16.生卵、大量購入
ヴィンセントの協力を取り付けた。それをギルドマスターへ伝えに来たヤマトは、お礼代わりの高級な紅茶と菓子を堪能。
次に解体受付へ行き、ダンジョンの草原階層で遭遇したホーンブルのスポット。討伐した50体以上全ての解体の手続き。
今日全ての解体は無理だろうと思ったが、「素材剥ぎ取った側から卸すから!」と職員が飛び出して行った。
なので。現在。
押し寄せた肉屋とレストランオーナー達。ランク昇給試験や鍛錬場として使用される、裏庭。そこで開催中のホーンブル競りは、中々に白熱。希少部位はレストランへ、その他は肉屋へ。
内臓は捨てるだけなので、プルが上機嫌でもぐもぐ食べている。食いしん坊で可愛い。
そんな、てんやわんやのギルド職員達に全て放り投げ、ギルド内のテーブルスペースでアイテムボックスから出した紅茶を楽しむヤマト。どう見ても貴族にしか見えない。なのに、カップを置く時は貴族では先ず有り得ない食器音を立てる。
一同、混乱中。
そんなほのぼのとした一時は、
「ヤマト。少し良いか?」
キアラの登場によって終わりを告げた。
「こんにちは、キアラさん。どうぞ。お茶は?」
「貰う」
手で向かいの椅子を示せば直ぐに腰を下ろし、差し出された紅茶を一口。……貴族が好む葉とティーセットだな。
貴族疑惑が深まった。
単純に、食に煩い日本人の舌に合うものが高級品しかない。ティーセットを買いに行ったら、安価な物を眺めるヤマトへ店員が半泣きでこのティーセットをごり押しして来た。
……っと、いうだけの事。だが、キアラはそれを知らないので疑惑を深めるのも仕方がない。
キアラがカップを置いた事を確認したヤマトは、少しだけ落ち着いた様子の彼女へ口を開いた。
「どうされました?」
「あぁ。南の街道に大規模な盗賊が出たらしい。憲兵や騎士団が動いているが、情報によると拠点が幾つも有る。あの規模では殲滅は無理だろう」
「冒険者ギルドにも依頼が来そうですね」
「稼ぎ時さ」
「盗賊が貯め込んだ金品は、どなたが?」
「捕縛した者によって違う。憲兵なら領主、騎士団なら国。冒険者なら冒険者個人。今回のケースなら歩合だ」
「……なるほど。三つ巴になりますね。仲良く等分ともいかないでしょうし。歩合と言っても、どうやって個人へ分けるんです?」
「は?……あぁ、そうか。冒険者のギルドカードは、受けた依頼の情報が蓄積されるんだ」
「なるほど。便利です」
「登録するか?」
「するメリットが無いので」
「だろうな。……で、だ。そこにタイミング悪く第二王子が帰城予定ときた」
「――……」
「王都へは南の街道を使う。君の友人なのだろう? 第二王子からの報せでは、あちらさんが負い目を感じると思ってね」
「気を回してくれたのですね。ありがとうございます」
「いいよ。只の好感度稼ぎだ」
「確かに。潔くて好感が持てます」
「なら良かった。手を貸そうか?」
「いえ。観光予定の方角が、偶然重なっただけですから」
「君は本当にいい男だな」
「光栄です」
「問題は」
「有りません。必要最低限に留めるので、皆さんの稼ぎの邪魔もしませんよ」
「だろうな。気を付けろよ」
「勿論。……、キアラさん」
「ん?」
「どうぞ。落ち着きますよ」
「……」
「十分に身体を休めて下さい」
ことりっ。テーブルへ置かれた、茶缶。中の茶葉は、今飲んだ紅茶のもの。それは気分を落ち着かせる効能の他に、生理痛を緩和する効能も有る。
血のにおい……ではなく、キアラの様子で察したのだろう。よく人を見ている。
常ならば性別特有の現象への指摘に気色が悪くなり怒りが湧き上がるが、目の前の男……ヤマトは、純粋な善意で心配を向けて来ている。僅かに眉を下げて。
その“顔”も許容してしまう要素のひとつだが、なんとなく。本当に、なんとなく。
労り……の思いが見えた。
「あぁ。有り難く貰うよ。またな、ヤマト」
「はい。また」
目元を緩めての言葉に頬を緩めたキアラは、茶缶を手にギルドを後に。
確かに“あれ”はモテる。
その、いっそ清々しい感覚と共に。
美女とのお喋り良いな……。っと羨む冒険者達は、それでも妬みの感情は無い。
自分へ好意を抱く美女を前にしても、冷静に友人の身を案じていた。並の精神では出来ない。流石、ヤマトさん。かっけぇ。
相変わらずヤマト大好き勢である。
直ぐにメモを取り始めるヤマトは、旅に必要な物を書き出していく。食料は大量にアイテムボックスに備蓄。調理器具や食器類もある。必要なものは、野営の道具。
なので。こう云う時の選択肢は、ひとつ。
「ヴォルフさん」
野営の大先輩への協力要請。
おいで。との言葉を込めた、有無を言わせぬ視線。断られる事なんて欠片も考えていない、緩められた目元。手招きすら無く、言葉だけで人を動かす圧倒的上位者の姿。
完全な傲慢貴族である。
ヤマトからすると、普通にヴォルフを呼んだだけなのに。先入観により悲しい誤解が生まれた。
ん、ぐっ……。後ろから聞こえた笑いを堪える苦しそうな声は、確実にロイドが発したもの。……だな。
そう確信したヴォルフは、憐れみつつも愉快そうに背中を叩いて来たパーティーメンバーを睨み付けてからヤマトの方へ。
「んだよ」
「野営の道具。揃えたいので案内をお願いします」
「嫌だ」
「この後だと嬉しいです」
「聞け。どうせ、あの王子がどうにかすんだろ」
「ヴォルフさん」
ことりっ――
アイテムボックスから出された、酒瓶。それをテーブルに置いたヤマトは、見る見る間に眉を寄せていくヴォルフへ小首を傾げ……
「お願いします」
「……すんなっつったろ」
「今回は直球ですよ」
希少価値の高い、年代物のウィスキー。
侯爵以上でないと手に入らないそれを、買い物の案内をさせる為だけに提示して来るなんて。本当に……こいつは…っ
「殴んぞ」
「では、“これ”はやめておきましょう」
あっさりと。アイテムボックスへ戻された酒瓶に惜しむ思いはない。寧ろ、初めに一瞥しただけで後はヤマトを睨み続けている。
不快――の表情。
盛大に眉を寄せ強く睨み付けて来るヴォルフとは相反し、相変わらず読めない笑みを浮かべるヤマト。
「望むものを用意してあげます」
「……」
「教えて下さい」
「……知ってんだろ」
「聞かせて」
「チッ…………厄介な、貴族からの指名。断りたい。力を貸してくれ」
「友人の頼みなら」
「お前は本当にイヤらしい」
「ありがとうございます」
つまり。
対価として高級酒を提示すれば、必ず前回の事を思い出し不快に思う。その不快さでここ数日持っていた苛立ちを増幅させ、判断力を鈍らせ本音を曝け出そうとした。
“友人”……だからこそ言えなかった、貴族に関する頼みを。
貴族でないヤマトを貴族に関わらせたくなかった。頻繁に面倒事の渦中に居ても、今回は貴族。相手が相手。
人の目が多い場所で自分と一緒に居ては、その貴族から目を付けられる。だから買い物の案内を断った。のに。
それでも、この目の前の男は……
「王都観光。楽しみです」
大満足。上機嫌に、メモに書かれていた『王都』の文字を丸で囲む。まるで花が飛んでいるかのような笑み。
大規模な盗賊。ルート上確実に遭遇するレオンハルトを護る為、一方的に同行を決めた時。その瞬間には既に、王都でヴォルフの憂いも晴らそうと決めていたのだろう。
また。今回も。
敢えて結果論を用意し、ヴォルフの意志で望む結果へ誘導した。
なにが“直球”だ。また回りくどい事しやがって。
お前が貴族っぽいのも知ってるし、“そう”じゃねえってのもこっちは理解してんだよ。……一切、納得はしちゃいねえが。
今更。他に何を試すってんだ。お前が貴族関係の面倒事避けてたから、自分でも珍しく気ィ使ってやっただけだってのに。
勝手に不安になって試してんじゃねえよ。
「まじでいつか殴る」
「皆さんから怒られちゃいますよ」
「知るか。行くぞ」
「はい」
まだ、ホーンブルの精算は終わっていない。あの量ならば当分終わる事もないだろう。
腰を上げたヤマトはヴォルフのパーティーメンバーへ目を向け、
ゆるりっ――
緩められた目元。それはまるで「よろしい」と言っているような……
先程、足を踏み出せなかったヴォルフの背中を押した。ここ数日悩んでいた、己のリーダーの精神面を軽くする為に。仲間を心配し大切に思う心。
それを持つ事が出来る彼等を褒める笑み。
……“そう”としか見えないが、勿論ヤマト本人にそんな意図は無い。只、単純に。その仲間愛が微笑ましいと思っての笑み。
先程の、圧倒的上位者の姿。それに加え、“この顔”と“黒髪黒目”。その要素により、受け取り手が盛大な勘違いをしているだけ。
いつもの事である。
それでもその目を向けられた2人は硬直し、ヴォルフと共に買い物へ出掛けたヤマトを見送る事しか出来ない。
……数十秒。の、後。
「あの人に意見するヴォルフ、やべぇ」
「あいつ、“あれ”をしょっちゅう食らってんだよな。……やっば」
「どんだけ気に入ってんだよ。手が掛かるってレベルじゃねーだろ」
「手に負えない」
「それな」
「あー……どーすっかなー」
「なにが?」
「そろそろ拠点移す時期」
「あー」
「あいつ、あの人から離れられんの?」
「知らね。成るように成んだろ」
「んじゃ、取り敢えず旅の準備するか」
「俺等も行くのか」
「あいつが付いて行かねえと思ってんの?」
「あー。行くわー。ぜってー行くー」
けらけらっ。可笑しいと笑いながらギルドを後にする2人の会話は、勿論周りの冒険者の耳にも入っている。そして納得されている。
ヤマトが初めて“友人”と位置付けた存在。ヤマトから、対等で在る事を望まれた。
それを分かっているヴォルフは、だからこそ対等で在ろうと意見や文句を口にする。その絶対的な造形美の顔には、まだまだ慣れる気配は無いようだが……
それでもヤマトは貴族でも王族でもないので、望まれた関係を構築しようと努力している真っ最中。
そんな時に拠点を移す為に離れるなんて、ヤマトへ好感を持ち自主的に世話を焼いているヴォルフが耐えられるのか。まだ、常識と云うものを教え尽くしてないのに。
つーかヴォルフと離れたヤマトさんの世話、誰がすんだよ。俺等まじで無理だぞ。“あの顔”だから従う事しか出来ねえぞ。
がんばれ、だれか。
深い交流は無い冒険者達でも、ヤマトの自由気儘な気質を正しく理解している。それ程に好き勝手過ごしているから仕方ない。
「元Sに追わせるヤマトさん、すげーな。相変わらず」
「つってもパーティーランクだろ」
「いや。ヴォルフ、Sの昇給蹴ったって噂」
「は? もったいな。なんで」
「貴族と話したくねえからだろ。今でさえ殆んど断ってんだし」
「筋金入りだな」
「あー……貴族の指名断る為にAに落としたんだっけ。さっきの、厄介な貴族ってのは?」
「知らね。普通知れねえよ、他所の指名なんて」
「なんでヤマトさん知ってんの。え、こわっ」
「……ギルマスだろ」
「情報漏洩やんけ」
「そんだけ厄介な相手って事じゃねーの」
「ヤマトさんに頼む程の?」
「公爵だったらウケる」
「ヤマトさんなら下に置きそー。第二王子みたいに」
「貴族じゃねえのにな」
「なんでだよ。貴族で在れよ。さっきの、もう完全に貴族だろ。寧ろ貴族じゃないなら何で“あれ”出来んだよ。意味分からん」
「考えすぎたら脳バグんぞ」
「既にバグってるわ」
「ごしゅーしょーさま」
愉しい。と笑う冒険者達は、完全に“ヤマト”と云う存在を娯楽にしている。次から次へ面倒事の渦中に居るのだから、慣れてしまったら勿体ない。と。
これから先も、意地でも慣れようとはしないのだろう。“娯楽”とはそう云うものだから。
機嫌良さそうな冒険者の中で特に上機嫌で漸く笑い終えた、ロイド。目に溜まった涙を拭い、
「じゃあ俺達も行くかー。王都」
「お前ぇ等もかよ」
「とーぜん」
「まあ、だろうな。土産話、楽しみにしてんぞ。領主の手駒」
「手駒じゃねーですー。将来性見込まれてんですー」
「ヤマトさんの情報、リークしてんのバレたらどうすんだ」
「いや気付いてっしょ。ヤマトさんだし」
「だよなあ」
「それでも可愛がってくれるヤマトさん大好き!」
「友人枠はヴォルフに取られてんのに?」
「いやいや。俺等がヤマトさんと対等に話せる訳ねーじゃん。おそれおーい。むり」
「ペット枠か」
「プルちゃんみたいに甘やかしてくれんなら大歓迎!」
「きっっっつ」
けらけらっ。気持ち悪がられているのに笑うロイドは、当初は領主で在るヴィンセントの頼みでヤマトに接触した。
なのにヤマトは初対面の自分達の誘いに乗り、酒の席で気を緩めてくれた。……心臓に悪い緩め方だったが。
その後も話し掛ければ会話を交わし、ヤマトから挨拶もする。“友人”……ではないが、懐に入れて貰えた事は直ぐに分かった。
それは、ヴィンセントからの頼みによる接触だと気付く前なのか。後なのか。
気付いた今も何も変わらず接してくれるのだから、甘い。底抜けのお人好し。
だから好きーっ!
再度。次は心の中だけで声を上げたロイドは、盗賊殲滅の依頼を今から待ち遠しく思いながら足を動かす。
今の一連の流れを、ヴィンセントへ報告する為に。
「でも直ぐ帰って来るっしょ」
「王都なのにか?」
「だって。生卵、ここでしか食えねえし」
「それな」
全員同意した。正しく“ヤマト”を理解している。
閲覧ありがとうございます。
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好感度を気にする主人公が愛しい作者です。どうも。
そんな事しなくても、街の者達は“黒髪黒目”だけで好感を持っているんですけどね。
無意識に周りの評価を気にする卑屈な日本人らしくて可愛いですね。
そしてこちらも好感度を稼ぐキアラ。
正直で本当に好感が持てます。
実際は好感度稼ぎ半分、正義感からの気遣い半分でしょうが。
ほんと、いい子。
勝手に不安になって試す主人公、トラウマのある子供の試し行動に似たものだと思います。
その試し行動に苛つきつつも呆れと共に応えるヴォルフ。
この関係性がお気に入りです。
でもヴォルフは主人公を相棒にする気は毛頭ありません。
世話は焼いてますが、心底面倒な奴だと思っているので。
なのに拒絶しないんだもんな〜〜〜。
ツンデレです。
周りが主人公を正しく理解していて、ほっこり。
次回、王都へ出発。
盗賊からの襲撃。
“黒混ざり”の在り方。