”が気に掛ける価値は無いだろう」


ぴくっ。微かに、でも明らかに反応したヤマトはカップを口に付けた儘。


その様子に気を良くしたのか、態とらしく両手を広げ更に口を開く。


「どうやらヴォルフは君に飼い慣らされているようだ。君がヴォルフを説得してくれるのなら、私が君の心強い味方となろう」


かちゃっ。いつもよりも僅かに大きい、カップを置く音。


「私に協力してくれるのなら君を王にだってしてやれる。この国の全てが君に傅く。どうかね、魅力的だろう?」


ふと、ヤマトの脚が動いた気配。


愉快そうに言葉を紡ぎ続けるグリフィスを無感動に見ていたヴォルフは、ヤマトが脚を組んだ。その現状に、背中に嫌な汗が滲む感覚。


同時に動いたヤマトの腕。なぜか……は分からないが、咄嗟に動かしてしまった腕。


それは――


「君に寄生する身の程知らず共よりも、」


「黙って」


脚を組み、ヴォルフが曲げた腕に頰杖を突いての言葉。――“命令”。


瞬間的に言葉を止めたグリフィスはその姿に目を見開き、


「お伝えし忘れていましたが。“私”の逆鱗は、友人への侮辱です。――続きをどうぞ」


絶対的造形美の“黒髪黒目”が放つ、全身を押さえ付けるような威圧感。敵意。……警告。


『それ以上ヴォルフを侮辱してみろ。自分の持てる全てを使い、その口を二度と開けなくしてやる』


……っと、いうところか。


この国では絶大な影響力を持つ“黒髪黒目”。加えてドラゴンを単独で討伐する、ドラゴン・スレイヤー。


そんな存在から向けられた、裏も何も無い純粋な脅迫。


既に……その『逆鱗』に触れたのに。なのに警告に留めるのは、




一度は許してやる。二度目は無い。




そう言って居るのだろう。お優しい事である。


明らかな上から目線。流れ者が公爵相手に、己の立場を弁えない不敬。傲慢。


されどグリフィスは言葉を発する事ができず、呆然とヤマトを見るだけ。真っ直ぐと見据えて来る……“黒”を。


怒りを抑えようと口元に薄い笑みを浮かべる、この国の貴族だからこそ抗えない“黒髪黒目”――その崇高な存在を。


目を瞠り力無く口を開けたままのグリフィスに、……ふっ。小さく笑うも目は笑っていないヤマトは、


「どうした。続けろ」


口調すらも変わってしまった。恐らく、心底から激怒している。


自らが望み……この世界で初めて得た“友人”を侮辱されたから。


「話は終わりなら“次”を実行すれば良い。どれから始める? 紅茶に忍ばせた筋弛緩の魔法式の発動か。周りに配置した奴等にサインを出すか。ロイド達の拘束か。どれから始めても構わないが、私の相棒が今“この場”に居ない事を考慮して始めた方が良い」


「、」


「スライムは『森の掃除屋』――貴様の私兵がどれ程だろうと、全滅は確定している。試してみろ」


「……」


「周りの奴等は“裏”の人間だろ。倫理を守らない相手に、倫理を守ってやる義理は無い。闇属性は使う機会が無かったから、良い実験台になりそうだ。そう思うだろう?」


「……」


「いっその事、紅茶に忍ばせた魔法式が発動する事を願ってやろうか」


「っ――」


「もう一度言ってやる。『私の逆鱗は友人への侮辱』――ほら、続けろ。俺の逆鱗に触れずに説得してみろよ」




これ程に『俺』が似合わねえ男が存在するのか。




最早、現実逃避。


暢気に感心するヴォルフだが、背中に流れる大量の嫌な汗に体温を奪われていく感覚に意識を引き戻される。横に居てこれなのだから、真正面からその威圧を受けるグリフィスの心境は察するに余りある。


激怒しながらも笑みを浮かべる。まるで……言葉だけでその命を刈り取っているような。王族や貴族が上位者として君臨するこの世界で生きる者として、本能的に従ってしまいそうな。


“貴族”を嫌って居る自分でさえ、過去や自尊心を捨て傅きたくなるような。


ふと。腕に感じた重みが無くなった事に気付き、ハッとしたヴォルフはヤマトが“貴族ではない”事を思い出す。今……それを思い出すまで、完全に“貴族”だと認識してしまっていた。


つまり。呑まれた。


王族よりも傲慢で、自分本位。“黒髪黒目”故の圧倒的な存在感。美術品のような絶対的造形美。


そんな存在が“そう”在ってしまえば、この国では誰も抗う事は出来ない。……か。


ここにヴィンセントが同席して居たら興奮に目を輝かせ、ここぞとばかりに言質を取っただろう。


「理解したのなら。今後は発言に気を付けて下さいね」


「……き、みは…私が誰だか……分かっているのかっ」


「“黒髪黒目わたし”に許されない事が有ると?」


「、」


「私は王位に興味はありません。そんなもの不自由になるだけですから。そもそも、“成る”のなら。貴方のお手を借りる迄もなく既に王位は私のものです」


「こ……の国の貴族がそう簡単に…流れ者を王に据えると思うのか! 初代国王陛下と同じ色を持って居ても所詮は下賎な生まれだろうっ!」


「その“彼”がどのような人物だったのか。演説して差し上げましょうか」


「っ――有り得ん! 初代国王陛下の子孫と嘯くなど死罪に、」


「一滴も」


「、」


「彼とは他人です。ですが、“黒髪黒目”が語ってしまえば。世論はどう動くでしょうね」


「っみ……とめん! そんな事は有り得ん! 貴様が王に成るなどあってはならないっ!」


「成る気が有りませんからね。……継承権争い、大いに結構。しかし、私の“友人”を利用するのなら。その時は潰して差し上げます。二度と、その目に“黒”を映せなくなる迄。徹底的に」


「っ貴族を……脅せばどうなるか……分からぬ愚者ではない筈だ!!」


「訴えてみます? 私が勝ちますよ」


「な、」


「これ以上は不要ですよね」


こてりっ――


純真無垢なあどけない少女のように。小首を傾げたヤマトは組んでいた脚を下ろし、一度ヴォルフへ視線を向けてから腰を上げる。


話は終わり。と。


「弁えて」


最後にその言葉を口にし、愕然とするグリフィスに頤を上げての笑みを見せる。意識して浮かべた、上位者の……


まるで“王”のような笑みを。


反射的に背もたれに身体を預けたグリフィス。彼へ向けていた視線を外し足を動かせば、ヴォルフも立ち上がりその後に続いた。


「お時間、ありがとうございました」


振り返る事もせずのその言葉を残し部屋を出たヤマトは、無言で横を歩くヴォルフの様子を窺う事はしない。


公爵邸から出て、……暫く。


「お前は本当に何を目指してんだ」


「え」


「ほんっと、ぶん殴りてえ」


「なぜ」


「さあな」


感謝の言葉は口にしなかったが、指摘される事もなかった。





閲覧ありがとうございます。

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主人公が何を目指しているのか分からない作者です。どうも。


単純にヴォルフを守る為の行動なのです。

その為なら“貴族”にだって擬態するし、“王”にだって擬態します。

慣れ親しんだ土地に帰れず家族も友達も居ない。

“森”の小屋にも戻れない。

そんな世界で自らが望み応えてくれている“初めての友人”のヴォルフ。

依存や執着とは違いますが、それらに近い特別な感情を向けています。

友愛が重い。


しつこいですが決してBLではない。


グリフィス公爵、悪者として書きましたが“公爵”としてはとても優秀な人です。

第一王子が傀儡としてこれ以上にない相応しい立場なので、そして公爵家は王家の血筋でも在るのでちょっと魔が差しちゃったんです。

“ちょっと”でやって良い事ではないですね。

改心する事を願います。


ロイド達は言われた通りに揃ってプルと行動していますし、なーんか鬱陶しい気配が付いて来てんなー。っと気付いていました。

でも何をする事もなく、ヤマトの気遣いを享受しプルに任せていました。

プルが信頼されていて嬉しいです。


次回、許容量。

不機嫌ヤマト。

皆でご機嫌取り。

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