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13.次の“標的”を見付けた

「プルぅ?……まじでどこ行った」


朝。身支度を済ませて直ぐの、人捜しならぬスライム探し。いつもならコートを羽織ると登って来るプルが、今日は一向に見当たらない。


悪さをするような子ではないから不安は無く、もし悪さをしたなら責任を持って討伐する覚悟は有る。従魔ではなくペットとして街に入れたからには、それ相応の責任が発生する事はしっかりと理解し受け入れている。


……仕方ない。やるか。


一度頭を抱えたが体内の魔力を動かし、“全て”を対象に探査魔法を行使。ヤマトを中心に全方位に広がって行く魔力は、様々な事象を脳へと叩き込む。


風の音、葉が揺れる音。服の擦れる音、足音。会話、笑い声。怒鳴り声、くしゃみ。生物の呼吸、関節が軋む音。……夥しい数の心音。


「――ぉ、えっ」


絶え間なく叩き込まれるその情報は、決して一人間の脳へ入れて良いものではない。込み上がる吐き気は我慢する事無く、衝動の儘に吐き出した。


嫌な水音を立て床へ広がった、予め大量に水を飲んだ事で薄まった胃液。胃液で食道を焼かないための事前準備。用意周到というか、無謀というか。


数秒してドアの下部から入って来たスライムは、この宿の従業員がテイムしたもの。嘔吐に気付いて“掃除”をしに来たらしい。


「すみません。ありがとうございます」


スライム相手に律儀に礼を述べ、アイテムボックスから取り出したのはジャイアントディアーの毛皮の切れ端。スライムにとってはご馳走のそれを、広がった胃液の横にお礼として置いてから部屋を出る。


吐いたばかりなのに真っ先に食堂で朝食を取るのだから、神経が図太い。


宿泊期限が今日だと声が掛かったので延長手続きを手早く済ませ、朝から賑やかな街へ。


探査魔法で拾った会話による目撃情報と、微かな魔力の残滓を辿り漸く見付けた馴染み深い気配。今程、魔力により繋がっているテイマーを羨んだ事はない。


未だに二度見や立ち止まっての凝視を気にも止めず向かった先は、


「おはようございます」


「おー。来てんぞ、スライム」


「ご迷惑は?」


「なにも」


「良かった」


冒険者ギルド。の、解体部屋。


作業台に積まれた素材の確認を真剣な顔で取っていくギルドマスターの横には、解体を担当した耳の尖った麗しい男。


1日で解体を終わらせたその技術に、素直に感心した。


「おはようございます。お疲れ様です」


「……」


「貴族でも王族でもないです、ってば」


「……あぁ」


根深いなあ。


忌避感たっぷりの視線を向けられているのに。暢気にそんな事を考えながら、脚を登って来るプルへ視線を落とす。


上機嫌。かわいい。


漸く毎朝の癒やしを得られた事に満足し、特等席の頭に乗ったプルを適当に撫でた。


「えぇっと、ヤマト坊ちゃん。肉と内臓以外は売却で良いんだよな」


「はい」


「因みに……王族へ献上は…」


「すると思います?」


「だよなーあー良かった」


「レオが牙を買い取ると言ってましたよ」


「良くなかったわ!! 王族に金出させる流れ者とか何なんだよっ!!」


「王族だからと贔屓しては、今以上に宜しくない疑惑が発生しそうなので」


「王家の資産奪ってるって噂が立ってもか?」


「商人ギルドに登録しておきましょうかね」


「すんな。素材はウチ通せ」


「強かで好感が持てます」


「そうかよ。……で、第二王子はいつ来んだって?」


「今日は控えるようにお伝えしました」


「どーも。じゃあ売却分は全部オークション通して……保管と輸送費も上乗せすっか。貴族共に報せ送んのにも時間取るから、……あー」


「ヴィンセント様に仲介して頂くのはどうでしょう」


「……」


「彼がお気に召した素材。おひとつ、仲介料にして構いませんよ」


「助かる。助かる序でに、保管の相談だが」


「そちらの配分は?」


「4割」


「3割が本命でしょうに」


「ヤマト坊っちゃん、商人向いてねえよ」


「自覚してます。んー……、うん。2割で」


「内訳は」


「保管費と、ヴィンセント様への協力要請。レオ伝いに、国王へ言付け」


「……」


「必要でしょう?」


「……あんた、貴族向いてるよ」


「退屈そうなので絶対に嫌ですね」


あっさりとそう言ってから作業台へ寄り、肉をアイテムボックスへ入れていくヤマト。上機嫌で、完全にドラゴンを食材としか見ていない。


頭の上のプルも、機嫌良さそうにぽよぽよと小さく跳ねている。


「しっかし、肝臓はそんままでも薬になるってんで分かるが……。他のは専門知識で乾燥させねえと使えねえだろ。どうすんだよ」


「え。食べますけど」


「…………は」


「流石に腸は正しい処理が分からないので諦めますが、特に心臓と砂肝はコリコリしていて美味しいですよ。ドラゴンにも砂肝が有って嬉しいです。トカゲだと思っていましたが、もしかしたら鳥に近いのでしょうか。食べてみます?」


「……」


「あの」


「こっっっえぇんだよお前っ!! 内臓食うとか正気か!?」


「祖国では普通に食べますよ。腸、お酒のお供に最高なので残念です。あ……ヴィンセント様に相談したら、適切な処理をしてくれそうですね。なにせ、生卵を食べる事が出来る程の徹底した衛生管理ですし。うん、プル。腸、少し貰うね」


ぷるぷるっ。いいよ、と頭の上で震えるプルを緩く撫でる。……と、


「ちょ……ちょっと待て。あんた、いま……」


「はい?」


「まさか……いや、考えたくねえけど。まさかあんた、ドラゴンを……」


「あぁ、はい。ドラゴンの腸と肝臓、プルの好物なので」


「――」


「私、肝臓の舌触り苦手なんですよね」


……しんっ。


一気に静まり返った作業場。追撃に、


「レバ刺し、あ……肝臓の刺し身なら食べれますけど。知識無しに捌くのはちょっと怖いので、挑戦してませんよ」


世間話かのような抑揚での言葉。


瞬間。バタバタと倒れる職員達。あまりの衝撃に、気を飛ばす事で自己を守ったのだろう。


この完璧な、圧倒的造形美の顔。形の良い唇から発された『肝臓の刺し身』との暴挙。


訳が分からない。理解が出来ない。これは夢だ。と、記憶から抹消する為の気絶。


流石と言うか……ギルドマスターは気を飛ばさなかった事が、彼にとっては逆に悲劇である。


更に追撃は続いており、


「……レバ刺しなら作れる」


「、本当ですか?」


「!……ち、かい」


一瞬で目の前に現れたヤマトとプル。狼狽え一歩引いた、男は――


「魔力……抜けば、生で食べられる」


「それは私でも出来ます?」


「人間が成功した例は、無い」


「ではお願いします」


「……」


「報酬、お好きなものをご用意しますよ」


「……肝臓。少し、分けてほしい。薬を作りたい」


「契約書を作成しますね。ギルドマスター、お部屋をお借りしても?」


「……」


「あの」


「……」


「要らない」


「はい?」


「契約書、要らない。あんたは……流れ者なんだろ」


「……。はい。貴族でも王族でもありません」


「なら、いい」


「そうですか。ハイエルフの友人を持てるなんて、嬉しいです」


「調子に乗るな」


「頑張りますね。ルーチェさん」


ゆるりっ――


柔らかく笑む目元に思わず目を反らした、ルーチェ。特有の長い耳が仄かに赤くなっているから、照れている事は一目瞭然。


あからさまに嫌悪の目を向け忌避していたのだから、掌返しと云う自身のその行動に羞恥を覚えるのも当然。


――そもそも。


人間の短い寿命の間に、ドラゴンの討伐がそう何度も実行される事は無い。百年単位で一度……それも、回復魔法が効かない程の死病が流行った時のみ。


なので、ドラゴンの解体なんて出来る人間が存在する筈がない。技術自体は継承されてはいるが、実際に解体しない儘の継承では工程に抜けが出る事は必然。


だからこそ。何千年もの寿命を持つ、ハイエルフ。そしてドラゴンの解体技術を持つルーチェ以外に、ドラゴン解体の適任は存在しない。


……とは言っても、ルーチェは過去に何度も解体の要請を突っ撥ねていた。国家からの正式な依頼にも拘わらず。


その理由は単純で、“とある国がエルフ狩りをした”から。しかも、王族や貴族が率先して。


その蛮行に怒り狂ったエルフ族とハイエルフ達がその国を攻め落とし、今はエルフの国となっている。もう……数千年も昔の事。


だが、




奴隷として虐げられた幼少期を忘れる事は出来ない。




何千年も昔の事だとしても憎しみを持ち続けるルーチェは、“王族・貴族”……その要素だけで嫌悪を剥き出しに敵意を向ける。直接的でも間接的でも関係無く、“その存在”を憎んで居るから。


今回受けたのは、要請を出したのが冒険者ギルドだから。貴族がドラゴンを討伐出来る筈がないとの確信による、承諾。


なので、当然。


“黒髪黒目”で“この顔”のヤマトにも、昨日の初対面で嫌悪を剥き出しに敵意を向けた。のだが……


――食べ物を生で食べる権力者は存在しない――


……っと、いうわけで。ルーチェからの貴族や王族との疑惑は、たった今無事に晴れた。


例に漏れず納得はされていないが。


「これ、まだレバ刺し出来ます?」


「ドラゴンは火を入れたり魔力を抜かない限り、鮮度は落ちない」


「良かった。また狩らなくて済みました」


「……あんた、本当に魔族じゃないのか?」


「魔族でもありませんよ」


残念ながら魔族疑惑は健在である。こちらの払拭の道のりは遠い。


「どちらに宿泊ですか?」


「押し掛ける気か」


「まさか。早速捌いて頂きたいだけです」


「……あんたの宿で」


「分かりました。行きましょう」


意気揚々と歩き出したヤマトの頭の中には、既にレバ刺しへの期待のみ。気絶者多数と硬直した儘のギルドマスターの事なんて、既に思考の外。




……こいつ、王族以上に傲慢だな。




昨日の今日で正しくヤマトを理解したルーチェは、視線だけで部屋を見渡してから足を動かす。


もし盗難に遭っても自分には関係無い。職務放棄して気絶してるあいつ等が悪い。そもそも、管理する筈の討伐した張本人が放置しているから構わないだろう。と。


平たく言うと、見捨てた。


宿へ戻る道中。


「そういえば。ギルドマスター、頬を腫らしていましたね」


「殴った」


「え」


「貴族に紹介されたと思ったから、殴った」


「なるほど。なんだか申し訳ないです」


「説明しなかったあいつが悪い」


「あ。慰めてくれてます?」


「……」


「すみません」


ふふっ。謝罪を口にしながらも機嫌の良い笑みを溢すのだから、謝罪の意は伴っていない事がよく分かる。


それは、


『本当は貴族で在るヴィンセントから促されたギルドの要請。その事実は秘密にしておいた方が良さそうだ』


……っと、そう考えての笑み。


当然それを知らず察する事もないルーチェは、




次は……貴族らしいな。




そんな事を考えながら街の者達から受ける視線を少し鬱陶しく思い、目線より少しだけ下のヤマトを睨み付ける。


当然の如く気付いたヤマトは、苦笑をひとつ。


「いつもの倍です」


「……」


「それ程に珍しいのでしょう。麗しのハイエルフは」


「……確かに、獣人も居ないな。この街」


「少し前に、森の魔力溜まりが広範囲に放出したようです。獣人は影響を受け易い、ですよね。残念です」


「残念?」


「一度もお逢いした事が無いので」


「……あぁ。辺境に現れた、失踪中の貴族。ってのか」


「貴族じゃないです」


「失踪中でもないんだろう」


「気になります?」


「……興味無い」


「そうですか」


緩むように細められた目元。


なのにこれ迄の柔らかさは見当たらず、なんとなく……。本当に、なんとなく。


射抜くような鋭さ。


直ぐに目を逸らすように前を向いたので、確信は無い。それでも確かに、これ迄の貴族のような柔らかな笑みではなかった。貴族のように、試すものでも。




……地雷、と云うものか。どうやらこの人間には、知られてはいけない秘密が有るらしい。


別に暴くつもりも知りたいとも思わないが、今の視線は……少々心臓に悪い。


殺気すら出てなかったのに。




「ここです」


立ち止まり手で建物を示すヤマトは、これ迄と同じ柔らかな雰囲気。先程の痛烈な視線は幻だったのではないか。


そう思うも心臓が嫌な鼓動を打ったのは確かな現実で、背中に滲む気色の悪い汗もまた現実。


「遊びに来ても良いですよ」


「絶対に嫌だ」


「傷付きます」


「そうか」




感情を隠す上手さは貴族そのものだな。




再び抱きそうになった貴族疑惑は、これからレバ刺しを食べる。その事実のお陰で、思考の外へと追いやる事が出来た。





閲覧ありがとうございます。

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美形の泣き顔や嘔吐がド性癖な作者です。どうも。


以前宣言した通り、吐かせました。

こいつは絶対泣かない。

恐らく、泣くとしたらプルが死んじゃった時くらいかと。

従魔ではないペットと云う奇妙な関係ですが、家族と認識しているので泣くとしたらその時だけでしょう。


砂肝食べたいと思いながら書いてました。砂肝食べたい。

ところでドラゴンってトカゲ? 鳥?

どちらにせよ、美味しければ主人公にとってはどうでも良い事ですね。

肉も野菜も魚も好きな主人公です。


相変わらず解体班が可愛くて、ほっこり。


ルーチェは今後出て来るか不明ですね。

出したい欲はありますが、ちょっと貴族関係の話を書きたいので暫くは出ないかと。

ヴォルフよりも貴族嫌い……というか、心底から“王族・貴族”と云う存在を深く恨み憎んでいます。

貴族の気配がする内は主人公に近寄らないかと。

でも出したい欲。

女性ハイエルフと迷いましたが、女性の場合は……ね……奴隷時代にがっつり規制入っちゃうからね……うん……


砂肝食べたい。


次回、諦める。

ヴィンセントとお喋り。

また無意識でやらかす。

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