10.ひとつの家門が途絶えた
卵かけご飯は正義。
と、幸せそうに食欲を満たしていくヤマト。店内の客から集中する視線は相変わらずスルー。……というより、卵かけご飯にしか意識を向けていない。
その様子をキッチンから盗み見るコックは、よしっ。今日も満足して頂けたと、その達成感にガッツポーズをし調理へ戻っていく。
ヤマトの存在には慣れたが貴族疑惑は健在。こちらも相変わらずである。
そんな幸せな一時への、乱入者。
「自称貴族とは、君かな」
テーブルを挟み向かいに座った、見目麗しい男。一目で高級と分かる服。イヤらしくない程度で飾られた装飾品。
銀髪に黒髪。
「自称していませんよ。貴族じゃありません」
「魔族」
「魔族でもないです」
「では、初代陛下の血筋か」
「一滴も」
直球だなあ。完璧な笑みで隠してるけど、中々の敵意。それも仕方ないのだろうけど。
“黒混ざり”の第二王子と云う、その立場上。
などと暢気に考えるヤマトは、敵意を向けられているのに穏やかな対応。それは相手が王族だから。……という訳ではなく、“彼”と云う存在に対して何かの違和感を覚えたから。
僅かな感覚でしかない些細な違和感。
その違和感の要素が分からず、そして目の前の“正義”である卵かけご飯を無視する事は出来ず。……明らかに後者への比重が大きいが。
兎に角。質問が止まったので卵かけご飯を完食し、味噌汁を一口。大豆食品を口に出来る幸運を噛み締めながら、味噌汁も完食。
ことりっ。椀を置いてから水で口の中を流し、口元を拭いてから改めて目の前の第二王子へ向き直った。
歳は18……17くらいか。顔どころか若さも眩しい。
「お一人で行動して宜しいのですか?」
「私を知ってるのか」
「特徴だけ」
「どう思う」
「高貴な方という以外に、特には」
「ヴィンスをどう篭絡した」
「勘違いをされているだけです。揶揄いも有るのでしょう」
「嫌味か?」
「まさか。貴方方が恐れる事は、なにも」
「だと良いがな」
威圧。傲慢。不遜。高圧的なのに滲む、強烈な程の清廉さ。
なるほど。確かに、王族。
王族が単独で接触して来るなんて。……あぁ、いや。ひとり居るな。護衛。隠蔽魔法を使えるなんて、中々に研鑽を積んだのだろう。
良い事だ。
ふと視界に入った店員が青い顔をしている事に気付き、内心苦笑しながら腰を上げる。
口元だけに携えた微笑みを崩す事なく見上げて来る第二王子へ、ゆるりっ。目元を緩め口を開いた。
「生憎、冒険者ギルドしか個室を用意して頂ける場所を知りません」
「……」
「元々用が有ったので、お好きに」
そう言って歩き出したから周りは更に顔面蒼白。“黒混ざり”……第二王子と分かっていて、ぞんざいとも言える扱い。あきらかな、王族への不敬。
貴族、王族。……魔族。だが、本人は全て否定している。
なのにそんな言動を取るのは、……腕に自信が有るから。か。
かたりっ――。
綺麗な所作で腰を上げた第二王子は周りの目を気にせず、店員へも言葉を掛ける事なくヤマトに続き店を出る。分かっていたと言いたげに外で待つヤマトが歩き出したから、隣に並んでみた。
周囲から受ける驚愕の視線は、第二王子がなぜこの街に……。との疑問。
それと、
「あ。ヤマトさー……んうぇ!?」
「こんにちは、ロイドさん。今日も元気ですね」
「……」
「あの」
「……っやっぱ王族の血筋じゃん!」
「違います。流れ者です」
「いやいやまじで違和感無いっすよ、その顔」
「気に入ってます」
「イケメン自覚してんのまじ清々しい。その……大丈夫なんすか?」
「問題ありません。あぁ、そうだ。今からギルドへ行くなら、お部屋の用意をギルドマスターへお伝えして頂けますか?」
「この時間から行くと思ってないっすよね」
「今度奢りますよ」
「行ってきまーす!」
「お願いします」
高級な酒を飲める。そう確信し笑顔で走って行くロイドに、満足と目元を緩め改めて足を動かす。
『違和感が無い』
その言葉通り、王族で在る第二王子と並んでも見劣りしない。寧ろ、実際に並び立ったら余計に思ってしまう。
――王族よりも王族らしい。
その顔の造形美は無論。“黒髪黒目”とは、それ程に王家の象徴と周知されているのだろう。
「御前、失礼しました。行きましょう」
自由を愛する冒険者。第二王子ですらその特性を理解しているのに、こうやって気を配るのだから貴族疑惑……王家の血筋疑惑は更に濃厚に。
一切後ろ暗い事が無いヤマトは向けられるその疑惑に気付かないまま、緊張するなー。と、微笑みでその緊張を誤魔化す事に専念していた。
高級な紅茶、砂糖菓子。粗暴が集まるギルドに不釣り合いな、息を呑む程に高貴な存在。その存在と対面する、圧倒される程に王族の特徴を持つ流れ者。
カオスだな。
少し可笑しく思いながらも、向かいで脚を組む第二王子へ視線だけで話を促す。当然のように気付いた第二王子は、ヤマトの隣に座る……ヴォルフへ視線を向けた。が、退室する様子は無い。
貴族嫌いだとの噂があるヴォルフが王族を前にして居座るのだから、ヤマトへ好感を持っている事がよく分かる。
私にも護衛は付いているからお互い様か。
場が進まないので無理矢理にもそう考え、改めて視線はヤマトへ。組んだ両手を膝に置き、漸く口を開いた。
笑みを消して。見据えるような鋭い目で。
「魔法で色を変えている訳では無さそうだな」
「はい。生まれ付きです」
「両親は」
「どちらも黒髪黒目。そう云う人種です」
「兄弟も?」
「勿論」
「周りの者達は」
「基本的に黒髪黒目。稀に、隔世遺伝により明るい色が現れます」
「……かくせーいでん?」
「両親からの遺伝の他に、過去に交わった色が世代を越え現れる現象。殿下の黒髪が、恐らくそれです。黒は本来、遺伝し易い色なので」
「“それ”を、意図的に起こす方法は」
「現代の技術では不可能かと」
「本当に初代国王陛下と無関係だと?」
「祖国が同じという可能性だけでしょう。気付いたら“あの森”に居たので、祖国の場所は分かりませんが」
「……王家に、恨みは」
「疑いようも無いでしょう」
「……」
目を逸らす事もせず。真っ直ぐとヤマトを見た儘に思案する第二王子は、……たしかに。
卵を生で食べると云う蛮行を幸せそうに行っている。
例えヴィンスの管理下で安全性を保証されているとしても、王族に連なる者がそんな危険を冒す筈がない。初代国王陛下の直系ならば尚更、王家簒奪と云う目的の為に避けて当然。
確かに、疑う余地すらない。
だが……
「羨ましいですか」
「――っ」
「“黒髪黒目”。僅かにも黒が混ざっているからこそ求めてしまう。持っているから、余計に」
「……」
「“黒”を増やす方法が有ればと私に接触したのでしょう?」
「もうよい」
「そうですか。それで、立太子はいつ頃でしょうか」
「黙れ」
「お祝いを贈りますよ」
「黙れと言っている」
ひやりっ……
急激に冷えた空気と、首筋に当たる冷たい金属。姿を隠した儘にヤマトの首筋にナイフを当てる護衛。……へと、視えていない筈なのにその護衛へナイフを向けるヴォルフ。
どうやら魔物の気配よりも、人の気配を探る方が得意らしい。
不意に第二王子が軽く手を上げると首筋から感じる冷たさが薄れていき、それでも傷が付き滲む鮮血。
「っ――!」
一気に。全身の血が沸騰したような感覚に手に力を込めたヴォルフは、
「妾腹の第一王子が目障りでしょう」
至って冷静なヤマト。目元を緩めながら、ゆっくり……と。脚を組み小首を傾げる姿に目を瞠った。
“ヤマトに血を流させた”
その事実に湧き上がった怒りが急速に冷え、それでもヤマトの背後の気配へナイフは向けた儘。
王族相手、なのに。圧倒的に高貴な存在相手なのに。
その存在を前にしても尚、醸し出される傲慢さ。
「高が数日。先に生まれただけで、妾腹の子に継承権の順位を奪われた。“黒持ち”でない、下賤な踊り子の子に」
「調べたのか」
「庶民は噂話が大好物なので」
「……ハッ。疑惑が深まったな」
「王位なんて興味有りませんよ。穏やかに暮らしたいので」
「どうだか」
ソファーの背に沈み腕を組む第二王子からは、失望と焦燥が伝わって来る。
成人しているのに、未だ継承権争いの真っ只中。出自不明の踊り子の子だとしても、……いや。
後ろ盾が無いからこそ、傀儡にしようと目論んでいるのだろう。第一王子を支持する、貴族派の勢力が。現状では王族派の優勢には変わりないが、そのパワーバランスは脆い。
それは……第一王子が剣の天才だから。
初代国王陛下が武芸に秀でていた。第一王子の才能が目立ち始めた頃に、もしや生まれ変わりでは……と。だとしたら、傀儡にするには申し分ない存在。
“黒持ち”だとしても無条件で王太子と成れる訳ではない。国の為、全ての資質を見比べなければならない。
国王としても頭を抱えているのだろう。産まれる順番さえ逆ならば……と。
文字通り、自分が撒いた種である。
「剣は第一王子、政務は“黒持ち”の第二王子。初代国王に懸想するこの国ならば、なかなかどうして。どちらも無下に出来ませんね」
「……。愉快そうだな」
「愉しいです」
「どうやら首を刎ねられたいらしい」
「まさか」
ふっ。小さな笑みを見せたヤマトは顎に手を置き、ソファーの背に沈み目を伏せ思案し始める。背後に、ナイフを持つ第二王子の護衛が居るにも拘わらず。
数秒。……の、後。
ぱちりっ――
唐突に合った視線。肖像画でしか目にした事がない、黒曜石のような黒い瞳。
囚われたような感覚を覚えた第二王子。は、
「それ程の魔力を有しながら、なぜ武芸で劣るのですか」
己の身が魔力を有している。17年生きて来て初めて知った、真実。
取り繕う暇も無く極限まで目を見開き、口元から力が抜け緩く開口したままに硬直してしまう。
その様子で魔力を自覚していない事を察したヤマトは、また数秒……。第二王子を観察するように目を動かし、“違和感”……その正体を、理解。
腑に落ちたように口を開いた。
「あぁ、なるほど。封印されていますね。貴方が王位を継ぐ事で不利益を被るのは、貴族派のどの家でしょう。王妃の出産時に頻繁に面会していた者は? 今は貴族派でも、その時期に王族派だった家門は? 変わらず王族派なのに、裏で貴方の評価を落とそうとしている者は? 善意と無知を装った言葉で貴族派と懇意に、もしくは仲を取り持とうとしている者は?」
「……ま、さか…っ」
「王位簒奪を企てる者が“黒持ち”だけだと云う、先入観を利用されましたね。敵は意外と身近に存在する事を、努々お忘れなく」
そう言って組んでいた脚を下ろし、腰を上げるも立ち上がらず……
テーブルに膝を置き、第二王子の視界を掌で覆うように眉間へ中指を付ける。
背後で動くヴォルフ。ヤマトを拘束しようとした護衛へナイフを振り抜いた、……のだろう。
漠然とだがそう確信したヤマトは満足そうに頬を緩め、
「10。数えて」
「……」
「声に出して」
王族……なのに。なのにどうして、不快感も無く言葉に従ってしまうのか。
不可思議な、ふわふわとした感覚。まるで白昼夢のような。全てが夢物語のような。
視界を遮る掌の先。指の間から途切れ途切れに確認出来る存在すら、陽炎のように揺らめいて。
それでも全てを鮮明に知覚する五感。
10。を数え終わった時、離れた小さな熱。同時に離れて行く、まだまだ研鑽中な剣士の証拠である豆だらけの手。
開けた視界で認識したのは、
「先ずは、魔力の自認。次に操作。貴方が、初代国王のようにうつけ者と呼ばれる事を願っています」
王族の自分が全身を震わせる程の衝撃。有り得ないと分かっていながらも込み上がるのは、高揚と歓喜。
遮られた視界から、開かれた視界へ。
鮮明な光景。唐突に膨大な情報量を強烈に脳へと叩き込まれ、その大部分を占めるのは……
背筋が凍る程に美しい傲慢な笑み。
……例に漏れず、それは緊張を誤魔化しているだけの笑みなのだが。
コートの下で愉快そうにぷるぷると揺れるプルには、幸か不幸か。気付くことはなかった。
閲覧ありがとうございます。
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姿を隠した儘の護衛がお気に入りな作者です。どうも。
“絶対的造形美の顔”で“黒髪黒目”の主人公に対し刃を向け僅かにも血を流させるなんて、己の主君で在る第二王子にしか傅かない事がよく分かります。
例え“黒髪黒目”相手でも、主君の敵と判断すれば躊躇いなく刃を向ける。
揺るがぬ信念と深い忠誠心。
とても格好良いですね。
ヴォルフ、依頼達成の処理中に第二王子と共にギルドに来た主人公に内心バチクソにキレ散らかしていました。
「なにやっとんだあのクソガキ」と。
ご迷惑お掛けしてます。
色々と考える間もなく護衛に付きましたが。
保護者じゃん。かわい。
しっかしまた……王族相手なのによくやりますね。
“王族”が身近ではなかったからこそ。
その恐ろしさを知らないからこそ。
そして自分のチート能力に絶対的な自信があるからこそ。
こうやって、不敬の連続なのでしょう。
非常識で命知らずですね。
次回、懐かれた。
無自覚でやらかす主人公。
爆弾発言により、一同大混乱。