2.異世界転移するのは大抵日本人
街の門での検問。長いその列に並ぶヤマトは、周りから受ける視線を完全にスルー。180を越える身長だが、周りには自分より高い者は大勢居る。どうやら地球とは摂理が違うらしい。
装備は剣とポシェットのみ。周りの方が遥かに大きい大剣や大盾、大きな背負い籠。視線を受ける理由にはならない。
だとしたら、この視線は……
「!?……ぁ…の、貴族の方はあちらから……」
「貴族じゃないですよ」
「え」
やっぱりこの顔か。あと服か。
黒地に金糸で昇り龍の刺繍が施されているコートは、大賢者が遠い異国で手に入れた物。丁度良いサイズがこれだったので着ているが、中々に恥ずかしいものがある。
圧倒的な美形じゃなかったら、いっそ罪である。
「ぇ。いや……え」
「辺境に居たので身分証が無いのですが、街に入っても?」
「……えぇっと。辺境、とは?」
「この先の森の奥。1ヶ月程入った場所です」
「……」
「あの」
「……ぜ、いきん…銀貨1枚。従魔は、銅貨10枚。です。…すみません」
なぜ謝った?
「従魔ではなくペットのスライムですが大丈夫ですか?」
「え、ペッ……あ、貴族の方でしたら……あれ…貴族じゃ……従魔、じゃ……スライムを……ペット?……ぇ、と……スライムなら、恐らく大丈夫……です。すみません」
だからなぜ謝った。
よく分からないと思いつつも銀貨と銅貨を渡し、街の中へ。貨幣の価値は、恐らく銅貨が十円。銀貨が千円と同等、だと予想。流石に税金で一万は取らないだろう、と。
当面の生活費は大賢者から貰った数十枚の貨幣で問題は無いが、この1年と1ヶ月で狩った魔物の素材を売却する事に。大賢者から拝借した素材は、まだ価値が分からないので売却はしない。
解体なんて出来ないので、こういう時は行き先はひとつ。
「あった」
冒険者ギルド。
冒険者ではないが、解体くらいならして貰えるだろう。との安直な理由である。
足を踏み入れた瞬間に静まり返ったギルド内。
目の前の受付の職員も硬直して居るが、特に気にせず口を開いた。
「フリーですが、解体と買い取りは出来ます?」
「……」
「あの」
「……は、はいっ解体費と手数料が倍額となりますが!」
「構いません。お願いします。数が多いのですが、どこに出せば?」
「ご案内しますっ」
完全に貴族だと思われている。言葉遣いと、物腰の柔らかさが理由。
あと、顔と服装。
職員の案内に従い足を動かし、――ふと。注目して来る冒険者達へ視線だけを動かした。
直ぐに視線は戻したが、所謂……流し目。その顔の良さにより、男女関係無く見惚れる者が続出。
その事実には気付かないのだから今後が思いやられる。
解体部屋へ通されたヤマトは部屋を見渡し、
「あの」
「はいぃっ!?」
「広さが足りないかと」
「は、い?……はい?」
「取り敢えずいくつか出しますね」
言うが早いか。腕を動かし“空間”から引き摺り出したのは……
「ぐ……グリフォン!?」
「待て待て待て! マーダーグリズリーって正気か!?」
「ぎゃあああっ!! レッドサーペントここで出すなっ皮傷付くだろが!」
「ジャイアントディアーも出すなバカ! バカ!」
阿鼻叫喚。愉快。
途中で出すなと言われた2体はアイテムボックスへ戻し、オーガを6体。…出したところで、ストップが掛かった。
「あんたどこ居たんだよ! どんだけ狩ってんだよ! つか今どっから出した!?」
「この先の森の中に。昨日、バジリスクも狩りましたよ。アイテムボックスです」
「バケモンだな!?」
「失礼な人ですね。グリフォンとマーダーグリズリー、肉と魔石返してください。マーダーグリズリーは、毛皮も。あ、オーガの魔石も」
「嫌になる程冷静だな! 了解!」
「おーいっ貴族のニイチャン。レッドサーペントとジャイアントディアー、こっちの部屋で出してくれー」
「バジリスクは?」
「占領する気かっ!! 明日また来い!」
「わかりました。あと貴族じゃないですよ」
「その顔で!?」
顔一択だったか。
謎の満足感に目元を緩めると、何やら息を呑む周り。“絶対的な美”は、老若男女を黙らせる暴力……なのかもしれない。
「申し訳ないですが、そういう趣味は無いので」
「俺等だってねえよ!!」
「それは良かった」
揶揄っただけらしい。
あっさりと足を動かし、隣の部屋で2体を出してから再び受付へ戻る。冒険者カードが無いので、解体と買い取りの書類を記入。
全ての魔石と、レッドサーペントは皮を半分と肉。ジャイアントディアーは毛皮を全部と、肉。残りの牙や骨、角と内臓は売却。ホルモンは好きだが、正しい処理が分からないから仕方ない。
普段はプルに処理して貰っている内臓は、高ランク故に高価な薬やポーションの材料になる。良かった良かった。と、救える命が増えるだろう事に満足。
必要事項を全て記入し職員へ書類を渡せば、家名持ち。その事実に、途端に顔を強張らせる職員。
「どうしました?」
「……家名…貴族…」
「違います。故郷の、風習のようなものです。気付いたら森に居たので、故郷の場所は分かりませんが」
「……魔族?」
「失礼な人ですね」
「すみませんっ!!」
純粋に首を傾げる職員は、貴族じゃないと何度も言っているのに恐縮状態。失踪中の貴族と思われているのか、例え貴族でなくとも畏まる顔なのか。そのどちらもなのか。
兎に角。渡された引き換えのカードを受け取り、おすすめの宿を訊ねる。と、高級宿を紹介された。
この顔が初めて面倒だと思いながら、そこそこの宿をリクエスト。めちゃくちゃ気まずそうに宿への地図を渡されたから、やはり貴族だと思われているのだろう。
「ありがとうございます。また、明日」
「と……登録は…」
「んー。貴族からの指名依頼、有りますよね」
「は、い。基本的には、Aランク以上から発生します」
「断る事は?」
「……おすすめしません」
「ですよね。身分証は欲しいですが、やめておきます。面倒なので」
「え」
「では」
腰を上げてから会釈をしたヤマトは振り返る事なくギルドを後にし、地図を見ながら街を歩く。すれ違う人々は二度見したり、反射的に足を止めたり。
黒髪、黒目。
只でさえ目立つ色なのに、絵画のような造形の顔。金の刺繍以外に煌びやかな装飾は無いのに、高級品だと分かる服。
どう見ても貴族にしか見えない存在が市井を歩いていたら、誰だってその反応になる。
なので、
「ひとつください」
「どうぞお持ち下さいっ!!」
「貴族じゃないですよ」
「え」
屋台で串焼きを買うにも恐縮され、思わず苦笑。その苦笑すらも様になり萎縮させるされるのだから、周りには早く慣れてほしいな。と、相手側に丸投げしておく。
安全な整形手術の技術が無いだろうこの世界で顔を変える事は出来ないし、そもそもこの顔を心底気に入っているので変える気は無い。
美、は正義。
「あ。おいしい」
「ぁ…りがとう、ございます…」
「先程この街に来たので、良ければ名物料理を教えて下さい」
「名物……卵料理ですかね。領主様が、生でも食べられるようにと衛生管理を徹底してるんで。この国では、この街しか生卵は食べませんし」
「良いですね。生卵。おすすめのお店を教えて頂けますか?」
「えぇっと……この大通りを暫く行ったとこの、卵とベーコンの看板の店です。領主様公認のラベルが有るんで、直ぐに分かるかと」
「ありがとうございます。串焼き、美味しかったです。また」
「はい。は、また?……また!? え……は、へぁぁ…」
愉快な人だな。
そう思い目元が緩むと、ガチリと硬直。この顔の破壊力を改めて実感し、再び通りを歩き始める。
後ろから聞こえて来る、串焼きを注文する幾つもの声。人気の店なんだな、と自己完結。
単純に、貴族が手ずから購入した串焼き。っとの勘違いによる、庶民が貴族へ持つ憧れ……貴族の真似をしたい、との心理による行動なのだが。
その事実には当然気付かず、地図と周りの景色を当て嵌めながら宿に到着。
……リクエスト通り、一応グレードは落としてくれたんだろう。それでも庶民的な宿じゃないのは、やっぱりこの顔と服の所為かな。
これに関しては私が慣れておこう。清潔に越した事はないし。
目の前の宿は、恐らく中流階級が利用する宿。ギルド職員の必至の気遣いによる結果。
宿へ足を踏み入れたら右側にある受付の男性が硬直し、でも慌てて招きの言葉を口にした。早く慣れてほしいので、敢えて触れずに金貨を1枚。
「これで何日泊まれます?」
「宿をお間違えでは……」
「貴族じゃないですよ」
「そんな馬鹿な!」
「本当です」
恐縮し続ける男性は、どうやらこの宿のオーナーらしい。だとしても貴族がお忍びで利用する事も有るだろうに、なぜこんなにも萎縮するのか。
その理由は直ぐに判明した。
「で、すが……その黒髪と黒目は、初代国王陛下の…」
おい日本人。なに国興してんだ。誰だよ。信長か、信長なのか。信長でしょ絶対。国を興せるカリスマ性を持った過去の人物なんて、どう考えても信長しか居ないもん。
「そうなのですね。王族の血筋でもありませんよ」
「……確かに、貴方様は裏切られなさそうです」
はい信長ーーっ!! 世界を渡っても裏切られたのあの人!? いっそ才能だな!!
心の中だけで叫ぶヤマトは、さっさと話題を終わらせる事に。でなければ被ってる猫が逃げ出す、と。
「それで。これで何日泊まれます?」
「え、あっ。朝夕のお食事付きで、2日です」
「取り敢えず10日、お願いします」
「か……畏まりました。こちらに、お名前を」
差し出された台帳に手早く名前を書くと、……家名持ち。っと、顔面蒼白での呟き。
貴族じゃないとの言葉を信じて貰える日は、果たして来るのだろうか。道のりは遠い。
部屋の鍵を受け取り、外出時には鍵を返却する等の説明。全てを聞き終わってから、そういえば。と、確認し忘れた事を思い出す。
「スライムは大丈夫でしたか?」
「スライム?……ですか?」
「ここ1年程、森で生活していたので。ゴミを処理してくれるスライムを飼っていまして。テイマーの素質が無かったので従魔ではないですが、とても大人しいですよ」
「……スライムが、ゴミを…」
「? “森の掃除屋”なのですが。一般的ではないのですか?」
「あ、いえ。魔物に馴染みが無い者達は、スライムの特性すらも知らないので。……良いですね、スライム」
「テイマーの素質が有る職員が居るのなら、良ければ捕まえて来ますよ」
「お願い致します! 冒険者ギルドを通して依頼します!」
「冒険者でもないですよ」
「え」
「貴族に関わりたくないので。フリーで活動して居ます」
「……?…………?」
「テイマーの素質が有る人が見付かったら教えて下さいね」
理解が出来ないと困惑するオーナーが可笑しくて小さく笑い、お世話になります。目元を緩めて声を掛け、2階の鍵番号の部屋へ向かう。
やはり硬直するオーナーは放置された。
吹き抜けの広い玄関ホール。大量の荷物の搬入時に困らさなそうだと、やはり中流階級や貴族のお忍びで利用される宿だと確信。貴族と鉢合わせたら愉快な事になるだろう。
部屋は2階の左右に、2部屋ずつ。正面の食堂の2階に、3部屋。
ヤマトの部屋は左の角部屋。1階の受付の向かい。部屋に入る前に緩く手を振ると、戸惑いながら怖ず怖ずと振り返される。
満足し部屋へ入ると、清掃が行き届いた清潔な空間。トイレとシャワールームが有る事に心底感謝である。床の下にはポンプや下水に繋がる配管、湯を沸かす魔道具が有るのだろう。
だとしたら食堂の上の部屋にはトイレとシャワールームは無く、敢えてグレードを落とした部屋。つまり、左右の部屋は主に貴族のお忍びで使用される部屋。……かな。
貴族じゃないんだけどな。
なんとなく察したヤマトは、それでも部屋の変更を申し出る事はしない。勝手に勘違いされただけだ、と。
個室にトイレとシャワールームが有るから尚更に。
「お風呂入りたい」
それでも日本人なので湯船に浸かりたいため、湯船が有った小屋を恋しく思う。旅に出て初めての、ホームシック。
生活が落ち着いたら温泉や大衆浴場の有る街を探そうと心に決め、窓から見える綺麗な街並みに頬を緩めた。
閲覧ありがとうございます。
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ヤマトの絶対的な美が伝わってほしい作者です。どうも。
この世界は割りと発展してます。
恐らく過去に転生者や転移者が何度か現れたのかと。
科学で作られた物は、この世界では魔道具として普及してます。
でも車は有りません。
車の普及には全ての街道を整地する必要が有りますし、スピードの出し過ぎで死亡事故が多発し法律で禁止されました。
所有出来たのはお金を持つ王族貴族豪商だけだったので、要は貴族の所為です。
傲慢ですからね。
但し、小屋の冷蔵庫と水瓶は本当に謎技術のまじで意味分からん物体です。
不気味ですね。
因みに辺境伯領ではないです。
この“森”は国の中へ数十㎞に渡り複数の領地と隣接しているので、伯爵子爵が治めている領地を辺境伯が統括してます。
統括をしているその辺境伯は、隣接する領主の邸を30日毎にローテーションで渡り歩いてます。
“森”に隣接する事実に緊張感を持たせる為でしょう。
辺境伯の家族は普段は王都の邸で過ごしていて、辺境伯に会えるのは年に一度の10日間だけです。
代々そうしてきたので彼等には彼等なりの誇りが有りますし、彼等を馬鹿にする者には王家が中々の罰を下します。
“森”に隣接する領は辺境伯領で在ると同時に辺境伯領でない、ちょっと特殊な土地です。
なぜこう長々と説明したかと言うと、恐らくこの設定は本編で出ないからです。
この辺境伯も出るか不明。
割りと行き当たりばったりなので、出したいと思ったら出します。
次回、“森”で助けた3人組と再会。
やっとハーレム回避に貶します。公開侮辱します。
お楽しみに。
来週と言いましたが、明日上げれそうなら上げます。