22.注文殺到
王都の検問。また騒がせるかもと考えていたヤマトは、予想に反し淡々と手続きをする憲兵達に首を傾げる。
しかもヴォルフ達も不思議に思わず茶化しもしないのだから、尚更に。
「ここに人を集める訳にはいかない」
レオンハルトからの耳打ちに数秒考え、理解。
王都のイメージと防衛上、王族・貴族専用の検問には人を集めたくない。国の中心である王都だからこそ、憲兵は高貴な存在には慣れている。
なので、先触れさえ出しておけば憲兵は狼狽える事はない。
内心では大混乱なのだが。
「素晴らしい精神ですね」
目元を緩めての称賛には、流石に条件反射で硬直してしまった。
そんな憲兵達から顔を背けるレオンハルトは、完全にヤマトに関する笑いのツボが浅くなった。今後の苦労が目に見える。
「カーテンは下ろしていた方が良いですか?」
「んんっ……好きにすると良い」
「下ろせ。歩けねえ」
「あれ。ヴォルフさん、一緒に来るんです? てっきりここから別行動かと」
「お前が払うなら泊まってやるよ」
「良いですよ」
「俺達はー?」
「勿論」
「やりっ。はい、これ。ヴィンス様オススメの宿リスト」
「気が利きますね」
「でしょっ」
ロイドの頭を撫で紙を受け取ったヤマトはその紙に目を通す。『清潔』やら『食事が美味しい』やらのオススメポイントと凡その費用。ヴィンセントも、ヤマトの事をある程度理解しているらしい。
一番下には『最高の待遇を約束する』との文と共に住所。恐らく、ヴィンセントの邸。見ないフリをした。
紙を覗き込むヴォルフが思いっきり眉を寄せたので笑ってしまった。
「では、ここへ」
御者へ目的地を告げ、ひとりの騎士が先触れに馬を走らせた事を確認。馬車に乗り、漸く出発。
カーテンを下ろす姿が残念そうなのは、王都の町並みを見ておきたかったから。……まあ、
食べ歩きするからいっか。
その時に確実に起こる騒動は考えない事にした。
広い個室。トイレとシャワー室。清潔な空間。
満足。と頷くヤマトは部屋の中を探検し始めるプルを好きにさせ、取り敢えずシャワー室へ。
因みに。馬車から降りた瞬間に周囲は二度見し、次に目を見開きガン見。あんぐりと開いた口。
これが王族だと分かる馬車だったなら、一気に騒然となっていただろう。
呆れた顔のヴォルフと、必死に笑いを堪えるロイド達。彼等を引き連れ宿へ入れば受付の若い男が声にならない悲鳴と共に腰を抜かし、カウンターの向こうで崩れ落ちたので笑いそうになった。
ヴォルフ達の説明により、時間は掛かったが漸く宿泊の手続きを終わらせて各自部屋へ向かい……
30分後。
ロビーで待つヴォルフ達と合流。
「お待たせしました」
「シャワー浴びたんすか」
「汗臭かったので」
「どこが」
「え」
「なに食べんの?」
「先ずは名物を」
「あーあー」
「なんです?」
「ヴォルフさん任せた」
「おい」
「いや、まじで。あれヤマトさんに紹介すんの、気が引ける」
「……」
「ヴォルフさん」
「……ハァ。ゴボウ」
「え」
「王都周辺でしか育たねえから高級食材なんだが、まあ……見た目は木の根。スラムですら食わねえから輸出メインだが、他国も買う事はそうそう無い」
「……」
「ヤマトさんやめとこ? あれ食うの、まじで変人だけだからさ。ね?」
「うん。諦めていたので嬉しいです」
「やっぱり食うのかよ!? あんたの祖国なんなんだよっ!!」
「毒の有る食材を何百年も掛けて試行錯誤し毒抜きを成功させる、食に対する執着心が凄まじい変態国家です」
「知りたくなかった!!」
「もう俺はお前の味覚に驚かねえ」
「美味しいのに」
楽しみだと機嫌を良くするヤマトは、ゴボウの美容効果をレオにプレゼンしてみよう。と考えながら足を動かす。
キッシュやチップスにすれば見た目への忌避感も薄れるだろう、と。
宿の周辺には人が集まっており、この短時間で既に噂が回りきった事を確信。しかし特に何を思う事もなくヴォルフ達へ案内を頼む。
歩き出した方向の人々は咄嗟に道を開け、それはまるでモーセの海割り。この比喩を共有出来る者は皆無なので、少し寂しく思いながらも後ろから付いて来る人々に苦笑。
しつつ、目に付いた店舗一体型の屋台へ。
「ひとつ、ください」
「ひっ……どうぞお持ち下さいっ!!」
「貴族じゃないですよ」
流石に悲鳴は傷付く。
そう考えながら銀貨を取り出そうとして、
「おい。うろちょろすんな」
「皆さんも食べます? フルーツ盛り」
「要らねえ」
「俺食べるー」
「俺も俺も」
「食べる方は挙手。――ななつ、追加で」
「……」
「あの」
「ひいっ!」
「王族でもないですよ」
「お前は本当に面倒な奴だな」
「傷付きます」
「あっそ」
銀貨8枚をカウンターに置くヤマトに後退りする店員は、青い顔でヴォルフへ視線を向ける。
当然気付いたヴォルフは溜め息を吐き、
「只のクソガキだから安心しろ」
「褒められました」
「貶してんだよ」
「あっはははは!」
ヴォルフが言うなら……笑われてるのに楽しそうなら……
漸く手を動かすが、生きた心地がしない。見栄え重視の高価なガラスの器は返却必須なので、客はこの場かテラス席で食べなければいけない。
テラスに行ってくれ……との店員の心からの願いは、残念ながら叶わなかった。
「ん。おいしい。ほら、ヴォルフさん」
「要らねえっての」
「偶にはフルーツも食べないと」
「要らねえ」
「私からの貴重なあーんを拒否するなんて」
「お前は何を目指してんだ」
「ほらほら。落ちちゃいますよ」
一度眉を寄せるも諦め、差し出されるフルーツを口の中へ。いつ振りかの柔らかい甘さ。……偶に食うのも悪くねえか。
そんな事を考えながら、驚愕の顔で見て来る店員の視線を無視。
「一生の自慢っすね」
「存分にその栄誉を有り難がって下さい」
「押し付けじゃねえか」
「“栄誉”だとは思ってんのか」
「殴んぞ」
パーティーメンバーからの揶揄いに睨み付けるも殴らないのは、確かに心の何処かで“自慢だ”と思ったから。
こんな事なら断らなきゃ良かった。
僅かに肩を落とすヴォルフは幸せそうに食べ続けるヤマトから視線を外し、辺りで声を潜めて会話をする人々を観察。驚愕、羨望。――畏れ。
面倒事が起こる事を確信し、根回しの算段を頭の中で構築させていく。ギルド本部と、裏の……所謂“何でも屋”への警告。
こうやってヴォルフが隣に居る時は手は出さないだろうが、僅かな時間でも隣を離れたら……
あぁ。だから、か。
俺が断る可能性が高い果物を選んで、俺との距離感が近い事を態と見せ付けた。貴族嫌いで推定Sランクの“俺”と親しいと周知させるために。
同時に、俺が……“黒髪黒目”と親しいと示すために。
『手を出すな』
――その、“黒髪黒目”からの牽制。威圧。脅迫。
察しの良い奴にはこれだけで充分に強烈な脅しになる。
それを察せない奴には、貴族嫌いで有名な俺と親しいなら『貴族じゃない』んだと確信させる事ができる。……どうせ、納得はされねえんだろうが。
懲りずに結果論を用意して俺を誘導し、周囲の抱く印象や思考を操作。……っんとに、こいつは……
どこ迄も貴族らしくて嫌になる。
なのに離れる気は一切湧かないのだから、自分が思っているよりも遥かに“ヤマト”を気に入っている。その事実を自覚したヴォルフは思わず頭を抱えた。
見上げて来るヤマトが目元を緩めた事で、先程の考察が真実なのだと確信。
「食べます?」
「……早く食え」
「残念です」
一度で充分だろ。
その言葉は口にせず、先ずは“裏”への警告を夜迄に済ませる事に決める。
己が属する派閥の支持を集める為に“黒髪黒目”を利用したい貴族。その者達とのパイプを取るか、自分達の命を取るか。
手前ぇの無知を自認したいなら拉致ってみれば良い。
最弱と侮ってるスライム。
その恐ろしさを実感しながら。実行した事を後悔しながら。跡形もなく、溶かされりゃあ良い。
こいつに手を出すってのはそう云う事だ。
「ごちそうさまです」
のんびりと。最後に食べ終わり器を返却したヤマトは、
「また」
店員にとっては震え上がってしまう『また食べに来る』との宣言。目元を緩めるヤマトは、声なき悲鳴をスルーして足を動かした。
後ろから聞こえるフルーツ盛りを注文する幾つもの声も、スルー。当たり前になりつつあるその光景に、どうやら慣れ始めたらしい。
着々と貴族“らしく”なってきている。
本人にその自覚は無く、そもそも無自覚での行動なのだから手に負えない。ロイド達が苦しそうに笑いを堪えている。
「王都の冒険者ギルドが本部なんですよね」
「この国での。各国にも本部はある」
「統括しているのは?」
「ギルドの方針やらは本部のギルマス達が会議で決める。大陸毎でな」
「なるほど。因みに、商業ギルドは?」
「大抵の大陸では商業国が本部みたいなもんだが、商売は国で変わっから『各国で最善をどうぞ』の、丸投げ」
「そうなりますよね。商売を全て把握する事は不可能ですし」
「ギルド、今日は行かねえぞ」
「はい。今日は飲みたいです。ヴォルフさんは?」
「用事済ませたら合流する」
「お願いします」
ギルドと“裏”への牽制。ヴォルフがそれをする事を当然だと言いたげなその言葉は、傲慢だと思われても仕方ない。
単純に、ヴォルフの察しの良さと世話焼きな性質。加えて、聞き出したとは言えヴォルフからの貴族関連の頼み。
その要素があるため、『だとしたら出来る限りは“整える”んだろう』と確信しているだけなのだが……
それを直接ヴォルフ本人に確認する事は、無粋。そう判断し確認の言葉すら無いからこそ、傲慢に見えてしまった。それが真実。
またもや悲しい誤解が生まれた。
そんな誤解には当然気付く事なく、目的のゴボウ料理を出すレストランへ。
「高級感漂ってますね」
「さっさと食って来い」
「入らないんです?」
「んな金ねえよ」
「奢りますよ」
「おい」
「流石にここは無理ー」
「はい?」
「一番安い、少ないスープで金貨1枚」
「問題無いですね」
「ドラゴン・スレイヤーやべえ」
あっさりと足を動かすヤマトに、諦めたように続く一行。レストランに入れば、ウェイターが目を見開き硬直。
優雅に食事を楽しんで居た、貴族。大商人達も、硬直。
あー……
ヴォルフ筆頭にロイド達も頭を抱える中、
「個室は無さそうですね。テーブル、くっつけて貰えるのでしょうか。あ、上なら空いてますかね」
「おい待て。勝手に行くな」
「なぜ?」
「案内待て」
「早く食べたいです」
「だから。んな顔しても俺には通用しねえっての」
「……はやく、ほしいです」
「絡め取ろうとすんな」
「チッ」
「クソガキ」
歩き出したヤマトの首元に腕を回し引き留めるヴォルフは、見返りの上目遣いを一蹴。
……ほんっと顔良いな。との感想は持ってはいるが。
近くのウェイターへ目配せをすると、漸く我に返ったらしい。顔を引き攣らせながら、それでも必死に笑みを作り側へ来たのでヤマトを解放。
「ご来店ありがとうございます。大変心苦しいのですが、当店はドレスコード必須となっております」
「っすよねー。んじゃ俺等、別の店行くんで!」
「ロイドさん」
「、……うす」
「いい子ですね」
振り返る事もせずにロイドを留まらせたヤマトは、――ゆるりっ。
目元を緩め、息を呑み足を引いたウェイターへ……一言。
「許されませんか?」
「っ――ぉ……オーナーへ、確認します」
許されない筈がない。咄嗟にその言葉を口走ってしまいそうになる。
この王都に住む者達にとって“黒髪黒目”とは、それ程に絶対的な存在。
「期待してしまいますね」
信頼面を重視するならば例外など認められないのに。与えられたその言葉に思う事は、ひとつ。
その期待に応えなければならない。
それは一種の強迫観念なのだろう。
礼を示してから足早に従業員通路へ向かうウェイター。入れ替わるように近付いて来た別のウェイター。手にしているトレイには、水の入ったグラス。人数分。
褒めるように目元を緩めるヤマトは、単純に『良い人だ』と嬉しく思っているだけ。
なのだが、
「お前は……ほんと……」
「はい?」
「……なんでもねえ」
“黒髪黒目”の絶対的存在感と影響力を自覚しろ。
……とは言わず、聞こえて来る慌てたような足音に視線だけを向ける。それと同時に止まった足音の主は、ヤマトを凝視して硬直。
しかし数秒で笑みを携え足を動かすのだから、流石貴族向けに展開しているレストランオーナーだと感心。
ヤマトの前で口を開いた彼は、
「ゴボウが食べたいです」
「、」
「どうされます?」
「……。ご来店頂き心より感謝致します。どうぞ、お連れ様もこちらへ」
「楽しみです」
貴族ではないとしても噂の“黒髪黒目”が食べるのなら、“黒髪黒目”へ強い憧れを持つ貴族達も食べてしまう。本人が来店した、この店で。
それが例え一時的でも、暫くは高級食材を無駄にせずに済む。
名物なので仕入れているが、それは高級レストランに課せられた義務。王都周辺でしか育たない名物を『名物』のまま周知させておきたい、国の意向に沿っているだけ。
本音を言えば仕入れたくないが、まさか……こんな……
“黒髪黒目”ご本人が『利用して良い』との意を示して下さるなんて。
「まじでぶん殴りてえ」
「貴族じゃないですってば」
「そこ迄して食いてえのか」
「レオにプレゼンしたいので。こちらのゴボウの味を確かめたいんです」
「王族に木の根食わすな」
「野菜ですよ」
これは一世一代の大勝負になる。
背後で交わされる会話に息を呑んだオーナーは、自ら注文を取りキッチンのコック達へ檄を飛ばすのだろう。
願わくばレオンハルト殿下にも足を運んで貰うようにお伝え頂きたい。……との考えは、決して口には出来なかった。
先ずは信頼を得る為に。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
食べ物の為なら貴族ムーヴかます主人公が軽率過ぎて心配になる作者です。どうも。
確実に直ぐに報告が上がり、「木の根を食べさせられるのか……」とこっそり落ち込むレオンハルトか居たり。
きっと主人公が食べ易く調理してくれると思います。
軽率に王族に手料理を食べさせないでほしいですよね。
憲兵達は馬車を見送った後に緊張から開放され崩れ落ちていました。
王都では誰もが強く憧れる“黒髪黒目”なので、そらそうなる。
帰宅後、家族に自慢するのでしょうね。
“裏”は今後めちゃくちゃ関わってくる予定です。
貴族も関わってくる予定です。
ですが、あまり長く王都にはいないと思います。
たぶん、卵かけご飯を食べたくなったらヴィンセントの領地に戻ります。
既に食べたくなってはいるようですが。
次回、『森の掃除屋』。
冒険者ギルドの本部。
「撮って良いですよ」