15.ちぐはぐな師弟
「素晴らしいです」
褒めるように表情を緩めるヤマトの前には、汗だく砂まみれで地に伏せ荒い呼吸を繰り返すレオンハルト。微かに指先が震えているのは、魔力が枯渇する寸前だからだろうか。
そろそろ帰城すると聞いたので、ならば魔法習得の後押しを。と、選んだ場所は……ダンジョン。
王族。しかも“黒混ざり”。そんな尊い存在をダンジョンへ放り込むなんて、正気を疑う。
ダンジョンに入った、直後。レオンハルトを置き去りにし6階層へ続く階段へ向かったヤマトは、護衛からの手出しを禁じた。完全なスパルタ。
……っとは言っても、相手は王族。ダンジョンが理不尽ではないとはいえ、死なれたら責任問題となる。
そもそも“友人”を死なせるつもりは毛頭ない。
なので。軽く広げた両腕へ飛び込んで来た、ぷるぷる。
「プルも。レオの護衛、お疲れ様」
ぷるぷると機嫌良さそうに揺れるプルは、その儘ヤマトの頭の上へ。
高がスライムが王族の護衛とはナメてるのか……とレオンハルトの護衛は抗議しようとしたが、主人で在るレオンハルトが受け入れたので口を閉じた。明らかに不満そうな顔でヤマトを睨み付けて居た事は、2人も察しただろう。
しかし実際には――
「っヤマト…その、スライムは……魔族、なのか…?」
とうとうプルにも魔族疑惑が掛かった。
「只のスライムですよ。ドラゴンの魔石を食べた後に、ちょっと強くなりましたが」
「ちょっとではないだろう! コボルトのスポットでウォーターランスを連発していたぞ!? スライムが魔法を使うなど聞いた事も無いっ!」
「あげませんよ」
「要らん! 意志を持つスライム程に恐ろしいものはない!」
「プルはいい子です」
「さては親馬鹿だな!? スライムが統率を取ってみろ……この国を、跡形もなく溶かす事さえ可能だっ」
「『心外』だそうです」
ぽむぽむと頭の上で大きく跳ねるプルに、衝撃が重い。と手で押さえる。ごめん、と小さく揺れたので許した。
全てを知り尽くした大賢者の本に『森の掃除屋』と記述されるスライムが統率を取れば、確かにこの国どころか大陸中の全てを溶かし尽くす事は可能だろう。
事実。スライムだけのスタンピードなんて一帯を溶かし尽くし、木の実や食用の野草さえ採取出来なくなる。そのためスライムが多く出現するダンジョン周辺の住民は、スライムスタンピードを最も忌避している。
故に冒険者達は、スライムだからと侮ったりはしない。野営中に身体を溶かされ、激痛に飛び起きる事も珍しくない。上位種のポイズンスライムに対しては、特に。
「ダンジョンはどうでした? レオ」
「……素材採取や修行をするには最適。だが、スポットは恐ろしい」
「正しく理解出来ましたね。偉いです。もうひとつ付け加えるなら、ダンジョンの魔物は外の魔物より僅かに弱い」
「――……なるほど。ダンジョンで倒せたからと外で同じ魔物に挑んでは、その差異に足元を掬われ命を落とす……か。肝に銘じる」
「いい子ですね。魔物は、どのように倒しました?」
「基本はファイア。中距離にはファイアボール。遠距離にはファイアアロー。どうやら私は火魔法との相性が良いらしく、詠唱破棄の魔法名だけで発動で……き…た?」
「詠唱する暇も無かったでしょう。魔力消費量が通常より少ない事には、気付けましたよね?」
「……あぁ」
「詠唱破棄の習得。おめでとうございます。お次は魔法名の破棄が出来ると、完全無詠唱の習得が完了します。しかし過信してはいけません。魔法名の破棄は慎重に、精密に魔力を動かさないと腕が吹き飛ぶそうですから」
「……ヤマトも、こんな無茶をしたのか?」
「残念ながら。ご存知の通り、私は私にしか理解出来ない魔法理論を用いているので」
「……ああ、そうだったな。分かった。必ず、魔力の制御を極めてからにする」
「ご理解頂けて安心しました。私も、友人を失いたくはありませんから」
釘を差した……のだろう。
ヤマトの口からはっきりと宣言された、“友人”と云う関係。それを聞いてしまえば、レオンハルトも無茶は出来ない。
心底から懸想する“黒髪黒目”に最も近い存在。単独でドラゴンを討伐する、規格外の力。
ヤマトが求める言葉を返せば純粋に褒めてくれる。その圧倒される程の造形美の顔を、上位者の微笑みに変えて。王族で在る自分にさえ、高揚感を湧き上がらせて。
成人して間もないレオンハルトが、そんな存在に憧れてしまうのも無理はない。
なのに普段は柔らかい雰囲気で、こうやって自分の我が儘を受け入れてくれる。自由で、傲慢で。呆れる程のお人好し。
……お人好し、なら……
「ヤマトの戦う姿を見たい」
「私の?」
「第一王子を制御するなら、剣を使えなくては意味が無いだろう? 魔法剣士で在るヤマトの戦術は、必ず私の指針となる筈だ」
「……うん。そうですね。では、“森”へ行きましょうか」
「“森”……」
「剣での討伐なら、的が大きい方が分かり易いので」
「少し……怖い」
「ご安心を。レオも護衛の方も、私が護ります。信じて」
「――わかった」
目元を緩めての笑み。それは貴族のように傲慢なものではなく、絶対的な強者による庇護。まるで……
――“王”――のような。
自身の父親で在る国王とは異なる、圧倒的な存在感。顔……も理由のひとつなのだろうが、それでも……なにかが違う。
これは王と云うよりも、もっと……。現存する言葉では表現出来ない、別の“なにか”。
嗚呼。だからこその『ダイロクテン魔王』だったのか。
初代国王陛下は周りから乞われ、その呼称を口にしたのか。“覇王”……では、陛下を表現するには足りないからと。
その絶対的な存在を未来永劫、歴史に刻みたい。その、周囲の者達の意を汲んで。
……
「ヤマト」
「はい」
「初代国王陛下を裏切ったのは、家臣ではなく実の息子だ」
「……はい」
「血筋に甘く、家臣へは苛烈な方だったらしい。彼の息子はその苛烈な姿に耐え切れず、家臣の裏切りと偽り“森”の奥深くへ追放した。現在皆が知る『家臣から慕われていた初代国王陛下』とは、彼の息子の事。国を興した王が実の息子から裏切られたと知られては、王家の権威が揺らぐ事は避けられない。家臣と国を守るには、仕方のない事だったのだろう」
「それが、王家に伝わる真実ですか。良かったですね」
「……良かった?」
「あの“森”は、家庭を持ち子を育てられる環境では有りません。現王家の他に彼の子孫が存在する確率は、限りなくゼロかと」
「証拠は無いだろう」
「実際に“森”で暮らした私の言葉ですよ」
「――……あぁ」
「彼も暫くは生きて居たでしょう。ですが、老いには勝てません。過度に不安にならずとも宜しいかと」
「……もし…彼の子孫が現れたら。私の味方と成ってくれるか?」
「その者が私と同等の顔で“黒髪黒目”なら。その時はヴィンスの企みにノって、私が王になって差し上げましょうか」
「! それはっ、」
「その後にさっさとレオを指名して、また流れ者に戻りますが」
「……は、ははっ! 貴方は本当に傲慢だな!」
「冗談だとわかっているでしょう?」
「いいや。然とこの耳で聞いた。その時は実行して貰う」
「……まあ。構いませんよ。友人の頼みなら」
王位簒奪。それを口にするヤマトと、それを愉快そうに頼むレオンハルト。そんな2人に、……殿下が毒されてる。そう内心嘆く、未だ姿を隠した儘の護衛。
そんな護衛はヤマトからの視線に気付き、やはり。なぜか、合う視線。
「貴方も大変ですね」
初めて掛けられた言葉。反射的に一歩引いたが、直ぐに苦笑し首を横に振った。
『それでも自分は殿下へ付き従う』
行動に込めたその信念は、どうやら伝わったらしい。
ゆるりっ――
満足そうに緩んだ目元。ヤマトが求めていた答えを返した事で与えられた、褒めるような上位者の笑み。
……なるほど。これは確かに、一度与えられてしまえば更に欲しくなってしまう。
誰もが圧倒される造形美による微笑み。言葉にせずとも心を満たしてくる、“黒髪黒目”からの声なき称賛。
ヴィンセント様のお気持ちが分かってしまう。
この方に侍りたい。その為に王と成ってほしい。この方へ期待し、その期待以上のものを返されたい。この方から……この方が思う、最上級の称賛の言葉を。
それはどれ程の歓喜をこの身へ齎すのか。
報酬など要らない。只、そのお声で……その口が紡ぐ称賛による、深い陶酔を――
「置いて行っちゃいますよ」
再度掛けられた言葉。ハッとした護衛は弾かれたように足を動かし、いつの間にか開いていた数Mの距離を慌てて埋める。
唯一を得た自分が、その唯一の主以外へあんな思いを抱いた。
その事実は到底受け入れ難く、なのに酷く納得してしまうと云う気味の悪い矛盾。レオンハルト以外に付き従う気は更々無い。のに、……でも。
殿下がお許しになるのなら、この方へ従う事に抵抗は無い。
されど、そんな瞬間が来ない事を願いながら。
火魔法と炎魔法の定義を話し合い始めた2人に頬を緩め、これから入る“森”へ抱く恐怖を薄れさせていく。ヤマトが、護ると口にした。で、あれば。
それは約束された安全なのだ。と。
「勉強になりました?」
「全く」
「ちょっと傷付きます」
「ほぼ全てを一撃で倒しておいて、よく言える。……筋力、ではないよな。それも魔法なのか?」
「身体強化も使っていますが、剣に付与がされています。魔力により発動する、硬化と鋭利化。中々に魔力を奪われるので、恐らく魔剣の類かと」
「なぜそんなものを」
「一番、刀に近い形でしたので」
「かたな……。確か初代国王陛下の資料にその記述があった。やはり貴方は、彼と同郷なのだろうな」
「その可能性が高そうです。……レオ」
「どうした」
「この先。1ヶ月程進んだ場所の、小屋。私のこの暮らしは、そこから始まりました。“せんせい”の家です」
「ヤマト?」
「きっと、今は辿り着けません。その必要が無いからと。隠されているのでしょう」
「……寂しいのか」
「いえ。“せんせい”の本は面白かったので、レオにも読ませたいなと」
「行ってみるか? 付き合うぞ」
「片道1ヶ月ですよ。私の責任問題になるので、流石に」
「残念だ。私だけの魔法理論の糸口の、参考になると思ったのだが」
「レオなら読み解けそうです」
「行けるものか」
「期待しています」
ふっ。小さな笑みを溢すヤマトは、レオンハルトの言葉通り寂しがっている。しかし、心を乱される程ではない。
“森”の奥を見詰めるその横顔からは、物悲しくも清々しさが伝わってくる。様々な知識を楽しめた場所。ホームシックでもあるが、辿り着けない母校……といったところか。
不意に踵を返したヤマトは、
「街へ戻りましょう」
“帰る”ではなく、“戻る”。
やはりヤマトの心はあの小屋に在る。この世界での生活の、全ての始まり。
大賢者は何を思いあの場所に小屋を建てたのか。何を思い、不可思議な魔道具を用意していたのか。きっと、誰もが呆れる程の馬鹿げた理由だったのだろう。
例えば、
この場所に辿り着ける者なら、自分の魔法理論を共有出来る弟子となれる筈だ。
とか。
終ぞ叶わなかったその願いは、死後に現れたヤマト。自分の魔法理論を理解するどころか、『イメージで補完』と云う滅茶苦茶な理論。理論と言うより、精神論か。
だが確かにそのイメージは魔力の構築から属性付与を補完し、自分の魔法理論と類似する構築式を組み立てていた。だからこその、
――『馬鹿と天才は紙一重』――
その……“師”としての餞の言葉だったのだろう。異常で異端で、規格外。
それでも新たな構築式を組み立てた、ヤマト。独り立ちする“弟子”への称賛として。
当然それはヤマトへ伝わっていないので“せんせい”と呼び、いつかは小屋に帰りたいとも思っている。圧倒的に言葉が足りない。
現在の大賢者はゴーストではなく思念体のようなものなので、そもそも言葉を交わせるかは不明だが。
「私達に、そんな顔を見せても良かったのか?」
どんな顔だろうか。
自分の右側を歩きながら顔を覗き込んで来る、レオンハルト。揶揄うような笑みに数回目を瞬くも、目元を緩める。
「レオが、初代国王の秘密を教えてくれたので。気が抜けたようです」
「私の護衛はそれを教えていないが」
「見るなと命令しなかったレオのミスですね」
首を傾げての笑み。覗き込んでいるため、レオンハルトからは頤を上げての笑みに見えてしまうのは無理もない。
なのに不敬とすら思わないのは、角度上仕方ないとの理由。それと、……顔。
本当にどの角度でも美しいな。この人は。
その造形美を自覚して居ながら、嫌味の無い笑みを浮かべられる。だからこそ、見る側は純粋に感嘆する事しか出来ない。
私と云う王族にもそれが出来る、その精神。尊敬してしまうな。
無茶苦茶な事で責任転嫁して来るヤマトには、呆れを通り越していっそ笑えてきた。自分に非は無いと、心底思っている事がよく分かる。
姿勢を戻したレオンハルトは機嫌良さそうに歩みが軽く、恐らく護衛も機嫌が良い。そんな2人によく分からないと思うも顔には出さず、周囲を警戒しながら歩き続けた。
『護る』と約束したから。
…………
“森”の危険さをよく知るが故に、緊張感を悟らせない為だけの平常心を装った笑み。
その事実にレオンハルト達が気付く事は、当然ながら無かった。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
「この護衛、吐き気も覚えたんだろうなー」な作者です。どうも。
王族相手でもスパルタなのに、プルには激甘。
恐らくプルが人を溶かしても責めません。
プルが人を溶かのなら、それは襲撃されたからと判断するでしょうし。
……うん。いいですね、それ。
いつか書きます。
プルが人を溶かすシーン。
つまり主人公を襲撃させる。
初代国王についてですが、作中での明言はしません。
現時点で推測された人物像で書いているだけですので、念の為。
本当に信長なのか、信長に似た別人なのか。
信長に“成りたかった”模倣犯なのか。
この主人公が『織田信長』だと勝手に確信しているだけです。
しんみり主人公、相当魅力的な顔をしていたのでしょう。
王族のレオンハルトが揶揄いつつも、その表情を護衛が見たという事が少し面白くなさそうですし。
「話したのは私なのに……」っというところかと。
純粋な友愛で懐いています。
今回のスパルタで少し怖がってもいますが。
仕方ないですね。
次回、また試す。
“ヤマト”のタチの悪さ。
少しだけキアラ出るよ。