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17.夕食に魔物肉提供は全力却下された

「どうした、ヤマト。早く乗れ」


「畏れ多いです」


「そんな……殊勝な感覚を、持ち合わせていたのか…」


「また這い蹲らせますよ」


「問題無さそうだな」


よし。と満足そうに笑うレオンハルトは、不敬にしかならない言葉を一切気にしていない。代わりに周りの護衛達が、顔を真っ青にさせて居るが。


王族への不敬もそうだが、噂で……耳には入っていたが……


まさか本当に“黒髪黒目”が存在するとは、夢にも思わなかった。どうせ尾鰭だろうと思っていたのに。事実、目の前にはその崇高な特徴を持った人物が存在して居る。


噂通りの絶対的造形美の顔で、生粋の貴族ような柔らかい微笑みを浮かべて。


なのにその特徴を希っている筈のレオンハルトがあからさまな好感を向けているのだから、彼等の困惑は計り知れない。いっそ夢であって欲しいが、紛れもない現実である。


「私の護衛をする気か?」


「……レオ」


「乗ってやれよ。出発、明日になんぞ」


「……ヴォルフさんも」


「やなこった」


さっさと乗れ。と顎を動かすヴォルフに眉を下げるも、確かに出発する気配が無いので諦めて足を動かす。


レオンハルトの向かい。下座に腰を下ろすと、護衛達から上がるざわめき。正しい事をしている筈なのに、なぜか後ろめたい感覚。


「隣に座るか?」


「勘弁して下さい」


「私の隣は嫌か」


「……へえっ。“この顔”を正面から鑑賞出来る機会を、自ら手放すと?」


「――ん……ふふっ。折角だ。楽しませて貰おうか」


窓枠に頬杖を突くヤマトは頤を上げ、敢えて“傲慢貴族”に成りきって見せる。レオンハルトなら冗談として受け取る事を確信しての“それ”は、ヴィンセントの前で見せてしまえば……確実に悪ノリして来るだけでなく、いつの間にか言質を取られるのは目に見える。


なので。何の裏も無く純粋に慕ってくれるレオンハルトだからこそ、この態度を見せた。レオンハルトが望んだ“友人”として、巫山戯ているだけ。


それでも、決して王族に対して許される態度ではないのだが。


現に、頬杖を突くヤマトを視認した騎士は見事な二度見を披露した。顔を背けたヴォルフが必死に笑いを堪えているのが、なんだかとても腹立たしい。


漸く動き出した馬車を囲む護衛は、盗賊が出没した筈なのにそう多いものではない。一応のお忍びで来た時と同じ人数。


それは、元Sランクのヴォルフのパーティーが同行する事になったから。っとは言っても、第二王子の護衛としてではないが。


他にも盗賊捕縛の依頼を受けた冒険者達が十数人同行している。彼等も護衛ではなく、『第二王子一行と偶然出発が被った』だけ。


彼等は国に関わる気なんて更々無い。自由こその、冒険者。


なのでヴィンセントも私兵を出す事はせず、礼儀としての申し出もレオンハルトが断った。冒険者達とは途中で別れるが、盗賊を捌くには十分だ。と。


戦闘力が未知数のヤマトの同行が一番の理由である。


「本当に良かったのか?」


「はい?」


「王族と共に王都へ入る“黒髪黒目”。確実に目を付けられる」


「王都の民からも?」


「……王都の者達は、初代国王陛下への憧れが殊更強い。出来る限りこちらで対処するが、目が届かない場に関しては約束出来ない」


「構いませんよ。私の目的は、王都観光をする序でに諸用を片付ける事。その過程で、理不尽な誰かが見せしめになる可能性が有ると云うだけです」


「確定だろうに」


「後処理だけお願いします」


「命は奪わないでくれ」


「んー」


「自我も保たせてくれると有り難い」


「善処します」


目元を緩め小首を傾げるのだから、手加減する気が無い事がよく分かる。善処すると言っただけで享受はしていない。約束はしていないので、手加減する必要は無い。


そもそも。こちらの意を無視する者に手加減する精神を持ち合わせているのなら……二度も公開侮辱なんてしていない。


レオンハルトもそれは分かっている。なのでこれは、民の上に立つ“王族”としての言葉。その立場上『一応伝えておくよ』程度。


実際に問題が起きればヤマトの肩を持つのだろう。自らが望んだ、“友人”として。


「王都へは、どの程度?」


「問題が無ければ10日。馬の調子では2週間。ふたつの領を通る」


「意外と近いですね」


「いや。平野や森林が広いんだ。“森”から魔物が氾濫した時の補給や、防衛に必要な地。行き場のない者達が勝手に集落を作っているがな」


「支援は?」


「その地は整地以外の手を加えてはならないと、国法で定められている。魔物の氾濫時に集落を壊されても文句は言えない。そもそも、その者達は犯罪者や不法入国者。この国が手を尽くす義理は無い」


「正論ですね。ところで、途中の領に温泉や大衆浴場は有りますか?」


「温泉好きか! 良い事だ!」


忌々しげな顔から途端に笑顔になったレオンハルトは窓を開け、並進する騎士へ途中の温泉街に寄る事を伝える。


すぐに馬を走らせ前方へ向かったその騎士は、数分もせずに戻って来た。


「旅館への先触れは」


「ひとつ目の領を発ってから送る」


「畏まりました」


ふ、と。進行方向を背にするヤマトと目が合った、騎士。レオンハルトと向かい合っているから、それ自体は不思議ではない。


……ゆるりっ。


と。目元を緩めなければ、の話だったが。


どくんっ――。心臓が音を立てたと同時に腹の底から湧き上がる“なにか”。今日……先程、初めて会ったのに。


なのに緩んだその目元に覚えるのは、歓喜。王族にしか現れない筈の“黒髪黒目”から贈られた、声なき称賛。


王家に忠誠を誓う騎士にとっては耐え難い陶酔。


しかし、騎乗中。落馬を避ける為、目眩に似た感覚を必死に抑える。そんな中で鼓膜を揺らしたのは、


「あまり見ない方が良い。呑まれるぞ」


「!――、は……ぃ」


レオンハルトの愉快そうな声。


それは、生粋の王族で在るレオンハルトでさえ呑まれかけた。……そう、云う事なのだろう。


「なんの話です?」


しかもその張本人にその自覚が無い事が尚更に恐ろしい。心底不思議そうに首を傾げている。


「ヤマトの恐ろしさについてな」


「……?」


やはりよく分からない。再度首を傾げたヤマトは、それでも深くは聞かずに話題を変えた。


「温泉街があるのですね」


「2つ目の領に。王都には、大衆浴場も」


「暫く滞在してしまいそうです」


「入る気か」


「いけませんか?」


「いや。愉快な事になりそうだと思ってな」


「ヴォルフさんを巻き込むので問題は無いかと。……あれ?」


「どうした」


「いえ……ちょっと。身分証の保証人として、ランツィロットさんが来てくれる筈だったのですが……街を離れても良かったのかと」


「ギルドから連絡が行ってる」


「あぁ、そうなのですね。良かった」


なぜレオンハルトが知ってるのか。それを問わないのだから、他者が自分の為に動くのは当然と思っている。……と、そう思われても仕方ない。


単に、レオが言うならそうなんだろう。としか思っていないのだが、その事実をレオンハルトが知る事は無い。




野営では面白い事になりそうだ。




こっそりと愉しみに思うレオンハルトは、案の定……


自ら夕食を作ろうとするヤマトを必死に止める騎士達と、心底不思議だと首を傾げるヤマト。その光景で、声も出せない程の笑いに腹筋を攣らせる事となった。


さっさと保存食を食べ始めた冒険者は、あの人本当に貴族じゃないのか……。と、盛大に混乱。


唯一。ヴォルフだけが呆れた顔で正常な思考を保ち、ヤマトを呼び付け調理から引き離した。その事により、騎士達から感謝の視線を贈られたが無視。


筋金入りの貴族嫌いである。











「そろそろです」


旅程、2日目。


窓をノックした騎士からの言葉。事前の情報にあった盗賊の襲撃地に近付いたらしく、気を引き締める騎士達。


相反して、稼ぎ時だと嬉々として武器を握る冒険者達。


「ヴォルフさん」


「あん?」


「ロイドさん達、来るって言ってませんでした?」


「今更過ぎんだろ。1日遅れるってよ」


「……あぁ。ヴィンスに引き留められたのですね」


「嫌がらせ」


「合流したら労ってあげましょうか」


「泣き付かれても知らねえぞ」


「楽しみです」


「そういうとこだっての。……お前、気付いてたんだな。あいつ等の事」


「“黒髪黒目”に接触するなら、何かしらの裏が有る筈ですから」


「怒んねえの」


「いい子達なので」


「アホなだけだろ。――大人しくしてろ」


窓を閉めろ。と視線で伝えて来るヴォルフは、幾つもの気配に剣を抜く。


その少し後に隊列も止まり、馬車を背に辺りを警戒する騎士達。


馬車の馬も、騎士の馬も。手綱は離しているが、逃げても音による合図で戻って来るように訓練しているので心配は無い。


木々のざわめきが数秒続いた後、


「来ます」


ヤマトのその呟きは、当然レオンハルトの耳にしか入らなかった。


一瞬。


流れた静寂を切り裂いたのは放たれた矢で、騎士により叩き落される前に飛び出して来た盗賊達。血が付いた武器や服に相応しい、下卑た笑み。


恐らく王族と分かっていての襲撃。通常ならば王族を襲撃する事は自殺行為だが、規模が大きくなり気も大きくなっているのだろう。


事実、騎士や冒険者達により次々と倒されている。


……浅はかだな。


呑気にそう考えながら外を観察するヤマトは、それでも緊迫感に口を引き結ぶレオンハルトへ視線を移す。……うーん。


「レオ」


「!……あ、あぁ。安心して、」


「レオ」


「、……ヤマト?」


「君が騎士達を疑ってはいけません」


「――」


「只、信じて。“私”も居るのですから」


「……あぁ。そうだな。感謝する」


「君は本当にいい子ですね」


褒める、笑み。


王族として在るのなら、研鑽を積んだ騎士達の力を疑ってはいけない。信じる事こそ彼等の士気を上げる、最も手軽で効果的な方法。


それを理解したレオンハルトは呼吸を整え、誰もが望む“黒混ざり”の表情を意識する。


圧倒的な威圧感。高貴さと気高さ。自信に満ち溢れた、自分こそが次代の王だとの確信。この程度、




『お前達なら問題は無い』




その、声なき信頼。


安否確認に視線を向ける騎士は、一瞬で視認したその存在感に目を瞠るも口角を上げる。殿下がそう思うのなら、“そう”在らねばならない。と。


実際に士気を上げたその騎士に釣られる他の騎士達は、責任感と連帯感が備わっている真の騎士なのだろう。


少なくとも……「取り分が減る」と喧嘩しながら盗賊達を斬っていく冒険者達よりは、冷静に状況を把握している。


――こんっ。


窓に当たった小石。そちらを見れば、視線だけで何かを伝えて来る……ヴォルフ。


「兄貴肌」


「ん?」


「いえ。少し、窓を開けますね」


言うが早いか開けた窓から身体を出したヤマトは、


「冒険者の皆さん。もう少し、連携を」


「だーってさあ! こいつが、」


「あ!? 手前ぇが、」


「聞こえませんでした?」


「、ぅ……すっ!」


「すんません!」


「いい子ですね。街に着いたら、皆さんで仲良く美味しいお酒を飲みましょう」


「! おごり!?」


「お好きなだけ」


「よっしゃ! 約束っすよヤマトさん!」


「はい。愉しんで」


“黒髪黒目”からの威圧。二度も公開侮辱を行った、絶対的な造形美の顔。


反射的に息を詰まらせ思わず従った冒険者達は、されど次に提示された“酒”という報酬に目の色を変え直ぐに連携を取る。自由気儘な冒険者だからこそ可能な、即席の連携。


満足。と目元を緩めたヤマトは一度ヴォルフへ視線を向け、口角を上げた事を確認し馬車の中へ。


「ヤマトが居てくれて助かった」


「彼等は、矜持を持つ騎士達より扱い易いですよ」


「ヤマトだから出来た事だろうに」


事実。王族のレオンハルトが同じ事をすれば確実に反感を買っていた。俺達はあんたの家臣じゃない、と。


王族でも貴族でもなく、冒険者達に好意的。なのにどう見ても傲慢貴族にしか見えない、冒険者よりも自由気儘なヤマトだからこそ出来た事。


ヤマトが性質的には冒険者寄りだと知っているからこそ、報酬の酒が嫌味でなく純粋な厚意だと確信し従った。性格上、必ず約束を守ると信頼して。


「正直で可愛いですよ」


ふっ。窓枠に頬杖を突いての小さな笑みは、全てが自分に従って当然。……とでも思っているような。




やはりこの人は、王族よりも傲慢だな。


流石に“こう”は成りたくない。




ヤマトを目標とするべきか迷っていたレオンハルトは、その結論を弾き出しこっそりと苦笑を溢す。これは一歩間違えると“暴君”に成ると、確信してしまったから。


勿論、ヤマトにそんな思いは無い。し、本当に『おバカで可愛い』と微笑ましく思っているだけ。


またしても悲しい誤解が生まれた。


いつの間にかヤマトの膝に乗るプルが“おもしろい”とぷるぷる揺れ、しかし何も分からないので不思議そうに首を傾げるヤマト。それでもそのスライムボディを緩く撫で、癒やしの時間を堪能するのだった。


盗賊達の断末魔を聞き流しながら。





閲覧ありがとうございます。

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レオンハルトが冷静な結論を弾き出して安心した作者です。どうも。


いやほんと、こんな傲慢な人間に成ったら暴君になりますからね。

主人公は自分の事しか考えてませんし、周りを振り回して愉しんでいると自覚した上での言動ですし。

一歩間違えば性格破綻者です。

嫌な奴〜〜〜。


それでもヴォルフからの無言の願いを叶え、レオンハルトを“次代の王”らしく在らせるんだから……。

相手が相手ならドツボですね。

中毒者、狂信者、みたいな。

そう成ったとしても我関せずにあっさり切り捨てるのでしょうが。

侮辱付きで。


本当に嫌な男ですね。


取り敢えず主人公が温泉に向け機嫌が良くなったのでほっこりです。

今からそわそわしています。

可愛いですね。


次回、ひとつ目の領。

“黒髪黒目”としての正しい検問。

名物料理で上機嫌。

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