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19.返り血もなかった

「折角ですが、今回はやめておきます。早く温泉を満喫したいので」


貴族からの呼び出しをそんな理由で断る者は、確実にヤマトだけだな。


宿の応接室。どこか感慨深い感覚に取り敢えず腕を組み頷いておいたレオンハルトは、朝食後に訪ねて来た貴族の使い――白髪混じりの執事が硬直する姿に口元を隠す。気を抜いたら笑ってしまいそうだ、と。


ヤマトに関する笑いのツボが浅くなり始めている事が最近の悩みらしい。


思考停止から復旧した執事はそれでも笑みを携えるのだから、ヤマトは感心しつつも貴族社会の陰湿さを実感する。絶対に取り込まれないようにしよう。……と、“この顔”を利用する事に。


「お急ぎとは理解しております。主人は例のオークションに出席なさるので、是非ともご挨拶をと申しておりまして。その際にも『殿下の前で愚行は犯すものか』と」


「食い下がれ。と?」


「っ――失礼致しました。これは、この老いぼれの独断で御座います」


「独断」


「ヴィンセント様と懇意になされているのならば、隣の領主で在る我が主人とも顔を合わせておられた方が宜しいかと。単なるお節介です」


「なるほど」


納得した。との言葉を口にするヤマトは、顔には出さないがどことなく安堵した執事へ……


足を組み小首を傾げた。


柔らかく笑む口元。なのに、笑っていない目元。“黒髪黒目”からの無言の威圧。




諦めなければ。




最早脊髄反射で瞬時に弾き出したその結論は、貴族社会をよく知るが故の自己防衛だったのだろう。


――『この存在に逆らってはいけない』と。


「もう一度言います。“私”は、早く温泉を満喫したい。理解出来るでしょう」


「……」


「貴方に許された言葉はひとつだけです」


「……はい」


「良かった」


満足。と漸く目元も緩めたヤマトは、貴族の呼び出しを蹴った。その事実に少しの焦りも後悔も無い。


それは、これにより何か問題が生じるのならレオンハルトが対処する。そう確信しているから。


いっそ清々しい程の他力本願である。


「あまり虐めてやるな」


「どちらかと言うと、私が虐められたと思いますが」


「よく言う」


呆れの表情を見せるレオンハルトへ眉を下げて見せるが、同意の言葉は得られなかった。この国に住む者からすると、“黒髪黒目”からの威圧は虐め以上に心臓に悪い。いっそ命の危機と言っても過言ではない。


それを知ったところで正しく理解出来ないヤマトは、今後も必要となれば積極的に威圧するのだろう。主に、自分の平穏な生活を守る為に。


礼を示し出て行った執事を確認したヤマトはソファーの背もたれに沈み、溜め息をひとつ。でも直ぐに、一人がけのソファーに座るレオンハルトへ視線だけを向けた。


「安心しろ。“森”に近い領主達は、決して愚行を犯さない」


「……冷静且つ的確な判断を必要とされるから」


「正解だ。彼のお節介とやらも、その判断によるもの。許してやってくれ」


「いえ。怒ってませんよ」


「そうなのか? 威圧したから、てっきり」


「温泉より優先するものは有りませんから」


「同意してしまいそうだな」


可笑しそうに笑うレオンハルトへ目元を緩めたヤマトは、身体を倒し静かに目を瞑る。昨晩、冒険者達との飲み会を存分に楽しんだ。


つまり、眠い。


「2時間もせずに発つぞ」


「お姫様のように抱えてどうぞ」


「ヴォルフに伝えておく」


「嫌そうな顔が見れなくて残念です」


「おやすみ」


「おやすみなさい」


ふっ。小さく笑ってから、起床から絶えず襲って来ていた睡魔を受け入れる。


手持ち無沙汰になるレオンハルトへの気遣いすらしないのは、只の“友人”としての行動。


緩やかに落ちて行く意識に全てを委ねた。











がたんっ――


それ程大きくもない揺れに浮上する意識に目を開けると、斜め向かいに本を読むレオンハルト。……酔わないの凄いな。


少しズレた感心を抱きつつ身体を起こし、ずり落ちた毛布を手に取る。


「ヴォルフさんですか」


「嫌そうなのに世話を焼いていて、とても愉快だった」


「いい人ですから」


「貴方に限り、な」


くつくつと喉を鳴らしてから本を閉じ、隣へ。数秒間浮いたその本は“空間”に消えていく。未だ姿を見せない護衛の、アイテムボックスなのだろう。


毛布を畳みながら納得したヤマトは、コートの下から出て来たプルを緩く撫でる。寝起きの至福。毎日の小さな幸せ。


「冒険者達。挨拶ができないと嘆いていたぞ」


「可愛いです。次に逢えた時は、また飲みに誘います」


「そうしてやれ」


自由気儘な冒険者。ならば“次”は無いかもしれない。


それをどちらも口にしないのは、言ったところでどうにもならない。余計に寂しさを覚えるから。




あの様子なら彼等から会いに来るだろうがな。




出発の時間を教えていなかったのに勢揃いしていた、“偶然”同行した冒険者達。そんな殊勝な彼等は、本当にヴォルフから横抱きされたヤマトに瞬時に口元を隠した。


美術品のように完璧な造形美の“顔”で穏やかに眠る姿は、一瞬ヤマトの性別を忘れさせた程の衝撃。


めちゃくちゃ面白い。


主に、盛大に眉を寄せるヴォルフが。面白過ぎて笑いを堪える事に必死で、不審者のように呻いてしまった。


でも直ぐに別れの挨拶が出来ない事を察し、肩を落として苦笑。起こす。その選択肢はそもそも無い。そんな勇気も無い。確実に周りから大ブーイングを受けるから。


序でに、『ヤマトさんの眠りを妨げてしまった……』と自己嫌悪に陥るから。


なので。後ろ髪を引かれながらも無言で手を振ってのお別れ。なんとなく、消化不良。不完全燃焼。




寂しいから絶対また会いに行く。




彼等がそう心に決めるのは、最早自然の摂理。相変わらずヤマト大好き勢である。


『こんなに面白い“娯楽”はこの先現れない』……との理由が、大部分を占めているのだが。


「丁度馬を休める時間だ。休憩地点では軽食を作らせよう」


「ご馳走しましょうか?」


「ドラゴンの肉は出してくれるな」


「なるほど。ファントムウルフをご希望と」


「尚更やめてくれ。中毒者になる予定はない」


「美味しいのに。残念です」


「――そういえば。ヤマトの故郷は珍しいものを好んで食べるらしいが、海の食材も食べるのか?」


「勿論。島国なので馴染み深いですよ。もしかして、この国では好まれないのですか?」


「好まれないというか、毒を持つ種類が多くてな。王都の更に先に海に面した領地はあるが、輸送費は高額。なので市井では川魚が主流。海産物は、珍味として金を持つ者が手を出す程度だ」


「では、その領地は莫大な利益を上げているのですね」


「海産物でか? それは無い。現地には刺身という文化もあるらしいが、そもそも王族や貴族は果物以外の全てに火を通す。干物にするにも時間も金も、人手も必要。確かに、過去には『海の家』なるもので栄えたらしいが……それも物珍しさで長くは続かなかった」


「……なるほど。勿体ないですね」


「勿体ない?」


「刺し身、美味しいので」


「貴方は本当に変わっている」


「昆布から取れる出汁も美味しいですよ」


「買いに行くといい」


「ワカメなんて、髪に必要な栄養を取れますし」


「待て」


「はい」


あっさりと言葉を止めたヤマトはいつもの柔らかい表情で、思わず頭を抱えてしまう。髪に必要な栄養、なんて……そんなの……




外見を重視する王族貴族が確実に飛び付く。




唐突に与えられた、あまりにも有益な情報。頬が引き攣る感覚をどうにか抑え込み、……ハァ。溜め息をひとつ。


「生態系を……壊さない為に、誤魔化さねばならないか」


「養殖はされないのですか」


「ようしょく?」


「人が管理して食肉や海産物を増やす。“生態系を壊さない為”に」


「……ヤマト。王都での滞在中、私に時間を割いてほしい。貴方の不利益にならない事を約束する」


「構いませんよ」


「!――……本当に、貴方は……」


どこか困ったように笑うレオンハルトは、『城の者と会ってほしい』……との理由を伏せた儘なのに二つ返事で承諾した。その事実に、僅かに後ろめたい思いを抱く。


ヤマトがその理由に察しを付けている事は分かってはいるが、元々は貴族と関わりを持つ事に消極的。城に勤める貴族ならば尚更に忌避した筈。


なのに、承諾した。


レオンハルトが望んだ“友人”として。……大切にされている。甘やかされている。


それを確信した彼は珍しく背もたれに身体を預け、軽く腕を曲げ両の掌を見せた。降参、と。


ふっ――


小さく笑うヤマトに腕を下ろし、窓を開け騎士へ口を開いた。


「宰相へ『私が戻ったら時間を作ってくれ』と」


「はい。ヤマト殿の事はお伝えすべきでしょうか」


「いや。あの狸が慌てふためく様を見たい」


「殿下……」


「冗談だ」


本気だろうな。


確信する騎士はそれでも口を閉ざし、表情も変える事なく王都へ向かう為に馬を走らせる。一連の動作の中で視界に入った、愉快そうに口角を上げたヤマト。その、己が愉しむ事しか考えていない傲慢な笑み。


心臓が大きく音を立てた事実には気付かないフリをした。


事実。“そう”なので今回は悲しい誤解ではない。このヤマトと云う男は、本当に自分が愉しむ事を最優先に日々を謳歌している。


でなければ“宰相”と聞いて笑っていられる筈がない。どうやらヤマトも、“狸”が慌てふためく様を楽しみにしているらしい。


本当にいい性格をしている。




こんっ――




不意に聞こえた小さな音へ目を向ければ、いつの間にか馬車と並進するヴォルフ。窓を開け顔を出すと、


「嫌な気配がする」


「……魔物。ですね」


相手が盗賊なら態々報告はしない。報告せずとも、盗賊の奇襲や大抵の魔物ならば簡単に鎮圧出来る。


なので。報告したと云う事は、ヴォルフでも手こずる相手。


「最悪だ」


空を見上げ眉を寄せるヴォルフ。窓から身体を出し見上げれば、木々の合間に見える大きな影。


「……ワイバーン?」


「初めて見たのか」


「“森”には夥しい数のドラゴンが生息していたので。ワイバーンはドラゴンの下級種。だからこそ、近付けないようです」


「おい待て。ドラゴンが……んなに存在してんのか?」


「子育てにはうってつけの場所。らしいですよ」


「……知りたくなかった」


頭を抱えるヴォルフはそれでも直ぐに再び空を見上げる。今聞いた事実は、さっさと記憶の片隅へ追いやった。


予定の休憩地点は開けた場所。確実に襲われる。見えるだけで……4体。なら先に行って数を減らしておくか。


そう考えている最中。


「美味しいですか?」


「、……ドラゴンには劣んだろ」


「ドラゴンには砂肝がありましたし、ワイバーンにもあると良いのですが」


「……ハァ。好きにやれ」


「ありがとうございます」


言うが早いか馬車から出たヤマトは、馬車の屋根に。


え。なに。


途端にざわつく周りの騎士と冒険者達。それに気付き、先の方の騎士達は馬を止め振り返る。


であれば馬車も止まり、立ち上がったヤマトは……


「進んでいて構いませんよ」


そう言ってから。剣を握ったと同時に足に力を入れ、空へと跳び上がって行った。




…………は?




理解出来ない跳躍力。恐らく、強化魔法と風魔法……もしかしたら重力魔法の応用も。同時に複数の、しかも異なる属性での魔法の行使。


更に、ワイバーンの首を一撃で斬り落とす姿。からの、落ちる巨体と頭が“空間”へと消える光景。一切触れる事もせず、アイテムボックスへ収納……しているのか。


「うーっわ。やっべーヤマトさん、空飛んでんじゃん。かっけーなー、おい。……いやこっわ! なにあれどうやって浮いてんの!?」


「うるせえ」


「ちょっとヴォルフさん! あんたちゃんと常識教えてやってんすか!?」


「諦めた」


「諦めんなっ!!」


「なら訊くが。『ドラゴンステーキを出すレストラン、稼げると思うんですよ』っつう奴に何の常識を教えろって?」


「それをどうにかすんのが保護者の仕事だろ!」


「願い下げだっつの」


「傷付きます。ってば」


とすっ――


小さな音と共にヴォルフの横に降りた、ヤマト。笑っているので一切傷付いていない。


「派手だな」


「的が大きいので。5体いましたが、1体逃げられました」


「生態系壊すな」


「増え過ぎるのも問題かな。と思いまして」


「お前の存在で既にぶっ壊れてる」


「“森”に慣れ過ぎたようです」


次は、苦笑。


“あの森”ではドラゴンが蔓延り、小屋の周辺で一番弱い魔物はどこにでも発生するスライム。その次に弱いのが、オーク。小型の弱い魔物は一切生息しない。


そんな場所で1年以上も生活していたのだから、ヤマトの中での強さの基準が世間一般から大きくかけ離れているのも仕方ない。その基準を持たなければ命を落としていたのだから。


一度明確に設定した基準は簡単には修正出来ず、“森”を出てもその基準により行動してしまう。


だからこその『バジリスク程度』発言。


……まあ、更に言うと。周りが面白がって基準の修正をその都度促さない事が、基準修正を出来ない最たる理由である。


畏れられない事を喜べば良いのか、娯楽にされている事を嘆けば良いのか。


本人が日々を愉しんでいるから問題は無いのだろう。今のところ、は。


「怪我は」


「大丈夫です。血は、降って来ました?」


「いや。暫くこっから動けねえ事だけが問題だ」


「短い休憩ですか。問題無いですね」


顔を引き攣らせ顔面蒼白で硬直する騎士達と、訳分からん……とドン引きする冒険者達。


ヤマトの言葉通り。数分間の短い休憩の後、予定通りの休憩地である開けた場所で漸く本来の休憩。


「剣の指南役を用意しようか」


「折角ですが。騎士の型は合わなそうです」


面白がるレオンハルトは、断られることを確信していたので特に何も思わない。只の、揶揄い。


完成された堅苦しい型。




確かに自由気儘なヤマトには似合わない。




なんだか可笑しくて小さく笑ってしまった。しかし首を傾げるヤマトに何も言わず、軽食を口へと運んだ。





閲覧ありがとうございます。

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お味噌汁にはワカメ必須な作者です。どうも。


ワカメは日本人のソウルフードだと思っています。異論は認める。

ワカメと豆腐、玉ねぎも入っていたら最強の組み合わせかと。

お味噌汁飲みたい。


実際にこの世界の人間の髪に影響が出るかは分かりませんが、保存技術と販路に莫大なお金が動き経済が回るので”国にとっての有益”には代わりはないでしょう。

保存技術なら他領にも転用できますし、利権も発生しますからね。

あとはプラシーボ効果に期待、と云うことで。


あっさりとワイバーン討伐していますが、5体を相手にすれば当然普通の冒険者なら何人も命を落としています。

ワイバーンが5体なんて、通常であれば街がひとつ滅ぶ程の災害級脅威なので。

ヴォルフのパーティーなら軽傷で済む……かな?


補足として。

主人公の剣の腕は一人前に届かなくとも、魔剣なので剣が自律的に動き補助をしています。

補助なので、あくまで主導権は『ヤマト』にありますよ。

他の人なら魔力を食い尽くされて自我が無くなるんじゃないかな。

怖い話ですよね。


次回、温泉。

はしゃぐ主人公。

露天風呂は正義。

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