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20.傾“国”では足りない

温泉街……!!


満面の笑みで目を輝かせるヤマトは、先程検問で憲兵達を混乱に陥れた事実をとっくに記憶の片隅へ追いやっている。その際にロイドから大爆笑された事に対しても、今日も元気だなー。程度。


暢気にも程がある。


しかし日本人ならば誰もが今のヤマトに共感するだろう。“あの森”の小屋を離れて初めての、風呂。シャワーではなく湯船。


「レオ。どの旅館に泊まるんです? 露天風呂は、マッサージはありますか? 浴衣があるなら完璧なのですが」


「ヤマトの浴衣姿か。画家が集まって来そうだ」


「この造形美を描けずに筆を折ると思いますよ」


「確かに」


小さく笑うレオンハルトは“黒髪黒目”だけでなく、その造形美にも慣れた。ヤマト本人が己の“顔”を気に入り、美形を自覚している事にも。


自意識過剰ではなく紛れもない事実なのだから呆れもない。


暫く馬車に揺られ着いた旅館は、王族が利用するに相応しい荘厳な外観。着物で出迎えるオーナーとスタッフ達……は、


「着物とは素晴らしいですね」


レオンハルトに続き馬車から降りて来た“黒髪黒目”。その姿を視認した瞬間、反射的に息を呑み硬直した。


「これも初代国王が?」


「あぁ。この旅館は初代国王陛下が造らせたもの。彼が好んで身に纏っていた“キモノ”も、こうして伝え続けている」


「伝統、ですね」


満足そうに目元を緩めるその顔は、いつもより柔らかな印象。それ程に嬉しいのだろう。


この世界でも“日本”を感じられる、その事実が。


「おい」


「建物も祖国の旅館と似ているので、落ち着けそうです」


「おい。聞け」


「食事は何が出るのでしょうか。海鮮は難しいですよね。山の幸……ですかね」


「聞けって」


「この街の名物料理も知りたいですし、痛い痛い!」


「良かったな」


唐突なアイアンクローに声を上げるが、それ程痛くはない。っというか全く痛くない。只の戯れ。


“黒髪黒目”の頭を鷲掴みしているヴォルフに、周りは顔面蒼白となっているのだが。


解放されたヤマトは、コートの内側から出て来たプルから頭を撫でられご満悦。優しい。いい子。と、親バカ全開である。


「なんですか、もう。折角の気分が台無しです」


「知るか」


「謝罪も無いなんて……傷付きました。ヴォルフさんは責任を持って、滞在中は私の傷付いたこの心のケアをするべきです」


「……手前ぇ」


「先に手を出した方が負けですよ」


態とらしく。良い笑顔で小首を傾げるヤマトに青筋を立てるヴォルフは、また……


結果論を用意され、ヤマトが望む結果へと動かされた。


その事実を察し、再度頭を鷲掴む。次は、力を込めて。


「魔法って便利ですよね」


魔法障壁により一切その肌に触れられない事が、余計に苛立ちを増幅させている。つまり先程触れる事が出来たのは、ヤマトが魔法障壁を展開しなかったから。


望む結果を手にする為に。


「部屋を用意してもらおう」


「お願いします」


愉快だと小さく喉を鳴らしたレオンハルトを睨み付けたヴォルフは、……ハァ。溜め息をひとつ。


「やり方が気に食わねえ」


「素直に頷いてくれました?」


「……」


「理由。必要でしょう」


生粋の貴族嫌い。そんな人間が王族の支払いで王族と同じ旅館に滞在する理由は、只のひとつも無い。誰もがそう考える。


なので。無理矢理、その“理由”を作った。


王都に近いこの街に“厄介な貴族”の手の者が配備されている事を確信して。その者から、ヴォルフを守る為に。


友人としての純粋な心配で。


「えー! ヴォルフさん良いなーっ俺もヤマトさんと温泉入りたい!」


「レオ」


「構わん。泊まりたい者は泊まれ」


「やっりィ! さすが殿下っありがとうございます! かっけえ!」


「ヴィンスとヤマトが気に入るのも分かるな」


不快さも無く。寧ろ気分が良いと笑うレオンハルトは、ロイドの人懐っこさを気に入ったらしい。冒険者らしく自由に、なのに不敬にならないギリギリを見極めている。


天性の弟属性。ロイドの方が年上なのに、まるで尻尾を振り回す小型犬に見えてしまう。




それでも改まった場では弁えるのだろう。


でなければヴィンスが気に入る事はない。圧倒的な存在感を放つ“黒髪黒目”のヤマトに懐く筈がない。王族の“私”を前に、見極めた言動を取れる筈がない。


自由気儘な“冒険者”らしく、粗暴な冒険者“らしく”ない。……なるほど。


貴族の私生児か。




確信を持ったレオンハルトは、ロイドが貴族との関係を断ち切っている事にも察しを付ける。でなければ、ヴォルフが毛嫌いしている筈だ。と。


はしゃぐロイドに僅かに口角を上げ、未だ硬直するオーナーへ口を開いた。











石造りの露天風呂は正義。


満足。と大きく頷くヤマトは、腕を組み仁王立ち。


「ヤマトさん前! 前隠して!」


脱衣所から飛び出して来たロイドから腰にタオルを巻かれ、隠すのが常識なのか。と理解しようとして、……あれ?


「皆さん、隠していませんが」


「なんかあんたはダメ!」


「なぜ」


「タダで見せんの勿体ねえ!」


「君は私を何だと思ってるんですか」


「美術品」


「ありがとうございます」


なら仕方ない。あっさりと納得したヤマトは“顔”だけでなく、その身体の造形美にすら自覚が有る。


娼館の女性達が目の色を変えた。その事実により漸く自覚したので、自覚してからの期間が短いため配慮は薄いのだが。


「あーもーほら、他の客ビビってんじゃないっすか。いやおいそこ拝むな! 気持ちは分かっけど!」


「こちらでも、先にかけ湯をして身体を洗うのですか?」


「あぁ」


「あ。待って、プル。先ずは身体流すよ」


「連れて来たのか」


「温泉に興味津々みたいです」


「ちょっと今はマイペースやめてくんねーかなァ!?」


ふがふがと何かを口にしながら拝む年齢不詳の老人。驚愕と畏れに顔を青くし、一箇所で身を寄せ合う全裸の男達。


あまりにもシュールな光景。


突如として現れた“黒髪黒目”が男性のシンボルを丸出しに何やら大きく頷いたのだから、先に温泉を満喫していた彼等が怯えるのは無理もない。今すぐ逃げ出したいが、腰が抜けて動けない。


溺れないようにと必死に両手で身体を支えるのが、やっと。


追撃に、


「私もその“美術品”を見たかったな」


当然のように姿を現した、愉快そうに笑う“黒混ざり”。……確かにこの旅館は王族が懇意にし、第二王子のお気に入りだとは周知されている。


いつかお目にかかり、あわよくばお近付きに……との打算はあった。商人ならば尚更にそう思い、多少予算オーバーでもこの旅館を選んで。


でも、だからと言って……


「レオは自分で頭を洗えるのです?」


「できない。と言ったら、洗ってくれるのか?」


「んー……良いですよ。面白そうですし」


「では頼む」




こんな理解不能の訳が分からない事態までは望んでいなかったんだが!?


“黒髪黒目”ってなんだよあれ! 本物!? あの噂本当だったのかよ!


え。こわ……なんかきもちわる……


ところでスライム温泉に浮いてんだけど、これ大丈夫? 安全?




“黒混ざり”の髪を洗う“黒髪黒目”。


理解の及ばない事態に脳が拒否反応を起こし、いっそ吐き気を催してしまう。しかし腰が抜け湯から出る事は不可能。今、吐いたら……


確実に首が飛ぶ。


ぞっ……と背筋が凍る感覚に、込み上がった筈の吐き気は一気に消え失せた。結果オーライである。


「ヤマト」


「お願いします」


座って。との言葉を込めたレオンハルトに小さく笑い、次は“黒髪黒目”の髪を洗う“黒混ざり”。


もうなにがなんだか。


呆れながらも我関せずに身体を洗い終わったヴォルフはさっさと湯に浸かり、旅の疲れを和らげる。


「ヤマトさん背中流すっすよ!」


きゃっきゃと子供のようにはしゃぐロイドの声は、不快なものではない。ロイドの存在にも慣れた。


貴族の私生児。いくら縁を切っているとは言え、ヤマトと出逢わなければ挨拶以外に話す事もなかった相手。


なのに今ではヤマトに関する文句を言われ、その文句を流すので更に文句を言われる関係。全てが、“ヤマト”と云う存在を中心に構築されている。




本当に不思議な奴だ。




「だから前隠せっての!」


近付いて来る、とっくに慣れた気配。


そちらへ顔を向けると、前髪を掻き上げる……


「お前、女だったら世界が傾いてたぞ」


「え」


「男で良かったな」


よく分からない。首を傾げるヤマトの腰にタオルを巻いたロイドは、……あー。納得、と苦笑。


“黒髪黒目”でなくとも、その絶対的な造形美の“顔”。それだけでも、権力の象徴として価値の有るものを手に入れたがる者達は目を惹かれてしまう。


それ程にヤマトの“美”は美術品や金銀財宝と同列らしい。


幸いだったのはヤマトには意志が有り“黒髪黒目”で在るため、“選ぶ側”だと云う事。ドラゴンを単独討伐出来る未知数の脅威と云う事も彼の身の安全に貢献している。


もしも弱い儘だったら。もしも……子を孕める女、だったら。


「ヤマトが女性なら。この私でさえ、あらゆる手を使い手元に置いただろうな」


「……あぁ。男で良かったです」


「だろうとも」


くつりっ。頤を上げ笑みを見せるレオンハルトの表情は、紛れもない王族。“黒髪黒目の女”……だったら……


初対面で既成事実を作られ、今頃は王国内に婚約者として周知されていた。第二王子が王位継承権を得る為の、最重要な“駒”として。


あの時の追い詰められ敵意を向けて来たレオンハルトなら、“黒髪黒目の女”に焦燥感と羨望を増幅させ無体を働いてもおかしくはなかった。


事が終わり正気に戻れば後悔し、負い目と共に責任を取る事は想像に容易い。


その結果、周囲から見れば最重要の“駒”となる。……例えそれが結果論だとしても、それがレオンハルトを構成する事実となってしまう。




他国は純粋に“絶世の美女”へ傾倒するだけだろうがな。




愉快。ともう一度喉を鳴らしたレオンハルトは、納得し湯に浸かるヤマトに続き至福の一時へと足を動かした。


「あー。あんた等商人? この人、貴族でも王族でもないから気ぃ楽にしていーっすよ」


「無理だろ」


「無理だな」


「傷付きます」


「本当は?」


「愉しいです」


「性格わっる!」


あはあはと笑うロイドに、愉しんでいるようでなにより。と目元を緩めるヤマト。




いやどう見ても貴族なんですが。




身を寄せ合う商人達は心の声を一致させ、それでもロイドの能天気な態度で僅かにも安心し警戒を薄める。そろそろと散り始めるが、ヤマト達との距離は詰めない。


裸の場だとしても、王族で在るレオンハルトに不敬と思われない為に。


「商人ですか。なにか珍しい食材を教えてください」


「ひっ」


「おい。怖がらせんな」


「拗ねちゃいます」


「あっははは! なー、商人のおっちゃん達。この街の名物料理なんだっけ?」


「……な、納豆…です」


「うげっ」


「あれは……ねえな」


「さしものヤマトも無理だろう」


「納豆、生卵と相性抜群ですよ」


「……」


「皆さん凄い顔ですね」


「……」


「その異常者を見る目、とても愉快です」


くすくすと可笑しそうに笑うヤマトに身体を引き、僅かに距離を取るレオンハルト達。


まさか……あのゲテモノすら食べるなんて……


「お前の味覚どうなってんだ」


「慣れたら美味しいですよ。身体にも、美容にも良いですし。貴族の女性なら飛び付くと思いますけど」


「あのニオイ漂わせる女がモテるって?」


「こちらは無理そうですね」


残念と肩を竦めて見せるヤマトは、後で納豆を買い溜めしよう。そう心に強く決め、更に口を開く。


「これだけ商人が居るなら、どなたか宝石商と懇意にしている方もいますよね。取引をどうです? 要らないので売りたいのですが、ギルドでは断られてしまって」


アイテムボックスから取り出した宝石を見せるヤマト。反射的に目を丸くしたヴォルフは、次に盛大に頭を抱えてしまう。


そんな大粒のダイアモンド、どこで手に入れた。……と。


そして風呂場で出す品ではない。とも。


「私に言えば買い取ったのに」


「必要でした?」


「特には」


「不必要なものなら気を使わないで下さい。私が“友人”に求めるものは、施しではなく助け合いです」


「そうか。ならばそうしよう」


臆せず諫言を口にする事こそ、レオンハルトが求める“友人”の在り方。当然のように“そう”振る舞うヤマトに不快さはなく、寧ろ上機嫌。




助け合いっつか甘え合いだろ。……いや、それは俺とこいつだけか。


んな特別要らねえっつの。




こっそりと口元を引き攣らせるヴォルフは諦めを滲ませ、身体が温まったので腰を上げ室内へ入って行く。


「宝石商なら王都が一番です。是非とも私にご紹介の栄誉を」


“黒髪黒目”と縁を持てる。先程迄怯えて居た筈なのに、既に目の色を変え商人らしい裏が読めない笑み。商魂逞しい。


よくやる。


背後での会話に呆れながらも、精々ヤマトの利になれば良い。……と、商人の今後の苦労を確信するがあっさりと見捨てた。





閲覧ありがとうございます。

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フルチン仁王立ちを想像して爆笑している作者です。どうも。


この世界、特に王族や貴族のムダ毛処理ってどうなっているのでしょうか。

そして主人公はムダ毛をどうしているのでしょうか。

“元”でも女の価値観は健在でしょうし、全剃りはしなくとも整えてそうですね。

全剃りでも良いですよ。

魔法で毛根死滅させていても良いですよ。

ナニとは言いませんが長く見えるらしいので。


簡単に誘導されるヴォルフ、なんだか自ら誘導されている感が否めない気がしてきました。

もしくは、主人公に限り気を抜いているとか。

“厄介な貴族”の件から信用も信頼もしているのは分かりますが、自由を愛する冒険者なので好きに利用される気は無いとは思います。

たぶん。わからん。


ロイド、貴族時代にレオンハルトと顔を合わせた事が一度だけありました。

とは言っても挨拶のみで会話はなかったのですが。

王族の前に出る為にめちゃくちゃ磨かれて飾られたので、レオンハルトは気付いていません。

“存在感を消していた貴族の私生児”と“自由気儘な冒険者のロイド”は表情から声色、語彙や言動まで全て違うので気付ける筈もないでしょう。

些細な所作に貴族の面影があるので、私生児なんだなと認識した程度です。


この後。

満面の笑みで納豆を食べる主人公に、めちゃくちゃ複雑な心境に全員陥いりました。

『美術品がゲテモノ摂取してる……』とか、なんとか。


次回、駄々っ子ヤマト。

プルは恐ろしい。

“傲慢”。

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