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105.それは何千年も前から

「刺繍に挑戦しているじゃないですか」


「あ? あぁ。言ってたな、そういや」


「刺繍?」


朝食時。珍しく早起きしていたヤマトは唐突に口を開き、そういえばと言葉を返すヴォルフ。本当に刺繍に挑戦しているのかと呆れながら。


当然ながら不思議そうに問い掛けるルーチェ。なぜ刺繍。


「こいつ、ドワーフ国の土産待ちに暇だっつって刺繍始めた」


「なぜ刺繍を」


「知らん」


「元々、裁縫はある程度出来まして。興味があったんです」


「だとしてもなぜ刺繍を選ぶ」


「? 興味があったので」


「……そうか」


ルーチェも考えることを放棄した。なぜ男のヤマトが、基本的には女性の仕事とされている針仕事を選んだのか。なぜ、元々裁縫が出来るのか。


……男……だよな?


まさかの性別偽装の疑惑。しかしきちんと『男』だと認識している事を思い出したので、その疑惑は無事に思考から追いやれた。


それでも『なぜ刺繍を選んだか』の理由は理解出来なかったが、もう“ヤマトだから”で納得しておくことにしたらしい。一体、ルーチェはヤマトを何だと思っているのだろうか。


「で?」


「思ったより楽しいです」


「良かったな」


「はい。ラブも楽しんでますし」


「ラブ?」


「ケット・シーって、手先が器用なようですよ。――ほら、これ。ラブの作品です」


「絵画かよ」


アイテムボックスから取り出したハンカチ。それを広げて見せると、即座に飛んで来たヴォルフの言葉。


標準的なサイズのハンカチの全面に施された、色とりどりの薔薇の刺繍。様々な大きさで彩られたハンカチは、しかし主張で喧嘩すること無く完璧に調和が取れている。


芸術に疎い冒険者のヴォルフやランツィロットが、純粋に感心する程に。


あの肉球でどうやって針を持ち、どうやって爪でハンカチに穴を開けずにこれ程の芸術を生み出したのか。妖精は不思議がいっぱい。


「流石、調和を司る『自然』の一部で在る妖精ですよね。額装の色に悩みます。葉の代わりとして緑が良いですかね?」


「額装するのは決定なのだな。個人的には……白だな。既に色が多いから、更に色を足すと視覚情報が多くなり目が疲れる。濃い色で囲んでは、印象も重くなってしまう」


「ルーチェさん、芸術にも詳しいんですか?」


「いいや。あんたが言う『調和』とやらを好むだけだ」


「さすが『自然』を愛するエルフ族ですね。では白にします」


満足と笑むヤマトはハンカチをアイテムボックスへ入れ、朝食をとるラブの頭を指先で撫でる。褒めるように、柔らかく。


どうやら今日の早起きは、このペット自慢をする為だったのだと全員が察した。


こういう平和な突発的言動だけしてほしいとも思ったが、それを伝えたところで意味は無いと理解しているので口にはしない。考える前に動くからこその“突発的言動”なのだから。


「――という訳で。今日はロイドさんに逢いに行きます」


思ったそばからコレである。


「どういう訳だ」


「なんとなく、お兄さんムーブしたい気分なので。ペット自慢序でに甘やかして来ます。卵も補充したいですし、そろそろ内臓処理もしてもらわないと」


「ん」


「いやそれで納得するヴォルフも何なんだよ」


「こいつ、卵の補充と内臓処理が一番の目的だからな。やらかしても“あっち”なら皆受け入れっし、どうせロイドが対処すんだろ」


「ヴィンスも居ますからね」


「めっちゃナチュラルに貴族利用しようとしてんだけど。こいつ」


「今更」


「失礼ですね。ヴィンスは、“友人”として気を回してくれているだけですよ」


「ぜってー何か裏ある。――ヴォルフ」


「好感度稼いで言質(・・)取りたいだけ」


「あー……『王に〜』って? 流石“あの国”の貴族。いやもうヤマトが“流石”か」


「何故でしょう。私、普通にしているのに」


「だからじゃん?」


にやにやと意地の悪い笑みに困ったように眉を下げて見せるヤマトは、撤回の言葉が無いので潔く諦める。なぜ、とは引き続き思っているが。


いつも通り説明も無く、こちらもいつも通り説明しないのなら別に良いかと。あっさりと意識を逸らす。


その意識は既に生卵と内臓処理へと向いており、今回もロイドから何か小言を貰うだろうなとも確信している。それは戯れの一環なので特に忌避することではない。


たとえ説教をされるとしても。“友人”ではないロイドが相手ならば存分にその造形美を利用し、罪悪感を抱かせ早々に切り上げるだけである。


純粋に性格が悪い。今に始まった事ではないが。


「誰か一緒に来ます?」


「パス」


「ぱーすっ」


「貴族に会うのなら行かない」


「前回お会い出来なかったので、きっと来ますね。では今日は自由行動で」


基本的に毎日自由行動ではある。単純に皆、『ウケる』からヤマトのところへ来るだけで。


彼等がそう考えていることには当然気付くこと無く。運ばれて来るデザートに気分を上げながら、それでも。今日もヴォルフの分はプルに奪われるだろうなとの、確信。


甘い物好きのプルが喜ぶのならそれで良い。ヤマトはペットに甘い。







「おはようございます」


「んおっ!? ヤマトさんだー!」


「ぉ」


びたんっ。瞬時に抱き付くロイドは、襟巻き化中のラブに顔を埋め深呼吸。『自然』の香りに混じる『龍涎香』――ヤマトのお気に入りの香水。


これから魔物を狩りに行くのだが、龍涎香も『自然』の香りなので特に問題は無いとの判断だろう。“友人”や王族へのプレゼントを前提として作ったので、念の為にエタノールを使わず肌に優しい配合としている。確かに問題は少ないだろう。


因みに。現在地は街の外。なのでロイドは周りの目を気にせず、存分に『ヤマト』を堪能。


「ちょー良い匂い。なんだっけ」


「龍涎香です」


「それ。めっちゃ『ヤマト様』って感じ」


「流れ者なので『様』はやめてください」


「んははっ。生卵補充しに来たんすか?」


「それと、内臓処理もありますが。お兄さんムーブをしたかったので、ロイドさんを甘やかしに来ました」


「めっちゃ嬉しいけど何で」


「気分です」


「っすよねー。俺等今から依頼っすよ」


「先に生卵を補充しに行きます。昼食、ご一緒しましょう。待ち合わせはギルドで良いですか?」


「オーケーっす!――あ。今、魔族疑惑あるヒト滞在してます」


「魔族疑惑?」


「シープみたいなツノあって魔力も高いから、皆避けてます。たぶん観光客っすね。まあ――こうやって改めてヤマトさんに会ったら、比べるまでもなくヒトっすけど」


「何を言いたいんです?」


「どう考えてもヤマトさんの方が超魔族」


「ツノ、無いのに。あ。只人です」


「取って付けた否定って心臓に悪い。いってきまーす!」


「はい。行ってらっしゃい。お気を付けて」


「はーいっ」


緩く手を振ってロイド達パーティーを見送ったヤマトは、慣れた道を進み……慣れたように検問所で順番を譲られ続けて街の中へ。相変わらず、なぜ順番を譲ってくれるのだろうかと不思議に思っている。変に鈍感。


勝手知ったるように足を進めるヤマトは、先ずは――と。


「おはようございます。みっつ」


「ヤマトさんが来たら一帯がざわつくので分かり易いです。心の準備は間に合いませんけど」


「そろそろ慣れてほしいのですがね」


「一生無理ですね。はい、串焼きみっつ。どうぞお持ち下さい」


「貴族じゃないですってば」


くすくすと。可笑しいと笑うヤマトは、この『どうぞお持ち下さい』は戯れだときちんと理解している。


代金分を払ってからプルとラブにも渡し、ひとくち。いつ食べても美味しい。


「あの……ロイドなら、さっき依頼に出ましたけど」


「はい。先程会いました。戻って来る前に買い物を済ませようと」


「あ。そうなんですね。良かった。ごゆっくりどうぞ」


「世間話は」


「無理です緊張する既に吐きそう」


「そろそろ慣れてほしいです」


「一生無理です」


「努力してくださいね」


なんとなく他人事のような抑揚。その言葉により、特に気にしてはいないのだと店員は察する。




まあ……確かに、ヤマトさんは仲良い人以外に一々関心なんて向けないか。


つーか関心向けられたら申し訳なくなる。むり。“黒髪黒目”が俺なんかに関心向けないでほしい。俺だけじゃなく、『その他大勢』に思考を割かないでほしい。どうか自分勝手にマイペースに生きて下さい。


生き生きしてる傲慢なヤマトさん、めちゃくちゃ『支配者』で好きです。




ヤマトは他者に関心を向けない――それを理解しているのでショックは受けない。寧ろ“らしい”とさえ思っているので、この店員もしっかりと“黒髪黒目”に狂っている。


もぐもぐと串焼きを完食したヤマトは、特に会話も生ませずに「また」と。その言葉だけで悠々と歩き出し、それを見送った店員は即座に飛んで来る注文を慣れたように捌き始める。


本日の“美術品鑑賞”も大変楽しめた。







「――で。なんで?」


「羊の獣人ですよ。ご覧の通り、種族の証はツノだけが現れただけのようです。これで街の皆さんの誤解も解けますね」


「そうじゃなくて」


こてりっ。首を傾げるヤマトに呆れるロイドは、冒険者ギルドの前で“魔族疑惑”を受けていた観光客と談笑するヤマトに数秒程硬直したばかり。獣人と判明した事なんて、ロイドからすると別にどうでも良いのだろう。


パーティーメンバーに依頼達成処理を頼んだロイドは、笑いながらギルド内へ入って行ったメンバーのふたりを見送ってから。びしっと羊の獣人を指差し口を開いた。


「おいお前! ヤマトさん今から俺達とメシ! 入れねえからなっ」


「、そんな不敬働けないっつかもう今吐きそうな程緊張してるから一緒に飯とか無理だわ! “黒髪黒目”現れたって聞いたから見に来ただけだっつの“黒”かっけえ泣きそう心臓痛い好きっ!」


「それはそう」


わっ!と両手で顔を覆う羊の獣人は、言葉通り“黒髪黒目”を見に来ただけの観光客。よくよく見ると、ふわふわの髪に隠れシープのような耳がぴこぴこ動いている。確かに、ひつじ。


周りも「なんだー獣人かー」と、漸く警戒心を解けたらしい。引き続き、心置きなく『ヤマト』を鑑賞することに集中出来て幸せそうな様子。


「っにしても。お前、よくヤマトさんとサシで話せたじゃん」


「え。“黒髪黒目”が望むなら、それは必ず叶えないとだろ?」


「獣人やっべー。この国もだけど。――ヤマトさん、よくこいつが『狂信者じゃない』って分かりましたね」


「私を視認した瞬間に、獣人の冒険者達と似た奇声を発したので。大丈夫そうだなと」


「奇声上げる不審者に話し掛けんの、まじイカれてんね。そゆとこまじ好き」


「ロイドさんの性癖が心配です」


「ウケるヤマトさんが悪いんすよ。まあ――でも良かった。魔族じゃなくて」


「あ。魔族は居ましたよ」


「え」


「お仕事中のようでしたので、話し掛けることはやめておきました。『偽装魔法』がお上手で、どう見ても“只人”で。流石魔族ですよね。もう街の中には居ませんよ」


「……色々言いたいことあるけど、なんで気付いたんすか」


「私を見る目が懐かしそうなものだったので、注視してみました」


「それで何で“魔族”って分かんの」


「? 魔法構築式に書いてますから。外見の『認識阻害』と『魔力偽装』と、強い『弱体化』もしていましたね。魔族はフィジカルも高いようです。気を遣っているので、優しいヒトなのかも」


「……ヤマトさん」


「はい」


「あんた、もう口開かない方が良いっすよ」


「この美声を聞けなくなりますが」


「やらかすなっつってんだよ!――ほら見ろ! 獣人っもう理解出来なくて取り敢えず拝んでる!」


「愉快な性質ですよね」


「もうやだヴォルフさん助けてっ!!」


「あ。『どうせロイドが対処する』と言っていました」


「荷が重ぇよ仕事しろ保護者っ!!」


「ではヴィンスに丸投げしましょうか」


「そうする」


すんっ――一気に落ち着きを取り戻したロイドは、達成処理を終わらせ戻って来たメンバーを確認。どうやら“黒髪黒目(ヤマトさん)”を持たせる訳には……!と、他の冒険者達が結託し順番を譲ったらしい。


改めて。


「飯行きましょ、飯。早くドワーフ国の土産欲しい」


「今作って貰っているんです」


「あー。叡智ってやつね。楽しみ」


「存分に。――獣人さん。お付き合い下さり、ありがとうございました。また機会があればお喋りしましょうね」


「隠れて拝んどきます緊張する無理」


「残念です」


「ひっ……かっこよ……!」


再度拝み始める、羊の獣人。


目元を緩めたまま。声の抑揚も無く。特に気にしていないのだと分かる言動。その他大勢に意識を向けない、傲慢な『支配者』にしか見えない姿。


なれば“黒髪黒目”を崇拝する獣人としては、明確に正しい反応である。


顔を背け笑いを堪えるロイド達には眉を下げてから。ひらりと緩く手を振ったヤマトはさっさと足を動かし、ロイド達もそれに続く。


ロイドはぴたりとヤマトの腕を組んで。甘やかしに来たと宣言したので、存分に甘え中。


「魔族、だいじょぶそ?」


小声での確認。ヴィンセントが来る前に、要点をまとめておきたいのだろう。


「敵意も害意も無かったので、特に気にせずとも大丈夫かと。恐らく……魔族(彼等)にとっては普通の事で、皆さんの日常の中に溶け込んでいると思います」


「……皆、『魔族』を侮蔑に使ってるけど」


「きっと気にしていませんよ。()が違います。ロイドさんは、アリから侮辱されて気にします?」


「超どうでも良い」


「それが答えです。そうでないなら、どの国も既に魔族の植民地かと」


「あー……たしかに。ならヴィンス様の心労も軽いか」


「しんろう」


「『魔族が日常に居る』ってだけで、フツーは恐怖そのものなんで」


「いいヒト達だと思いますけど。まあ――各々が決めることですね」


「メンドーになったでしょ」


「勿論」


「んははっ。しょーじきー!」


あっさりと。いつも通り切り捨てるのは、たとえ魔族が危害を加えようとして来ても自分は応戦出来る。その自信があるから。


生態系の頂点で在るドラゴンに勝てるのだから、それは当然の自信。“友人”とお気に入りは、自分が守れば良いと。


もし応戦出来ずとも、プルが全てを呑み込んでくれる。その確信もある。何も問題は無い。


腕に抱き付くロイドの頭をよしよしと撫でたヤマトは、


「ラブが素敵なものを作ってくれたんです。ご飯の後に自慢させてください」


やはりあっさりと。『魔族』の話題を思考の端へ置き、本題の“ペット自慢”をしたいと声を弾ませた。


その際には刺繍をすることになった経緯を訊かれ、「なぜ刺繍?」と首を傾げられるのだろう。それに対しては変わらず「興味があったので」と返すだけ。


ヤマトが刺した刺繍をロイドが欲しがる未来は、特に気にしていない。始めたばかりで拙くヒトに渡せるものではないが、その上で欲しいのなら渡すことに躊躇いは無い。


渡した刺繍の行き先も気にならない。ヴォルフがヤマトの写真を『老後の金策』と宣言した時と同様に、己の手から離れたものに執着する必要は無いと思っているから。


ヤマトが執着するのは“食”と“友人”と、僅かな例外だけである。




閲覧ありがとうございます。

気に入ったら↓の☆をぽちっとする序でに、リアクションやブクマお願いしますー。


もっとロイドを甘やかしてほしかったしヴィンセントも出てほしかった作者です。どうも。


この後。

ロイドから刺繍の腕を褒められたラブは、20秒だけ猫吸いを許した。

凄く嬉しかったようです。


途中の串焼き屋の店員とのシーン蛇足過ぎんか?とは思いましたが、なぜ周りが『ヤマト』へ突撃しないかの証明になったので書いて正解でもありますね。

もうほぼ自動書記なので、作者も何を書いているのかよく分かっていません。

心理描写は書いてて楽しいとしか思わない。

たのしい。


魔族についてですが、この設定は初期の『魔族疑惑』の時からずっと考えていました。

つまり。魔族疑惑を受けている主人公の周囲にも魔族は居たし、9話での「侮辱とは思わない」発言も魔族は聞いてた。

そして今回の事も他の魔族は聞いてる。

その辺りの魔族の心境を書くタイミングは決めているので、のんびりとお待ち頂けると。


羊の獣人、ヤマト達を見送ってからへなへなと座り込みそのまま地面に全身を投げ出した。

せめても……と花を供えた者が、ちらほら。

安らかな顔だった(※生きてる)


生卵は爆買い済みですし、内臓も街を出る前に受け取ったよ。

早くカリオとホルモンの炭火焼き食べたい。


活動報告に、おまけ。


遅ればせながら、あけましておめでとうございます✧◝(⁰▿⁰)◜✧

今年最初の更新なので『魔族』の一応重要な新情報をお送りしてみました。

まあ魔族が出て来るのはまだまだ先なのですが。

本年もこのタチの悪い激重友愛スローライフを宜しくお願い致しますm(_ _)m


次回、没頭。

出立準備。

ドワーフの遊び心は面白い。


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プルちゃん大好きです! 更新楽しみにしています(^^)
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