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11.“蛇”の方がまだマシ

「大丈夫なんですけど」


「どうだか」


苦笑するヤマトを鼻で笑うヴォルフは、視線だけで傷痕すら無いまっさらな首筋を確認。下級ポーションで十分治ったその傷は、ヤマトが態と受けたもの。


依頼でダンジョンの案内をした時に魔力障壁を展開していたから、その結論を出すのは早かった。傷を受けた理由が理由だが。




『ポーションの性能を知りたかった』




……本当に殴ろうかと思った。どうにか堪えたが。


性能を知れて満足そうなヤマトに、流石の第二王子も呆れ返っていた。姿は見せなかったが、恐らく護衛も。


そんな非常識なヤマトの視界には、


「お待ちしておりました。師匠」


最初の警戒心はどこへやら。正に王子様と言える爽やかな笑みで、『懐いてます』と主張して来る第二王子……改め、


「師に成った覚えは有りませんよ。レオンハルト殿下」


翌日。つまり今日、今。現在。


ギルドで、敢えてテーブルスペースで王族オーラを垂れ流しにするレオンハルト。


王族で在る自分がギルドに居座れば、必ずヤマトを呼びに行く。と……端的に言うと、待ち伏せ。


案の定。


ギルド職員達が緊張により朝からミス連発だから早く来い。とギルドマスターから遣わされたヴォルフから聞き、暫く笑いを堪えるのに疲弊した。


態々、立ち上がっての“師匠”発言。ヴォルフ以外の冒険者とギルド職員達から一斉に視線が向けられた事実には、気付かないフリ見ないフリをしておく。


「どうぞ、レオと」


「高貴な方は話を聞かないのでしょうか」


「まさか。聞いた上で、です」


「悪質ですね」


「ありがとうございます」


本当に大丈夫なのか。と目を向けて来るヴォルフに気付き、目元を緩めるだけにレオンハルトへ足を動かし向かいに腰を下ろす。着席の許可を与えられていないのに。


それでもレオンハルトは不快感も無く、寧ろ笑みを見せてから腰を下ろした。


当たり前のように側に控えるヴォルフにも何も言わずに。


「防音」


命令のような声色は、未だ姿を現さない護衛へ向けたもの。僅かに魔力が揺らいだ感覚を肌で感じ取ったヤマトは、護衛……と目を合わせる。


びくりっ――


あからさまに反応してしまったのも仕方ない。視えている筈がないのに、しっかりと視線が交差している。まさか……




みえて、いる?




護衛がそう考えたと同時に、ふっ。小さく笑ったヤマトは、されど何を言う事もなく。


改めてレオンハルトへ視線を向けた。


「どうされました?」


「ご教授のお願いに」


「そちらの護衛の方では物足りませんか」


「この者の属性は無属性なので。一般的な属性とは原理が違うのだと、辞退されました」


「……」


「師匠?」


「おい。普通は属性を持ってるっつったろ」


「あ。あぁ、そうでした。ありがとうございます」


なんだ、今の会話。


よく意味が分からないと違和感を覚えるレオンハルトの耳元で囁かれた、言葉。流石に、魔法の研鑽を積んだ者。


瞬時に思い至ったらしい。


「もしや師匠は……属性関係なく、魔法を使える…と」


「禁忌の闇は自重していますよ」


「っ是非ともご教授を!」


「独学なので、確実に理解は出来ないかと」


「構いません。その教えを糸口に、私だけの魔法理論を構築してみせます」


「……」


「報酬は、この先私が用意できる全てを。……第一王子には、国を管理する能力は有りません。貴族派の傀儡にされ王家の権威も失墜し、国が荒れるのは明らか。王家の“黒持ち”として、私には国を守る義務が有ります。国の為ならば血反吐など幾らでも吐きましょう」


「第一王子を暗殺する方が早いでしょうに」


「暗殺で王位を手にした“黒持ち”など敗北したと同義。そもそも、そのような手段を使うのなら……奇跡を求め貴方へ会いに来ていません」


「正論ですね」


どうやら、ヤマトが求めていた言葉を口に出来たらしい。


人となりを試すような黒い双眼。思わず息を呑んだそれは、決して王族へ向けて良いものではない。……筈、なのに。


それを向けられている現状を、レオンハルト本人ですら違和感無く受け入れてしまう。明らかに異常な現状にも拘わらず。


その事実に気付く事無く。


いつの間にか立ち上がっていたレオンハルトは、詰め寄るようにテーブルへ両手を付いている体勢。周りに聞こえずとも目は有るので気持ちを落ち着け、腰を下ろす為に両手をテーブルから離す。


……離そうと、した。


「貴方は優しい子ですね」


「え」


「人としての優しさは美徳です。しかし、国を治めるのなら。時には非情な選択をしなければなりません。その時に逃げるのなら、そもそも王に成ってはいけない。そんな事は許されない」


「っ――」


「優しさだけでは国は立ち行きません。少数を犠牲にし多数を救う。それが、王として在るべき姿です」


「……はい」


「その上で、」


一旦言葉を止めたヤマトはテーブルに両肘を突き、組んだ両手の指に顎を乗せる。目前に現れた、物心がついた時から強く憧れ希った黒い瞳。




……あ。真っ黒じゃない。限りなく黒に近い、濃い茶色。


“黒髪黒目”ではない。この人は、自分が羨む完璧な存在ではない。恐らく、初代国王陛下も完璧ではなかったのだろう。この人のように、僅かにも茶色が混ざっていたのだろう。だとしたら、まだ……


願って居ても良いのか。


理想は理想の儘で。無意識下で神格化していた、“完璧な黒髪黒目”。その奇跡の存在への懸想を……諦めなくても。




数秒にも満たない短い時間の思案は、瞼により隠れた……限りなく黒に近い双眼。一瞬の後に再び姿を現したその奥に孕む、甘い色。


それにより、強制的に現実へと引き戻された。


倣うように緩む口元から紡がれたのは……


「全てを救う力を欲するのなら。第一王子すら掌中に収め制御してみせなさい」


「、」


「私は師として責任を取ると云う、高潔な思想は持ち合わせていません。ですが、“友人”の成長を後押しする程度の情は有ります」


「……ぁ」


「改めて。ヤマト・リュウガです。――さあ、選んで」


貴方が望む関係性を。との、込められた意味。


当然ながらそれを察したレオンハルトは、じわじわと込み上がる……“なにか”。形容し難い衝動に脊髄反射で息を呑み、それでも無意識下で動く手。


その手がヤマトの横髪を耳に掛けるように頬に添えたところで、漸く己の行動を脳が認識した。なぜ、こんな行動を取ったのか。


出自不明の、ドラゴンすら単独討伐する“黒髪黒目”。厳密には黒目ではないが、その他称は既にヤマトの代名詞。自分も慣れてしまった。


そんな得体の知れない存在に自ら触れ、触れる事を享受するこの姿に安堵するなんて。……やはり、




あの時感じた高揚と歓喜は錯覚ではなかった。この人は特別な存在だ。


それこそ。初代国王陛下のような、常軌を逸した規格外の存在。


だとしたらこの人は……この人に必要なのは――


“理解者”。




「ヤマト」


ゆるりっ――


よろしい。と、褒めるように緩められた目元。その瞳に満足そうな色が孕み、頬に添えた手へと僅かに首を倒す。


恐らくそれは、“求めた関係性を受け入れる”との意志を示すための行動。しかしそれは、まるで……すり寄るようなもの。


掌へ齎された柔らかい熱。それを脳が認識した瞬間に湧き上がったのは、耐え難い羞恥。


更にその形の良い唇から紡がれる、


「いい子ですね。レオ」




只管に甘い声での称賛。




咄嗟に手を引いたレオンハルトはその勢いの儘に椅子に落ち、頭を抱えテーブルへ沈んだ。王族が人前で見せる姿としては、完全な醜態だろうに。


どうしたのかと不思議に思うヤマトの耳に届いたのは、ヴォルフの呆れた声だった。


「刺激強過ぎんだよ」


やはりよく分からないと姿勢を戻し見返るように見上げると、聞こえた声とは相反して既に意地の悪い笑み。


くつりっ。


愉快だと喉を鳴らすヴォルフは、明らかに愉しんでいる。


「オベンキョウでは習わねえよなァ。こんな、絡め取るやり方」


「ヴォルフさん?」


「いっそ貴族で在ってほしいわ」


「……すみません。よく、分かりません」


「そういうとこだぞ」


つまり、無意識。無自覚での言動。


パーソナルエリアが広い筈の日本人だが、ヤマトは気に入った者に対しては途端に寛容になる。


現に、腰を折り耳元に口を寄せて来たヴォルフ。へと、頭を寄せている。元の世界でもそうだったのだから、今更直る癖ではない。早々に周りが慣れた方が利口。


“女”の所作が染み付いている。それは“男”に転換したとしても変わる事はなく、普通ならば同性愛者かと判断されるのだろうが……




――圧倒的な造形美は性別の概念すら凌駕する。




しかも本人に自覚が無いので、性別を利用し絡め取る女性よりもタチが悪い。新しい扉を開く男性が出ない事を祈る。


だから、そういうとこだっての。


……とは言わず、内心呆れながら“正解”を口にした。耳元なので、一応声は抑えて。


「あんたの色香にヤられた」


「……それ、女性に使う単語ですよ」


「妥当だろ」


腰を伸ばしながら声量を戻すヴォルフは、恨めしそうに睨み上げて来るレオンハルトを鼻で笑っておく。ガキ、と。


王族の性教育しか知らないレオンハルトは、確かにヴォルフから見ると子供。高級娼婦ですら、相手にした事は無いのだろう。


“面倒事”を引き起こしたくはないから。


「……た、しかに。私は、貴方達のように経験豊富ではない。立場上、自重すべき事だからな」


「男なら手前ぇの“男”は女で上げろ」


「それは王位を継ぐために必要な事か?」


「いいや。全く」


「なら私には必要無い」


「枯れんぞ」


「王室存続に必要な男児さえ居れば構わん」


「詰まらねえ男だ」


「王族とはそのようなものだ」


「あ。では、私は詰まらない男になりますね」


「は」


「経験豊富でもありませんし」


「……は?」


集中する視線。今程、防音魔法に感謝した瞬間は無いだろう。


ぱっ。


演技掛かったように両手を開いたヤマトは、こてりっ。小首を傾げ、


「そもそも童貞ですし」


盛大な爆弾を投下した。




……童貞。童貞って、なんだっけ。未だ女を抱いていない男、と云う意味だったような。


あぁ、確かそうだ。そうだが……えぇと、それで。


だれが、なんだっけ。


ヤマトが、……ヤマトが? 百戦錬磨だと確信出来る完璧なこの“顔”で? 見るからに鍛え上げられた体躯で……


童貞?




「……」


「あの」


「……っ今日娼館行くぞ!!」


「楽しんで」


「お前もだよ!」


「なぜ?」


「その顔で童貞とか巫山戯んな! 脳バグるわ!」


「顔、関係有ります?」


「なんか俺等が嫌だ」


「ヴォルフさんが感情論を持ち出すなんて。意外です」


「お、まえ……っあっちで愉しんでるアホ共にバラすぞ!?」


「どうぞ」


「は」


「ヴォルフさんがこうなってるので、彼等も愉快な反応をしてくれそうです」


「っ――ロイド! こっち来い!」


防音魔法によりこちらの声は聞こえない。ので、王族と相対しているヤマトにずっと笑いを堪えていたロイドを指差す。


なんだなんだ?


ざわつき始める中、ご指名〜っと上機嫌でヴォルフへ近寄ったロイド。は、


「こいつ、童貞」


一瞬にして真顔になった。意味が分からなかった。


数秒に収まらない見事な硬直を見せるロイドの脳内は、大混乱。童貞。……




この“顔”で?




「ねーよっ!!」


「あってます」


「むり! なんか、むり! ど、う……は? いや、どう……どうて……は? むり。まじ、むり」


「ほら見ろ。あんたの所為でロイドが壊れた」


「なぜ」


「ちょ、まじで。ヴォルフさん、高級娼館連れてってやって。受け入れたくない。なにこれ、めちゃくちゃ不安なってきた。こわっ」


「落ち着いて。ゆっくり深呼吸しましょうね」


「あんたの所為だよっ!!」


「愉しいか?」


「愉しいです」


満足。と笑うヤマトからは、一切羞恥が感じられない。つい1年と少し前迄は女だったのだから、羞恥を覚えろと言う方が無理がある。


堂々と童貞告白をしたヤマトに、この人は……本当に非常識でいっそ清々しい。


こちらも大混乱の脳でそう考えるレオンハルトは、背後に控える護衛も大混乱している事を確信。


この、王族の自分が見惚れる程の顔。なのに、女性経験が無い。本当に訳が分からない。理解ができない。


しかも本人は羞恥の欠片すら無く愉しんでいる。


「やり方分かんの」


「知識は有ります」


「なら問題ねえな。後は女に教えて貰え」


「楽しみになってきました」


「あぁそう」


「ヤマトが行くなら私も行こうかな」


「やめろ王族。おい、止めろ護衛」


「残念ながら、まだ衝撃が抜けていないらしい。時間が決まったら連絡を頼む」


「どこだよ」


「ヴィンスの邸」


「ロイド。頼んだ」


「はーいっ」


約束をしてしまった。ので、一足遅かった。


漸く我に返った護衛が必死に説得を始めるが、レオンハルトはどこ吹く風。小声なのでヤマト達には聞こえていない。


今夜が楽しみだと気分を良くしたレオンハルトは、ヤマトへ笑みを見せてから優雅にギルドを後にする。


ヴィンスに自慢しなければ。と、上機嫌に。





閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、いいねやブクマお願いしますー。


童貞のままでもオイシイと思う作者です。どうも。


先に言っておきます。

この爆弾発言、一気に広まります。

聞いた人達は脳内大混乱で数十秒硬直します。

おもろ。


主人公、まじで無意識にやらかしました。

遊び人だった訳ではなく、本当に“友人”と位置付けたら寛容になってしまうだけです。

相手が女性でも同じ事をしましたし、例え老人でも“友人”なら同じ事をしました。

本当に無自覚のやべえ奴です。

天然の人タラシです。

人によっては嫌われるやつ。


しかしあの“顔”なので周りは“らしい”と思ってしまう。

“顔”がチート。


次回、抗議未遂。

Sランク美女集団、再登場。

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