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23.老人達から拝まれた

「――……ぷる?」


“なにか”に気付き目を開けたヤマトは、抱き枕代わりのプルの感触が無い事に身体を起こす。差し込む月明かり。深夜。


感じた違和感に部屋を見渡すと、揺れるカーテン。開いた窓。


……あぁ。なるほど。


「おなか、こわすよ」


視線を床に向けると同時にかち合う、助けを求める双眼。暴れても振動が伝わらないようにか、目元と鼻以外を包み込まれた……猫耳の男。


“裏”の人間。継承権争いを有利に進めたい派閥の差し金だろう。拉致か、暗殺か。




ドラゴン・スレイヤーを暗殺できると考える馬鹿はいないだろうから、拉致かな。……え。いないよね?流石にそんな非現実的な事考えないよね。


いや確かに私、侵入に気付かずぐっすり寝てたけど。


いやいや、常識的に考えてね。高が暗殺者が、ドラゴン・スレイヤーに勝てる訳無いって子供でも分かるんだからさ。……ないよね?


まあ。どうでもいいんだけど。




「獣人とは交流する前なのに。残念です」


「っ――!」


「愛猫家の私としましては心苦しいですが、敵に温情は不必要ですよね」


「っ……――!」


「あ。もしかして、レオからの使いだったりします?」


「!、――!」


「貴方は嘘吐きですね」


あのレオンハルトが、こんな深夜にヤマトの部屋へ人を侵入させるなんて有り得ない。用が有るなら日中に、正面から手紙を届けさせる。


プルを『恐ろしい』と明言した。ヤマトを守る為ならば襲撃者へ容赦はしない。そう、確信して居る筈。


それでも。もし、万が一。本当にレオンハルトからの使いなら……


「それが本当だとしても。きっと、レオなら私を許してくれるでしょう。プルの“恐ろしさ”を見誤っていた自分に非がある、と。……まあ。レオは賢い子なので謝罪の必要は無いですね」


「っ――!!」


「スライムは『森の掃除屋』――恐ろしいのですよ」


ぽすっ。身体を倒し再度ベッドに沈んだヤマトは、


「窓閉めてね。プル」


ぷるぷるっ――


“夜食”……にご満悦なプルに目元を緩め、心底からの安心感と共に睡魔に意識を委ねた。











「無事みたいだな」


「やっぱり気付いてたんですね。助けに来て下さいよ」


「要らねえだろ」


朝食。ヴォルフの向かいに腰を下ろしたヤマトは態とらしく肩を落とし、頭から飛び降りテーブルに着地したプルをひと撫で。視線だけでプルを見たヴォルフは、それでも何も言わずに食事を再開。


っとは言いつつ。あの時、部屋の前に来てヤマトの言葉を聞いていた事は秘密である。


あからさまに緊張しながら配膳するウェイターに目元を緩め、アイテムボックスから取り出したドラゴンの肝臓。それをプルに乗せてから、ヤマトも食事を取り始めた。


……自称流れ者が、なんでテーブルマナー心得てんだよ。


それはレストランでも思った事。確かに貴族とは言えないが、貴族“らしい”カトラリーの使い方。教養がある事は一目瞭然。




こいつまじで何者だ。




今更ながらそう考えたが、生食を好む事実で貴族ではない事は明白。なのでその疑問を秒で思考の外へ追い出した。


貴族でないのなら何者だろうと構わない。例え魔族でもどうでも良い。


“ヤマト”なら――


「見惚れました?」


「、……ハァ。今更」


「ですよね」


「やっぱ殴りてえ」


盛大に眉を寄せ嫌そうな顔を見せたヴォルフは、次々と入って来る自分のパーティーメンバーとロイド達に視線を向ける。騒がしくなる前に部屋に戻ろう、と。


それは叶わなかったが。


「今日はギルドに行こうかと」


「楽しめると良いな」


「一緒に」


「……」


「冒険者よりも自由で居たいんです」


「“黒髪黒目”に無理強い出来ねえだろ」


「貴方を頼ってる、と言っても?」


穏便に済ませたい。友人で在る以前に冒険者でも在るヴォルフに、不必要な負担を背負わせないように。


その意図を察したヴォルフは頭を抱えてしまう。


珍しく、直球。これはこれで、なんとなく後ろめたく気に食わない。


確かに……ギルド側から『仲介して欲しい』と頼まれるだろう事は予想していた。それが今、確信に変わった。


単独でドラゴンを討伐する脅威。王族と親交がある、その利点。……“黒髪黒目”。


「行ってやれよ」


「助けて貰うんだから助けてやんねえとなー。なあ?」




だったらそもそも本部になんざ行くな。




その正論を飲み込み、パーティーメンバーからの愉快そうな声色での援護射撃に瞬時に睨み付ける。が、確かに……助けて貰う事は事実。


「つーか、ヤマトさん。何しに本部行くんすか? ワイバーンの情報提供ならヴォルフさんに任せりゃ良いのに」


「ギルドを通してのオークション。当事者なので、ご挨拶に」


「要らねえ」


「要らないな」


「要らねっす」


「寧ろあっちから来るべき」


「“黒髪黒目”なら尚更行っちゃダメですよ」


「そういうものですか」


威厳を保つ為。だろう。


それはヤマトの威厳ではなく“黒髪黒目”としての威厳。この国ではその崇高な存在が下手に出るなんて、言語道断。


加えてフリーのドラゴン・スレイヤーだからこそ、尚更にヤマトから行ってはいけない。付け入る隙を与えない為に。侮られない為にも。


それを理解したヤマトは、アイテムボックスから取り出したケーキをプルに乗せる。デザートにご満悦なプルに目元を緩め、小首を傾げて見せた。


「では、お願いします。ヴォルフさん」


「あぁ」


「ギルドの前で待ってます」


「あ?」


「見てみたいので」


「……」


「中には入りません」


「……性格悪ぃ」


「只の観光ですよ」


「へぇ」


「獣人とも交流したいです」


「まだダメだ」


「分かりました」


ダメな理由を聞き出さない。それは、信頼故か。


早速。と腰を上げ歩き出すヴォルフは、普段と変わらない笑みで付いて来るヤマトに口角を上げる。


観光……な筈がない。


恐らく、ギルド側の出方を試す為の行動。


その場で職員はまだしも、ギルド長がギルドの中へ促せば……“黒髪黒目”を軽視した。として、これ以降はどんな申し出も受けない。


その際は自身の“黒髪黒目”を利用せず、『この国の冒険者ギルドは流れ者だからとドラゴン・スレイヤーをぞんざいに扱うのか』……と。


圧倒的強者として侮辱は許さない、と。本部の対応を『これが国全体のギルドの対応』なのか、と。態と主語を大きくして。


勿論。ギルド長が後日宿へ伺うと申し出るのなら快く受け入れるつもりでいる。


ヤマトとしては、すっぱりと縁が切れ後々の問題事を回避できる前者の方が有り難い。


例えばここで冒険者ギルドの本部と繋がりを持たずとも、ヴィンセントの領に戻れば幾らでも買い取って貰える。本部から冒険者ギルドを出禁にされたのなら、商業ギルドに卸せば良いだけ。


冒険者ギルドがしつこい時は別の国に行けば良い。


寧ろ商業ギルドの方が“黒髪黒目”を付加価値とし、高値で買い取ってくれる。取引相手は主に貴族となるだろうが。


その場合……


「街の連中から嫌われちまうなあ」


「なにか、やらかしたんです?」


「“上”次第だろ」


「大変そうですね」


「誰が言ってんだか」


ダンジョンのスポットで発生した全ての食用魔物を持ち帰り、安価で庶民へ行き渡らせる。


気紛れに何度か行った『貴族の施し』――周りからそう認識されているその行動は、幾ら栄えている街だとしても庶民からすると生活に直結する。


もし冒険者ギルドがヤマトを出禁にしたら……。気紛れでも肉を安く手にできなくなった者達から、公的な説明を要求される事は避けられない。


となれば。どんな説明をしても『従わない事への報復』なのだと認識され、最悪……冒険者さえも非難されてしまう。




“黒髪黒目”に無礼を働き、あまつさえ従えようとする冒険者ギルドの方が悪い。




……と。“黒髪黒目”と云う事実が、どこまでも有利に働いて。


それは最早偏見ですらあるのだろう。




もしかしてこいつ、それを見越しての『貴族の施し』じゃねえよな?


……いや。流石に考え過ぎか。


本当に気紛れで、その序でに好感度を稼いでるだけだろう。お人好しってのもあるんだろうが。




一瞬過ぎったその可能性は早々に除外したが、それでも念の為に取り敢えず思考の片隅へ。


今は、目の前の冒険者ギルド本部。ワイバーン出没という重要な情報を提供するために足を動かした。


因みに。


昨日と同様、周りは既に人集り。宿からずっと付いて来ている者達が半数。しかし、誰も半径3M程からは踏み入れては来ない。


不敬とならないように。それは貴族疑惑故の行動ではなく“黒髪黒目”へ対する脊髄反射からの自制。


仕事は良いのだろうかと疑問を持ちながらも、ギルドの中へ入って行くヴォルフへ緩く手を振り見送ったヤマト。その頭で、ぷるぷると揺れ同じくヴォルフを見送るプル。


……さて。


「記者の方ですか?」


「へ?……あっ、はい!!」


人集りの最前。


すっ――と視線を向けられたかと思えば、流れるような動作で向けられた顔。次いで動いた足はその体躯を動かし、しかし完全には向かい合わない。


王都に住む者達が殊更に強い憧れを抱く“黒髪黒目”。


その“黒”が己を捉えて居る現状に、腹の底から湧き上がる歓喜。同時に、じわじわと耳が熱くなる感覚。


その絶対的な造形美の“顔”と完璧な“体躯”も、確実に影響している。


その影響により、顔どころか全身を真っ赤にさせた記者。その男が両手で握る機械へ視線を落としたヤマトは、


「撮って良いですよ」


「……ぇ」


「撮りたいのでしょう? 構いませんよ」




頭にスライムを乗せたままで??




全員大混乱である。


スライムを指摘しても良いのかと迷う記者に首を傾げるヤマトと、なんとも言えない表情で近くの者とアイコンタクトを交わす周りの者達。……あ。


何かに気付いたようにヤマトが声を出せば、ほっ……。あからさまに安堵した表情。


「ポーズ取りましょうか?」


「ちっげえよ!! プルちゃん下ろせ!!」


「早かったですね、ロイドさん。ちゃんとご飯食べたんです?」


「食ったけど今はそれじゃねえから!」


人集りを割って出て来たロイドはヤマトへ近寄り、再度首を傾げるヤマトの頭に乗るプルを指差した。


「記者は“黒髪黒目”を撮りたいんすよ。プルちゃん乗ってたら真っ黒に見えねえの。髪」


「新聞なのでモノクロですよね」


「カラーでも載せれるんす。どうせ、ブロマイドも売るんだろうし」


「なるほど。ところで、指を差すなんて不躾ですよ」


「んなオギョーギ良くないんで。撮らせてやんならプルちゃん下ろしてやって下さい」


「私の相棒なのに」


「ペットでしょうが。あーもーほら。プルちゃん、おいで」


ぴょんっ。軽く両手を広げたロイドの胸へ難無く落ち着いた、プル。ロイドの事も信用しているらしい。


「ポーズ要らねっすよ。あんた、そんまま微笑んどきゃ美術品なんで」


「自慢です」


「美形自覚してんのほんと清々しい」


言いながらヤマトから数歩離れたロイドは『撮るならさっさと撮れ』と、記者へ目配せ。


慌てた様子で我に返った記者は咄嗟にカメラを構え、数回シャッターを切る。レンズ越しに合う……“黒”。


記者魂というよりカメラマン魂に火が点くが、あまり時間を取っては気を害してしまう。


そう判断し名残惜しく思いながらもカメラを下げ……たのだが、


「ヤマトさん?」


不意に足を動かしたヤマトは記者へ近寄り、くいっ――。右手の人差し指を曲げて見せ、……っ!


まるで、脊髄反射。返事も無く再びカメラを構えた記者に腰を曲げ、下から構えられたカメラを覗き込む体勢。かしゃっかしゃっ。


2回のシャッター音の後。


れっ。1秒にも満たない、舌舐めずり。


かしゃっ――


見事にその瞬間を撮影した……と云うか。撮影してしまった記者は、茹で蛸宜しく。


真っ赤な顔で、腰が抜けたように崩れ落ちた。記者の後ろに居てしまったが為に流れ弾に被弾した見物人達も、揃って。


赤面し見上げて来る記者へ目元を緩めたかと思えば、


「モデル料と印税。レオ名義で真っ当な孤児院に寄付して下さい」


「……れ、お?」


「レオンハルト殿下」


「っ――!?」


「レオには伝えておきます。お願いしますね」


口角を上げての笑み。


それは、『王族の目がある中で金額を誤魔化せると思うなよ』との威圧。


顔を引き攣らせた記者に満足したヤマトは腰を戻し、盛大に頭を抱えるロイドの方へ。


でもその途中で振り返り、


「あぁ、そうでした。私は、可能なものは“生食”を好みます。――記事、お好きに書いて構いませんよ」


生食を好む。そう公言した事実がある上で『貴族疑惑』や『王位簒奪疑惑』……それを、書けるものなら書いてみろ。




民衆から“真実を歪める新聞社”と判断されても良いのなら。




そう暗に伝えて来る、頤を上げての笑み。貴族のような、王族のような。なのに“なにか”が圧倒的に違う感覚。


語彙が豊富な筈の記者で在る自分が、筆舌に尽くし難い……言葉を失う程の存在感。


絶対的上位者の姿。


「……あんた、ほんっと……たちわるい」


そのロイドの呟きは静まり返った周囲に響き、周りは言葉もなく心の中で同意した。


ギルドの出入り口。様子見しながらも硬直し続ける職員や冒険者達を割って出て来たのは、勿論ヴォルフ。


「本命は」


「終わりました。早かったですね」


「情報提供に時間掛けるかよ。満足したなら行くぞ」


「どこへ連れて行ってくれるんです?」


「大衆浴場」


「ヴォルフさんは私を喜ばせる天才ですね」


「どうも」


つまり。記者を通じてこの国全てへの宣言。


『王族や貴族とは無関係。無駄な期待はするな』その、警告。


どうやら最初からこれが目的だったらしい。


「てか今から風呂っすか。ちゃんと前隠して下さいね」


「だから。お前はこいつを何だと思ってんだよ」


「美術品っつったじゃん」


「見物料、取りましょうかね」


「貴族でも破産するでしょ」


ケラケラと笑うロイドは頭の上へ移動するプルの好きにさせ、特に会話も無く歩く2人の後に続く。


呆然とする周りの者達の中から数人動き出した男達は、今目にした事実を己の主人へ報告しに行ったのだろう。





閲覧ありがとうございます。

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もっとプルに活躍してほしい作者です。どうも。


『主人公』はヤマトですが、スライム好きとしてはプルを主人公にしたい。

いや、まあ。プルはプルで“黒髪黒目”の頭に乗ってるので存在感の塊なんですけどね。

なにはともあれ、プルが“夜食”にご満悦なので良かったです。


侵入者はちゃんと襲撃者でした。

言葉通り主人公は愛猫家ですが、獣人はあくまでも『人』です。

「事実として取り敢えず言ってみた」だけです。

あと僅かにも希望を与えるなんてほんとこいつ性格悪い。


『貴族の気紛れ』は王都でもやってほしいですね。

あまり詳しく書かずにサラッと描写で済ませたいなあ。

その時の気分で決めます。


ギルド内に入れても良かったのですが、先ずは“黒髪黒目”が王都に来たと云う事実を周知させたかったので後回し。

それと、写真を出回らせたかったので。

“黒髪黒目”を盗撮なんて不敬そのものですからね。

主人公本人が気にしていなくても周りが気にしますし、盗撮した者は例え記者でも信用問題となるでしょう。

王都に住む者達は想像以上に“黒髪黒目”への憧れが強いですからね。

っというか、「盗撮を不快に思ったら二度と来訪して貰えない」と心底怯えているので。


両手でカメラ持ってそわそわする記者、想像したら可愛いですね。


次回、“諸用”。

ヴォルフの災難。

ヤマトの逆鱗。

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