14.一言で捻じ伏せる
相変わらず趣味の良い空間だ。と心底から感心するヤマトは、向かいで脚を組み隙のない笑みのヴィンセントへ手紙を渡す。
ギルドマスターから預かった、貴族達へのオークション開催の報せ。真っ先に領主で在るヴィンセントへ送るのは、領主とギルド間の諍いを回避するため。
読み終わった手紙をテーブルへ置いたヴィンセントは、――さて。演技掛かったように小首を傾げて見せる。ヤマトの用件を察しているらしい。
「実に素敵なお誘いだ。ヤマト殿は、開催側で参加するのかな」
「いえ。現時点でその予定は有りません」
「残念。君が参加するのなら、私も喜んで参加したのに」
「お気に召して頂き光栄です」
「出来れば友好の意味で受け取ってほしかったな」
「誤解させてしまいましたね。正しく受け取っていますよ」
「だとしたら。もう少し、気を楽にしてはどうかな」
「努力はしています。高貴な方を前にすると、さしものドラゴン・スレイヤーでも緊張するのでご理解を」
「ヤマト殿には似合わない言葉だ」
「流れ者には妥当でしょう」
双方に目元を緩めての軽い挨拶。貴族との会話は本当に疲弊すると考えながら、出された紅茶で心を落ち着かせる。
予想していたレオンハルトの同席が無い事で安心はしているが、どうやって丸め込んだのかも気になる。決して自意識過剰ではなく、懐かれている事実を元にした正確な予想。
なのでその予想を覆された理由を知りたくて、態とらしく視線をドアの方へ向けてみた。
「殿下が居なくて寂しそうだね」
「寂しいというより、不思議で」
「後程お連れしよう。今は、目の前の私に集中してくれると嬉しいのだが」
「口説かれている気がします」
「おやっ。君をこの目に映した時から、熱烈に口説いていた筈だが」
降参。軽く両手を上げたヤマトに満足そうに笑うヴィンセントは、だからといって何かを促す事はしない。
それは、今から掴み取るから。と。
「レオをお待たせするのも心苦しいので、本題に移りましょう。そちらの通りオークションを開催するのですが、ギルドから貴族の方々へ報せを送るのは少々懸念がありまして」
「“黒髪黒目”の流れ者が冒険者ギルドを隠れ蓑に、王室簒奪に必要な資金を集めている。……辺りかな」
「既に流れているのですね」
「真偽を問う手紙が後を絶たなくてね。不眠になりそうだ」
「ご迷惑をお掛けしてます」
「なに。これも貴族の務め。ヤマト殿がこの街を気に入っているのなら、幾らでも居心地を整えてみせよう」
「その私の居心地の為に、ひとつ。協力して頂けると助かります」
「聞こうか」
次に紡がれる言葉に確信を持つヴィンセントは、組んだ両手を膝の上に。断るつもりは無い。
が、タダで受ける気は更々無い。
……ここ迄か。
呆れの表情を見せてやりたい衝動を抑えるヤマトは、やはり日本人。周りの顔色を窺い空気を読み、トラブル回避の為に笑みで隠す現代人。
だからこそ貴族や王族だと疑惑を掛けられ、未だに疑惑の払拭を出来ないのだが。
「ドラゴン素材のオークション開催。貴族の方々への報せをお願いします」
「……ふむ。私からの報せであれば、参加する貴族側は知らぬ存ぜぬを通せる。例え本当に王室簒奪の資金源だとしても、“私”に誘われただけで資金源に参加したつもりは無かった。と」
「例え“黒髪黒目”の後援かと疑念を向けられたとしても、貴方ならば払拭は容易いでしょう。私の動向を把握して居るのですから、敢えて懐に潜り込んだ。そう、王室への忠誠を主張出来ます」
「忠誠を示せる程、情報は多くないのだがね。ヤマト殿の力は未知数。未だに恐ろしいよ」
「まだ、目立つ場所に魔物は出ていませんからね。……それで。協力、して頂けますよね?」
疑問符を付けて確認を取っている筈なのに、答えを確信した笑み。協力を願い出ている立場にも拘わらず、緩めた目元で小首を傾げる姿からは……
“やれ”。と云う、絶対的な命令。
傲慢不遜。生粋の貴族で在るヴィンセントに対して、そこ迄強く出て良い理由は何ひとつ無い。無い筈、なのに。
腹の底から湧き上がる、歓喜。その感覚に笑みを深めたヴィンセントは、目の前の圧倒的な存在に無意識に口角を上げてしまった。
例えば。ここで不敬だと拘束したところで、その拘束は容易く解かれる。ドラゴンを単独討伐するのだから、私兵が何十人集まろうが大した脅威にはならない。
恐らくそれも勘定に入れてのこの態度。
しかし。例え“そう”だとしても、ヤマトが強く出て良い理由には足らない。
それでもこれ程に強く出られる理由は……
「私へのリスクが、少々大きいとは思わないか?」
「んー。言われてみればそうですね。ファントムウルフをご用意しましょうか」
「それでは過ぎた報酬となってしまう」
「調節が難しいですね。……では、私に不利益が無い程度でしたら。お望みのものをご用意しましょう」
「王に成ってくれるのかな」
「不利益だらけです」
「残念だ。そうだね……うん。私はよく、友人思いと評価されていてね。“友人”の頼みは、なるべく断らないようにしている」
「それでは、宜しくお願いしますね。ヴィンス」
ふっ。僅かに頤を上げての笑み。
それは諦めから来る自嘲のようなもの。現に、どことなく遠い目をしている。……のだが、
ヴィンス“様”
とは口にしなかった。その事実にヴィンセントが思うのは、ひとつ。
伯爵の私と対等に在ろうとしている。そればかりか、下位の者を褒めるような上位者の笑み。
なのにそれが、嫌味も無く酷く様になっていて。まるで……
生まれた時から“こう”在るべきだったような。
「君に傅けない事が、私にとっての最大の不幸かもしれないな」
「私に傅いたところで愉快な事は有りませんよ」
「まさか。殿下さえ“混ざり”でなければ、」
「ヴィンス」
不躾にもヴィンセントの言葉を遮ったヤマトは、目元を緩めたまま。立てた人差し指を自分の唇に付ける。
――黙って。
その言葉の代わりだったのだろうが、なぜかその言葉が鼓膜を揺らした気がした。
「報告は上がっているでしょう。私の“正義”は、『友人の為』に」
「、――」
「ヴィンス。“私”から友人を奪わないで」
「……は、ははっ。これは、なんとも。どうやら私は、欲に駆られて愚かなミスを犯したらしい」
「撤回します?」
「……いいや。そんな無様を君に晒したくはない。今は引いておくよ」
「潔く諦めるの間違いでは?」
「それではあまりに詰まらないだろう。それに、王の友人と云う立場は愉しそうだ」
「お貴族様は恐ろしいです」
「高級娼館を出禁になった“黒髪黒目”よりはマシだと思うぞ」
「不可抗力です」
「相当に暴れたのにか」
「……やけに食い付きますね」
「仲間外れにされて、拗ねているからね」
「奥様から怒られますよ」
「構わないさ。彼女は今、ヤマト殿に夢中なんだ」
「私……に?」
「幾つになっても女性は女性。君のその美しい顔について夜通し語られてね。どうかな、この後に食事を用意しているのだが」
「……そうですね。友人の頼みなら」
「良かった。これで、少々の火遊びはお許しが出る」
「材料が弱いとは思わないのですか」
「その時は、一晩。妻の相手をお願いするよ」
「人妻に手を出す趣味は、流石に」
「だろうね」
まさかそこを心配されるとは……
態とらしく肩を竦めて見せるヤマトは、ヴィンセントが試した事を察したらしい。
流石に、“黒髪黒目”から妻に手を出される事は避けたい。娼婦達が陥落する程の技ならば、生粋の貴族の女性を落とす事は容易い。
と。頻繁に面倒事の渦中にいるヤマトでも、そのような面倒事を起こすとは思ってはいなかった。だが、妻の様子から僅かにも不安は抱いていたのだろう。
無駄な心配だったと分かり、心做しか安堵が窺える。
「さて。食事迄の間、殿下とお茶を楽しもうか」
「そうですね。ところで、レオをどう説得したのです?」
「うん? 説得なんてしていないよ」
「え」
「そもそも。ヤマト殿が来る事を教えていないのだから、ここへ来る理由は無いさ」
「……降参です」
「君は偶に、本当に貴族らしくないな」
「貴族じゃないので」
「王族か」
「一滴も」
「嘆かわしい事だ」
愉快そうに腰を上げたヴィンセントは、ドアを開け廊下で待機していた侍従にレオンハルトへの言付けを。
それが済めば直ぐに向かいに腰を下ろし、……そういえば。
「言葉遣いは楽にしてくれないのかい?」
「これが楽なのです。砕けた口調は、訛りにより少々乱暴に聞こえてしまって」
「それは是非とも聞きたいな」
「遊んでます?」
「勿論」
「愉しそうで何よりです。急に言われても、困ってしまいます」
「では、私を口説いてみてくれ」
なぜ。
盛大にハテナを浮かべる姿すら可笑しいのか、愉しそうに笑うヴィンセント。口説く、……口説き?
元の世界で人並みに口説かれた事はあるが、それはナンパなどの初対面。初対面ではないヴィンセントに向ける口説き文句ではないし、こちらでのナンパとそう大差はない。ヴィンセントも、そんな言葉は求めていない筈。
だとしたら……友人に、恋心を抱いてしまった時の……
「『好きだ』」
「、」
「『もう友達じゃ足りない。俺は、君から愛されたい』」
「……」
「『君が良い。君しか欲しくない。俺じゃ……ダメか?』」
「……」
「あ。それ程訛りませんでしたね。こういうの、ちょっと難しいです」
「……ヤマト殿」
「はい」
「絶対に、その砕けた口調は人前で使わないように」
「? 言われなくても使いませんよ。プルに対してだけです」
不思議そうなヤマトは、膝に移動して来たプルを緩く撫で始める。いつもの、紳士的な柔らかい表情。
その向かいで思わず頭を抱えたヴィンセントは、……まさか。
そっちの“口説き”を見せられるなんて。
貴族なのだから、口説きを見せるとなれば籠絡の意味で……。あぁ、いや。そうだった。
ヤマト殿は“黒髪黒目”の流れ者。貴族ではなかったな。いやはや、本当に。
もったいない。
思わず溢れた苦笑を咳払いで誤魔化し、微かに聞こえる足音へ意識を向ける。全力疾走をする王族とは、なんとも殊勝なことだ。
そう呆れるも顔には出さず、ノックも無しに勢いよく開いたドアへ口を開いた。
「殿下。マナーをお忘れですよ」
「ヴィンス……お前っ」
「抜け駆けの仕返しです。とても愉しい時間でした」
「お前はこれからも会えるだろう!」
「あぁ。そういえば、そろそろ帰城のご予定でしたな。これは気が利かず申し訳ありません。私も、遂に耄碌したようです」
「態とだと分かっている! ヤマトっ明日は私に付き合え!」
「え? あ、はい。分かりました」
あっさりと了承すれば、勝ち誇った顔でヴィンセントを見るレオンハルト。自慢、だろうか。
成人してもまだまだ子供だな。
断りもなくヤマトの横に座ったレオンハルトは、どんな話をしていたかを聞き出そうと食い下がる。愉快な光景だと数回喉を鳴らし、黙らせるためか……
レオンハルトの口にクッキーを突っ込んだヤマトへ、謎の尊敬を向けてしまった。友人というより子育てだな、と。
閲覧ありがとうございます。
気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。
素でやらかす主人公がお気に入りな作者です。どうも。
貴族じゃないとの理由もありますが、元が女なので『口説く=恋愛』と判断したのでやらかしました。
ヴィンセント、心底呆れてます。
でも絶対的造形美の顔から恋愛の意味で口説かれて、加えて普段と違う一人称が聞けてちょっと嬉しくも思っています。
優越感に近いかと。
何度も言うがBLではない。
因みに主人公、“友人”が増えて内心喜んでいます。
ヴォルフが貴族嫌いなので“友人”としての筋立てに『ヴォルフさんの気持ちも考えていますよ』と、顔色を窺っていると示す為に貴族相手は時間を掛けているだけです。
なので“王族”のレオンハルトは割りと早い段階で受け入れ、自分から落としに掛かりました。
あくまでもヴォルフが嫌っているのは“貴族”なので。
メモ。
○現時点での友人。
ヴォルフ、レオンハルト、ヴィンセント
○保留。
キアラ達、ルーチェ
キアラ達は気持ちを告げられたので、その気持ちを尊重して保留中です。
友人になりたいとは思ってます。
友人という名の“被害者”なんですけどね。
それにしてもまた誤解されてますね。
全て自業自得なのですが。
ウケる。
次回、ダンジョン。
プルの現状。
少しだけ、しんみりするかも。