21.最終判定は、プル
「あと一泊」
「昨日聞いた。帰りに好きなだけ泊まりゃあ良いだろ」
「ここ、レオが居ないと泊まれないんですもん」
「さっさと身分証作らねえからだ」
「冒険者は性に合わないので」
「知ってる」
流石に畳は無かったかと残念には思ったが、ベッドの寝心地は当然ながら抜群。良い夢も視れた気がする。
そんな極上のベッドの上で駄々を捏ねるヤマトは上半身を起こし、腕組みで見下ろして来るヴォルフを見上げる。その過程で肩からずり落ちた浴衣は気にも止めない。
無頓着……というより……
「王都滞在中にランツィロットさんを連れて来て下さい」
「さっさと支度しねえと帰り置いてくぞ」
「……いじわる」
「だからその“顔”の威力考えろっての」
「チッ」
「手前ぇ……」
威力を考えた上で、拗ねた表情での上目遣い。ご丁寧に、大胆に浴衣をはだけさせたまま。
自覚している己の造形美を最大限に利用している。
艶めかしい美女――と言われたらそうとしか見えないが、残念ながら女性特有の胸の膨らみは無い。それ以前に男性特有のシンボルも温泉で確認した。
確かに男で良かった。こいつが女なら今ので落ちてたな。本当に、顔が良過ぎる。
俺と逢わなかったら貴族の“嗜み”に巻き込まれてたんじゃねえの、こいつ。
……おい待て。俺まじで保護者じゃねえか、願い下げだってのに。
沸々と込み上がって来る苛立ちを頭を掻く事で紛らわせたヴォルフは、のそのそと着替え始めるヤマトに漸く息を吐く。相変わらずの肉体美。見慣れる気配はまだ無い。
これは娼婦達がハマる訳だ。……とは、入浴中にもこっそりと思った事。
ヤマトが女なら世界が傾くと言ったが、男の儘でも相手によっては国が傾くだろう。
そう考えを改め、名残惜しそうに部屋を出るヤマトと共にロビーへ。
既に揃っている一行。何やらニヤつくロイド。
「はよーっす。ヤマトさん、我が儘はもう良いんすか?」
「もう一泊したいです」
「駄々捏ねんの上手っすよね。俺等昨日、即落ちだったし」
「今日も部屋に来て下さいよ」
「ダメっすよ。『諸用を済ませたら早く戻って来るように誘導しろ』って、ヴィンス様から言われてんすから」
「それ、本人に言ってはいけない事だと思いますよ」
「“友人”なんしょ?」
「……ハァ。分かりました。戻る時も二泊にします」
「さあっすがー!」
「隠すのはもうやめたようですね」
「気付いてんなら無駄な演技っすから」
「確かに」
「嫌いになる?」
「強かで好感が持てます」
「っすよねー! 信じてました!」
完全にファンだな。
図らずも心の声を一致させたレオンハルトとヴォルフは、当然互いにその事実に気付かない。レオンハルトはオーナーと会話をしているので、気付ける筈がない。
犬のように勢い良く振られる尻尾の幻覚が見えたような気がするが、気の所為だとロイドの頭を撫でたヤマトはオーナーの方へ。
一気に緊張の色を見せたオーナーへ口を開いた。
「素敵なおもてなし、ありがとうございました」
「い、え。そんな。当然の事をしたまでです」
「素晴らしい精神ですね。後日に、また宿泊させて頂けると嬉しいです」
「有り難きお言葉ですが、その……」
「レオ」
「、」
「他の旅館に泊まっても?」
「……ん。いいや。友人をぞんざいに扱われては、私の沽券に関わる」
「ですよね。――だ、そうですよ」
「そ、れならば。我々としても、喜んでお部屋を整えてお待ちしております」
「期待しています」
よろしい。と言うように目元を緩める姿は、どう見ても傲慢な貴族。寧ろ、王族にさえ見える。
身分を証明する術が無い“黒髪黒目”が、王族で在るレオンハルトを利用しての堂々たる横暴。背後で顔を青くする騎士達とは相反し、苦しそうに呻きながら必死に笑いを堪えるロイド。アホか、と呆れるヴォルフ。
隣で顔を背け笑いを堪えるレオンハルト。……彼の様子で、瞬間的に張り詰めていた空気は霧散していく。
この傲慢な横暴さを、レオンハルト殿下は愉しんでおられる。王族と云う尊き立場で在りながら“黒髪黒目”へ心を開いて。
あからさまに利用されたにも拘わらず。
……本当に“友人”なのか。ならば、王族が危惧していた事態は起こらないのだろう。
「今のは中々に貴族らしかったぞ」
「え」
「爵位が欲しいならいつでも言え。ドラゴン・スレイヤーならば、特例で伯爵に成れる」
「面倒事は御免です」
「だろうな」
地位や名誉に興味が無い。面倒事と一蹴。只々、只管に。
冒険者よりも自由に。
それが真実なのだと確信できたのは、眉を下げ困った表情をして居るから。愉快だと喉を鳴らしたレオンハルトに、態とらしく肩を竦めて見せたヤマトはヴォルフ達の方へ。
「……殿下。あの方は、本当に尊き身分ではないのですか……?」
「流れ者だな。全て無意識らしい。愉快だろう?」
「……心臓に悪い程度には」
「早々に慣れておけ。ここを気に入ったそうだ。客寄せに利用すると良い」
「そっ……んな不敬は!」
「構わんさ。どうせ気にも留めない」
「レオ。聞こえてますよ」
「おやっ。私とした事が。詫びは何を贈ろうか」
「白々しいですね」
再び眉を下げての困った笑み。それでも『客寄せ』については何も口にしない。
レオンハルトの言葉通り一切気に留めておらず、客寄せにされたところで……どうでも良いのだろう。どちらにせよ興味がない事が見て取れる。
「見送りは不要だ。世話になった」
労いとして言葉を贈ったレオンハルトは騎士達を連れ旅館を出て行き、
「また後日」
ふっ――
目元を緩めてのヤマトのその言葉に、心臓を鷲掴みされたような感覚。恐怖も、歓喜も。
“黒髪黒目”に対する正しい畏れの感情。
王族の旅程を我が儘で1日伸ばした。温泉に入りたいから、と。高々それだけの理由で。
嗚呼、なんて……傲慢且つ横暴。
なぜ王族として生を受けて下さらなかったのか。
思わずそう考えてしまったオーナーはハッとして頭を振り、その場でのお辞儀で見送りの意を示す事しか出来なかった。
「そーいや、ヤマトさん。ワイバーン売らなくて良かったんすか?」
「私、解体は出来ないので」
「いやギルドでして貰えば良かったじゃん。出没情報も欲しい、ん…………は、まじ?」
「二度手間って面倒ですよね」
「……ヴォルフさん」
「知らん」
「知っとけ! あんたが代わりに本部行きゃ良いだろ! この人行ったら大混乱なるわ!」
「お前はこいつの愉しみ奪えんのか?」
「無理だけどさあっ!」
まーたヤマトさんが問題起こそうとしてる。
内心大爆笑しつつ顔を背け笑いを堪えるロイドのパーティーメンバーと、あからさまにニヤつくヴォルフのパーティーメンバー。この豪胆さがランクの差なのかもしれない。
現在、野営の食事後。就寝前。
あっちは愉しそうだな……。と羨むレオンハルトは残りの旅程の確認を終わらせ、早馬で受け取った宰相からの手紙に眉を寄せる。
『殿下が不在の間にグリフィス公爵が行動を起こした』
符丁で記された、不穏の種。
第一王子の後ろ盾で貴族派筆頭で在る、グリフィス公爵。行動……が何かは知れなかったようだが、いよいよ本格的な王位継承権争いが始まる。その凶報。
“あの森”に面する領への視察を名目に“黒髪黒目”に接触した事は、どうやら筒抜けだったらしい。……まあ、
それもそうか。
現王家で唯一の“黒混ざり”が噂の“黒髪黒目”と接触しては、瞬く間に国中にその事実が広まる。予め分かってはいたが、想定以上に噂の広まりが早い。
人の口に戸は立てられぬ……か。
まあ、良い。ヤマトのお陰で力を得た。
武力でも勝ってみせる。
くつりっ。小さく喉を鳴らしたレオンハルトは焚き火へと手紙を放り、完全に燃え尽きた事を確認。
集中して来る幾つもの真剣な目に、組んだ両手に顎を乗せ声を潜めての言葉。
「ヤマトから貰った大商い。今暫くの平穏を条件に、私の功績に使う事を許された。物流の問題は残るが、近い未来に国が発展し私の王位継承へ有利に働く。上手くいけば……貴族派から、僅かだが寝返らせる事が出来る」
「グリフィス公爵は、何を?」
「あの狸は隠し事が上手い」
「殿下」
「事実だろう。……公爵がどんな手を打ったかは気になるが、陛下は必ず長期的な国の益を優先する。ヴィンスが……オークションに関わる事は懸念事項だが、な」
「……殿下。ヤマト殿を利用すれば、」
「黙れ」
「、」
「ヤマトは私の“友人”だ」
「!……失言でした。申し訳ありません」
「いや。私も熱くなった。……冷静になれ。あの人には、獰猛な番犬が付いている。喉笛を噛み切られるぞ」
「っ――」
「あのスライムもだ。あれはアースドラゴンとレッドドラゴン……恐らく様々な高ランクの魔石を取り込んだ、意志を持つスライム。謂わば災厄。化け物だ」
「そ……んな」
「安心しろ。ヤマトの機嫌を損ねない限り、彼等が我々に牙を剥く事は無い。寧ろ……あのお人好しだ。対貴族では、我々が守るべき存在だという事を忘れるな」
「……ヴィンセント様と殿下を篭絡したのにですか」
「言ってくれるな。あれが素なんだ」
「末恐ろしいです」
「本当にな」
演技がかったように肩を竦めるレオンハルトは、ふと――ヤマト達の方へ視線を向ける。王都観光の案内をしたいと言うロイドを、思案する間もなく享受するヤマト。
その間に座り、真っ直ぐとこちらを見据える……ヴォルフ。
「耳が良い」
レオンハルトの言葉に視線だけを動かし、ヴォルフの姿を視認した瞬間に止まった呼吸。咄嗟に視線を戻すと同時に必死に息を吸い込む。
個人でのSランク昇級を蹴った、自らパーティーランクを下げた生粋の貴族嫌い。
ヤマト殿を利用すれば自分達はおろか、殿下でさえも……
「私はこの国の為に死ぬ訳にはいかない。だから――私は“私”の、君達の“友人”を悲しませる事はしないよ。信じてくれ、プル」
いつの間に……来ていたのか。
焚き火の中で小さく揺れた、丸い物体。数秒もせずに火から出て来たプルは、ぷるぷると機嫌良さそうに揺れレオンハルトの脚を登り始めた。
「殿下!」
「構わん」
剣を握る騎士達を制止するように掌を見せ、頭の上に落ち着いたプルをひと撫で。
再度視線をヴォルフへ向けると、ヤマトへ呆れの顔を見せている。……番犬、だな。
改めて。再認識したレオンハルトは、撫でろ。と小さく跳ねたプルに苦笑し、姿勢を正してから緩く撫で始めた。
“王族”相手にこの行動。飼い主が飼い主なら、ペットもペット。
「先が思いやられる」
呆れの思いから零したその言葉は、反してどこか愉しげな色。
その事実にレオンハルト自身は気付くことなく、近付いて来る足音へ顔を向けた。
「すみません。レオ」
「いや、構わない。漸く認めて貰えたようだ」
「認め?」
「私の登り心地も中々だと云う事だ」
「?……そう、ですか。良かったね。プル」
ぷるぷるっ。
上機嫌だと揺れるプルを撫で、低めの椅子に座るレオンハルトの横。地面に腰を下ろす姿は、とてもじゃないが受け入れ難い光景。
“黒髪黒目”が……直接、地面に座るだなんて……
いくら本人が否定しようとも。
貴族や王族のような言動を無自覚で繰り返すのだから、騎士達は未だにヤマトが流れ者だとは信じていない。信じる未来も恐らく無い。
片膝を立て座るヤマトは逆の腕をレオンハルトの膝に乗せ、当然のように頰杖を突いた。
何よりも尊い存在の“王族”を肘置き代わり。
こんな光景を見せられて信じろと言う方が無理がある。
向こうの方で何かを堪えるような、苦しそうな声が聞こえた気がする。確実に、ロイドという冒険者が笑いを堪えている声。……なのだろう。
確信する騎士達は顔を背け口元を隠すレオンハルトに安堵し、次にヤマトへ視線を移す。柔らかく緩んだ目元。
いつもの、表情。
「盗賊の襲撃時。素晴らしい連携でした」
「――!」
「流石、第二王子直属の護衛騎士。貴方達ならばレオを守り抜くと信じています」
「……」
「なので、敢えて言わせて頂きます。――まもれ」
絶対的な声色。
失敗など許さない。その身を盾にし、命尽きるその瞬間迄……
「手足を切り落とされても、首だけになっても。本能で喰らい付き敵を排除しろ。その魂が認めた唯一へ全てを捧げ、私の“友人”を守り抜くと誓え」
「必ず」
最早、脊髄反射。
瞬間的に動いた身体はヤマトへ跪き、声を揃え誓いを立てる騎士達。……は、数秒して己の行動を理解し驚愕に顔を上げる。
真っ先に脳が認識した、緩んだ目元。黒い目を持つ、黒髪。
「よろしい」
初めて。この短い期間の中で初めて明確な意志により発された、その言葉。
“敢えて”口にした。
この国の誰もが……王家へ忠誠を誓った騎士が深層心理で求める、“黒髪黒目”からの『期待』と云う命令。恭順する騎士達の姿に、満足と笑む姿。
それは正しく――
圧倒される程に“支配者”の姿。
「私の騎士を奪わないでくれ」
呆れた声。
ハッとして漸くレオンハルトを見れば、既に口角を上げ愉快そうな表情。再び、次は心底からの安堵。
「すみません。どうにも……“友人”には過保護になってしまって」
「許す」
「簡単ですね」
「貴方に限りだ」
くつくつと喉を鳴らすレオンハルトはヤマトの腕を下ろさせ、腰を上げ自分のテントへ。
「そろそろ休もう」
「私のプルを奪わないでください」
「本人に言ってくれ」
「プルの浮気者」
口を尖らせるも立ち上がったヤマトは、これまでの全ての野営で強制的に引き摺り込まれたレオンハルトのテント。
そこへ向かうために足を動かした。
「期待しています」
呆然と見上げて来る騎士達へ、意地の悪い笑みを見せてから。
閲覧ありがとうございます。
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温泉入りたい作者です。どうも。
温泉が絡むと駄々っ子になるのも仕方ないですね。日本人なので。
因みに昨日は「おねがぁい♡」でロイド達は即落ちでした。
その後呼ばれたレオンハルトも、きゅるんっ♡な両手口元ぶりっ子ポーズで即落ちでした。
主人公、顔が良いので。
ヴォルフ以外、ちょろい。
番犬と比喩されたヴォルフ。
彼自身は主人公に付き従っても傅いてもいません。
純粋に“友人”として在ろうとして居ますし、手の掛かる弟のようだと思っています。
それと同時に、「貴族で在れよ」と思ってしまう自分に軽く腹が立っていたり。
“貴族”だったらその瞬間に一切の交流を断つのですが。
ヴォルフも我が儘です。
似た者同士ですね。
王族にあの態度。
普通なら即刻打ち首ですよね。
“黒髪黒目”だけなら反感を買っていましたが、“友人”なので許されています。
他にも力を貰い商機を貰った事も不敬を許される理由に入っているのでしょう。
単純に、レオンハルトの主人公へ対する好感が高い事が最大の理由ですが。
あとプルに対しては純粋に怖がってる。
次回、王都の『名物』。
王都民にとっての“黒髪黒目”。
高級レストラン。