1.スローライフのお供は大抵スライム
――ところで。『異世界』は、今存在するこの宇宙と並行して存在するパラレルワールドのようなものなのか。それとも遥か遠い別の惑星なのか。
結果的に、どちらなんだろう。
などと現実逃避をする、彼。幾ら思考しても現実は変わらないため、一先ず雨風を凌げるこの小屋に腰を落ち着けた。
長期間人が暮らした形跡が無く、なのに家財は綺麗に保たれた空間。確実に魔法の類だろうと確信しつつ、冷蔵庫の魔導具を開ければ新鮮な食材が有ったので有り難く頂く。
水瓶から水が減らない事実に若干の不気味さを覚えたが、水は命綱なのでその不気味さはさっさと思考から追い出す。水、大事。
……、さて。どうするか。
昨夜は普通に寝た筈だった。何やら夢を見た気がしたが内容は覚えていない。何かの説明を受けた覚えが有る。恐らく、この転移の説明だろう。だとしたら忘れさせるな、っとは思うが忘れたものは仕方ない。
それでも、男に性転換させられた理由くらいは覚えていたかった。なぜ。ありえん程の美形になってる理由も覚えていたかった。なにゆえ。この顔どちゃくそタイプです。目の保養。感謝。
……まあ、毎月の地獄の苦しみから解放されたから良しとしよう。全ては“神の気紛れ”で片付けられる。
うん。よし。思考終わり。
雑だが、現状を納得し受け入れる速度が重要。だと、書斎に積まれた本を開き目を通す。
様々な研究書、魔導書。どちらも専門用語ばかりで理解は出来ないが、読む事自体は楽しい。アルファベットに似た文字なのにスラスラ読めるのは、転移のオプションだろうか。
日本語、特に漢字なら専門用語も漠然とだが字面で理解出来たんだろうな。そう僅かに残念に思いつつも読み進め、次の本。また次の本。
疲れたら風呂に入り、ベッドで爆睡。
そうやって数日間その小屋で過ごし、漸く外に出て真っ先にする事は……
「おっ。できた」
魔導書にあった、魔力操作。からの属性付与、構築された魔法の行使。などなど。
一切理解出来なかったので、伝家の宝刀。『魔法はイメージ』で使ってみれば、あっさりと使えた。詠唱も魔法名も無く、それはもうあっさりと。ありがちなチートである。
小屋にあった服にも防御の付与がされていたので、こちらも有り難く拝借している。
丈の長いコートは戦闘中に邪魔にならないのかと疑問に思ったが、実際に動いてみると意志を持ったように翻った。ちゃんと、動きに支障が出ないよう。心底不気味である。便利な事には変わりないので、これもさっさと思考の外へ投げておく。
因みに『ステータス』と唱えてみたが、ファンタジーにありがちな半透明のプレートは出なかった。なので、自分のデータを把握する事は出来ない。
まあいいか。
あっさりと諦め、様々な属性での魔法を試し打ちしていく。序でに、剣も有ったので素振りもしてみる。っともなれば、重い剣を振るための筋力トレーニングも。
冷蔵庫と水瓶は自動的に補充されるので空にはならず、仕事せずに好きな事が出来る。日本では考えられない、悠々自適な快適生活。
それでも、いずれは街へ行く気は有る。今は只、魔法の研究と筋トレが楽しいだけ。剣も、独学だが様にはなった。実践として魔物を狩り、剣と魔法の出力の調整も出来た。
初っ端の狩りで周囲の木々を吹き飛ばした事は心底反省した。森に申し訳ないので、周辺の日に当たらない若木を植樹しておいたので許されたい。
そうやって……
――1年。
完全独学で魔法を習得し、剣も恥ずかしくない程度には上達したので街へ。本当は2ヶ月前に出発しようとしたが、長く人と会話をしていなかったので言葉が上手く出て来なかった。
なのでスライムを相手に言葉のリハビリに、2ヶ月掛かった。
なぜスライムかと言うと、小屋に有った魔物図鑑に『スライムは森の掃除屋』との記述が有ったため。生ゴミや排泄物の処理に最適だと、その記述を読んだ後からペットとして飼っている。情も湧いたので、旅にも連れて行く事に。
「貴方、大賢者だったんですね。残念ながら私の頭では魔法理論は理解出来ませんでしたが、貴方の本のお陰で魔法を使えるようになりました。感謝します。この剣と素材、当面の食料とお水。有り難く貰って行きます。お世話になりました」
この小屋で過ごして半年経った頃、ふと気付いた床の隠蔽魔法。地下へ続く階段の先には、希少な鉱石や魔物素材が積まれていた。売却しなかった理由は分からないが、恐らくここは大賢者の安息の地だったのだろうと推測。
地下部屋の中心で崩れた骨は、この部屋を最期の場所と決めた大賢者の意志を汲み動かしていない。代わりに、月に一度花を供えておいた。
「次にこの小屋へ来る人が、貴方の魔法理論を理解出来ますように」
最後となるお供えの花を指で撫で、地下から出る。素材や食料、容器に詰め替えた大量の水は空間魔法のアイテムボックスへ入れたので身軽。水は魔法で出せるが、水瓶の水の方が美味しいらしい。
忘れ物の最終確認をしていると、ふと気付いたテーブルに置かれた袋。
「……過保護?」
純粋に首を傾げたが、純粋に有り難く思い頬が緩んだ。
銅貨から金貨が数十枚入った小さな袋。貨幣の価値は分からないが、結構な金額だろう。
袋ごとアイテムボックスへ入れ、外へ続くドアへ。そのドアを開き、
「いってきます。“せんせい”」
直接の指導はされていない。師匠ではない。それでも、残してくれた本により知識は教わった。先生と云う存在ではないが、子供が口にする拙い“せんせい”ならしっくりと来た。
最後に目元を緩め小屋を出て、ドアを閉めた瞬間。
――馬鹿と天才は紙一重か――
小屋の中からの、呆れた声での言葉。残念ながらその言葉は、風に揺れる木々の葉音により届く事はなかった。
冒険者。5才の子供から登録出来る、雑用から魔物の討伐まで様々な依頼を受ける自由度が高い職業。高ランクの冒険者にもなれば、金貨が動く事は当たり前。
老若男女問わず活動する彼等は、自己責任を根底に自由を愛する者達が大半である。
当然、“死”も自己責任。
「リリア!」
「がはっ――」
太く長い尾での重い一撃により大木へ叩き付けられた、リリアと呼ばれた女の冒険者。
内臓が傷付いたらしく吐血するも、気を飛ばす事はない。それは、気絶してしまえば死に直結すると理解しているから。
バジリスク。この森では珍しくもないのに、なぜ彼女達が劣勢を強いられているのか。
それは、単純明快。
「だから言ったじゃない! 私達にまだこの森は早いって!」
「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ!」
実力不足。森に自生する薬草採取の依頼を受けた。森の浅い場所ならバジリスクも出ないだろう、との楽観視。
正に自業自得。
4人のパーティーだが、既に1人命を落とした。誰がどう見ても即死状態。
最悪だったのが、死んだメンバーが魔法使いだった事。だとしても、石化に対抗出来る魔法は使えなかったのだが。それでも精神的な支えにはなっていた。
「っ石化来るよ!」
爬虫類特有の瞳が紅く底光りし始め、石化魔法のモーションだと察し回避に集中。
……したが、
――ざんっ
瞬きをした、一瞬。バジリスクの首は斬り落とされ、その巨体は地に落ちていく。
なにが、おこった。
現状が把握出来ず硬直するしか出来ない中、落ちた首から数M離れた場所に立つ人物。漸くその存在に気付き目を向ければ、どの国でも見慣れない真っ黒な髪の男。
剣を手にバジリスクへ近付き腹を裂き、抉り取った大きな魔石を布で包む。かと思えば、それは一瞬にして消える。
「プル。血、全部飲める?」
ぷるぷるっ。コートの内側から出て来たスライムは機嫌良さそうに身体を揺らし、バジリスクの体内へ流れ込んで行った。
正真正銘、魔物の横取り。だが彼女達にそれを非難する気は無い。彼が来なければ、今頃全員石化で全滅していた。
命の恩人。それが事実であり、真実。
「……ぁ、あの! ありがとうございますっ助かりました!」
「……いえ。それより仲間の治療を」
漸く。彼女達へ向き直ったその顔は、王族や貴族と判断されても仕方のない程の美形。どの角度から見ても造形の良いその顔に、瞬間的に全身が熱くなる感覚。
なんだ、この美丈夫は。……人間?
また数秒間硬直してしまったが、また仲間が吐血した事で慌てて我に返り2人は駆け寄る。常備のポーションを飲ませるが、内臓を癒やす程のランクではないので未だ苦しそうな呻き。
早く街に戻らないと……っ。とバジリスクの方を見れば、不思議な事にその死骸は消えていた。
……なんなんだ、あの人は。
一瞬覚えた不気味さは、それでも。その顔の良さでどうでも良くなってしまった。
「あのっポーション持ってませんか!? 必ずお支払いするので!」
「……いや。使った事がない」
「っ……」
街迄、保つかどうか。運ぶ際の振動で、恐らく失血死するだろう。
……ハァ。
気付かれない程度に口の中で溜め息を吐いた彼は、彼女達へ近付き手を翳す。
「な……に、これ…」
3人を淡く白い光が包み、見る見る間に怪我が癒やされていく。軽傷も重傷も関係無く、全て。
「対価は、今持ってるポーション。全種1本ずつ。で」
「ぇ……あ、は…ぃ」
バッグの中の全てのポーションを渡し、1本1本を観察する姿。まるで美術品を鑑賞しているように見えるのは、纏う服の性能が自分達では手が届かない程の高級品だと分かってしまったから。
やがて全てのポーションを確認し、
「確かに。帰りは気を付けて」
「……ぉ、お名前を!」
「……ヤマト・リュウガ」
「ヤマト…様。ありがとうございましたっ」
「お構いなく」
ふいっ。それ以上は何も言わず森の中へ消えて行くその姿を、3人は真っ赤な顔で見送る事しか出来なかった。
「ハァ……ぷるぅ、あれは仕方ないよね…」
ぷるぷるっ。頭の上で身体を揺らす、スライム。ぷるぷるしてるから、プル。安直だがプル本人は気に入っているので問題は無いだろう。
「笑わないで。甘いって分かってる」
別にあの場で助けずとも問題は無かった。冒険者は自己責任。と、大賢者のメモ帳にも書いていた。治療しなくても、後々治療が出来ると知られても恨まれる筋合いは無い。
全てが自己責任。そう理解し納得しての、冒険者。
それでも助けたのは、平和な国で育った日本人の甘さ……故。これも自己責任と言えば自己責任なのだろう。
「まあ良いよ。これ以上親密になる気は無いし。……だから、笑わないで」
頭から伝わる揺れ。テイムは適性が無かったので、未だにペット。それでも長く共に暮らしたので信頼関係は有る。
テイムしていないのにプルはこうやって感情を伝え、彼……ヤマトもその感情を正しく理解している。テイマーからすると、理解不能な不可思議な関係。
「咄嗟に考えたけど、中々に日本人っぽくて良いね。ヤマト・リュウガ。リューガ、の方が言い易いのかな。プルは、プル・リュウガになるね。どう?」
ぽよぽよっ。頭の上で小さく跳ねるプルに、満足。
冒険者が居たならそろそろ森から出られるだろう。近くの街まで1ヶ月も掛かるなんて思わなかった。大量に食料と水を貰っていて良かったと、改めて実感。
そろそろ街道に出る頃。
「身分証、必要なのかな。どうしようか」
ここに来てその心配をするのだから、彼の計画性の無さがよく分かる。
閲覧ありがとうございます。
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タイトル通りハーレム作品ではありません。
そしてBLでもありません。
BLっぽいだけです。
ヒロインは多分プル。たぶん。わからん。
クドいようですがBLではない。
でも美女美少女は好きなので後々出します。
そして精神攻撃します。泣かせます。
先に宣言しておきます。
のんびり不定期更新です。
週一で更新出来たら良いな、程度。
感想頂けたら小躍りしながら執筆頑張るので、おねがいします……感想送らないで……ネタ切れしたら怒られちゃう……やだこわい……。
次回、人の住む街へ。
異世界と言ったら冒険者ギルド。