18.飲み会で全員潰した
大規模な盗賊。その情報は正しい筈なのに、昨日の襲撃から一切の音沙汰が無い。襲撃班を全滅させたから、王族を狙うのを諦めたのだろうか。
ひとつ目の領への検問を受ける為の、先触れ。その返事を待つ間の休憩時間。
皆がその結論に至り、稼ぎが上がらない事で冒険者達が残念そうにする中。唯一……
「ひとつ、潰したろ。拠点」
「野営地の近くに有ったので」
「稼ぎてえ奴等にやらせりゃ良いのによ」
「夜中。いつ見張りの交代をしたか覚えてます?」
「、……睡眠香か」
正解。と目元を緩めるヤマトへ、態とらしく肩を竦めて見せるヴォルフ。謝罪代わり、らしい。
睡眠香を使っての深夜の襲撃をヤマト1人で鎮圧し、序でに拠点を聞き出し潰して来た。……なら、
「殺したのか」
まさか。そんな事はしないだろう。っというより、出来ない筈。
こいつは人の命を奪った事が無い。奪える程、汚れていない。
見目と違わず“そう”で在ってほしい。
勘だが確信しつつもそう問い掛けるヴォルフへ眉を下げたヤマトは、こてりっ――首を傾げてから口を開いた。
「全員、縛って拠点の周辺に放置しました。幾つかスライムの気配がありましたよ」
「上出来」
くしゃっ。髪を乱すような撫で方。どこか安心したようなヴォルフの様子に、『この甘さは持ち続けるべき』なのだと察する。
恐らく……盗賊達はスライムに溶かされた。結果論を用意し、環境に任せ望む結果を手にする。そこにヤマトからの殺意は無い、意志なき殺人。
未必の故意。
それは“ヤマト”だから褒められた方法。もし冒険者が同じ事をしたら、確実に殺せと非難轟々だっただろう。
逆にヤマトが盗賊達をその手で殺していたら……今頃、不機嫌になったヴォルフやレオンハルトのご機嫌取りに疲弊する事になっていた。
そんな事はしなくて良い。その手を血で汚すな。その造形美の価値を自ら落とすな。
――清廉で在ってくれ。
……と。その身勝手なレッテルを押し付けて来る彼等を、苦笑しながら宥めた筈。
ヤマトが清廉な人間ではないと分かっているのに。自分の穏やかな日常と周りを振り回す事を最優先にする、欲の塊だと理解しているのに。
やっぱりこの顔、ちょっと不便。
改めて実感するが、人を殺す事は慣れていないのでそのレッテルを享受する。平和な日本で生まれ何十年も暮らしてきたのだから、人の死に慣れていなくて当然。
この手で人を殺さずに済むのなら望まれる儘に在ろう。と。
平たく言うと、甘えた。
「ここに居たのか」
「レオ。準備は終えましたか」
「あちらの心の準備は出来ていないがな」
「楽しみです」
王族と共に街へ入る“黒髪黒目”。そんな存在を受け入れる心の準備なんて、どれだけ時間が有っても足りないだろ。
そう思いながらも無言で腰を上げたヴォルフは、レオンハルトや騎士を一瞥する事もせずに馬車の方へ歩いて行く。しかし誰も何も言わず、レオンハルトも腰を上げたヤマトと共に馬車へ。
ヤマトと、レオンハルト。未だ姿を見せない護衛。そして自分の4人だけならば、王族で在るレオンハルトと言葉を交わす事に抵抗は無くなった。ヤマトが“友人”と位置付けている相手。“ヤマト”の顔を立てる為なら苦ではない。
しかし今は貴族の騎士が共に居た。ならば、言葉を交わす必要は無い。どうせ……
ヤマトは俺のこの行動を許してくれる。
根っからのお人好しなヤマトに甘えた自覚は有るが、いつも甘えさせてやってるから構わないだろう。と、僅かな罪悪感も無い。レオンハルトも大して気にはしていないと確信している。
ヴォルフの貴族嫌いはそれ程に有名。そもそも、自由を愛する冒険者を制御する者は稀。
だからこそ、彼等を制御出来るヤマトの異質さが目立つのだろう。
そうでなくともその外見で目立ってしまうのだが。
「…………」
「あの」
「っし、つれいしました! こちら……あ、いえ…あちらへ、どうぞ。……え、こっち…?」
「恐らくあっちですね」
一応のお忍びというだけで、完全なお忍びではない。なので王族貴族専用の検問へ向かい、同行した冒険者達も同通路の同行者専用の検問へ。
頻繁ではないが貴族が護衛に冒険者を雇う事もある。一般の検問では時間を取られるので、貴族への配慮としての措置。どこの検問も同様らしい。
「んえっ!? ヤマトさんこっち!?」
「流れ者なので」
「まじなんすか」
「そろそろ慣れて下さいね」
「一生無理っすね!」
「寂しいです」
「本当は?」
「楽しいです」
「あっははは!」
冒険者に囲まれ和気藹々と話すヤマトに、ここ3日程で何度も見た筈の騎士達は混乱。初めて見た憲兵達は、大混乱。
必死に笑いを堪えるレオンハルト。呆れながらも我関せずに検査を終える、ヴォルフとそのパーティー。
「ヤマトさーん。お先どーぞー」
「ありがとうございます」
普段なら順番を譲るなんて有り得ないが、ヤマトを相手にすると“そう”しなければならないと思ったらしい。他の冒険者も文句も不快感も無く、ヤマトも当然のように彼等を抜かし憲兵の前に。
めっちゃ傲慢貴族!
今直ぐ声を上げて爆笑したい冒険者達は口を引き結び、ぷるぷると小刻みに震えている。
いい人達だ。としか思わないヤマトはそんな彼等に気付かず、少し低い位置から見上げて来る憲兵へ目元を緩めて見せた。
「え、あ。え……貴族…王族の方は、あちらへ……」
「貴族でも王族でもないですよ」
「……なぜ」
「身分証も無い流れ者ですので」
「……なぜ?」
「なぜでしょう」
「……」
「あの」
「……王族の方は、あちらへ…」
「流れ者です。ってば」
「なぜ!?」
「無限ループって怖いですね」
耐えられなかった。背後で堰を切ったように爆笑し始める冒険者達に振り返り、困ったように眉を下げる姿すら様に成っているから余計に面白い。
つまり。彼等はこの光景を早く見たかった。
相変わらず娯楽にされている。
「おい。こいつは流れ者だ。とっとと通してやれ」
見兼ねたヴォルフからの助け舟。
貴族嫌いのヴォルフが言うのなら真実なのだろう。そう信じ、恐る恐る税金の説明を口にする。
例に漏れず、一切納得はされていないが。
「従魔ではなくペットですが、大丈夫ですか?」
「ペット……? あ、貴族の方なら…あれ、貴族じゃ……あぁ。王族の方でしたら、あ…いや……え?」
「流れ者です」
「だからなぜ!?」
「ヴォルフさん。助けて下さい」
「お前は本当に面倒な奴だな」
「不可抗力です」
「魔法で髪の色変えろ」
「この顔に合っているでしょう? 黒髪」
「良かったな」
「自慢の顔です」
褒められた。と満足そうに笑うが、褒めてはいない。寧ろ面倒だと明言されている。
呆れに頭を抱えるヴォルフが再度説明し、税金を払い漸く検問を終える。
端の方で蹲り震えて居るレオンハルトは、声にならない爆笑で腹筋を攣らせている真っ最中なのだろう。苦しそうな、痛そうな呻きが微かに漏れ聞こえる。
「愉しそうですね。レオ」
「っ……あ、なたは…本当に……っ」
「お姫様のように抱えて街を闊歩して差し上げましょうか」
「ん……ぐ、ふ…っ」
「傷付きます」
笑っているくせにどの口が。
その言葉すらなく笑いに苦しむレオンハルトは、冒険者全員が検査を終えてから漸く立ち上がる事が出来た。まだ笑いの余韻は残っているので、またいつ笑い出すか分からない。
なのでさっさと馬車に乗り込み、宿泊予定の高級宿へ。
冒険者達とはこの街で別れるので、当然。“約束”も今夜。
「ヤマトさん、ヤマトさん」
「はい。夜に。行きたいお店は?」
「高いトコ良いっすか?」
「頑張ってくれたので、特別ですよ」
「よっしゃ探しときます! ここ迎えに来りゃ良いんすよね」
「んー……」
「私が持つから泊まると良い」
「大丈夫なんです?」
「この私が、友人を無下にすると思うのか」
「お言葉に甘えます」
「じゃあ迎え来ますねー。あ、受付に言っといて下さい。確実に疑われるんで」
「? はい。分かりました」
よく分かっていないが、冒険者の彼等が言うなら“そう”なのだろう。と、素直に受け入れる。
高級宿の前で冒険者と談笑する、噂の“黒髪黒目”。思いっきり街の者達から注目されているし、更に“黒混ざり”と親交がある。
夜には住人の全てがヤマトの存在を視認するのだろう。
「屋台巡り、楽しみです」
そう宣言したヤマト本人のその言動の所為で。
因みに。
ヴォルフは王族の世話になりたくないので、近くの別の宿を取った。徹底している。
一旦宿へ入り、反射的に硬直する受付。レオンハルトが顔を背け口元を抑えたので、眉を下げるだけに留めた。
騎士の尽力により正気を取り戻した受付から何度も送られる視線をスルーしつつ、宿帳に名前を書けば……
「……王族の方では…?」
「違います。流れ者です」
「ご冗談をっ!」
「本当です」
「それはなぜ!?」
ヴォルフさん戻って来て。
決して届かない救援要請。今回はレオンハルトが対応してくれたので、殿下の言葉なら……と受付は信じ宿の説明を。納得はしていない。
各部屋を確認してから街へ繰り出そうとするヤマトに、付いて行こうとするレオンハルト。当然ながら騎士達が必死に止め、その光景に笑いながらも待つ事はせず街へ。
二度見。凝視。
なんだか久し振りの視線だと思いながら屋台通りに到着したヤマトは、真っ先に目に入った肉まんを注文。
「どうぞお持ち下さいっ!!」
「貴族じゃないですよ」
「え……王族…」
「王族でもないです」
「え」
差し出された銅貨を咄嗟に受け取る屋台の店主は、数える事もせずに肉まんを差し出す。
「……ん。美味しいです」
「ぁ……ありがとう、ございます…」
「この街の名物料理は?」
「え、あ……えぇっと。もんじゃ焼き……ですけど…」
「良いですね。もんじゃ。オススメのお店は?」
「え!?」
「はい?」
「ぅ……あ、その…見た目が、ちょっと…」
「大丈夫ですよ」
「そ、う……ですか…。えっと……この先の屋台で、食べれます」
「ありがとうございます。ごちそうさまでした」
「う、へぁ……?」
屋台って愉快な人ばかりだな。
完全に見当違いな事を考えるヤマトは、自分が目元を緩めた事に気付いていない。
見た目が最悪なもんじゃ焼きは、流石にこの世界では食べられないだろうと思っていた。なのに、名物料理になっている。
その事実への喜びにより、無意識に目元が緩んだ。圧倒的な造形美の顔で。“黒髪黒目”が。
そりゃあ硬直する。同性でも硬直する。寧ろ硬直しない者なんて、この国には存在しない。
それ程に“黒”は崇められている。
それをまだ理解していないヤマトは、この世界の『名物料理』……その認識が『珍味』だと云う事実には、まだまだ気付く気配がない。日本では普通に食べるのだから、気付ける筈もない。
歩き始めて数秒後に次々と肉まんを注文する声が背後から聞こえ、今回は正しくその理由を理解する。「貴族じゃない」との明言は信じて貰えなかった事も、理解。
まあいっか。
あっさりと思考の外へ追いやり、もんじゃ焼きの屋台へ。
「ひとつ、ください」
「どうぞお持ち下さいっ!!」
「どうやって」
盛大にテンパっている店主は顔面蒼白。
少し申し訳ないな。と思いながらも、常套句。
「貴族じゃないですよ」
「ありえません!」
「有り得てます」
至って冷静に言葉を返しながら長椅子に腰を下ろしたヤマトは、食べる気満々。注文したのだから当たり前である。
貴族顔、王族顔。“黒髪黒目”。頬杖を突き、
「楽しみです」
ゆるりっ――
期待を込め目元を緩めるのだから、冷や汗どころではない。不敬にならないようにと、生きた心地がしない。
震え始めた指先では確実に失敗する事は目に見えるし、その時は……確実に……
「やっぱヤマトさんだー!」
「――ロイドさん。早かったですね」
「急ぎました!」
「お疲れ様です。どうぞ」
「奢り?」
「勿論」
「やりっ。もんじゃ焼き、俺好きなんすよ!」
「美味しいですもんね」
いそいそと隣に座る、ロイド。パーティーメンバーは各々で昼食を取ってるらしい。
「おっちゃん久し振りー。俺、ヤマトさんのと同じので」
「こちらでも種類が有るのですね」
「ん? メニュー見せて貰ってな……あー。なるほど。ヤマトさん、アレルギー無いっすよね」
「はい」
「んじゃあー。おっちゃん、山菜オーク大盛り2つで。あ、チーズも」
「……ろ、いど…おまっ…お前っ!」
「あーだいじょぶだいじょぶ。ヤマトさん、まじで貴族でも王族でもねえから。ヴォルフさんが保護者ポジなってんだし」
「…そ、う……そうなのか…?」
「普通にしてれば優しい人だから、おっちゃんもいつも通りで問題ねえよ」
「それは無理だ」
それでも気は楽になったらしい。
指先の震えも無くなり、漸く調理に取り掛かった。
「しれっと高いものを頼みましたね」
「ダメでした?」
「いえ。潔くて好感が持てます」
「っすよねー!」
会えて嬉しい。と笑顔で話し始めるロイドは、道中で盗賊退治して来た事をなぜか報告。
討ち漏らしがいたのか……。いや、連絡が取れなくての偵察かな。
ロイドさん達が見付けてくれて良かった。
そう考えたヤマトは動かした手をロイドの頭へ置き、
「素晴らしい働きです」
「――ぅ…っははは! ヤマトさんっ、今のめっちゃ貴族!」
「傷付きます」
「すんませんーっ」
一切傷付いた様子の無いヤマトと、それを分かっているので形だけの謝罪をするロイド。どちらも巫山戯ている。
そんな2人を見ながら調理をする屋台の主人は、……あぁ。
わかった。これ夢だ。
そう思い込む事で、この非現実的な現実から逃避した。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
冒険者達が楽しそうでほっこりな作者です。どうも。
もんじゃ食べたい。
今更ですが、屋台の食材はちゃんと魔道具の冷蔵庫で管理しているので安心安全です。
逆に言うと冷蔵庫を常備していないと食べ物の屋台は開けません。
日本には劣りますが、食品衛生法はしっかりと存在しています。
でなければ生卵なんて食べられませんからね。
更に言うとマヨネーズやケチャップ、ソース等の調味料も存在しています。
当然ながら高級品ですが。
但しマヨネーズはヴィンセントの領でのみ製造し食されています。
だって生卵使うから。
そういえば。
縛られて放置された盗賊達はどうなったのでしょうね。
(すっとぼけ)
相変わらずレッテルを貼られている主人公。
それでも自分の手で人の命を奪う事は避けたいので、この生活に慣れても長年培った倫理観を曲げる事は出来ないようです。
なのに結果論に人の命を委ねる事に抵抗は無いんだから、恐らくこれは生まれ持った異常性……サイコパスに近いかと。
怖い話ですね。
次回、早く温泉に入りたい。
レオンハルトと沢山お喋り。
ハプニングにならないハプニング。